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どの地の、どの花も世界唯一の
日中友好平和発信の花
日本全国を日中平和友好
花の海に

日中平和友好大使蓮

徐 敦信、中国大使より中日友好の蓮の種
日本に、日中国交回復25周年記念として
1997年3月4日125粒をお贈りいただく


由来と目的

 1997年、日本と中国との国交回復25周年を記念して、第6代中華人民共和国 特命全権大使徐 敦信閣下に依頼し、日中友好の必要を知らせ、日中友好に関わるさまざ まな団体及び事業に取り組まれる方々、日本桜友誼林建設全国実行委員会の諸事業を始めとする日 中友好事業を広く多くの方々に知らせ、どのような時代変化があっても、日本と中国が過去の歴史 を教訓として、友好であり続け日中友好によって、全世界の平和にも貢献することを目的に、 坂本敬四郎が依頼し、個人として125粒のはすの種をお贈りいただきました。

 目的は---中国に日中共同にて1990年無錫市に3000本の桜の公園 桜友誼林を建設すると同時 に毎年中国に訪れ、訪れた都市ごとに桜を植え日本人として中国みなさんとの友好促進によって、 どのような時代変化、政局がどのように変わろうとも、両国民が友好であり続けることによって 平和を守りたいと願い当たっています。

 中国に友好を語るばかりか、日本国内に友好感情を広め、深めることが目的です。


中国に 友好の桜を 植えると 同様に
日本全国に平和友好の花として、そこに日中友好の必要を語る
 大看板を建立し日本国民全てに、日中友好の必要を常に語り広めることを 目的にしてのものです。

 看板は次々に発展するようすを知らせるものとし、植栽地ご尽力者名など内容は次々に 加筆されてまいります。




坂本敬四郎   第6代中華人民共和国特命全権大使徐 敦信閣下


群馬県妙義町中学校(合併によって、富岡市になりました)


 群馬県妙義町在住元教育長、日本桜友誼林全国 実行委員会常任委員守田 博先生には1987年に全国 実行委員としてご就任いただき、中国無錫市に平和友好の象徴桜友誼 林建設の為にと、ご尽力いただき、三代の町長、皆さんに顧問として、 ご就任いただくと共に全町民、近隣市町村大勢の皆さんに参加いた だくと同時に日本と中国との平和友好のための桜友誼林
建設の為に、大勢の皆さんを誘い共に訪れ、さらに、 関係小中学校にて中国児童の書画展の開催、中国への日本児童の書画紹介と 友好促進の為にと、多大なご尽力を成され、また、妙義町美術館にても盛 大な中国児童書画展の開催にご尽力され日本全国に、日中友好の発信を 成されておられます。

 妙義町中学校校門を入りますとコンクーリ―トで囲われた池があり、 そこに、由来が記された表示がされております。



 教育の場の祖庭として・・・日中平和友好大使蓮が咲きほこっています。

 毎年、学校教師皆さん、生徒みなさんによって手入れが成され、 町民皆さんの花として、妙義町では毎年、町の広報しに美しい 大輪の大使蓮を写真を持って全町民に知らせています。


群馬県太田市には・・・


 個人として、後援協賛いただく富沢町の安田久作先生、ご家族が ご自身の家に隣接する水田に平成16年4月種をまかれ、大変なお手入れを成され、 7月末より咲き始め8月11日早朝、お伺い致しましたところ、すでに参観の方が見え ておられ、そればかりか、次から次にと訪れられ・・・
 そこに張り出された以下の説明板をご覧になられ・・・

 この8月は広島に、長崎に原爆が落とされ多くの人々が命をおとし15日、日本は全面降伏した。

 どんな事があっても戦争はいけないまちがいだ。

 この花は平和のために咲く平和の花、友好の花ですね、良い花をみせていただきました。

 知り合いから聞いて見にきました。

 蓮華の浄土と言いますが平和の世界の象徴の花ですね。と語られていかれた80代と思われる男性の方がおられ ました。


日 中 平 和 友 好 大 使 蓮

 日本と中国との国交回復二十五周年を記念して、日本桜友誼林 建設全国実行委員会会長 桐生市の坂本敬四郎が、日中友好の促進を、更に一層に 発展させることを目的として要請し、

