背の高いコック帽

  もう、ずっと昔のお話です。
  ある小さな国の王様が言いました「どうだ、私に一番おいしい料理を作る者には、
他の者よりずっと背の高いコック帽をあたえるぞ」
  それまで、コック帽というのは一流のレストランのコック長でさえ、身の丈の4分
の1と何となく決まっていたので、背の高いコック帽欲しさに腕に自信のあるコック
達は、小さな町の皿洗いから、一流のコック長まで、こぞって王様の前で料理を作り
ました。

  お城のキッチンには、いつでも新鮮な材料が用意され、挑戦するコック達は自由に
そのキッチンと材料を使うことができました。

  王様は困ってしまいました。なぜなら、それぞれの料理はどれを取っても、みな美
味しく思えて、一番を決められなくなってしまったからです。
そこで、「これは!」と思う料理を出したコックには、帽子を5センチ伸ばしてもい
い、という許しを出すことにしました。そして何回でも王様の前で料理をつくらせま
した。

  少しすると町中にいろんな高さのコック帽をかぶったコック達が増えてきました。
彼らは、道ですれ違うと、お互いの帽子の高さを目で測り、自分より少しでも低いと
、「フン」という感じで通り過ぎるのでした。

  それでも王様は、まだ不満がありました。一番と思える料理に、出会っていなかっ
たからでした。
  王様は言いました。「すべての料理人は、私の前に自慢の料理を差し出すこと。さ
もなければこの国で料理を作ってはならない」と、
  そしてさらに、「料理人を二人一組で対決させて、一番を決める」とも…

  そのおふれは、国中の小さな村のすみずみまで回りました。
  小さな村で料理を出していて、コック帽の高さにまったく興味をもっていなかった
トロックという若者の耳にも入りました。
「しょうがないな、王様に食わせないと料理を作っちゃいけないってんなら、一度、
王様にも作ってやるか、」トロックは村では美味しいと評判で、村人のために毎日お
店を開けていたのですが、一週間お休みを取ってお城に向かいました。

  お城には、国中のコック達が集まっていて、順番を待つ間、ずっと帽子の高さのく
らべっこです。「あいつはおれより、5センチ低い。」「何だ、あいつは、偉そうな
事を言っていたくせに、まだあの高さか、」こんな風に…

  トロックがお城に入ると、みんなが目をみはりました。
  トロックのコック帽は、頭の高さと変わらない位、低かったからです。
「なんだあいつ、王様の前で料理を作らなかったいくじなしか?」「いや、どっかの
田舎の料理人さ、馬のえさでも作っていたんだ」 そんな声が聞こえました。
  そしてトロックの番がやってきました。相手は、よりによって国中で一番背の高い
コック帽をかぶった、王様のお気に入りのシェフと当たってしまいました。
  まわりのみんなは、大きな声で笑いながら「これじゃあ勝負にならないや、」「作
る前から決まりじゃないか、」と、言いました。でもトロックは、全然気にせずに、
「早く王様の料理を作って村に帰らないと、みんながまっているからな、」と思いキ
ッチンに入りました。

  おかしな事になりました。トロックがキッチンに入っても、いつまで経っても相手
のシェフが、来ないのです。
  どうしてかって言うと、シェフのコック帽は、何度も王様に料理を認められ、すで
に身の丈と同じ位の高さになっていて、キッチンの入り口で引っかかってしまったか
らでした。
  シェフは、しかたなく庭で料理を作ることにしました。
トロックは、いつも村のお店で出しているのと同じ野菜の煮込みを、いつもと同じよ
うに
つくりだしました。

  シェフはいろんな事を考えて、弟子に言いつけます「塩をキッチンから、持ってき
てくれ。それと、おまえは、このボウルを洗って…オイッ、お湯を取りにいったやつ
は、まだ戻らんのか!」  それはもう、大騒ぎです。王様に気に入ってもらいたいシ
ェフは、一度に何品も作っているので、なおさらです。
そして、大変なことになっているのに気づきませんでした。

  王様の試食です。
  トロックは、野菜の煮込み一品。対するシェフは、ばたばたしながらも、四品作り
ました。
  王様は、先ず、シェフの一品めに口をつけて、満足そうにうなづきました。そして
トロックの皿にも口をつけ、ちょっと驚いた顔をして二口めを食べました。
すこし間をおいて、へえーと、いうような顔をしてトロックの顔を見たあと、王様は
二品めのシェフの料理を、手元に引き寄せました。

  その時です、王様の顔は一瞬驚き、すぐに真っ赤になったかと思うと、今度は大き
な声で怒り出しました。
「なんだこれは!  私に虫を食べさせようと言うのか!!」
そうです、シェフの作った料理に、大きな虫が入っていたのです。きっと、庭で作っ
ていたので、何かの拍子に飛び込んでしまったのでしょう。
「すみません王様、そんなつもりじゃないんです。ただ、今日はキッチンで作れなか
ったもので…」シェフは大袈裟な身振りで謝りましたが、王様の耳にはもう、何を言
っても聞こえません。
  王様は、今度はトロックの方を見て言いました。「おい、おまえ、おまえの料理は
、なかなか良かったぞ。このシェフに変わって、おまえに国一番の背の高いコック帽
を授けよう。おまえを私の料理番にしてやっても良いぞ。」
シェフに対する腹いせもあったのでしょう、回りの者は大騒ぎです。
  でも、トロックは、ゆっくりと言いました。
「王様、僕はただ、村の人に料理を作っていたいだけなんだ。こんな背の高いコック
帽なんて、じゃまになるだけで、欲しいなんて思わないし…  だいいち僕にはこの料
理しか作れないから、王様も、きっと飽きちゃうと思うよ。だから王様が料理を作っ
ていいって言ってくれるだけで、いいんだよ。」
  王様は驚きました。これほどの名誉を、あっけなく断ってしまう者がいたからです
そして気づきました。コックの帽子を競わせた事が、とてもつまらない事だったと、
  こんどは王様がゆっくりと、トロックに言いました。
「そうだな、おまえの言う通りだ。…  ところで、ひとつ相談なんだが、月に一度で
いいから、城に来て、料理を作ってはくれないもんかな… 」
  トロックは、「わるいけど王様、今回の事でも一週間、村の店を閉めたんだ。毎月
一週間ずつ店を閉めると、村の人も困るから…王様が来てよ。そうしたらいつでも食
べさせてあげるから。」
  王様は、またびっくりしましたが、やがて「わかった、それではおまえの村に行く
事にしよう。」と、言いました。

  それからは、王様が、自分で国中を回って、トロックの村ばかりでなく、美味しい
ものを探して歩くようになりました。
  そして、コック帽の高さも、元のようになったのでした。

                                                              1996  M




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