(GMT)「Ukraine 1943」 対戦速報


                          山内 克介




 
この記事は、YSGA会員専用メーリングリスト「YSGA−ML」に掲載されたプレイ報告をまとめたものです。
 本記事を読んで、この名作に興味を持っていただけたなら幸いです。




   ◆
20世紀の神話 ”Ukraine 1943”

 
俊英デザイナー、マーク・シモニッチ氏が、(AH)"Hannibal"以来、5年の沈黙を破って遂にリリースした話題の新作(GMT)"Ukraine 1943"ですが、先日の土曜日に4人で7ターンまで、そして月曜火曜に泊り込みで、4人で13ターンまでプレイしてきました。

 それで感想なんですが、ちょっと簡単には説明できないほど、全てにおいて完成度が高いです。
 いまだに感動の余韻(知恵を振り絞りきった心地好い疲労感)に浸っています。

 プレイに参加した5人(土曜と月火ではプレイヤーが1人入れ替わり)は、異口同音に、
「総合的に見て、(GMT)"Barbarossa"シリーズの完成度を凌駕している。これをプレイすると、今までのどんな作戦級ゲームも色褪せて見えるほど。もしかすると20世紀のウォーゲームが辿りついた究極かもしれない」「これこそ次世代を担うシミュレーションゲームだ」「こんなゲームがプレイできるなんて、今までシミュレーションゲームをやっていて本当に良かった」と、感想を述べ合いました。

 あまり軽々しく絶賛すると、かえって信憑性を疑われますが、ちょっとこの(GMT)"Ukraine 1943"の場合は、他に評すべき言葉が見つかりません。

 最後に、これからプレイされる方に、ちょっとアドバイスを・・・
  1. 両軍とも〔4.7〕強行軍ルールを最大限活用しましょう。敵ZOCから敵ZOCへと強行軍も行なえます。
     またソ連戦車軍、ドイツ戦車軍団とも、第1移動フェイズに強行軍で反撃場所へ接近し、突破移動フェイズに接敵して攻撃を行なうという運用が鍵を握ると思います。


  2. ドイツ軍は、ZOCボンドの形成にこだわらないほうがいいようです。少々戦線に穴が空いていても、戦闘部隊の温存を最大限に図らないとドニエプルに追い詰められた際、破滅するでしょう。
     実際のプレイでは、戦線の形成にだわって兵を失い、サポロジュが史実より2ターン(10日)早く陥落して、第13ターン(全21ターン)にサドンデス負けしました。 敵ZOCから離脱するのに追加2移動力かかるので、そのルールを活用してドイツ軍部隊の温存を図るべきでした。

  3. 主要鉄道の交差点であるハリコフ、スターリノの都市ヘックスは、例え歩兵3個師団を捨て駒にしてでも立て篭るほうがいいようです。都市は退却(DRのみ)を打ち消す事ができ、イの一番に陣地化を図っておけば、ソ連軍としては攻めるべきか、包囲して兵糧攻めにすべきか、苦悩させること請合いです。
     もしかしたらこれらの都市は、ドイツ歩兵1個師団に保安師団1個で、3ステップの死守兵力というのがベストなのかも知れません。
     またハリコフの防衛には、ビエルゴロドの町に1個歩兵師団を立て篭らせて死守させるのも効果的だと思います。

  4. サドンデス条件が絶妙なので、ドイツ軍は常にソ連軍が獲得したVPを確認し、敵に奪われてもいいVP地点と、耐え抜かねばならないVP地点とを判断しなければならないでしょう。
     特にゲーム中盤では史実同様、サポロジェの防衛が勝敗を決めるようです。サポロジェはドニエプルの東岸にあるため、退却を強要されると潰滅する以外にないので、サポロジェの町の外周に陣地を築いて防衛しなければなりません。
     しかし、それを守る兵力をどこから抽出するかで、ドイツ軍プレイヤーは苦悶せざるをえないでしょう。

