主イエス・キリストの御名によって、旅行中に守られたお恵みを感謝してお証しさせて頂きます。 私は普段仕事ばかりしていて、発散したり気分転換が上手く出来ず、ここ数年はゴールデンウィークに15日間ヨーロッパに行くことにしています。 それは、自分の頭から仕事を切り離し、神様と自分だけの親しい時間をより多く持つことによって、自分自身を見つめ直し、完全にリフレッシュすることが出来るからです。 今年は、ドイツ、ベルギー、イギリス、デンマークに行きました。今まで、何度も一人でヨーロッパに行っていますが、大きな事故もトラブルもありませんでした。 今回、主は今まで経験しなかった様々なトラブルを許され、それらを通して主の御業を見ることが出来ました。
一人旅なので途中で寂しくなってしまうことが多いので、意外に人見知りなのですが今回は意識して人に話しかけてみようと思いました。 又、私は何故か人に道を聞かれることが多いので、『私が必要としている人』を神様が導いて下さいました。普段は何でも自分で出来ると思いがちですが、 旅行中は色々なことがあり、自分はいかに一人では何も出来ない存在なのかを思い知らされました。 そして、神様がいつも共に居て下さって、私自身のどんな些細なことにも御介入して下さり、守り導いて下さる方だということを改めて知ることが出来ました。
21日はフランクフルトで日曜礼拝を守るつもりでしたが、当日の朝、何故か私は新幹線で50分くらいのフルダという街に行くことになり、 カトリックの教会に導かれました。聖歌もマリア讃美ではなくマリア像もなかったので、何の抵抗もなく礼拝に出席出来ました。メッセージはドイツ語なので全くわからず、 主の祈りのところだけは日本語で祈りました。 天のお父さんの家(教会)は世界中にあるので、こうして言葉が違っても、子供の私を礼拝へと導いてくださり、 祈りの時を持たせて下さったことをとても嬉しく、私はひとり旅の心細さもあって、うるうるしてしまいました。礼拝は言葉が云々ではなく、 本当に「霊とまこととを持って」礼拝することなのだと改めて心から思ったのでした。
22日(月)は、少し遠出してトリアーに行きました。 トリアーはコブレンツで電車を乗り換えて3時間程かかります。行きの電車では、ドイツ人のビジネスマンと英語で話すことが出来、 神様が話相手を連れて来て下さったことを嬉しく思いました。問題なくトリアーに着きましたが、帰りはコブレンツで2時間以上も電車を待つことになってしまいました。 ドイツでは数え切れない程新幹線やローカル線に乗っていますが、こういうことは初めてでした。 同じホームには行き先の違う電車ばかり入って来るので、ドイツ語しか話せない駅員に何度も聞いたり不便を感じたものの、意外と冷静で落ち着いていました。 それは、成田を発つ時に、神様の大きな御手が飛行機を包み上げ、ひょいっと成田からフランクフルトまで移動させている映像が心に浮かび、それ以来、 『神様はいつもどんな時でも御手の中に私を置いて下さっているから大丈夫。』という平安と確信があったからです。
観光のハイライトはベルギーなのですが、フランクフルトからライン川沿いの美しい景色を眺めながらゆっくりと電車で行きたいと思ったので、 23日(火)はケルンに滞在しました。分かりにくいホテルの場所も、親切な路上のマーケットのおばさんに教えてもらいました。大聖堂は霞ヶ関ビルくらいの高さ程あり、 いつ見ても圧倒されるなと思いました。 夜は大聖堂の傍のドイツ料理のお店で寂しく夕食を取るところでしたが、お店の人ではないドイツ人のおじさんが話しかけて来たので、 暫くドイツ語で楽しくお話をすることが出来ました。その人は友達3人と一緒で、何故私の所に来たのか分からないのですが、神様が話し相手を連れて来て下さったのだと思い、又、 ドイツを旅行しながら、私のドイツ語がまだ使えることも嬉しくなりました。
