(会社が特定されないように一部書き直しています。)
主イエスキリストの御名によって、仕事の問題を通して神様の守りとお恵みを頂いたお証しをさせていただきます。
今の会社は99年10月に外国人社長付秘書として入社しました。会社は入社一年前に数名で始まったベンチャー企業ですが、 200*年に関連会社を吸収合併し、それまでの40人程度の外資系の会社とは違い、同じ社長秘書でも、急成長し規模がどんどん大きくなって行く会社に、 だんだん自分のキャパシティが付いて行かなくなりました。
その前の年の夏、採用チームのマネジャーが入社し、そこにスタッフが必要だということを人事ヘッドから聞き、採用に興味があった私は、 「それやらせて下さい。下積みから頑張りますから!」とお願いしました。彼の「良いよ〜。」と言う軽い返事で異動が決まったのです。 人事のスタッフになった時は日本人にはビックリされましたが、外国人にはおめでとうと言われました。 人のサポートではなく専門分野を持てることにワクワクしました。これも神様の大きなお恵みです。
9月に人事部に異動し、上司から「とりあえず派遣社員の採用をやって。」と言われました。二つの会社の派遣社員を合わせても30数名でした。 派遣社員のリストを渡されたのが唯一の引継ぎで、その辺は外資系らしいのですが、最初は手探りで、本当に一つ一つイエス様にお祈りをして仕事を進めて行きました。 仕事に慣れた頃、若い女性が中途採用の担当で入社、その後、異動して来た男性も中途採用の担当となりました。 私は派遣社員の採用だけで置き去りにされたような気持ちになり、上司に直談判をし中途も兼任させて欲しいとお願いしました。 その時派遣社員は90名になっていました。
会社は今*千名の会社となり、派遣社員は170名にもなりました。毎年200人以上も派遣社員を一人で採用しなければならず、現実的に派遣の採用で手一杯でした。 上司は派遣採用を丸投げし、私の職域を広げることには全く無関心でした。入社当時の人事のヘッドは優秀でヘッドハントされて行き、 3、4年前には売り手市場に変わり、派遣社員の採用も難しくなって行き、採用と同じ位トラブルの処理が大変でした。仕事のプレッシャーは半端ではありませんでした。
2年前の5月にショッキングなことがありました。私の給与は、元ボス社長の意向もあり、社長秘書のレベルのまま異動しましたが、 今の職務ランクの給与の上限まで来てしまい昇給がなくなったのです。それを無関心な上司は気が付かず、納得がいかなかったのは、 上司が私に新卒も中途採用もさせないと決めたことです。しかも、派遣社員の採用だけでは職務ランクは上がらないと宣言されました。 定年まで延々と派遣社員の採用をさせるつもりなのかと滅茶苦茶モチベーションが下がりました。***から昇格した人事ヘッドに、 そのことを率直に話しましたが、「僕がheidiさんの立場だったら、確かにショックだよね〜。」とひとごとのように言われ、 彼にも失望してしまいました。
失業の辛さを思えば贅沢な悩みなのだと、自分に言い聞かせて我慢していました。でも、将来的には何のビジョンもなく、 この二人がいる限り私は延々と変わらない状況に置かれるのだと悶々としていました。 その頃私は、i-Podで、色々な英語の讃美を聴いていたのですが、或る日ドン・モーエンの『God will make a way』という曲が突然私の心に響いて来ました。 「何もないように見える所にも主は道を作られる。」のような内容です。彼の美声だけでも癒されたのですが、この歌のタイトルそのものが、 その後の私の心の大きな支えとなったのです。丁度彼が3年ぶりに来日し、コンサートに行くことが出来たのも本当に大きなお恵みでした。
そして、昨年6月のことですが、牧師である友人が執筆していた『リバイバル新聞』を立ち読みをしていた時、 「早稲田に預言カフェをオープンした」という別の記事に目が留まりました。正直胡散臭いと思っただけでしたが、何故か気になって仕方がなくなり、 一ヵ月後に思い切って行ってみました。普通の小さなカフェですが、使徒的預言的教会といって預言のミニストリーを重視し、日曜日はそこで礼拝をしています。 カフェのスタッフでもある女性の牧師先生がテーブルに向かい合って座り、テープレコーダーを回しながら預言が始まりました。 私の名前も何も一切伝えていないのに、私しか知らない色々な問題全てが吉田先生を通して語られ、すごい早口で預言の言葉が次から次に出てきて圧倒されました。