   中 華 人 民 共 和 国
      第六代駐日本国特命全権大使 徐 敦信 氏より

 一九九七年三月四日 中国大使館において・・・

 日本と中国との、子々孫々の友好を記念して、個人としてお贈りいただいたものです。

 当時の、中国国家主席 江 沢民氏のふる里であり、日本と中国の友好の歴史に語り伝えられる 奈良県の唐招提寺に祀られる中国の鑑真和上のふる里 中国の揚州を代表する、最上の蓮の種一二五 粒を、お贈り頂きました。

 一〇〇は無限を意味し二十五は、二十五周年を意味します。

 二十五周年の歴史を、一〇〇年に、二〇〇年に、それ以上、何千年の歴史を積み重ねようとの願いを もって、お贈りいただきました。


日本桜友誼林建設全国実行委員会は、

 一九八六年に発足し、日中両国民共同によって、過去の歴史を教訓として、未来永劫 の平和友好促進を願って、
中国無錫市に、三千本の桜の公園桜友誼林を、
 一九九0年に 完成すると 同時に、二00四年 五月までに、毎年の訪中によって 中国 国家を代表する、国際的名所、二十三カ所に日本の象徴である桜を植え、花を持って中国の方々に、日本国民 の友好感情を伝え、日中友好の促進に当たると同時に、・・・
   二00一年四月には、中国 湖南省 張家界市 桑植県に
    八二〇名の児童が学ぶ、日中友好小学校の建設をいたしました。
   ここで学ぶ子供たちは、生涯に日中友好を脳裏において語られる事と思います。 八十代の人が子や孫に、ひこ孫にと語った時に百年、百五十年と語り伝えられることにまでになります。
   蓮は 泥の中にあって 泥に染まらず
  凛として、美しい花を咲かせ香る 最上の花です。

 同様に、どのような時代変化、政局がどのように変わろうとも、歴史を教訓として、日中友好を 促進させ、全世界の人々の幸せのためにも貢献する為に、この中国・国家より贈られた平和友好の 大使蓮を、日本全国に知らせ・・・

 中国全土に、桜を植え友好を語りかけると、同様に友好のあり方を語り伝える為にと当たっています。

 日本桜友誼林全国実行委員会は、平和友好を確かなものにする為に日中両国民総参加 によって、平和を学ぶ為の、日中友好会館建設の為にも当たっています。
 太田市を中心とする地域においては、前太田市長 戸沢 久夫先生・・・現市 長 清水 聖義先生に顧問として、ご就任いただいておりますと同時に、大泉町の元県会議員 平田 清 久先生を始めとして、今日までの歴史の中で、福田赳夫先生、中曽根康弘先生、小渕恵三先生を始め として、群馬県下はもとよりのこと、日本全国に及ぶ衆参両院議員の心ある諸先生に、顧問としてご就 任いただいてまいっております。
 日中友好を子々孫々に促進させる事を目的にして、日本と中国、両国民共同によっての桜 友誼林建設という両国民が一体となって友好の促進事業に当たり、日中双方の、多くのみなさんに基金参加いた だいております。
 群馬県知事 小寺 弘之先生は、県のフラワーパークこの大使蓮を植栽いただいております。
 この日中平和友好促進運動の広がりは、日本と中国双方に、大きな波紋となって広がっております。
 尚、この日中平和友好大使蓮は、栃木県田沼町の、日本桜友誼林建設全国実行委員の 大沢 茂雄先生が、友好促進のために愛培する大使蓮の種を、群馬県藤岡市にあります、日本桜友誼林全国 実行員会の本部を通じて、この地に発芽させたものです。

 日本桜友誼林建設全国実行委員会では、桜(さくら)友誼 (ゆうぎ)林(りん)の町、中国無 錫(むしゃく)市への訪問と併せ中国の各都市に訪れ、桜を植え、日中平和 友好の道を広げ、続けています。皆様のご参加をお願いします。


