*証し会(11/29/09)

主イエスキリストの御名によって、ヨーロッパにいる私の元ドイツ語の先生と元上司夫妻に証をすることが出来たことと家庭集会のお恵みを証しさせて頂きます。

昨年4月の部内異動により、あまりにも多い業務量で残業時間が月45時間位になり、家には帰って寝るだけのような生活で全く余裕がなくなりました。こんな調子では長めの休みを取って旅行をするのはもう難しいと殆ど諦めていました。又、以前は貿易事務や外国人付秘書をしていたので毎日英語に触れていましたが、今は殆ど日本語しか使わなくなりました。その為、英語力が確実に落ちていることにもずっと危機感を持っていました。

今年2月頃に、病気の悪化でずっと音信不通になっていた元ドイツ語の先生Sから、突然ドイツ語のメールが来ました。Facebookへのお誘いメールでした。それにより、Sとは再びメールのやり取りやチャットが出来るようになりました。又、名前で検索したらシンガポールにいる私の元上司の息子夫妻の名前を見つけ、彼等とも又Facebookで繋がることが出来るようになりました。

夏頃に上司が替わり、「毎日仕事でストレスもたまっているでしょうから、休みを取ってリフレッシュした方が良いですよ。」と言われ、10月7日から17日迄ヨーロッパに行くことにしました。

8月から早天祈祷会を再開し、信仰の先輩である兄弟姉妹との交わりの中で学ぶことは多く、証を聞き又私も証をすることによって喜びで一杯になりました。そして、神様は私達が証をすることを喜ばれ、神様を宣べ伝えることを望んでおられることを実感し、今回の旅行でドイツのSとデンマークの上司夫妻に証をするように強く導かれました。彼等は教会には通っておらず、Sはどちらかと言うと仏教に興味があり、上司夫妻は海外赴任でイスラム圏にも長くいたのでイスラム教にも触れていて、特に上司はアラーもキリスト教の神も一緒だとかいつも言っていました。

Sは北ドイツのKiel、上司夫妻はこの時期はMalagaの別荘にいるので初めてスペインに行きました。ドイツ語しか話さないSのお母さんとも14年振りに会うことになりました。ちゃんと英語で神様を証することが出来、意義のある旅行となるように祈っていました。結果的には、向こうに行って2日後位には英語を話すことは問題がなくなり、お母さんともドイツ語で会話が出来、本当に嬉しい再会となりました。

10月のドイツは寒くなり始める頃でしたが、Sと野外博物館で過ごした日はとても良いお天気に恵まれました。動物や鳥を見ていた時、突然Wellensittichという単語が浮かびました。彼女に、「英語のparakeetのこと?」と聞いたらそうでした。それで思い出し、「以前飼っていたインコはお祈りをしていたのよ。」と話すと、「まさか!?」と驚いていました。以前インコを逃がしたことがあり、悲しんでいるのをイエス様がご存じで、「(次に飼う鳥の)名前はMimi。」と前もって名前を付けて下さいました。そして新しいインコは言葉を真似して、いつの間にかお祈りをするようになりました。後で調べたら、名前のMimiはMimicと言う単語から来ていて『人の真似をする』と言う意味だったことが分かり、やっぱり神様の声だったんだと私自身本当に驚いたことも話しました。

それがきっかけとなって、教会に導かれたいきさつや、初日に聖霊のバプテスマを受けて異言でお祈りしていること、その2ヶ月後に見た携挙される夢は受洗する預言の夢だったことを話しました。彼女は私の話にとても興味を持ったようでした。「S、私は聖霊を受けてから不思議な体験を沢山しているの。12年半前にHPを作って証を書くようにイエス様から導かれて証を50書いたの。4つか5つ位しか翻訳出来ていないけど。」と言ったら、「是非英語に翻訳して欲しい。」と言われました。色々な持病で苦しんでいる彼女の為に何年も祈っていますが、証の翻訳も頑張ってみようという気持ちになりました。又、6年前にドイツのキリスト教書店で、彼女の為に買った『Bete und Staune』という証の本と『あしあと』のドイツ語版の詩のカードをやっと渡すことが出来ました。そして、『Power in praise(讃美の力)』など、読んで欲しい本のタイトルを紙に書き出して渡しました。彼女の癒しの為にもイエス様に立ち返ることを願っています。

