ありがとう
ありがとう
これは、むかしむかしの外国のおはなしです。
ある村に病気で寝込んだ母親と二人暮らしの貧乏な若者が住んでいました。
彼は、母の病を治せる魔法の水の湧く泉が、東の山の向こうにあると聞き、旅に出ました。
大きな木の下にさしかかると、羽の折れた小鳥が、小さな声で鳴いていました。
助けたいと思っても、彼が持っているのは、水を汲む古い桶と、自分の家の鍵、
自分が食べる為の少しの芋と、けがをした時の傷薬だけでした。
若者は少し考えて、自分の家の鍵を、折れた羽の当て木の変わりにつる草で止めてやり、
先に進みました。
湖のほとりを歩いていると、甲羅の割れた年老いたカメが、うずくまっていました。
彼は持っていた少しの芋をすり潰し、糊を作って、割れた甲羅を張り合わせると、
さらに旅を続けました。
すると今度は、鞍のベルトでお腹が擦り切れた雌馬が、捨てられ、痛そうに横たわっていました。
きっと重い荷物を乗せられ続けたのでしょう。
若者は、持っていた傷薬で馬の手当てをしました。
気が付くと、彼は水を汲む古い桶のほかには、もう何も持っていませんでした。
若者は、山の中の深い森を、何日もの間歩き続け、やっとの思いで魔法の水の泉にたどり着きました。
でも、食べ物をカメのために使い果たし、ずっと何も食べていなかったので、桶に水を汲んだ時、
力尽きてへなへなと倒れてしまいました。
ちょうどその時、「ヒヒーン」といういななきと共に、毛並みの美しい雄馬が現われました。
「私の妹を助けてくれたのは、あなたですか?」と雄馬が聞いてきました。
「あなたの妹とは、お腹が擦り切れたあの馬のことで?若者がやっとの思いでききかえすと、
「そうです、やっぱりあなたなんですね、ありがとう」そう言って、彼の顔を覗き込みました。
「もうしわけないけど、お腹が減って、立つことはおろか、もう話す力も残ってないので…」
若者が言うと、「妹を助けてくれてありがとう。私があなたを担ぎましょう」と雄馬はかがみ、
彼を背中に乗せ、歩き出しました。
山の中の、森の奥に来た時、雄馬は立ち止まって言いました。
「さあ、ここのきのこは栄養が有ります。それを食べて、力をつけてください」
彼は言われるがままに、きのこを食べました。すると、だんだん元気が出てきました。
「どうもありがとう。私はもう歩けます。早く妹さんの元へお帰り下さい」
若者はそう言い、また歩き出しました。
深い森を抜ける頃、にわかに空が暗くなりはじめ、あっと言う間に大雨になりました。
森の中では、木の葉が傘になってくれるため、何とか先に進む事ができました。
何日も歩き続けると、天気も良くなり、彼は森を抜ける所にいました。
「あっ」本当なら、そこには平原が続いているはずでした。
でも、何日間かの雨で、彼の目の前には大きな大きな湖が、あらたに出来ていました。
若者は、一歩も前に進む事が出来なくなり、その場に座り込んでしまいました。
すると、遠くで、見た事の在る、ひびの入った甲羅が、光るのが見えました。
彼が直した甲羅のカメでした。
カメは、若者を指差しながら後ろに向かって何か言っているようでした。
その時です、何百というカメが一斉に、水のなかから浮かび上がり、彼の方に向かって物凄い速さで
向かってくるではありませんか。
一番初めに着いた若いカメが言いました。
「私達の長老を助けて頂いてありがとうございます。もしや何かお困りで?」
若者はびっくりしました。こんなにたくさんのカメを見た事がありませんでしたから。
気を取り直していいました「湖の向こうにある家に帰りたいのですが、とても泳いでは行けません」
「なんだ、それなら、私達がお送りしましょう」
若いカメはそう言うと、周りのカメを呼び集め、みんなで手を繋ぎ、前のカメのしっぽを噛むように
伝えました。
何百ものカメ達は大きないかだになりました。
「さあ、どうぞこの上に」かれは、その上におそるおそる乗りました。
ゆっくりとカメのいかだが進みました。
向こう側の岸についた時、若者はさっきのカメに礼を言いました。
「ありがとう。ここからは、歩いて帰る事が出来ます。長老を大切にしてください。」
若者は、先を急ぎました。
ふと、手に持った桶を見ると、中の水が半分しかありません。
ただでさえ古い桶だったのですが、それが今回の旅で、なおぼろぼろになり、水が漏れ出していたの
です。
「たいへんだ、家に着くまでに、無くなっちゃう」
そうは言っても、走ったりしたら、桶は大きくゆれて、なお水はこぼれてしまいます。
仕方が無いので、漏れている所を手で押さえて、抱えるようにして歩き出しました。
「バサッ バサッ」彼の頭の上を、大きな大きな鷹が回りました。
彼は、自分が狙われているのかと思い、身を伏せました。
すると、その鷹は彼の目の前に、ゆっくりと止まりました。
「この鍵はあなたのですか」口にくわえた鍵を地面に置きながら、鷹が言いました。
それは、確かに若者の物でした。
「はい」
「私の幼い息子を助けてくれたのは、あなたですね」
鷹は真ん丸の目で彼の顔を見て、いいました。
「羽の折れた鳥は助けましたが…」
「それは、私の息子です。あなたにお礼が言いたくて、探していました」
「息子さんは、元気になりましたか?」若者が聞き返しました。
「おかげさまで、飛べるようになりました。何かお礼をさせてください」
「それでは、私の家に、この桶を持っていっていただけますか、
ひびが入っていて、母の為に持ってかえった水が、無くなりそうなのです」
若者が申し訳なさそうに言うと、鷹は言いました。
「残念ながら、あなたの家を知りません」
「そうですよね、持っていけといっても、無理ですよね」
「いや、持っていきますよ、お安い御用です」
鷹は、大きな足で青年を桶ごと掴むと、ひょいっと飛び上がりました。
「それで、あなたの家はどこですか?」大空を飛びながら、鷹が聞きました。
「あそこです」空を行くと、あっと言う間に彼の家に着きました。
鷹は、水をこぼさないように、注意深く降りました。
「ありがとう」若者はお礼を言い鷹を帰しました。
母親の枕元に着いた時、それでも水は三分一ぐらい、桶に残っていました。
彼は、母に水を飲ませながら、その旅に起こった事を全部話しました。
すると、母親が言いました「そんな大変な旅をして持ってきてくれたんだね…ありがとう」
その水のおかげで、母もすっかり元気になり、二人は幸せに暮らしました。
若者は、その後も、鷹とカメと馬とは、ずっと友達だったそうです。
2003/2/18/ M Hishida
ご意見、ご感想をぜひメールでお寄せ下さい。hishida@gol.com
Back to MainPage