日本の隅々に全世界津々浦々に、響き渡れと
日中友好大使蓮の歌をうたう声楽家




長岡 千枝先生

平成十六年(二〇〇四年) 六 月 吉日
日本桜友誼林建設全国実行委員会
後援、協賛、栽培者 安 田 久 作

                 たい   し   れん
日 中 友 好 大 使 蓮
作詞 坂 本 敬 四 郎
鈴 木 米 政
作曲 横 田 金 治
 一、 お さ な 児(ご) の
    ほ ほ 笑(えむ) む ご と く
    け だ か き は
    日 中 友 好 花 の 使 者
    鑑(がん) 真(じん) 和(わ) 上(じょう) ふ る 里 の
    香 り ゆ た か な 大 使 蓮

 二、 く れ な い の 
    花 の 蕾(つぼみ) に
    慈(じ) 悲(ひ) 甘(かん) 露(ろ) 
    つ つ ま れ 開 く 花 か ら は

    甘 く 清 ら な 香 り あ る
    平 和 を 語 る 大(たい) 輪(りん) 花(か)

 三、 ほ ほ な で る
    そ よ ぐ 朝 風
    こ こ ち よ く
    み ど り 葉(は) の 上、 水 ヒ ス イ
    音 す る ご と く 咲 く 花 は
    平 和 の 使 い 大(たい) 使(し) 蓮(れん)
    日 中 友 好 大 使 蓮




日中平和友好大使蓮を日本全国に

 まず、本部のあります群馬県藤岡市の中国物産館、 東西物産株式会社の前庭を出発点として、大きな水がめに植えております。


当時の総理大臣には
 当時の総理大臣であった橋本龍太郎先生には、 日本を代表する公園に平和友好の花として咲かせていただきたいと お贈り申し上げました。
 日本桜友誼林建設全国実行委員会の関係者を始として、 日中友好に関わる皆様にお贈りさせていただきました。

群馬県では
 群馬県知事、小寺弘之先生は群馬県宮城村の群馬県の フラワーパークに植えられ、ある会合のおりに発芽したばかりの蓮の写真を、 このように発芽したとお気持ちいただき頂戴いたしました。
 お忙しい先生の、日中友好への、心ずかいに、心から感謝申し上げております。


小寺 弘之 知事

岐阜県羽島市では
 日本桜友誼林建設全国実行委員会常任委員長 加藤 一乗 先生が、 その普及にあたっておられます。(蓮行寺 058-398-6718)
加藤 一乗 先生

世界平和大使蓮の町上里


JR高崎線(上り神保原−本庄間左側)沿線に立つ大 看板

公史参事官
呂 克倹 先生
 埼玉県上里町の日本桜友誼林建設全国実行委員会常任委 員 鈴木 米政 先生は、自宅の水田に大使蓮を植え、このものは現在上里町で数 十ヘクタールにと広がり町として栽培。尚JR高崎線沿線には多くの方々の募金 によって巨大看板が建てられ、年間高崎線に乗られる2300万人の方々に日中平和友好 を語りかけております。


鈴木 米政 先生

 又、1999年8月には、中国大使館より、呂 克倹先生 の出席と、日本全国より大勢のみなさまの、出席のもと、日本国総理大臣 小渕 恵三先生より、首相名によって、ご祝電を賜り、盛大に第1回、開花式典が行なわ れました。日中友好の大発信基地となっています。

 2003年には上里町の広大な町有地にも日中平和友好 大使蓮が植えられ・・・近隣市町村へと大きな広がりを見せております。
 埼玉県、群馬県、長野県、東京、神奈川県、千葉県その他、日本全国より も日中友好平和の花をと大勢の方々が訪ねています。



栃木県田沼町、NHKの1都6県で放映される (合併によって、佐野市になりました)
 田沼町の日本桜友誼林建設全国実行委員会実行委員 大沢 茂 雄 先生は、休耕田を借用しそこに日中友好大使蓮を植え、友好を知らせる大きな 看板を建てられました。多くの参観者によって新聞テレビに知らされ、大きく、報 道され2002年には1都6県というNHKの番組で紹介されました。
                      (0283-62-7562)

大沢 茂雄 先生

日中友好桜が取り持つ金蓮のまち
群馬県笠懸町では
(合併によってみどり市となる)

