やさしいライオン

ちょうど、きみのおとうさんが、こどもだったころのおはなしです。

あるまちのはずれに、どうぶつえんがありました。
どうぶつえんといっても、にわとりと、うまと、さると、にひきのぞう、
そして、いっぴきのライオンがいるぐらいの、ちいさなちいさなものでした。

どうぶつたちは、みんななかよしで、まいにち、ねるまえには、おたがい
「きょういちにち、げんきだったかあー」と、
それぞれのことばで、ぶじをたしかめあっていました。

いちばんげんきなぞうが、あいさつをはじめます「パオー」
するとつづいて「キッキキ」「コケッ、コッコ」「ヒヒヒン」「クーン」
さいごのこえは、ライオンです。

じつはこのライオン、おすなのですが、どんなときも、「ガオー」と、
なくことがありませんでした。いや、なくことができなかったのです。

かれが、このどうぶつえんにきたのは、3さいのときでした。
ライオンの3さいは、もうせいねんです。
かれは、きたとき、みんなにあいさつをしようと、こえをあげました。
「ガオー、ウォー」
おおきくくびをまわし、たてがみをゆさぶって、
「ぼくは、ここにいるよ、」と、つたえました。
でも、そのこえは、ほかのどうぶつたちを、ふるえあがらせてしまいました。
「たいへんだぁー、とんでもないやつがあらわれたー」
みんなは、いっせいにさけびだし、おりのなかをにげまわりました。

それからいちねんのあいだは、
だれも、ライオンに、こえをかけることはありませんでした。
ライオンは、かなしくて、それからおおきなこえをだすことができなくなりました。

しいくがかりのおじさんだけが、かれにやさしくはなしかけてくれました。
「ほうら、ごはんのじかんだ、しっかりたべて、
げんきなすがたを、おきゃくさんにもみせておくれ、」
そんなしいくがかりのおじさんにも、
ライオンは「クーン」とだけないて、こたえました。

けっしてほえることのないライオンは、こどもたちのにんきものになりました。

「やさしいライオン」いつしか、かれは、みんなにそうよばれるようになり、
ほかのどうぶつたちとも、だんだんなかよくなってゆきました。

たのしいひは、ながくはつづきませんでした。
「ライオンは、あの、せいかんなすがたと、ほえるこえがあってこそ、ライオンだ。
なのになんだ、うちのライオンは!
まるで、こねこがおおきくなっただけみたいに、ちいさくなくだけで…」
えんちょうが、あるひ、しいくがかりのおじさんをよびつけて、いいました。
「でも、ほえないからこそ、ちいさなこどもたちにも、にんきがあります。」
しいくがかりのおじさんもまけてはいません。
「いや、だめだなあれでは、いいか、らいげつに、
ほかのどうぶつえんのえんちょうたちが、ここにくる。
それまでに、あのライオンを、おとこらしくなくように、なんとかしなさい。 
いまのままでは、かっこがつかない。」
「でも、どうやって?」
「それは、きみがかんがえることだ。
もし、ひとつきで、ほえることができなかったら、ほかのどうぶつえんか、
じっけんしせつにでも、ひきとってもらう。
まあ、ほえないライオンなんて、どうぶつえんでは、ひきとらないだろうがな、」
えんちょうは、はきすてるようにそういうと、へやをでてゆきました。

しいくがかりのおじさんは、なやみました。
「おとなしいライオンを、むりにほえさせるなんて、
でも、できなきゃ、じっけんしせつにおくられて、もっとひどいめにあってしまう。」
  かれは、こころをおににして、きめました。
そして、えさのなかに、こうふんするくすりをまぜてみました。

でも、それをたべたライオンは、おなかをこわして、うずくまるだけで、
けっしてほえることはありませんでした。

しかたがないので、こんどは、えさのりょうを、はんぶんいかにしてみました。
ライオンは、ひにひにやせほそっていきましたが、それでもほえません。

さいごのしゅだんです。しいくがかりのおじさんは、ライオンに、いいました。
「すまない、あとみっかで、おまえがほえないと、ここをおいだされてしまうんだ。
だから、これからみっかかん、おまえにえさをやらないことにする。どうか、おこって
つよいこえで、ほえておくれ。」

ライオンは、ほかのどうぶつのことばは、わかりましたが、
ヒトのことばは、りかいできませんでした。
でも、おじさんのひょうじょうから、かれは、わるいひとじゃないと、
ほんのうてきにかんじていたのでしょう、
ただ、よわよわしく、「クーン」とないてこたえるだけでした。

