全大教新聞(第149号2001年11月10日) 発行人:全国大学高等教職員組合
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真の安全保障へのすすめ
一橋大学助教授
今村 和宏
2001年10月29日
9月11日、米国で数千人の犠牲者を出すことになったテロ事件が発生した。犠牲者に対して心から哀悼の意を表すとともに、非人道的な無差別テロ行為は断固として糾弾したい。
しかし、米国政府が現在断行している戦争は正義の戦争ではない。虐げられたイスラムの一般民衆の苦しみを増すだけで、テロ根絶に役立たないばかりか、かえって暴力と報復の果てしない連鎖を招く。法治社会としては、国際法をことごとく無視するアメリカを支援するのではなく、この凶悪なテロ犯罪は国際法廷の場で裁く以外に方法はない。それは非現実的だとの反論があるが、1988年パンナム機撃墜テロ事件では、非軍事のねばり強い努力で容疑者の第3国への引き渡しが実現し、現在公判中だ。
ブッシュ大統領や小泉首相は「これは正義と悪の戦い。民間人の犠牲は最小限に抑えている」と主張するが、その実態はどうか。連日「誤爆?」のニュースが流れてくる。米国とともに直接攻撃に加わっている英国の主力メディアのBBCやThe Guardianでさえ、空爆開始から3週間で千人近い民間人犠牲者が出ているのではと懸念している。軍事施設ではなく不特定多数の人間を標的とするクラスター爆弾やバンカーバスターなど、極めて非人道的な爆弾も使用されている。米国政府はアフガニスタンの地理的状況を示す民間衛星写真を買い占めている。いったい何を隠そうとしているのか。
民間人の味方だと喧伝しながら米国が過去10年間に数十万人ものイラク市民を殺傷してきたことは、サダム・フセインに敵対していたアラブ諸国やヨーロッパ諸国からも厳しく批判されている。その事実を知っているアメリカ人や日本人は多くはない。それを知ると、アメリカの道徳的優位性は主張できなくなる。
食料の投下作戦は、アフガン民衆への配慮だろうか。そもそも300万人近くとも言われる国内難民に対して国連やNGOが行ってきた食料支援を続行不可能にしたのがこの空爆だ。その事実に触れずに、毎日投下し続けても1%の難民さえ救えない程度の食料投下で「アメリカの寛大さを理解してほしい」とは世界の市民を惑わす欺瞞以外の何ものでもない。また、攻撃と食料投下がセットになることで、これからの食料援助が疑いの目で見られる恐れがある。それだけではない。アフガニスタンにはソ連軍の置きみやげの地雷が散在している。落下してきた食料を取りに行こうとした住民が地雷に吹き飛ばされる危険も計算済みだと言う。また、国境封鎖の政策もきわめて非人道的だ。これではせっかくの援助物資もパキスタンからアフガニスタン側に渡らない。この兵糧責めは国際法で戦争手段として厳しく禁止されている。国連の世界食料計画や人権高等弁務官(前アイルランド大統領)は何百万人もの餓死者を防ぐためには一時停戦をして国境を開き陸路による食料輸送をするのが唯一の方法だと訴えている。罪もない何百万人ものアフガン人の叫び声が聞こえてくる。
今回の攻撃にはテロ撲滅における効果すら期待できない。湾岸戦争を戦い、後にクリントン政権で麻薬取締りの総指揮をとったBarry
McCaffrey将軍などの軍事専門家が指摘するように、「テロに対する戦い」は「麻薬に対する戦い」に酷似している。そこでは、派手な戦闘行為はほとんど意味がなく、それより諜報、金融、外交、ITによる「戦線」がずっと効果がある。それにもかかわらず攻撃を強行している裏には、軍需産業、石油・天然ガス採掘、パイプライン敷設などの利権やその他政治的・世界戦略上の理由が見え隠れする。
それではいったい日本が貢献できる道はどこにあるのだろうか。それはやはり軍事面ではなく、平和的な手段にある。今こそ日本の独自性を前面に押し出し、世界に向けて平和のメッセージを送る絶好の機会だ。中央アジアやアラブ諸国などイスラム世界の人々は驚くほど日本に好感を持っている。小泉首相の発言によってダメージが現れ始めているが、まだ遅くはない。日本がその有利な立場を利用すれば仲介者として対話を促進することはできるはずだ。もっとも、テロリストたちが話し合いだけですぐさま自首したりテロをやめたりするとは考えられない。しかし、テロリストたちを道徳的に孤立させるような政策をすすめることは十分にできる。先進国による発展途上国搾取を緩和する、国際機関やNGOを中心とする開発援助で世界の貧困問題を解決する努力を持続する、すべての民族の文化価値を認めつつ教育補助をするためユネスコを盛りたてる、世界中の市民が自由を享受できるように協力するなど、日本が平和的に国際貢献できる場面は数限りない。そうした政策を地道に進めているとき、日本はテロの標的にはならない。それが真の安全保障だと思う。
日本も世界も50年に一度の危機に直面している。そして本日午後2時、本原稿を書き上げたところで、テロ対策特別措置法案が参院本会議で与党3党などの賛成多数で可決、成立してしまった。このままでは将来、子どもや孫がテロと報復戦争の渦の中に巻き込まれるかもしれない。それを防ぐには、一人一人がいま真剣に平和について考えなければならない。戦争反対の立場を明らかにするだけで脅迫の電話やファックスに悩まされるアメリカで、テロ事件犠牲者の身内の多くは怒りと悲しみの中から平和を強く訴えている。その重みを皆さんはどのように噛み締めるだろうか。