 日本桜友誼林建設全国実行委員会顧問、実行委員町長故森田満蔵先生は、 1990年より、日本から中国に、児童の派遣に当たり、多くの児童を中国に送り続け、中国より、 児童生徒を招き、桐生市を中心とする20万地域全体との交流に当たり、日中友好促進 の為に 多大な尽力おなされ、日本全体の児童交流に、多大な影響をあたえました。

 日本桜友誼林全国実行委員会として、一時の行事に、とどまらず、一町一村のことに とどまらず、日本と中国の友好を促進し、世界平和にまで結びつく、行為行動であり、 未来永劫に語り伝え、友好とこしえお願い、紹介、斡旋させていただきました。

 金連は、植物のパンダとも称せられる貴重植物です。

 その金連は、岩宿遺跡資料舘前庭の池に、中国唐時代の名刹惠山寺の池から、移植され、 咲き誇り、日中友好を語り伝えております。

 森田満蔵先生より、田村 確也町長と引き継がれ、とりわけ民間においては、笠懸町の 日本桜友誼林全国実行員大橋光二先生のご尽力、さらに全町民に及ぶ、皆さんに 友好促進ということからの、参加をいただいた町です。

 現在は、市町村合併によって、みどり市となり、新しい市長さん石原 条先生の元で、 保護管理さております。



森田満蔵先生


田村確也町長


金連


日中友好桜がとりもつなつめの里
群馬県薮塚本町(合併によって、太田市になりました)
藪塚温泉入口に
日中友好なつめの碑と大使蓮
東武線藪塚駅下車歩いて5〜6分
 群馬県より払い下げられた桐生市の高沢川の巨大な名石、 自然石による日中友好なつめの里の碑が建立され、楊 振亜閣下の友好を祈念する文字と共に 碑建立のためにあたられた、日本全国に及ぶ、方々のお名前までも刻まれております。

楊 振亜 閣下
 小川 喜一 町長時代1990年、 日中友好なつめの里を建設し、第五代中華人民共和国特命 全権大使楊 振亜先生、参事官劉 永翔先生ご出席のもとに、盛大 な祝賀式典がとり行なわれました。そこに巨大な自然石の碑が建立されました。
小川 喜一 先生

 更に温泉街入口に日中平和友好大使蓮を植えられ、7月、8月、9月と日中平和 友好大使蓮という美しいのぼり旗がたてられ、早朝から大勢のカメラをも たれた方々がさまざまな新聞報道によって群馬県下ばりか茨城、栃木、埼玉、 長野県、その他の地域など、大変遠距離よりも訪ねておられます。
 栃木県足利市から訪れた女性は、栃木県の大使蓮も群馬県に咲く大使蓮も埼 玉県に咲く大使蓮もカメラを持って友人と何回と無く訪ねていますと語れました。
 日本桜友諠林建設実行委員椎名義朗先生をはじめとする皆さんのお名前は永遠の歴史 にと、石の記念碑の中にあります。日本と中国の友好に、井戸掘られた偉人です。


 群馬県松井田町には(合併によって、安中市になりました)

潮 孝之 先生
 2002年日本桜友誼林建設全国実行委員会常任委員 小林 和夫先生、潮 孝之先先 生のご尽力により、町長先生を始とする大勢の方々のご出席のもとに植付けがされ、 新聞テレビに報道され、多くの方々の期待の中で育成されています。
小林 和夫 先生

群馬県赤堀町(合併によって、伊勢崎市になりました)では、2002年天幕城跡に
 日本の名所、世界の名所にと、同町 の磯地域天幕城遺跡の水田となっていた、広大な、お堀跡に金井 昇町長先生、 議長先生はじめ大勢の皆様の出席の下、日中国交回復三十周年を記念して2002 年6月1日、テレビ局皆さんの取材いただく中で、盛大な式典がもたれ、大使蓮の 根が植えられ、種がまかれました。

 2004年には、素晴らしいポスターが製作され、群馬県下すべての自治体に配布され、 何回と無く新聞テレビにて報道されました。自動車の駐車場が訪ねられ地権者の 皆さん、磯地域の皆さん、町が一体になって日中平和友好の蓮を育ちて、環境の整備 に当たっておられます。
 国道50号線からつながる広い道路から・・・日中友好記念大使蓮・・・という・ ・・のぼり旗が延々とたてられております。