翌日の24日(水)の朝、ケルンから2時間40分のブリュッセルに向かいました。 ブリュッセル駅は北、中央、南と三つの駅があり分かりにくいと、親切な黒人の女性が色々と気に掛けてくれて、私が降りる南駅までずっと一緒でした。 ところが、駅からホテルに向かう途中迷子になってしまいました。 フランス語しか話せない人達ばかりで、何人もの人に道を聞き、10分で着くところが40分以上もかかってしまいました。でも、 本当にケルンからの黒人女性を始めとした沢山の人達に助けられたことが嬉しく、「イエス様。多くの人達を送って下さって、助けていただきありがとうございました。 無事に辿り着くことが出来たことを心から感謝します。」と祈りました。少し疲れていましたが、ブリュッセルの街に出てワッフルを食べたり、元気に観光することが出来ました。
25日(木)はフランダースの犬の舞台アントワープに行きました。 ノートルダム大寺院ではルーベンスの素晴らしい作品を見ることが出来ました。私は、イエス様の受難のストーリーが何枚もの連続して描かれている絵に、目が釘付けになりました。 イエス様が十字架に釘付けされた姿は本当に痛ましく、『主よ、私の罪の為に・・』と思うと心が痛み、泣いてしまいそうになるのを必死でこらえていました。 ベルギーはフランス語とオランダ語なのでちょっと心細くなりましたが、おみやげ屋のおばさんが英語が話せたので、暫く楽しくお話をすることが出来ました。 26日(金)はブルージュに行きました。初めて雨が降り寒い日だったのですが、噂通りの美しい中世の街でした。帰りの電車では、たまたま一等車に乗ってしまい、 車掌に「二等車の切符なので追加料金を払います。」と言いましたが、「払わなくて良いですよ。」と笑顔で去って行きました。私は、『神様の子供だから、 こういう風に特別扱いされるのね。』と感激しました。
27日(土)はブリュッセル南駅からユーロスターに乗り3時間足らずでロンドンに着きました。 28日(日)は、御主人のサバティカルの関係で一年ケンブリッジに滞在している中村一家と礼拝を守りました。 佐知さんとはネットで一番親しく、2年前にはシカゴのお宅でお世話になりました。 教会は色んな国から来ている学生が色々な形で熱心に祈っている姿が印象的でした。 又、聖餐に預かることも出来ました。礼拝の後みんなでランチをし、その後は佐知さんとお茶をし夕食を取りながら、神様や信仰のことをシェアしながら楽しく過ごすことが出来ました。 帰りのケンブリッジからロンドンまでの路線は大丈夫だったのですが、地下鉄が途中で止まったりノロノロ運転を始め、地下の奥深くを走っている古く狭い地下鉄で怖いのですが、 その時も心が守られて、『御手の中にあるから大丈夫。』と冷静に路線を変え、予定より40分以上遅くなりましたが無事ホテルに着くことが出来ました。ロンドンは短い滞在でしたが、 シャーロックホームズミュージアムや大英博物館に行くことが出来、キングズクロス駅の売店の黒人女性やおみやげ屋の日本語を話す黒人男性ともお話をすることが出来、 とても楽しく過ごすことが出来ました。
さて本当に大変だったのは、翌日29日(月)のヒースロー空港からグラスゴーに行くまででした。 ロンドンも現地も快晴でしたが、上空の強風の為に飛行機が出発20分前にキャンセルになりました。 グラスゴーの友達Eに「今日の便が全部キャンセルになったら、しっかりエアラインに交渉して空港近くのホテルを朝食付で無料で要求するのよ。 主張しないと日本人は大人しいので甘く見られるからね。」と言われていたので、「うん、わかった。」と戦闘準備に入っていました。2時間前に預けた荷物をピックアップし、 再びチェックインし、エアラインと戦わないで済み、2時間後の便が取れました。 さらに1時間遅れて出発しましたが、何が起っても「主の平安の中」にあり心が守られました。