次に、30℃前後もある真夏のようなMalagaに行きました。上司夫妻とは2年半振りの再会です。毎年5月にCopenhagenのお宅にお邪魔していて去年だけ行かなかったので、昨年11月に金融不況で又私が失業してしまったのではと心配し電話がかかって来ました。その時も説明したのですが、会社は不況とは全く関係なく成長をし続けているし、職場環境も変わってハッピーだと話すととても安心した様子で喜んでいました。彼の秘書として働いていたのは、二つ前のデンマークの会社で、12年も前のことです。今は殆ど親しい肉親のような気持ちです。

別荘はゲストルームがないので近くのホテルに泊まり、朝10時から夜中の11時半頃まで、4、5日間ずっと一緒でした。二人はとても話題が豊富なので話が尽きず、私も毎日13時間半も英語を話していたので、英語はすっかり戻っていて、寝言まで英語になっている程でした。

上司がスペイン語の聖書を持っていたので、それを借りて見ていたら奥さんがやって来たので、「ここは使徒行伝の2章で、聖霊が降って来たところが書かれています。私の教会はこれと同じように今も異言で祈っています。Mも教会に来て聖霊を受けました。」と話しました。最近時々教会に来ているのは、デンマークの会社の時の元同僚です。会社は日本から撤退しましたが、彼等との出会いは大きなお恵みです。今回信仰を含めた色々な深い話をすることが出来ました。上司夫妻は尊敬出来る素晴らしい人達ですが、本当の信仰を持っているクリスチャンの家で育ったわけではないことを初めて知りました。これからももっと沢山神様のお話がしたいと思いました。

二つ目は、家庭集会を開くことが出来るようになった証です。約10年前にお恵みにより、広い住まいが与えられ、 イエス様に使って頂く為なのではないかと考えるようになり、具体的な形となったのが家庭集会でした。 祈りのうちに私が特に導かれたのは、まだ救われていない魂をイエス様の御元に導く為のかけ橋のような役割をするということでした。

お恵みにより、9月に初めて家庭集会を開くことが出来、先日23日には2回目を開くことが出来ました。 7年前に知り合って翌年に聖霊のバプテスマを受けたままのYさんの救いについては、ずっと恵みの御座でも祈って頂いています。 アルバイトとA社(ネットワークビジネス)の仕事を掛け持ちでしていて、A社の仕事が順調になればなる程土日が忙しくなり、ここ2年は全く教会に来なくなりました。

その彼をどうやって導いたら良いのかと祈っていました。仕事に結びつくようなことでもない限り家庭集会に来ないのは予想が付きましたので、 ギターの伴奏をお願いしたUさんに協力して頂きました。彼には、「クレンザーに興味を持っている人がいるので、 家庭集会が始まる一時間前に来てデモンストレーションをやってくれない。」と言いました。 そして、「家庭集会なので直接宣伝は出来ないけど、さりげなくA社のコーヒーを出し、A社のフライパンで焼いたケーキを毎回さりげなく出す。 あなたの顔を覚えてもらえばビジネスに繋がる”かも”よ。」と言ったら、喜んで家庭集会にやって来ました。 それによって毎回呼べるようになりました。 2回目の家庭集会には更にMさんも参加し、兄弟姉妹との交わりが出来感謝でした。

神様がどれだけ素晴らしい方なのか、みんなの証を聞いているうちに喜びで一杯になりました。 そして、参加して下さったそれぞれの人達が、殆ど初対面の彼等の魂の為に、心から愛を持って救いについて話してくれたことも、本当に嬉しく思いました。 教会の兄弟姉妹は私の大きな家族だと改めて思いました。 早く私も、S牧師先生がおっしゃっているように、世の中の仕事が副業で魂の救いの為の仕事を本業にしたいものです。 それが神様に救っていただいた、私が神様の為に出来る精一杯の恩返しかも知れません。