 天上を・・・よしずて覆われた休憩場が設けられ、訪れる方々に、冷えた麦茶が提供 されておりました。
 綺麗に・・行き届きたハス園からながめる関東平野を一望する雄大な赤城山の眺望 と一体になって日中平和友好大使蓮、平和友好の一大発信地となっております。
坂本太郎君と地権者の金子先生、背後は雄大な赤城山
丁度、磯地域の皆さんで麦茶の接待をされておりました。
2004年7月

あかぼり蓮園と命名された広大な地に咲く、日中平和友好大 使蓮


群馬県伊勢崎市の栗原先生は
山梨県身延山久遠寺に
 日本桜友誼林建設全国実行委員会実行委員 栗原 秀明先生は、 大きな水がめに大使蓮を植え、山梨県身延山久遠寺に寄贈され、訪れる方々に日中友 好を伝えるためにと看板を建て事の経緯と目的を知らせています。水がめの中のメダカ は、子供たちを喜ばせているようです。
                (0270-32-7424)

栗原 秀明 先生


日本にまた一つ平和の花の新名所
日中平和友好大使蓮
群馬県・世界に知られる温泉の町
みなかみ町の師(もろ)に
元・月夜野町の、師(もろ)
群馬県利根郡みなかみ町師(もろ)
 さきはら一和の里
 植 栽 者
 田村 貞重先生
によって水田に植栽されました。
植栽の年・最初の開花日・2011年8月21日

一年目から大輪の凛とした、
素晴らしい花を咲かせました。



日中平和友好大使蓮咲く
群馬県利根郡みなかみ町師(もろ)
さきはら一和の里は、
群馬県の利根郡(片品村・川場村・昭和村・みなかみ町)
と利根・沼田市エリアにぞくします。

★日中平和友好★
大使連の咲きます所
JR上越線・後閑駅で、下車して、徒歩で30分余りの場所であり、眼下に、利根川の流れを眺めることのできる・海抜400メートル余りの、なだらかな丘陵地帯に、位置いたします。 水田があり、畑があり、四季折々の、おおらかな自然、米作をはじめ、野菜果物作られるところでもあります。
後閑・師(もろ)・下沼田線に、面しています。
日本のどかな一つの山村風景として、ご紹介いたしたいところです。

●自動車で、15分・パラグライダーの練習所として知られる・海抜1000メートルの、三峰山・山頂よりの眺めは、格別です。
今は、立木に覆われておりますが、かつては、360度遮るところなく、それはそれは、素晴らしい眺望です。 この場に立って、きれいなおいしい、空気をいただくだけにして、心身健やかになるを感じます。 大使蓮の、所より、自動車で、5分余りの、十六羅漢像で知られる・龍谷寺・鎌倉の建長寺とつながる名刹です。 ここなども、参観なされたならばと、お勧め申し上げす。

● みなかみ温泉・谷川岳・尾瀬ヶ原・片品村の吹き割の滝・多くの温泉もございます 大使蓮の咲く・みなかみ町(師・もろ)その他・近隣の観光地などについては、みなかみ町にお問い合わせください。


田村 貞重

   埼玉県本庄市総合公園には


埼玉県本庄市総合公園の立派な池に立つ・掲示板

日中友好大使蓮について
 このハスは、一九九七年、日本と中国との国交回復二十五周年を記念して、第六代・中華人民共和国 特命全権大使 徐 敦信閣下より日本と中国の、国交回復以前より日本と中国との、子々孫々の友好促進に当たっている。 日本桜友誼林建設全国実行委員会会長坂本 敬四郎氏が個人として頂戴した貴重な蓮です。

 中国と日本との友好の為に尽力した偉人・奈良の唐招提寺に祭られる歴史上の人物・鑑真和上ふる里であり・ 江沢民中国国家主席のふる里であり、徐敦信大使のふる里でもある・中国楊州市を代表する名花の蓮です。