  5. 両軍に言えることですが特にドイツ軍は、装甲軍団を崩さずに集中運用しなければならないと思います。
     戦線が破綻して、ついつい装甲師団を派出させて穴埋めしたい誘惑に駆られますが、グッと堪えてバックハンド・ブローをかますというのが、最終的には戦線を守ることになるでしょう。





   蒜(さん)たり!“Ukraine 1943”

 いまだ
(GMT)"Ukraine 1943"の衝撃醒めやらぬところですが、またぞろ次の対戦が迫っていますので、取り急ぎ対戦レポートをアップしておきたいと思います。
 私の拙文で、どれだけこのゲームの素晴らしさをお伝えできるか分かりませんが、この感激を誰かに伝えずにはおられません。

 なお、知らない方も沢山いらっしゃると思いますので、対戦レポートの前に、まずは
(GMT)“Ukraine 1943”の簡単な紹介をしておきます。(ただし現在手元に現物がない−翻訳者の所−ので、ルールと対戦経験による概要だけ)

  • 1943年8月15日頃〜11月15日頃までのウクライナ戦域(パウル・カレルの焦土作戦は必読です)

  • ユニット的には独軍が師団規模、ソ連軍は軍団規模。これに両軍の戦車旅団や独立戦隊 (独軍のトルクメン反共義勇兵グループ等)が加わります。
    また軍司令部や方面軍司令部、装甲軍団に戦車軍、打撃軍マーカも戦力ユニットとなります。

 ユニットの考証も正確で、SSダス・ライヒ〜ヴィーキング師団の兵科マークは、ちゃんと装甲擲弾兵(装甲師団に昇格するのはのちの事)になっています。
 また第6ターンに登場するSS騎兵師団には、「SS第8騎兵師団フロリアン・ガイエル」と名前が入っていないので調べてみたら、43年10月22日に上記の正式名称が与えられたのであり、それまでは単に「SS騎兵師団」と呼ばれたと判明。

 唯一の考証ミスは、ソ連の自走砲旅団のイラストがSU-100になっている事ぐらいでしょうか。ただし車種はゲームに関係ありません。
 もし日本でライセンス化するなら、イラストとしてはSU-76MまたはSU-122短砲身が妥当でしょうか?
 皆様の御意見は如何でしょう?
 (ちなみにSU-85の生産開始は1943年夏からで、このゲームに登場する3個旅団全てが装備するには早過ぎるように思われます)

 ヘックスの規模は10マイル(約16q)、1ターンは5日間です。

 コンポーネント的には、フルマップ1枚と8ヘックス幅の追加ミニマップ、ユニット280、ルールブック (シナリオ4本、歴史背景、デザイナーズノート、ディベロッパーズノート、プレイヤーズ・ノートと至れり尽くせり)、見開きチャート2枚(裏面は史実配置による第1ターン目のリプレイ兼戦闘例をフルカラーで!!もう嬉し過ぎます)、史実セットアップ用戦闘序列表(本来は、決められた配置エリア内に両軍が交互に配置していくもの。しかしヒストリカル・ゲーマーと、フリーセットアップなんて面倒っちぃと思う人の為に史実配置表も用意する気の配りよう)

 ゲーム・シークエンスは、以下の通り。

  ソ連軍プレイヤーターン
   (1) 7ターンからの天候判定
   (2) 6ターンからのソ連中央方面軍進撃チェック
     (マップ北端からのソ連軍登場ヘクスがウクライナ戦線の戦況に関わらず前進する)
   (3) ソ連軍燃料欠乏チェック
   (4) ソ連砲兵回復
   (5) ソ連空軍回復
   (7) ソ連軍第1移動フェイズ
   (8) ソ連軍第1戦闘フェイズ
   (9) 独軍リアクション・フェイズ(3スタックのみ)
   (10) ソ連軍突破移動フェイズ
   (11) ソ連軍第2戦闘フェイズ
   (12) ソ連軍終了フェイズ
      (ソ連の混乱マーカ除去、補給/消耗チェック、鉄道修理、舟橋完成/撤去、
      サポロジェ・ダム破壊の順番で解決)

