*横浜聖会(10/10/99)

主イエスキリストの御名によって、約一年半の失業期間を経て仕事が与えられた証しをさせていただきます。

私は、97年8月に、某外資系銀行の外国人支店長付秘書として入行しました。 入ってみると、トップの秘書の仕事とは思えないような全くやりがいのない単純な仕事でした。 11月に、体中が痒くなり始めそれが全身に広がり、身体は引っ掻いて血だらけになってしまいました。 最初は痒くなる原因がわかりませんでしたが、高いお給料に見合った仕事が出来ない環境にいることがストレスとなっていることがわかりました。

6ヶ月の試用期間後、2月にボスと人事部長と仕事の内容のことなどを話し合い、ますます失望してしまいました。 更に試用期間を2ヶ月延長されたあげく、私の仕事ぶりはボスの期待とはギャップがあると言われ解雇されることになりました。 女性の人事部長は、「だからって、あなたの全てを否定しているわけじゃないのよ。」と言いました。 私は、何でこんな仕事が出来ない人達に私の仕事ぶりを評価されなきゃいけないのと腹が立ち、 「えぇ、もちろんですよ。6年半も秘書をやって来ましたし、前のデンマークの会社ではもっと幅広く仕事をして来ましたし、 私の前のボスは私を評価してくれましたから。」と言ってしまいました。これは精一杯の抵抗でした。 私は、有給休暇を含めて、書類上では6月まで在籍する形となり解雇されました。

何故神様は大好きなデンマークの会社を神戸に移転させないで私を定年まで働かせて下さらなかったのだろう。 何故、この銀行に入ってこんな屈辱を受けなければならなかったのだろう、 何故私は一年も経たないうちに、再び失業をすることになってしまったのだろうと思いました。 銀行を辞めた日は清々していたのですが、翌日から暫くは疲れが出て、命の洗濯をする必要があると感じ、 自分の好きな趣味や勉強に明け暮れました。12月になり、私は初めて派遣会社に登録をしに行きました。 ところが、頼みの派遣の仕事でさえも、秘書の経験は豊富でも外資系でも35才を過ぎた人には仕事が殆どないという現実を知りました。

3月になると、いつまで失業が続くのだろうと不安な気持ちになりました。 神様の「時」っていったいいつなんだろうと思いました。そして、ある日、朝のお祈り会に行った時に、 御霊によって、『登録した全ての派遣会社と人材バンクの祝福の祈りをするように。』と導かれました。 その「祝福の祈り」はその後も続けましたが、非常に有効なお祈りだということがわかりました。 祝福のお祈りをした時は、いつも派遣会社から電話があって仕事を紹介してもらえたからです。 もちろん、一つのポジションに数社競合していますから、面接に行っても派遣として採用されることは難しかったのですが、 それでも、私はお祈りが聞かれていることを実感していました。

3月中旬が過ぎて、初めてフランスの会社から正社員の面接に呼ばれました。 就職活動を始めて11ヶ月目に入っていました。 高い競争率でしたが、面接に行けたことだけで希望を持つことが出来ました。 でも、下旬になると、どうしようもない状態になってしまい、もう限界だと思いました。 ちょうどその頃、バジレア・シュリンクの本と出会ったことがきっかけとなって、 私はイエス様の十字架と自分自身の悔い改めに目を向けるようになりました。 私は、「自分の隠れている罪をハッキリと示して下さい。そして、悔い改めへと導いて下さい。」 「主よ、私はどんなことがあってもあなたを信頼してついて行きます。 私は日々自分の十字架を背負ってついて行きます。」と祈るようになりました。

人材バンクを通して紹介されたイギリスの証券会社に、4月27日に面接に行く前にお祈りをしていたら、 神様から、「ボスを批判するばかりで、自分はどうだったのか」と言われました。 私は初めて、「自分が至らなかったのかも知れない」と思い、 「主よ、私は、仕事のことで何も考えてくれなかった上司と人事部長を軽蔑し、 裁いていたことに気が付きませんでした。私はあなたの下僕として、御名が崇められないことをしました。 どうか私の罪を赦して下さい。彼らのことを祝福して下さい。」と涙を流して悔い改めました。