Eには、「空港には迎えにはいかないよ。子供じゃないんだから一人で来れるでしょう。」 と突き放されていたので不服でしたが、それも御計画で、神様が彼女の心を頑なにされたのです。 もし空港に来ていたら、いつ着くかわからない私を延々と待つことになったことでしょう。 私は一人でグラスゴー空港から、E夫妻の新しい家に行くのに、スコットランド訛りの難解な英語と格闘しながらチケットを買い、バスで20分、 さらに電車で20分行きました。驚いたことに、私がたまたま立っていた車両のドアが、 駅のホームで待っていたEの所でピッタリ止まったのです。私がいつ頃着くかわからないはずなのに、 そこにいたこと自体ビックリなのに、これも神様のお導きと嬉しくなりました。
長旅で気が張っていたのか、Eの家で疲れがどっと出てしまいました。 5月1日(水)の朝早く目が覚めましたが、頭痛と疲労がひどい状態で起き上がれなくなりました。 9時になり、午後の便でコペンハーゲンに行くことを考えると気が遠くなりそうでした。 私はかなり切羽詰まって「イエス様、緊急事態です。 今完全に癒されなかったら、飛行機に乗れません・・癒し主なる主の御業が現され御栄光を拝することが出来ましたことを感謝します。」 と祈りました。20数分のお祈りの後、生あくびも止まり、すっと立ち上がって支度を始めることが出来ました。本当に鮮やかに癒されたのです。 「私は何故病気になったのですか。」「主の御栄光が現されるためです。」という御言葉が心に響きました。 グラスゴー空港に行く途中も、年配の男性に親切にしてもらい、バスを待っている時もお喋りをして楽しく過ごすことが出来ました。 スコットランド訛りの英語は難解なのですが、彼の英語は何故か分かり、ここにもイエス様の御介入を感じ感謝しました。 コペンハーゲンには何の問題もなく着きました。ここには私が3年間秘書として仕えたMr. & Mrs.Rがいるので、今年もお宅にお邪魔して食事をし、思いっきりお喋りしてきました。私は彼らが大好きで、デンマークの両親のように慕っています。「たぶん、又、来年会いましょう。」と笑って別れて来ました。
最後に、一番肝心な証しをしなければいけないと思います。旅行に出発する前の日曜日、私は什一献金を持って家を出ましたが、『什一を一回パスしてしまおうかな。 旅行で随分お金が出て行くし、一回くらい良いかな。』とふと思ったのです。でも、一瞬の隙にサタンが私を騙そうとして囁いたものだと気が付き、 ホームページでも証し会でも大胆に什一献金の証しをしたことが台無しになってしまうと思いました。 私はすぐに悔い改めのお祈りをしました。礼拝に出て、予定通り什一献金を捧げました。 そして恵みの御座で旅行中の無事を祈っていただいたのです。
その後、私が毎年ヨーロッパに行っていることを知っているある方が、何故か私にお餞別を下さいました。 「おみやげは良いから、思いっきり楽しんでいらっしゃい。」と言われました。私は恐縮し、帰宅して封筒を開けると、そこには私が捧げた什一献金と同じ金額が入っていました。 私は「神様・・」と泣いてしまいました。私と神様しか知らないことなのに、何でその方は今回そうされたのでしょうか。什一献金をパスしようと思って思い留まったことで、 神様が私を祝福して下さったとしか思えませんでした。惜しまないで捧げて良かったと思いました。 私は神様とその方の心遣いがもったいなくて、無駄に使えないと思い旅行中は珍しく小遣い帳をつけていました。信じられないことに、 今回の旅行はあまりお金を使わずにすみ、普段の2週間分の生活費プラスお餞別だけで間に合ったのです。
旅行中色々なことがあり、かえって学ぶことが多く、毎日誰かと話すことが出来たので寂しくなく、とてもエンジョイ出来た有意義な旅行となりました。先日、 私も乗ったキングズクロス発のケンブリッジ方面行きの電車が脱線事故を起こし、7人が死亡80数名が重軽傷を負ったというニュースを聞き戦慄を覚えました。私の今回の旅行は、 いつになく電車や飛行機のトラブルにみまわれましたが、主の御手の中で完全に守られていたことを心の底から感謝せずにはいられませんでした。