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 日本共産党 登別市議団 2008 すみよいのぼりべつ より

登別市議会議員
平田えみ子
登別市議会議員
わたなべ勉

 室蘭地区議員団へ
 
すみよいのぼりべつ

・「ヒロシマ・ナガサキ」を見て
・冬よさよなら
・まご
・赤紙の思い出
・「福祉灯油」ありがとう
・新春のつどいで思ったこと
・後期高齢者医療制度 声を出して反乱を!
・自然の恵み
・冬の早朝配達
・息子よ!世の中に関心を
・議員研修会に参加して
・一市民として
・紅葉の季節にふさわしくない空母
・お年寄りを守ろう
・孫のために
・花におしえられて
・終戦特番を見て
・農は国の基
・奢(おご)れるもの…
・米タイム誌のこと
・憲法九条の素晴らしさ
・「もったいない」のはなし!
・平和大行進について思う


 2008年4月6日付
市民こぞって取り組みを

 洞爺湖サミット百日前イベント、市民レベルの行事としては初めての取り組みということで三月二十九日、会場の来馬公園へ…。昼間の暖かさとは違って寒さが体にジワーツとしみてくる。
 「駐車場から見るときれいだよ」という言葉に、まだ灯がともされていないペットボトルキャンドルを見に足を運ぶ。ますます寒さが身にしみてきたが、来たかいがあった。
 主催者の山田連合町内会長のあいさつのあと、市民の手により点灯。次々にともされる灯に歓声があがる。市民の協力も得て七百個以上集められたというペットボトルキャンドルの揺れる灯に見入った。
 三〇日は「ガイアナイト」電灯を消し、ろうそくの明かりで環境問題を考えようという取り組み。午後六時を過ぎてあたりが暗くなったころ、市内はどうかなと街へ出たが心なしか普段よりは暗いのかなあ…と感じつつ、さて市役所はというと、やっぱり年度末の仕事か、いくつかの部署で残業の明かりが。こんな時こそ、行事に呼応して市の職員の方も体を休めてはと思いつつ帰宅した。防犯面もあるでしょうが、市民こぞって取り組みをしたかったと感じた二日間でした。

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 2008年3月30日付
早めのご相談を

 生活相談のなかでも、相談者の話を真剣に聞いていると多重債務ではないかと思われる内容があります。しかし、そこまでたどりつくには信頼関係が成立しなければ、その相談にはなりづらいと考えています。正直言って、自分の恥をさらすことになるので、覚悟と勇気が必要とされるのです。
 相談者の多くの方は、もう少し早く相談していただければ今頃は解決できただろうにと、自己反省していますが…そういった方々は、まじめだから何とか返済しようとしているのです。元気なときは返済も可能ですが、病気になったりリストラにあったときなどは最悪です。それでも返済しようとするのですが…。
 一生懸命働いても、ワーキングプアを生みだす社会状況を変えない限り、犠牲者は増えていくと思います。
 解決するためには、早めの相談と、犠牲者を生み出さないためにも市民が利用しやすい行政の貸付制度が求められるのではないでしょうか。

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 2008年3月23日付
世の中に春を

 立春が近づき、ああ、やっと春らしくなってきたなあと感じるこのごろ。教え子たちからポツリ、ポツリと合格や就職の話が届きはじめ、目を細めるのです。子どもたちよりお母さんのはずんだ声が印象に残るのもうなずけるような気がします。
 我が家の花畑(というには狭すぎますが)の片隅にも、一週間前には雪があったはずなのに、ひょっこりと福寿草が顔を出しているし、その反対側には水仙の芽がにょきにょきと自己主張しています。
 去年の今頃、子どもたちとのお別れ式のとき、

 つくし!、つくしが出た
 小さいのが一つ出た
 あったかいので
 ぼく出るといって
 出たのかな?

と、子どもたちの前で読み上げました。二十数年前の着任のときにも、はじめましてと紹介した詩でした。どんな小さな命にも心を寄せるやさしい子でいてほしいという願いからでした。
 国が、国民の命を大事にした政治をおこなおうとしないいま、私たち国民の側から、命を大切にし守ろう、というメッセージを子どもたちやお年寄り、国民に送り、手をつなぎ合いたいものです。政治の流れを変え、私たちの力で世の中に春を引き寄せましょう。

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 2008年3月16日付
想定外の発見

 先日、環境にやさしい取り組みをされている産業廃棄物処理の会社を経営している方と懇談する機会がありました。その方とお会いして、産廃関係に関するいままでのグレーのイメージが消えました。
 一時間ほどレクチャーを受け、広い敷地内を車で案内していただきました。悪臭はほとんど無く、清潔感があり景観にも配慮されていることを感じました。
 この会社を知ったのは、新聞記事で「産廃を埋め立てる従来の処理法に疑念をもち可能な限り資源化させる」という内容が書かれていて、前向きに環境問題に取り組んでいる企業があることを知り、ぜひお会いしたいと思っていました。
 印象に残っているのは、産廃にはいろいろなものが混ざっているので人海戦術で分類し、それぞれの目的・用途に応じて選別されているということでした。廃棄物から出るガスや水を処理して金魚も住めるくらいにきれいな水にして登別川に放流していました。
 最終処分場の処理もきれいに整備されていて、これまでの産業廃棄物に関しての想定外の発見にカルチャーショックをうけました。大変勉強になった懇談でした。