 蓮は、泥中にあっても、泥に染まらず、美しい花をつけます。

 それと同じく、どのような社会変化の中にあっても、歴史を教訓として日中友好を促進させ全世界・人類の平和の為にまで 貢献することこそ大切です。

 この平和友好の美しい花を、日本全国の皆様に、ご鑑賞いただきたいと思います。

 また、日本全国津々浦々に、広めたいと思います。

 日本と中国との国交回復一九七二年二月二十九日調印。この度、日中友好にご尽力される。日中友好の会・日本桜友誼林建設 全国実行委員会・顧問・本庄市名誉市民・福島茂夫先生・同会顧問・茂木稔市長・同会・全国実行委員・福島喜弘先生によって、 日中友好の会・日本桜友誼林建設全国実行委員会・埼玉県北部支部会長・埼玉県日中友好大使蓮の会・会長(第三ー一) 鈴木米政先生栽培の ハスを御分けいただき、この地に定植いたしました。

第三―四・二〇〇〇年二月吉日・本庄市コミ二ュティ協議会

 茂木 稔 市長及び日本桜友誼林建設全国実行委員会常任委員 鈴木 米政実行委員 福島 喜弘先生のご尽力と本庄市民みなさんのご尽力によって2000年4月に植えられ毎年 みごとな花が咲いております。市民参加による開花式典も行われております。公園の一角 には、大使蓮植栽の経緯を知らせる看板が建てられております。
茂木 稔 市長

福島 喜弘 先生

   埼玉県美里町

 埼玉県上里町の日本桜友誼林全国実行委員会常任委員、埼玉県日中平和友好大使蓮の会会長の 鈴木 米政先生同様に、美里町ではご自身が持つ水田に鈴木先生より、分根いただき 日中友好大使蓮を植栽された。

井古田喜義先生


このことから繋がり、
さらに甘粕地区に有る


 長岡池にも植えられ、2006年7月より、毎年、2日間にわたり甘粕日中友好大使蓮祭りが 開催されおります。

 埼玉県美里町、甘粕日中友好大使蓮の会が結成され。根本 英博先生が会長に就任されました。





 花まつ盛りの時に合わせて、盛大に、八木節大会を開催、されております。

 1986年、当時、日本桜友誼林全国実行委員会の顧問としてご就任いただいた美里町春山 一三先生 及び、偶然にも、町長先生、姉君であります、根岸裕子先生に、中国無錫に、日中共同で、 桜の平和友好の公園、桜友誼林の建設の為に、埼玉県下全域に、及ぶ、広範な、地域の皆様に、 日本全国につながる方々にまでと参加いただくと言う。大募金活動を展開いただきました。

 すでに、春山 一三先生は、ご他界なされておられ、又、当時、日中友好促進と言う事から、 基金参加いただいた、多くの方々にも、ご他界なされて、おられる方も有るかと思いますが、 20年以上の、歳月が掛かりましたが、上里町同様に、美里町は、日中友好大使蓮の花の海と なっております。

 NHKをはじめとして、多くのテレビが取り上げ、多くの新聞社さまが日中平和友好大使蓮 として取り上げておられます。


神奈川県では

 日本桜友誼林建設全国実行委員会実行委員 横山 継雄先生を 中心に普及活動が展開されており、平和友好の美しい大使蓮が咲き誇るのも間近か であると思います。

横山 継雄 先生

北海道では
 日本桜友誼林建設全国実行委員会実行委員、北海道支部長 坂本 武 先生によって普及が図られております。日本全国大小個人を合わせますと、数百人数 十ヶ 所にと広がりを見せております。
坂本 武 先生

高崎市倉賀野の佐藤アサ子先生は
 中国製の大きな水がめに日中平和友好大使蓮を愛培され日中 友好を伝える、美しい看板を立てておられます。道行く多くの方々が立ち止られ、 また、毎年咲くを楽しみとされておられます。日本全国ではこのように成されてい る方々は大変おられます。


新潟県大和町では

市町村合併により南魚沼市となりました
上越新幹線浦佐駅下車



 大崎ダム公園に日本桜友誼林建設全国実行委員会実行委員 田邉 明先生、小林 芳 先生、田中 利雄先生の管理によって、大使蓮と中国無錫市の唐時代の名刹金蓮が植 えられ、訪れる方々に日中平和友好の花として親しまれております。尚、日中友好会館 建設基金の募金が継続されております。