ほかのどうぶつたちも、ライオンにおこっていることが、
ただごとではないと、かんじられてきました。
そしてみんながさわぎだしました。「たいへんだよ、このままじゃ、しんじゃうよ」
にわとりも、うまも、さるも、ぞうも、それぞれのことばで、いっせいにさけびました。
それとははんたいに、ライオンは、しずかにうずくまるだけでした。

もんだいのひがきました。
えんちょうは、ほかのどうぶつえんのえんちょうたちをひきつれて、
ちいさなどうぶつえんのなかをまわりました。

「えー、こちらが、うちのにんきもののライオンでございます。」
えんちょうのこえで、ほかのひとたちが、おりのなかをのぞきこむと、
そこには、よわよわしくやせほそった、いまにもしにそうな、
あの、やさしいライオンがうずくまっていました。

たくさんのひとをまえにしても、ライオンは、やっぱり、ほえませんでした。
えんちょうが、しびれをきらして、ほかのひとにいいました。
「いかがですか、どちらかで、このライオンをひきとっていただけないでしょうか?」
「しかし、こんなしにそうなライオンを、
だれが、ひきとるというのですか、ハッハッハッ…」
まわりのひとたちも、つられてわらいだしました。
そばにいたしいくがかりのおじさんは、かなしくなりました。
「これで、もう、このライオンは、じっけんしせつにおくられてしまう。
それも、ほえさせようと、わたしが、えさをあげなかったせいで…」

つぎのひ、おじさんは、えんちょうによばれました。
「あのライオンめ、わしにはじをかかせおって!」
えんちょうは、カンカンにおこっていました。
「わしは、きめたぞ。あいつは、じっけんしせつゆきだ!!」
それをきいた しいくがかりのおじさんは、おおきなこえでいいました。
「わたしが、わたしがひきとります。」
おどろいた えんちょうが、ききかえしました。「きみが?」
「はい、うちのにわに、おりをつくって、そこにすまわせます。」
「ばかな、いぬや、ねこじゃあるまいし…」
「だって、えんちょう、こねこがおおきくなっただけって、
ごじぶんでも、おっしゃったでしょう、」
「ふん!あれはたとえだ!それに、タダというわけにはいかんぞ、
いままでたくさん、おかねがかかっているんだからな!」
「それじゃあ、わたしのたいしょくきんで、」
「たいしょくきんって、ここをやめるつもりか?」

しいくがかりのおじさんは、ゆっくりとかんがえながら、いいました。
「わたしは、えさをやらなかったことで、あのライオンのしょうらいを、うばってしまった。
もし、もっとげんきそうにしていたら、ほかのどうぶつえんにひきとられて、
いまよりもっと、しあわせになれたかもしれないのに…
かれは、やさしいライオンです。
ほんとうは、ほえることができるのに、ほかのなかまを、こわがらせたくないから、
みんなと、なかよくしたいから、ずっとほえなかったんだとおもいます。
わたしは、これからも、かれといっしょにいたいです。だから、わたしもやめます。」

「かってにしろ!」そういいながらも、えんちょうは、ほくそえみました。
じっけんしせつにひきとらせても、たいしたおかねになるわけではありません。
それよりも、おじさんのたいしょくきんのほうが、はるかにおおいからです。

しいくがかりのおじさんのいえのおりは、かじやさんが、ただでつくってくれました。
「はなしは、きいたさ、おれにもてつだわせてくれ、」
にくやさんも、やってきていいました。
「ライオンは、たくさんたべるからな、うちのうれのこり、もってくるよ、これから、」
そういってくれました。、

おじさんのいえのじゅんびは、ととのいました。
いよいよ、ライオンの、ひっこしのひになりました。
おじさんが、ライオンにいいました。
「さあ、ひっこしだ、これからは、もうすこしだけ、すみやすくするからな、
それと、ほかのなかまにも、あいさつをしなさい。だいじなともだちだろうし、」
ライオンは、はじめて、おじさんのことばを、しっかりと、りかいしました。
おじさんのかおをじっとみつめたあと、ほかのどうぶつたちのいるおりにむきなおりました。
そして、ブルッと、みぶるいをしたあと、ひときわおおきなこえでほえました。
「ガウォー、グォー」
それは、ちからづよいおたけびでした。
そのこえは、ほかのなかまはもちろん、えんちょうのへやにも、
いいえ、まちじゅうのひとに、とどきました。
でも、だれひとりとして、こわがったりしませんでした。
だって、かれは、やさしいライオンだということを、まわりのどうぶつも、
まちのひとも、ちいさなこどもたちも、みんな、しっていましたから、

それからライオンは、おじさんのいえで、しずかにくらしました。
あいかわらず、けっしてほえることのない、やさしいライオンは、
ずっとずっと、きんじょのこどもたちのにんきものでした。

                                                 2001/7/14   M Hishida

  



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