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 2008年3月9日付
キャンドルサービス

 「ナベ先生、この前は六年生を送る会に来てくれてありがとう。ナベ先生が来るとは思っていなかったのでびっくりしたけど、うれしかった。話しもしたかったけど……」。六年生のRちゃんからこんなうれしい手紙をもらいました。
 当日は朝から出かけるぞー・と張り切っていたのですが、議会の学習会とぶつかってしまい、途中からの参加でした。でも、子どもたちの楽しいハーモニーが聞けたし、クライマックスのキャンドルサービスも見れた。一本のロウソクの火を大事に大事に持ち、一人ひとりが退場していく姿にジーンとくるものを感じて。「これがやりたくて一年生からずっとあこがれて待ってたんだ!」とは卒業生の声。西小に三〇年も続く児童会の伝統行事。
 真っ暗な体育館に灯るひとすじの光。君たちの未来を明るく照らす火の一部になろうとナベ先生は君たちと別れたんだよ!、と心の中でつぶやきながら、議会へと走ったのです。
 Rちゃんからの手紙の文末には「十八日の卒業式にも来てね」とひと言。この日も予算委員会があるのです。

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 2008年3月2日付
気合入れ質問準備に

 二日目の議会が終わり、ふと会派室の時計に目をやると午後六時を過ぎていました。思わず大きなため息を無意識のうちにしてしまい、ハッと我に返ります。議員になって五年が経過しても、議会が始まると緊張でいっぱいです。整理して我が家に着いたのは七時半になっていました。
 たまたま夫が早く帰っていたので、夕ごはんの支度がしてあるのかなと「ささやかな期待」をしていたのですが、現実はそう甘くはありませんでした。夫はありあわせでさっさと食事を済ませていました。いまから料理を作る気もなく、見るともなくテレビに目をやると、大好きな料理番組でした。おいしそう!、料理がそのままテレビから出てきたらどんなに幸せなことかと、一瞬考えましたがすぐに気合を入れなおし、質問準備にモードを切り換えました。

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 2008年2月24日付
ふる里で安らかに…

 「私と同じような年の方が…、平和な世の中をつくります」。小学六年生の女の子の追悼文を読み上げる声が響きわたりました。
 昭和二十年七月十五日、米軍による艦砲射撃で犠牲になった三人の韓国の少年が、犠牲になったばかりではなく、その遺骨が祖国で待つ肉親の元へと帰ることもできずにいたという二重の悲しみを背負っていたのでした。
 その中の一人の少年は祖国の姉へ、「あと二カ月、七月にはいっぱい給料をもらって帰ります。待っていてください」との手紙を出し、それが最後の便りになってしまったとのこと。
 それから六十三年。戦争の事実すら風化させられようとしているいま、あらためて戦争が生んだ悲しい出来事が身近にあることを感じ、平和こそもっとも大事にしなければならないことと実感しました。
 今月末、三人の遺骨が六十三年ぶりに祖国へ帰るとのこと。少年たちは少年たちのままで、年老いた兄弟、姉妹に抱かれ、故国に帰ります。

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 2008年2月17日付
怒りの道民集会

 二日の午後二時から札幌市内のホテルで集会があり、参加してきました。始まる三〇分くらい前に着ましたが、まだ半分くらいしか席が埋まっていませんでした。満員で席が埋まるといいなあと内心思っていましたが、そんな心配は無用でした。どこからともなく大勢の人たちが集まり、高齢者の怒りが結集して、開始直後には一千人を超えたとの発表がありました。
 テレビで放映されていたビデオを見て、後期高齢者医療制度は、年寄りよ、早く死んでくれ、と言われている。まるで人間ではない扱いに非常に腹が立つ。
 九〇歳でエレベーターのない団地の三階に住んでいるおじいちゃんは、「自分は戦争に行って国のために働いてきた。なんでこんな世の中になったのか。平均年齢より永らえたからなのか。年寄りは邪魔者みたいに気兼ねして生きている。多くの問題のある制度は許してはいけない。問題があるから一部凍結となる。中止・撤回しなければならない」と怒りを込めて訴えていました。
 私も、「そうだ!」といっしょに怒りの声を上げてきました。みんなで叫んで中止にしていきましょう。

