キャリアチェンジ(1)

(7/21/00の日記から )

5、6月頃に、毎日押しつぶされそうな苦しみと戦っていたのは、実は仕事のことでした。私のボス(外人の社長)がプロモートしてグローバルなボードメンバーになった為、彼はさらに忙しくなり、毎月マネジメント会議に出席する為、月の半分近くアメリカに出張するようになっていました。出張にはボスも自分のラップトップPCを持っていくのですが、Eメールのチェックはオフィスにいる時のようには行きません。その為に、秘書の私は、ボスのメールを普段より注意深く全部に目を通し、自分が答えられるものには、代わりに答え、至急のものだけボスに伝え、指示を待つことになります。

ボスの昇進と共に、私の仕事もさらに大変になりました。秘書に要求される能力も更に高いものとなって来ました。ネイティブと同じように考え、ネイティブのように英語を話す人で、セクレタリーと言うよりは、ボスにビジネスの助言が出来るようなビジネスアシスタントでなければやっていけない状態になっていました。通訳をし、出張にも同行するようなアシスタントです。英語が話せると言うのと、通訳が出来ると言うのは別のことです。一朝一夕に通訳レベルに達するのは無理なことです。私は、次第にボスの仕事の足を引っ張っているのではないかと辛くなりました。ボスはボスで、私に通訳レベルの英語力があったらなぁと思っていました。お互いに、切ない思いを持っていましたが、今のままでは仕事がまわっていかないのを感じていました。

4月中旬すぎにボスに呼ばれ、私が遅かれ早かれ決断をしなければならないことを告げられました。ボスもHRのヘッドも、「社長秘書を辞めても、会社はあなたを失いたくないからいて欲しい、面目を失わせることは絶対にしないし、サラリーも保証し下げることはない。」と言ってくれたのはとても嬉しかったです。私は、楽しい長期の旅行の前だったので、心配ごとを抱えながら旅行に行くのは気が重いなと思いました。でも1、2日後には立ち直り、これも神様が良しとされた御計画の一部なのだと納得し、平安が与えられてアメリカとヨーロッパに旅発ちました。

旅行から帰って出社した日、あることから私の後継者をすでに探し始めていることを知ってしまいました。 私はとても傷つきました。ボスが言っていた「決断」もなにもないじゃないと、 私はボスのところに行って苦情を言いました。「よりによって私が旅行をしている間に、 後がまを探し始めるなんてショックです。聞いていませんよ。私は宙ぶらりんな状態に置かれるのはいやです。私の行くべき新しいポジションだって決まっていないのに。」と訴えました。ボスは、4月に私に言ったつもりだったのです。私はいくら英語だと言っても、そんなに大事なことを聞き漏らすはずはありません。ボスは、「誤解があったとは言え、あなたを傷つけたことは申し訳ない。」と謝ってくれました。

新しい会社でどんどん規模が大きくなっている会社なので、新しい部署はどんどん出来てくるし、私にとっては、長い失業中の教訓もあり、やりがいよりも安定志向に変わっていました。ボスもサラリーを下げることはないと約束してくれましたし、とりあえずはどこかの部署に移れれば良いと思っていました。でも、私ははたと考えました。イエス様は一年半もかけて今の会社のポジションをベストとして選んで私を送って下さいました。そして、ボスも、第一印象で「見つけた!」と思ったほどの素晴らしい人です。それなのに、こういう風になって、「とりあえず」の仕事をすることは絶対に主の御心ではないと思いました。イエス様は、私が喜んで活き活きと働ける仕事が出来ることを望んでいらっしゃると信じていましたから。ひと月前の段階では、私が行ける可能性があったのは、セクレタリーの仕事に一番近いオフィスマネジメントの仕事か、シニアマネジャーのセクレタリーでした。社長秘書しか経験のない私には、マネジャーのセクレタリーでは物足りないことは想像出来ました。しかし、どこかに行くにしても、後がまが決まらなければ私は動けない状態でした。

私の日記にも、何度か書いたと思いますが、3、4年前からセクレタリーの仕事に未来はないと思っていました。昔はセクレタリーの仕事だったタイピングなどは、若いボスが自分でPCを扱いメールを打ってしまう時代になってしまったので、セクレタリーの職そのものがなくなりつつあったのです。セクレタリーとして生き残る為には、社長の片腕になるようなビジネスアシスタントになる以外にありませんでした。でも、それは私が望んでいないことでした。将来的なことを考えたら、セクレタリーでいるよりは、キャリアチェンジした方が良いとだいぶ前から思っていました。でも、この歳で新しいことを始めるのは殆ど不可能だと思っていたので、セクレタリーを続けていくしかなかったのです。

つづく・・・。(神様が、仕事についてどのように私を導き、祈りの答えを下さったのかを書きます。)