☆★☆

 

 

 

 

  

 

「ふしぎなマチルダばあや」

クリスチアナ・ブランド:著  

エドワード・アーディゾーニ:絵

世界の傑作童話5

学習研究社 1970年

 現在絶版

 

 

 

 

 

<あらすじ>

むかしむかしー まだ自動車のかわりに馬車が道路を走っていた頃の英国のお話。

あるところに、ものすごく子だくさんの家がありました。そして、その子どもたち

がまた、それはそれは、とんでもないわからずやぞろいだったんです・・・・

そのブラウンさんの家では、子どもたちのめんどうをみてもらうためにおおぜいの

ばあやだとか、ねえやだとか、家庭教師や子守り娘なんかのお手伝いさんを雇って

いました。ところがブラウンさんの子どもたちはいつもひどいいたずらをしかけては

ばあややねえやや家庭教師や子守りの誰か、あるいはその全員を追い出してしまう

ので、とうとうブラウンさんの家には来てくれるお手伝いさんが一人もいなくな

ってしまいました。ついにどこの職業紹介所にも斡旋を断られ、周囲の人々は口を

そろえて言います。「こうなったら、マチルダばあやでなければだめです」と。

でも、誰もそのマチルダばあやのいる所を知らないのでした。くたびれはてて

ブラウン夫妻が家に帰ると、玄関のドアをたたく音がして、女のひとが現れます。

「こんばんは、ブラウンさまにブラウンさまの奥様。マチルダばあやでございます」

それは、ひどくみにくい女のひとでした。髪はきゅっとひっつめにしてどびんの

取っ手のように頭の後ろに飛び出していますし、顔はまんまるでしわくちゃ。

二つの目は、黒くてちっちゃくて、長ぐつについているかざりボタンそっくり。

鼻ときたら!まるでジャガイモを二つ重ねてくっつけたよう。着ているものは

あごの下から足首まで届くうすぼけた黒い服。大きな黒い杖を持ち、しわくちゃの

まんまるい茶色い顔には、ぞっとするような恐ろしい感じがただよっていました。

けれども、何が目立つといって、いちばんひどかったのは前歯でした。出っ歯に

なった前歯が一本、墓石みたいに下唇の上にまっすぐ突き出しているんです。

マチルダばあやはブラウンさん夫妻に子どもたちに「七つのおけいこ」をすると

約束します。「言われた時にちゃんと寝ること、がつがつごはんをかきこまない

こと、ちゃんとお勉強すること………」最初はばあやの言うことなんかてんで

聞こうとしなかった子どもたちですが、マチルダばあやが持っている大きな

黒い杖で床をドン!と鳴らすとたちまち不思議なことが起こって・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

<感想>

この本は、私がまだ小学校の時に日頃本なんか読まない姉が「とっても面白い

から」と親にねだって買ってもらった本で、読んでみたら本当に面白かった。

 

まず驚くのはブラウン家の子供の多さ。あんまりたくさんいるので両親でさえ

正確な数を把握できてなくて、おおざっぱに「上の子たち、まんなかの子

たち、下の子たち、ちびさんたち、ぼうや」とどんぶり勘定しているくらい。

本文中には「あんまり大ぜいですからいちいち名前を言うのをやめにします。

みなさんの方で整理して何人いたか勘定していただきたいのです」とある。

実際に数えてみたら、名前が出て来る子だけで(「ぼうや」と「赤ちゃん」は

除いても)36人!いくらなんでも多すぎ。マチルダばあやよりもこの一家の

方が『ふしぎ』だよ・・・・子供たちの親、ブラウン夫妻は『とっても優しい

善良な人たちなのだけど、子供たちをおぉ甘に甘やかしてしまいとんでもない

悪ガキぞろいにしてしまったダメダメな親』として描かれている。イマドキ

の日本にもよくいそうなタイプの親だが、ブラウン夫妻の場合は二人とも

大らかでノンキな性格なので、マチルダばあやがちょっぴり過激な方法で

子供たちをしつけても、全っ然気づかずに干渉しないのが救いかも・・・?

 

マチルダばあやが杖で床をドン!と鳴らすと、いつも不思議なことが起こる。

でも、それは同業者のメアリー・ポピンズみたく『魔法のようにハデな不思議』

ってわけでもない。特に大人になってから読み返してみたら、マチルダばあや

の言動はいたって常識的でフツーで想定範囲内。やり方はかなり風変わりでは

あるが、奇抜さや不自然さはない(ただ、『アデライデ=チクット大おばさま

の養女』の件は「これでいいの?」と首をかしげないでもなかったが・・・)。

 

この本には、もひとつ現代と大きく違っている背景がある。当時の英国の上流

階級の人々は、子育てというものをしなかった。子供に顔を洗わせたり、着替え

させたり、ごはんを食べさせたり、勉強させたり、寝かしつけたり、という日常

の世話は、全部召し使いまかせだったようだ。でも、ブラウンさんも大金持ち

というわけではなく、『大おばさまの遺産』をアテにしてるあたり、ちょい

現実的ではあるが・・・『マチルダばあや』は原文では『NURSE MATILDA』。

ナースは看護婦以外に「乳母」「保護者」の意味を持ち、訳者のあとがき

には「子どもたちの一番たよりにしてよいもの、それをNURSEといいます」

と書いてある。マチルダばあやは子供たちにとって、厳しく怖い

教育者であると同時に、子供たちが困った時、危険な目に遭いそうな時

には護ってくれる、もっともたよれる存在なのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

私がこの本で面白いと感じたのは、ばあやの『杖をドン!』で起こる騒動では

なく、ブラウン一家とその周りの人々の瑣末な日常生活の数々・・・・・

『布張りのドアを突破する』とか、『糊でゴワゴワのレースのよそいき着』とか、

『オートミールに糖蜜で自分の名前を書く』とか『スウェーデンかぶとロリポリ』

とか・・・・

 

そして、最初は魔女のように醜く恐ろしげに見えていたマチルダばあやの

風貌が、おけいこが進むにしたがってだんだんその見え方が変わってくること。

本の挿し絵も最初と最後では別人のようになっている。。。

 

 

 

 

 

 

 

最後に・・・・蛇足ながら、「この物語の主人公って、誰なんだろう・・・?」

と考えてみた。『マチルダばあや』ではなさそうだし、もちろん『ブラウンさん』

でも『ブラウンさんのおくさん』でもない。やっぱり『ブラウン家の子どもたち』

なのだろう。でも、上に書いたように、子供の数があんまり多すぎて、たとえば

『算数の得意な子』とか、『双児の女の子』とか、ごくわずかな個性が描写される

ところはあるのだが、一人の子供が大きくクローズアップされることは、物語りの

最後までない。名前も顔も、全体の数さえ定まらない子供たちー これがこの本の

主人公なのだ。もしかしたら、この本を読む子供は、読んでいるうちに自分もブラ

ウン家の子供のひとりになったような気がするんじゃないだろうか・・・?その

ためにわざと子供たちのキャラクターを詳しく描きこんでないのでは・・・・?

 

・・・・なんて考えたけど、自分が昔読んだ時のことを思い出してみたら、そんな

気持ちにはならなかった(爆)。。。だから、たぶん『考えすぎ!』でしょう。