4.エイジェンシー理論と内部統制

 1987年のトレッドウェイ委員会は、アメリカ公認会計士協会、アメリカ会計学会、財務担当経営者協会、内部監査人協会、全米会計人協会の5団体によって組織された委員会のためか、つぎのように企業に重点を移している。

「信頼ある財務報告をなす責任は、まず何よりも企業の段階にある。社風を決め、財務報告環境を作り出すのは、最高経営責任者をはじめとする最高経営者層である。それゆえ、不正な財務報告リスクを引き下げることは、まず、報告主体である企業内部において始められなければならない。」13)
「最高経営者が作り出す社風「財務報告が行われる企業の環境または企業の風土「は、財務報告プロセスの誠実性に影響を与える最も重要な要因である。一連の規則と手続がどんなに立派に文書化されていても、社風に緩みがある場合には、不正な財務報告が発生する可能性は非常に高い。」14)

 そして、最高経営者が作り出す社風を改善するための枠組みとして、つぎの3つの段階が示されている。

「第1段階 その企業特有の要因を含めて、不正な財務報告の原因となる要因を識別し理解すること。
 第2段階 かかる要因が原因で企業内部で生ずる不正な財務報告リスクを評価すること。
 第3段階 不正な財務報告の防止または発見について合理的な保証を与える内部統制を設計し、実施すること。」15)

 段階1と2については「不正な財務報告リスクの評価のための実務指針」16)。「内部統制に関する指針」については、トレッドウェイ委員会の後援団体が協力して取り組むことが勧告されている。その結果が、後で紹介するCOSO報告書である。「不正な財務報告リスクの評価のための実務指針」は「企業経営を行うということは、不正な財務報告に結びつくさまざまな要因を本質的にもち込む、ということである。」として、つぎのように述べている。

「企業経営の立場からすれば、この実務指針のなかで取り上げられている要因は、多くの場合、多種多様な企業経営および管理上の決定に関連して考慮される要因と同じである。たとえば、不正な財務報告の動機と機会は、目標による管理そして分権化された経営といった、経営手法としては極めて有効な経営技法からもたらされる場合が多い。不正な財務報告リスクを評価するということは、特別の努力を必要とするものではなく、こうした要因が不正な財務報告に対して示唆しているところをより深く認識し、そして、それらに絶えず注意を払うことを求めているにすぎないのである。」17)

 階層的な意思決定過程に関する情報経済学的アプローチに、エイジェンシー理論がある。エイジェンシー理論では、1人の人間が、何らかの用役を自らに代って遂行させるべく他の人間と契約関係にあるとき、2人の間にエイジェンシー関係があるという。そして依頼する側をプリンシパル、依頼される側をエイジェントと呼ぶ。プリンシパルとエイジェントとの間に二つの本質的な不一致があると仮定する。一つは個人的利害の不一致である。もう一つは、2人のもつ情報の不一致である。エイジェントの方が任された仕事についての情報をより多くもつのが一般的で、その情報格差を自分の都合のよいように利用しようとする誘因をエイジェントがもつことが、エイジェンシー関係の本質の一つとなる。18)

 コーエン委員会には効率的市場仮説の影響が見られたが、トレッドウェイ委員会にはエイジェンシー理論の影響があると考えられる。情報利用者の意思決定から、情報提供者の意思決定へ、分析の対象が転換しているわけである。そのため、コーエン委員会は内部統制でコントロールされるべき情報を拡大したが、トレッドウェイ委員会は内部統制の範囲をつぎのように企業の統制環境にまで拡大した。

「企業の統制環境とは、内部会計統制が適用され、かつ、財務諸表が作成される状況である。企業の統制環境には、経営者の経営哲学と経営のやり方、組織の構造、割り当てた権限と責任を伝達し遂行する方法および人事管理の方法が含まれる。統制環境は、企業の財務報告書が作成されるプロセス全体に広範囲な影響を及ぼしている。」19)

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Last updated on 9 April 1996
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