  独軍プレイヤーターン、上記(4)〜(12)を陣営的に逆に読んで実行。

 戦闘結果表は、最低1−3から1.5−1を含んで、最高5−1までという一見、単純なもの。
しかし実際にプレイしてみると絶妙に設定された戦闘結果表に、プレイヤー全員が泣き笑い。
 戦闘結果の傾向としては、あくまで退却主体であって、大出血型ではありません。ただし、シモニッチ氏お得意の防禦側ステップの多少による付加損害によって出血を強要できます。
もちろんこの場合、自軍も出血します。 また、移動していないジューコフ元帥の4ヘクス以内では、ソ連軍が1ステップ犠牲にする事で参戦規模(マグニチュードと呼称)を1増加させることができます。

 攻撃側は戦闘結果によって要求された損害を、最強戦力のユニットから適用しなければなりません(参戦規模による付加損害では制限なし)。
 この為、当初は暴れ回れる独軍装甲師団やソ連戦車軍も、暫くすると全て半減面となり、全滅を恐れて積極攻勢や反撃を躊躇しだします。

 地形効果は、合計防禦力にプラスする単純なもの。ただし合計防禦力の2倍を越える事はありません(例えば都市は+5貰えますが、トルクメン義勇兵の3防禦力では、8ではなく6防禦力にしかなりません)。
 なお、都市と陣地に対する攻撃では、戦闘結果(色付サイコロを振ります)のサイの目が1〜4であると、攻撃側は追加1損害を出さなければなりません。ソ連軍には町〜都市、陣地攻撃に1シフトを与える工兵旅団(サッパー/対壕)がいますが、追加損害を受けると必ず犠牲に供されます。

 独軍には3個の装甲軍団ボックスとマーカーがあり、攻撃時1シフト、防禦時+2戦力を提供してくれます。ボックス内には独軍のスタック制限通り3個師団と第506重戦車大隊(攻撃時1シフト、防禦時2戦力)または1個突撃砲旅団(攻撃2、防禦1戦力のZOCなし部隊なれどステップ損害の吸収に有用)が置けます。
なおSS第2装甲軍団の場合、最低1個師団はSS装甲擲弾兵師団が入っていなければ、国防軍の機械化師団は入れません。
 ソ連軍の場合、軍ボックスとマーカーは極めて重要で、スタック制限を増加させる能力があり、攻撃防禦とも2戦力を追加してくれます(独軍と違ってシフトは貰えません)。

 絶妙な弱ZOC(離脱に+2移動力)と、進入禁止ZOCボンド・システムで、プレイヤーの頭脳をフル回転させること間違いなし。
 普通のゲームでは完全に包囲されているようでも、味方がうまく隣接できれば救出したり、補給/連絡線を繋げたりができる。




  
***第1回戦 (8月12日(土)の初プレイ)***

 本作のデザイナー、シモニッチ氏から事前に英文ルールを送ってもらっていたので、既に和訳ルールは完成していたものの、肝心の現物を16個とも全て船便で注文していたので地団太踏んで悔しがっていました。
 ところが、7月22,23日のYSGA例会に初参加されたHMさんが本作を航空便で手に入れたと聞きつけ、相談を持ち掛けたところ、快く貸して下さり、急遽初プレイが決定しました。

 これを受けて和訳ルールを有志6人に配布し、当初3人でプレイする予定が、当日になって「是非私も」と1人増え、4人で初プレイを行ないました。
 担当は、ソ連軍北部:HM氏、ソ連軍南部:私、独軍北部:SB氏、独軍南部:本作の翻訳者YG氏。
 事前に史実セットアップをしていてくれたので、4人集まって和訳ルールの疑問点を協議の後、すぐにプレイ開始。

        (以下、字数削減の為に「である調」に変更させていただきます)

