050715申請書をめぐって

2005年7月15日

文化財保護課の山崎調整主幹から電話

午前中、山崎調整主幹から電話をいただく。12日に提出した申請書について、住所は事務局のものとしてほしいこと、電話番号も局番違いだったので直してほしい、とのこと。当方のまちがいを謝って、急ぎ、訂正すると伝えた。

その他、山崎さんから伝えられたこと

○10月2日のフォーラムの企画書の中に「教育長挨拶」とあるが、10月議会があり、教育長の出席は無理そうだ。

○企画書の中に「馬場小室山遺跡の発掘調査についての報告」とあるが、遺跡調査会は岩槻の方の遺跡の調査が大詰めを迎える時期であり、みなさんへの報告は難しそうだ。

申請書を訂正

午後、フォーラム事務局から宮沢さんが、訂正した申請書を持って、文化財保護課を訪れた。以下、宮沢さんからの報告。

宮沢さかえです。本日午前中、飯塚事務局長のところに、教育委員会から電話があり、12日に申請した書類の訂正依頼がありました。

これを受けて、私が記入し直して午後届けてきましたのでご報告します。訂正箇所は次のとおりです。
○代表者の肩書き、「実行委員長」を加筆
○住所を代表者宅から事務局(東大能研)に訂正
○事務局の電話番号局番873を874に訂正

申請書については、すでに認可が下りているそうですのであとは承認通知の発行待ちです。

文化財保護課から口答で言われた点

なお、この他口頭で言われた点がありますのでお伝えします。
『実行委員会へのお誘い』パンフレット中、何点か教育委員会と見解の違う点が書かれており、このままでは今後後援を取り消すこともあり得るので検討してもらえないか。


1.ご挨拶の文中「住宅の下にはまだ調査されていない環状盛土遺構の核心部分が・・・」の表現。


2.これまでの経過のうち、2004年9月21日と30日の記述→「調査は終了していると報告」、「未調査のまま調査終了」の表現。

私の一存では返事ができないので、事務局で検討させていただきますと答えました。

それから、10月2日には、教育長は出ない(名義後援の場合、でることはない)ので、企画書のプログラムに明記されていると後援承認が出せないのでとそのページは返却されました。

また、企画書中「啓蒙」という表現があるが、これは現在差別用語となっているとのご指摘が笹森女史からありました。「啓発」というのだそうです。

最後に、調査報告をフォーラム当日にするのは困難とのこと(詳しい説明は飯塚さんお願いします)でしたので、「資料を貸していただくこともできないでしょうか」と尋ねたところ、多少渋ってはいましたが、「それはそれでまた申請をしてください」という返事でした。1ヶ月前くらいにお願いすればよいとの事ですので、その頃になったらお願いに伺いましょう。

ざっとのご報告です。後援の内諾が得られただけでも良しと致しましょう。

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