私の心は以前とは違って来ました。何故こんなに長い間失業しているのだろうと考えた時、 主は私がもっと謙遜でもっと忠実な下僕になることを望まれているのではないかと思うようになりました。 主は私がどんな困難なところに置かれても、先が見えないように思えるような時でも、 ただただ主を信頼して従うように求めておられるのだと思いました。 主は私を更に用いる為、又砕く為に、私から仕事も名誉も何もかも奪い、 私をなきに等しい者とされたのかも知れないと思いました。 私は、自分が低くされたことを感謝しました。 底辺にいなければ決して見えない気が付かないことがたくさんありました。 私は、以前よりも、もっともっと人を愛せるようになりました。

5月の中旬になって、初めて3週間の仕事が入りました。銀行を辞めてから、ほぼ一年が経過していました。 私は、あんなに嫌だった通勤電車も、懐かしく嬉しくてたまりませんでした。 6月には、登録した派遣会社は11社、人材バンクは10社になっていました。 下旬になって、たった1日の単発の仕事が入りました。 その後長期の仕事が2件紹介されていましたが、延期されたりなくなったりで、 結局急に入って来たアメリカの会社での7月中旬から6週間の仕事に行く事になりました。

8月中旬には、長期の派遣の仕事が2件入り、特にドイツの会社は3ヶ月後には正社員になれるという嬉しい条件がついていました。 二次面接に呼ばれる直前に、その仕事は社内調達をするということで、急になくなりました。 仕事も条件も通勤の便も申し分なく、一ヶ月も前から進めていた件だったので、ものすごくガッカリし呆然としました。 でも私は、神様に、「どんな崖っ淵を歩かせても、信じてついて来るか。」と問われたような気がしました。

さらにひと月仕事がなく、かろうじて4日間の単発の仕事が入りました。 9月30日になり、アメリカの会社から正社員の面接に呼ばれました。 駅に向かう途中、祈りながら歩いていた時、心に示されたことがありました。 それは、「イエス様に希望を置く」ということでした。 そして、今まで、先々のことを考えて不安になったり心配したりガッカリしたりすることを繰り返して来たのは、 私自身が仕事の内容や会社に執着したり人に期待しすぎた為だったということを気づかされました。 自分の希望をものや人に置くのではなく、主御自身に置くということです。 それから私は、完全に平安な心に変えられました。

その時、平行して動いていた仕事が三社あり、イエス様に、 「御心のところを一番先に決めて下さって、私をそこへ送って下さい。」と祈っていました。 そして、10月5日(火)、アメリカの会社に面接に行きました。 そこは、3ヶ月派遣で働いて良かったら、その会社と正社員の契約が出来るという条件でした。 イギリス人の社長でボスになる人と約一時間面接をしました。 話しているうちに、『やっと見つけた。この人とだったら何でも話し合って上手くやって行ける。』と確信しました。

帰り道、私は「主よ、ただあなたの御心だけがなりますように。 あなたの御心だけを行うことが出来る僕にして下さい。」と喜びの涙で祈っていました。 帰宅すると、派遣会社の人から電話が入り、先方も私をとても気に入ってくれたようだとのことでした。 その後彼は、充分満足な時給だったのに、さらに交渉して上げてくれたのでした。 全てのことに神様が働いて最善のことをなさっていることに感謝しました。

一年半もの長い間、本当に忍耐を強いられ、辛くて何度泣いたか分かりませんが、 長い間、牧師先生を始め兄弟姉妹、又、インターネットでの多くの兄弟姉妹のお祈りに支えられました。 辛い間にも、全国のクリスチャン仲間とオリジナル讃美のCDを作ることでも支えとなり、 9月15日に素晴らしいCDが出来ました。 今月の14日で、私は救われて**年になりますが、以前よりまして神様を信頼することが出来るようになりました。 2年半前に導かれて作った自分のホームページの訪問者も2万人を超えました。 これからも、さらに力強く大胆に神様を証しして行きたいと思っています。