 ソ連軍の主力は第5親衛戦車軍マーカと第1戦車軍マーカを有するハリコフ前面のソ連軍北部であり、史実通り(っていうか主要鉄道に沿って前進する為)ハリコフを奪取を目指して大攻勢。
 しかし、前線の要塞線に篭る歩兵師団を粉砕して独戦線後方へ突破したものの、即座に独軍第48装甲軍団に反撃される。それにもめげずハリコフへ肉薄するソ連2個戦車軍団、そこへさらに独軍南部から第3装甲軍団が駆けつけ、ソ連2個戦車軍対ドイツ2個装甲軍団による熾烈極まる攻撃の応酬。

 史実では
「1個軍を失うぐらいなら、都市1つを失う方がマシだ」とハリコフを放棄する事に決めたドイツ南方軍集団司令官のマンシュタインだったが、SB氏演じるマンシュタイン(マーカー)は、直接ハリコフに乗り込み、7ターンに渡って1歩も引かずにハリコフの攻防戦を戦い抜いた。
 
(コマンド誌14号)「リング・オブ・ファイア」で、過激なまでに描かれた43年夏の第4次ハリコフ戦だったが、このUkraine 1943をプレイして初めてその全体像を掴む事ができた(Ukraine 1943でのハリコフ戦を見ていて、私は無性にリング・オブ・ファイアがやりたくなった)。
 この結果、2度ハリコフに隣接したソ連軍であったが、その度にドイツ軍に手痛い反撃を喰らって一時は独軍圧勝に見えたが、着々と補充と増援を集結させていたソ連軍北部プレイヤーのHMさんは、途中からハリコフ戦を偽瞞陽動と位置付け、独軍左翼の突出部から第2次攻勢を発動。

 これの対応に苦慮しているうちに、いつのまにか復活したソ連2個戦車軍がジューコフの指導(身を捨てて、敵に出血を強要)の下、ドイツ第48装甲軍団に襲いかかり、一挙に3ステップロスを与えて軍団内の全師団が半減面とされた。
 それまでの戦闘では、ドイツ装甲軍団を恐れる余り、軍団に対して直接攻撃をかける事はなかったが、反撃を受け続ける内に独軍の主力を消耗させなければ戦争に負けると判明し、こちらも自軍の損害を嫌って活用していなかったジューコフを呼び寄せての激突となった。
 かくして、遂に独軍北部戦線は破断界を迎え、
「第4次ハリコフ戦での活躍が夢のようだ」と呟きつつ、独軍の撤退が始まったのであった。

 この間、ソ連軍南部では、イジェム突出部からの突破が、SS第2装甲軍団の驚異的活躍によって粉砕され、ドネツ鉱山地帯に対する正面攻撃は、低比率(1対1〜1.5対1)ながらも絶え間なく続けられるも、武運拙く(4回も最悪のサイの目(1)に見舞われ)犠牲ステップの山を築くばかり。
 最後の手段として第5打撃軍に、親衛騎兵軍団と陣地師団(ちなみに打撃軍ボックスには機械化軍団は入れない。ただし戦車/自走砲旅団はOK)を入れて攻撃したところ、なんとか陣地線突破に成功。そのまま、南下してタガンローグの奪取を目指すといったところで夜8時となり、この第7ターン終了までとした。

 その後、4人でファミ・レスに行き、この
Ukraine 1943について話し合いましたが、2時間かけても話題が尽きる事がありませんでした。
 あらゆる点において至れり尽くせりの
(GMT)Ukraine 1943では、まだまだ書き足らない点ばかりですが、そろそろ腕が疲れてきたので、取り敢えず今回はここまでということで‥‥‥。

 いや〜、いかんいかん。もうちょっと、書かなきゃ。




***第2 (8月14日〜15日の泊り込みプレイ***

 初めての対戦が終わってから、各自ルールを読み直したところ、大変なルールミスを発見!。それは『第1ターンの独軍リアクション・フェイズでは奇襲効果として、通常の3スタックではなく、1スタックだけしかリアクションを行なえない』と判明。愕然とするプレイヤー達。