内容は、『愛する娘よ、私はあなたを愛しています。忙しすぎることや認められないこと、このまま状況が変わらないと思っているかも知れないけれども、 必ずそれに対するちゃんとした見返り、実りを与えます。何年間か難しい状況と感じられたことでしょう。それは新しいステージに変革に置かれる時だからです。 今まで何も見えないような砂漠のように見えた土地にあなたが花を見出す、あなたが道のないところに道を見出す、そのような季節がやって来ました。 ですから、期待して喜びなさい。今不毛の難しい状況のところを変革させる為にあなたの思いを用います。あなたの期待そして確信、 それらのものを持って進むとき、目には見えないものを見るようになりますと主は言われます。』というような内容で、実際は5分もの長いものでした。 預言は私に対する神様からの大きな励ましとなりました。私は改めて神様の子供で、神様は私を守り導いて下さっている、 いつも私を見ていて下さっていると感じ涙がこぼれそうでした。
昨年春突然、やり手と評判の新しい人事ヘッドが入社しました。彼はかつての部下も採用チームに引っ張って来ました。 その人の計らいで、私はヘッドとミーティングを持つことが出来ました。「heidiさんが辛そうに仕事をしていると聞いたんだけど」という第一声でした。 私はこれまでの経緯や疑問に思っていたことを一気に話しました。「それはおかしいね。彼らは何も説明してこなかったんだね。」と言ってくれました。 「彼等がどうであったかよりも、これからのことを見て行こうよ。heidiさんの仕事のことも、一緒に考えて行こうね。」と言われた時は、 嬉しくて泣きそうになりました。それと同時に、神様は、この人を通して人事部を、会社を変えて下さるのだと本当に期待することが出来ました。
私は聖霊に押し出されるように、今年の一月中旬から早天祈祷会に通うようになりました。始めた2週間後、 当初の祈りの課題よりも急遽自分の仕事のことで集中的に祈らなければとても乗り切れない試練の中に置かれたのを感じました。 一月末に上司に呼ばれ、「採用担当を外すことにした。取引先で何ヶ月か研修をして、Comp.チームの仕事をしてもらう。」と言われました。 採用に未練があったのでショックでしたが、その後早天で祈り、これは神様が私の為に新しい道を作って下さったのだと確信するに至り、 数週間後にお願いしますと返事をしました。
2月に早天で、『見よ。わたしは新しい事をする。』と短く語られました。後でそれを調べた所、 『見よ。わたしは新しいことをする。今、もうそれが起ころうとしている。あなたがたは、それを知らないのか。 確かに、わたしは荒野に道を、荒地に川を設ける。』というイザヤ書43章19節だとわかりました。 驚いたのは、それは二年前に慰められたドン・モーエンの歌の歌詞の一部でもあり、又一年前に吉田先生を通して語られた預言そのものだったからです。 神様からのメッセージは一貫していました。
3月になり、私は臨時ボーナスを貰うことが出来ませんでした。それは、私の上司が私の前年度の評価で、 新しく追加された評価システムで最低の評価をしたからだとわかりました。本人に説明を求めましたが、 偏見に満ちた評価で納得がいかないものでした。私がもっと焦ったのは、前年度に導入された変動賞与システムで、 新しい人事制度の下で私の月給が下がることは予告されていましたが、その上最低評価の為に今年のボーナスがゼロになるかも知れなかったからです。 何百万円も年俸が下がるので、私は上司に憤りを感じました。
その翌週の4月半ばから社労士事務所に研修に行きました。その頃には、主が新しい道を開いて下さったことを喜んでいました。 仕事のストレスやプレッシャーから完全に開放されて、○○という素敵な町で、勉強するだけの日々はまさにパラダイスでした。 間もなく、新しい人事制度の説明会に出る為会社に行きました。人事ヘッドが『昨年導入した変動賞与システムは止め、 元の6ヶ月の固定に戻しました。』とあっけなく言ったのには驚きました。 まるで私の為に神様が会社の方針を変えて下さったかのような奇跡に嬉しくて号泣してしまいました。
これまではお恵みにより、転職の度に給与が上がり、マラキ書の約束は真実だと確信していました。研修先で5月の給与明細を見せてもらい、 基本給は確かに数万円下がっていましたが、下がった分は調整給で別枠に入っていて、月給は下がらない仕組みになっていました。 基本給にかけるボーナスは多少下がりますが、生活が守られたことを主に感謝しました。
私は研修を無事終え、7月から新しい担当者として人事部のComp.チームで働いています。ここ3、4年間仕事のことではやり切れない気持でいました。 主は私の心の苦しみをご存知で、前の上司から離れることが出来、仕事の地境を広げて下さいました。 主は私が考えている以上に大きな祝福を与えようとなさっていることを知りました。本当に大胆な御計画とお導きで私を祝福して下さった主に心から感謝します。