     佐藤 英文先生     田中 利雄先生      田邉 明先生




 2008年9月13日、新潟より、わざわざ役員様一同で、お尋ねいただきました。

 左より二番目、田辺明先生、佐藤英文先生、大久保忠利先生、南雲伊三郎先生

 新潟県南魚沼市に、日中友好大使蓮紅蓮の会誕生

会長:田辺 明、実行委員:小林 芳、田中 利雄、佐藤 英文、松田千 代丸、 大久保 忠利

会員:田辺 明、田辺 マス、小林 芳、田中 利雄、佐藤 英文、松田 千代丸、 大久保 忠利、米山 定夫、龍谷 寺、林 主衛、割田 信男、田辺 光彦、目崎 勉、 駒形 元宗、田中 達一、南雲 宏、田辺 貢、遠藤 昭二、遠藤 ヒサコ、南雲 伊三郎、 関 虎一、松田 重敬、上村 雄一、大久保 チヤ、松浦 スミ、岡村 操業二人・・・




 大崎ダム公園での会員皆様での花見会の様子、すでに美しい日中友好大使蓮、何百、何千 という方々が、写真を撮られるばかりか、日中友好の花に子々孫々につながる友好をと、 思いをお寄せになられておられることと思います。

 大崎ダム湖公園は、さくらの名所です。

 7月、8月、9月の初旬まで、素晴らしい花一面となることと思います。皆さんの参観を、 お勧め申し上げます。





新潟県南魚沼市大崎の田中 一利(かずとし)先生撮影の日中友好大使蓮


本部のあります
群馬県藤岡市では


この看板は、本部のあります中国物産舘屋上の大看板です

 本部のあります群馬県藤岡市には、日中友好桜が取持つ瓦とはにわの藤の町として、 江陰の千年紫藤、無錫市の迎賓の藤が藤ヶ丘公園に吉野 益市長先生の時代に当会の仲介によって植えられ、 塚本 昭次市長時代に友好都市となり、現新井 利明市長にと引き継がれ大きく友好交流が進展しています。
新井 利明 市長

 中国江蘇省江陰市、西暦960年〜1276年、北宋と南宋の間の役所跡に千年紫藤といわれる ひと抱えほどある9本の藤が円を描くように植えられ、さながら九匹の龍が天に昇る如くに見え、 花咲くときには、日々数万の人々が訪れる、市民憩いの場となっております。

 その穂木を日中共同、さくら友諠林の町無錫市のご斡旋をいただき、お分けいただいたものです。

 この公園への植栽式には、無錫市人民対外友好協会会長の雷 煥文先生にご来駕いただき、 公園建設はじまりましたときに、藤岡市助役、ほか役員先生、日本桜友誼林全国実行委員会、 本部役員および、藤岡支部役員にて、無錫市の迎賓の藤と共に植栽いたしました。

 毎年、藤の花の季節、盛大に藤まつりが開始され、市の人口をはるかにしのぐ、 大勢の方々が訪れる、関東地方の藤の名所として、訪れる公園となっております。 日中友好さくらが取り持つ藤の町であり、中国江陰市との友好都市です。



中国物産館の鉢植えの迎賓の藤


群馬県玉村町では
 日本桜友誼林建設全国実行委員会実行委員 杉本 猛 先生が、水田に大使蓮を植栽し ております。ここには、この花招来に至る経緯が記された美しいみごとな看板が建てられております。
杉本 猛 先生

日中平和友好の大使蓮は
 日本桜友誼林建設全国実行委員会 本部
 日本中国温灸療法普及会 本部 などがあります。
 群馬県藤岡市立石615-1(0274-42-2057)
 中国物産館の前庭より全国に広がっております。新聞報道、テレビ報道及び実際に 直接ご覧になられる方々が、日本の総人口の人々以上になるように---日本全国を日中友好大使蓮の花の海 といたしたいと当たっております。
ご連絡、お問い合わせは
〒375-0002
群馬県藤岡市立石615-1
日本桜友誼林建設全国実行委員会 本部
ファックス 0274−42−8741
勝手ながら 郵便(返信切手同封)又は ファックス でお願いします。


坂本敬四郎が関係する団体、企業についての
ホームページアドレス
http://www2.gol.com/users/heiwa-friend/