 最初のプレイは、あくまでテストプレイと割り切って、気を取り直したメンバー等は、この対戦の2日後、副会長宅に泊り込み、第13ターンまでプレイした。

 そのプレイでは、やはりリアクション・スタックの制限により、第1ターンに独軍戦線4ヵ所に大破口が穿たれ、慌てた独軍はハリコフを早計に放棄。
 陣地線を抜かれた独軍が頼りにするのは、細々と流れる小河川のみで、ZOCボンドの形成に腐心する独軍北部プレイヤー(私)が、独軍南部から兵力を抽出してもらった為に、今度は南部戦線が破綻。
 その上、趣味に奔ってトルクメン義勇ユニットやSS騎兵師団を前線に投入したところ、かえってそこにソ連軍が尾け込んで北部戦線の崩壊を招く羽目に・・・

 かくして、第8ターンに破断界を迎えた独軍戦線は、劇的なまでに崩壊し、ドニエプル河目指して大敗走。独軍北部ではドニエブルを渡れたのは減少面の装甲師団だけという有様。しかし、これによりソ連軍は鉄道修理の進捗が追い付かず、結果として戦線は安定することとなった。

 その間、独軍南部では、秩序立った後退でサポロジェ、ドニエプロペトロフスクに到達するも、もぐら叩きのように随所でドニエプルを渡河してくるソ連歩兵の対応に追われて機動予備を奪われる結果となった。
 ヴォータン陣地線(陣地未完)を抜かれて、急いでニコポリ防衛線の構築に入らざるを得なくなった独軍は、南部に増援のソ連第3親衛戦車軍が派遣されたのを受けて、サポロジェ外周陣地からサポロジェ市街へと撤退。ルーマニア師団を含む3個師団で死守を命ずるも、第13ターンに一斉攻撃を受けてあえなく陥落(退却を要求されて、ドニエプル河で溺れた)。

 同一ターンに北部でクレメンチョークを放棄していたのが祟って、ソ連軍のサドンデス勝利(ターン毎にソ連軍獲得基準VPが決められており、基準VP+6だとソ連勝利、−6だと独軍勝利で即決終了する)が決定した。

 プレイが終わると同時にソ連軍プレイヤー2人は、その場に倒れ伏して昼寝するほどの知的疲労ぶり。独軍プレイヤー2人は、呆然としつつも敗因の検討に入った。

 その後、ファミ・レスで2時間話し合い。この3日で、合計6時間以上もUkraine 1943について話し合ったが、全く尽きせぬ話題に、その完成度の高さが伺われた。

追記:
2回目のプレイでは、殆どのルールを使うことができたが、唯一「空挺降下」だけはタイミングを逸して使用せず仕舞い。
 もしドニエプロペトロフスク周辺でソ連歩兵が強行渡河した際に都市の背後に降下させていれば、ドニエプロペトロフスクを早期に陥落させていた可能性も大きい。
 またヴォータン・ラインを破ってノガヤ大草原を進撃した際、クリミヤ半島の入口ペレコプ地狭(2VP)に対して降下していれば、独軍はもっと破滅的状況に追い込まれていただろう。
 最寄りのソ連軍から5ヘックス以内にしか降下できないとは言え、空挺部隊の運用は常に頭の片隅に入れて、虎視眈眈と降下タイミングを見計らうべきだろう。

 なお、プレイ中はノートPCでコンシム・ワールド(ConsimWorld.COM)内「Ukraine 1943専用会議室」の138発言を読みつつ、頷いたり笑ったりと大忙し。
 一番面白かったのは、「キャンペーンゲームは大変すぎやしないか?」というコメントに対する発言で、『真の男ならキャンペーンゲームをやれ!』というもの。
 お前は、キャプテン・ハーロックかッつーの!! 


※今後、シモニッチ氏信奉者の事を『シモニスト』シモニッチ氏のような細部にまで完璧に配慮する精神(デザイン思想)の事を『シモニズム』と呼称しましょう!