市会議員訪問

11月16日(火)

午前中、鈴木氏と市会議員の岡まち子氏を訪問。日本考古学協会が11/12までに回答を求めた「再要望書」に対する市の対応を聴くために、文化財保護課に面会を求める。市議が文化財保護課に電話すると、ちょうど課長は文化財保護審議会委員の人たちと「小室山」へ行っていところだとのこと。そこで、あらためて午後、課長らが戻るのを待って文化財保護課に行こうということになった。

午後1時、小室山から市役所に戻ってきた文化財保護審議会委員たちに、鈴木氏がたまたま出会う。鈴木氏は審議会委員たちから、「残存文化財については市で責任をもってやってもらえるようにする」、ということばを聞く。審議会委員から文化財保護課にアドバイスがあった模様。

鈴木氏が、1時半頃、岡まち子市議の部屋に戻るとと、今度は、市議を訪れた文化財保護課長らと出会う。市議の部屋で、課長と鈴木氏らとが話す。その場に同席した飯塚が理解した範囲では、審議会委員からアドバイスを受けた後の文化財保護課の考えは方は次の通り。

●境界部分の工事に伴って、土器等が出てきそうな局面では市の職員が立ち会って、文化財を保護し、のり面の断面は記録保存する。

●「南側のおよそ幅10mの部分も調査は終えている」という、文化財保護課の見解に変更はない。

鈴木氏は、市が残存文化財を保護・記録保存してくれるのが本来の姿であるとし、そうであれば、ボランティアまで動員する必要はない、とした。

その後、鈴木氏は課長らと文化財保護課に行き、工事に伴って特に注意してほしい部分を図示しながらお願いした。また、工事現場の東隣の市有地部分を史跡として指定してもらえるよう、文化財保護課にお願いした。

飯塚が文化財保護課の山形さんに「再び調査するという話にならずに済んで、少しホッとされたのではないか。」と声をかけると、担当者は「他の地域での発掘調査のこともあり、業者との信頼関係は崩したくない。」と述べた。

鈴木氏が示した、要注意部分は、南側の境界線から約10m幅の部分と、東側の90cm幅の道の部分。

【個人的感想】「小室山」から帰って来た文化財保護課長さんが、「こむろやま」と言っていたのが気になった。2003年7月8日に文化財保護課に、小室山が競売になるからなんとか保全できないかと相談した。8月と9月には2度にわたって署名簿も提出した。そのことは埼玉新聞に載り、朝日新聞にも載った。少なくとも、文化財保護課の中で「おむろやま」についての議論がなされていれば、課長が遺跡の名前を言い間違えるはずはない。「馬場小室山遺跡」の発掘に長く関わって来た旧浦和市の職員と旧大宮から来た課長との間のコミュニケーションが不足していたのではないか。苦労して署名を集めたひとりとして、担当課長には署名簿が提出された理由を理解するだけの知識のバックグラウンドがあったのだろうかという疑問とともに、一抹の空しさ感じた。

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