私は、二女で末っ子だったこともあり、お祖母さん子で甘えん坊でした。両親とのつながりが薄かったと言ったら変ですが、いつもお祖母さんと一緒にいた為か小さい頃の両親との記憶が殆どありません。 親孝行したい時に親はなしと言いますが、私は心の底からそう思っています。人生の中で一番後悔していることは、父に親孝行らしいことを一つもしていなかったことです。そして、長い間のお祈りにも関わらず、父を未信者のまま亡くしてしまったことです。本当に取り返しのつかないことをしてしまったと思いました。
父は自動車教習所の教官を長い間していた、非常に優秀なドライバーでした。小さい頃は、普段の帰りが遅い為に一緒にご飯を食べることも少なかったので、寂しい思いをしました。でも、夏休みになると、必ず車で遠くまで家族をドライブに連れて行ってくれました。それがとても嬉しかったのを覚えています。私が18歳で上京してからは、年に数回しか家に帰らなかったし、母とは会話をしても父とは殆ど話をすることもなく帰ってくるような状態でした。
私は父との交流が殆どなかった為、父のことを何も知らなかったような気がします。 父は昭和一桁生まれで、自分の感情をはっきりと表に出すタイプではありませんでした。それで私は、 父は冷たい人で私は愛されていないんじゃないかとずっと思っていました。 高校生の時に「お父さんはお給料を運んでくるロボットと一緒じゃない。」などと、 反抗的なことを言ってしまったことがあります。私のピアノの発表会の時に、 両親がわざわざ見に来てくれました。小さな子供の発表会ならともかく、 いい歳をした娘のそれも初心者用にアレンジされたショパンのノクターンを聴きに来てくれたのでした。 その時父から意外な言葉を聞きました。「(本名)がちゃんと弾けるか、ドキドキしちゃったよ。」と目を細めて笑っていました。私は、『へぇ、この人も父親なんだな』と思い、くすぐったい気持ちになりました。でも嬉しかった。
私が救われて2年後くらいに母と姪がクリスマス礼拝に導かれて来ました。母はその日にアッと言う間に聖霊を受けました。もの凄くはっきりした異言が出てきたと母は言っていました。父は二人を車で教会まで送って来ましたが、母の話では「絶対に教会には入らない。」と言って駐車場に車を止めて、入って来ようとはしなかったそうです。私は、心の中で『何かやましいことでもあるから教会の中に入って来れないのかしら』と思ってしまいました。
ある年のクリスマス前に、献身者の姉妹が私の実家の母に電話をして、 クリスマスの親睦会にいらっしゃいませんかと誘って下さいました。 私は親睦会に両親を招待することなんて全く考えていなかったのです。姉妹は母に、 「お父さんも一緒にいらっしゃいませんか。」と声をかけて下さったのです。母は父に「(本名)がお世話になっているのだから・・・」という一言で教会に来ることになりました。父は、宗教は金儲けだと思いこみ自分は無神論者だとずっと言っていました。十数年前の件もあるし、教会の中に入って来てもブスッとして不機嫌になるのではないかと思っていました。
両親は私の聖歌隊での歌を聞いてくれました。父は、ピアノの発表会の時と同じように、ニコニコ笑って「ドキドキしちゃったよ。」と言いました。私は、父が教会の中に足を踏み入れただけでも奇蹟だと思っていたので、その時は本当に嬉しかったです。後にも先にも、父が教会に来たのはその時だけでしたが、神様のお導きに心から感謝しました。