おばあさんの語学留学記
一年後再び中国を訪ねて・・・飛行場まで迎えに来てくれた中国の友人たち
2001年9月23日記入
一年振りに中国に戻る?ような、懐かしい気持ちでいっぱいになっている自分に驚いた。トランクが出てくるのを待っていると、
「彼所に迎えに来てくれている!!」
見ると、沢山の中から首を長くして背伸びをしながら手を振ってニコニコしている人達がいたのでとてもうれしかった。自分の荷物もそこそこに走った。出口に行くとどちらからからとまなく抱きあった。一年まえ、ここで涙でボロボロだったのに・・・。
王老師、張老師、・・・懐かしい顔を見てとても嬉しかった。
「疲れてないか?」
としきりに心配をしてくれて恐縮してしまった。学校に泊めていただく日を約束してホテルまで送ってもらった。
今熊野難波金岡資料館
語学留学資料室
私達の一行のなかに大連に戦争が終わるまで住んでおられた方がいて、出身地の小学校にお邪魔しました。丁度、給食を配っている所で美味しそうな匂いがしていました。私達はそこでお昼をいただきました。
お茶をよばれている時、隣に座っていた中国人がきれいな日本語で御自分の事を話しだされた。私は戦時中、音楽学校に行っていて、そこでピアノをしている彼女と出会い結婚をしたそうです。その話している彼はバイオリン奏者だったそうです。二人とも卒業して管弦楽団に入られたそうです。幸せに二人の娘にも恵まれて暮らしていたそうです。奥さんは(日本人)、日本の一時帰国に行ったまま帰らないそうです。娘さんもつれたまま。
聞いていて吃驚しました。どう言葉をかけたらいいのかわかりませんでした。
現在は韓国系の中国人と再婚して、二人の息子がいるそうです。悲しい話で、まだここにも戦争の不幸が残っていたとおもいました。