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 2008年2月10日付
市政懇談会に参加して…

 先週、二ヵ所の市政懇談会に参加しました。現役のころは、出たくてもなかなか日程が合わず出られませんでしたが、やっと参加できたという気持ちでした。
 三月議会を前に、市民のみなさんが市政にたいしてどんな考え、要求をもっているのかを知るよいチャンスだ!、ということも心の中にはありました。
 市からは五点にわたり内容の説明がありましたが、この説明に予定時間のほとんどを使うのはどうでしょうか。市民のみなさんが知りたかったのは、市の財政について、もっと深く掘り下げた説明と今後の方向ではなかったかと感じました。赤字がいくらあって、何年で返すだけではなく赤字の原因やこれをどう解決するのか、もっと具体的に知りたかったのではないでしょうか。
 また、市町村合併についても、参加者から「比較するのは帯広市ではなく、人口規模も条件も近い釧路市ではないのか。これは合併論への誘導ではないか」との指摘にたいし、即座に「資料は間違っている。釧路が適切」との返答には、はじめからわかっていたの?、とびっくりしました。
 ほかにも「まちづくり基本条例」の文言が違うなど、市が主催する会の資料としてはどうなのか…、と疑問をもったのは私だけでしょうか?。

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 2008年2月3日付
「ありがとう」の言葉に胸が熱く…

 リーン、リーンと電話のベルが鳴りなにげなく受話器を取ると、聞き覚えのある方からの電話で、「平田さん、ありがとうございました」とお礼の電話でした。声のトーンが明るくなっていると感じてはいましたが、生活相談で解決の方向にいったとのこと。相談者の声が伝わってくるだけに、私にとっても嬉しく、胸が熱くなりました。
 夫からも時々注意を受けます。生活相談で私は、自分のことのようにのめり込んでいく様子をはたで見ていて、これでは体をこわすと心配してくれるのですが、私はこわれてもいいと思っています。それほど体を張ってやらなければ、相談者からの信頼は得られないと考えるからです。
 相談者と同じ立場で真剣に考え、悩み、踏ん張ることが理屈抜きに求められているように思うのです。
 先日も、生活相談であるお宅を訪ねましたが、会話のなかで、最近テレビを見ても政治がかかわっていることを感じているとその方が話していました。私は、これを見たら元気が出るよといって「しんぶん赤旗」の日曜版を置いてきました。

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 2008年1月27日付
成人式での同窓会

 「ナベ先生!、オッ、胸に輝く議員バッジ」「おい、見れ!、ナベ先生がスーツきてる」「アーッ、靴下はいてる!」。およそ成人式場とはかけ離れた雰囲気の会話が続いたのは、会場の後ろの方で行きあった教え子たちとの会話でした。
 我が家の娘たちの成人式では早朝からどたばたと、やれ着付け!、やれ写真!、お世話になった方々への晴れ着のお披露目などで、前後一日は大さわぎだったことを覚えています。
 議員になっての期待の一つは、この成人式に幼かった教え子たちの成長ぶりをみつめることができるということもあったのです。
 式が終わり、広場はまさに同窓会場さながら。「アーッ!ナベ先生」と言われても、「はあ?、誰だったっけ」と間の抜けた会話もあったりで子どもたちの成長ぶりに目を細めていました。
 自宅に訪ねてきた子どもたちは、杯を重ねるうちに「マリンパークは参加するのに交通が不便」とか「真冬にプールをはさんで……成人式に水をさされた感じ」「着物のショールを取って袋に入れるなんか不便」「市民会館ではできないの」などの声を上げはじめたのです。
 立派に成人したこの子どもたち(?)が、自分の力を十分出し切れる社会をつくるために、ともにがんばろうと大人同士の握手を交わしました。

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 2008年1月20日付
町内会のお手伝いを

 新生町に転居して早二年が過ぎました。昨年は選挙などでバタバタしていて、町内会の新年会に参加することができませんでした。
 今年は、何かのお手伝いでもできたらと思っていたので、新年会に参加しました。十三日の十二時からおこなわれた新年会には六十人くらいの人が参加していました。町内会長からいきなり乾杯の音頭をと指名され、驚きましたが、音頭をとらせていただきました。
 知っている方もいて、りっばなカラオケもあり、私も歌わせていただき楽しく過ごさせていただきました。
 みなさんと挨拶を交わしているうちに、同じ平田さんという方がいて、そのご主人の妹さんが平田えみ子さんといって、私と同じ名前だと知りびっくりしました。その方のお家では、四月の選挙のときにおおいに話題になったそうです。また、新生町内会に議員がいて心強いと話して下さる方もいらっしゃいました。
 私もみなさんのなかに溶け込んでいきたいと思っていて、相談など困ったことがあればいつでも連絡をと声をかけてきました。議員として、地域の要求活動をあらためて決意しています。

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 2008年1月13日付
オラが選挙の心意気で

 「何としても衆院選で北海道の議席奪還を」、そうでなければ弱いものいじめの政治を変えることはできない!。年末にうけた生活相談から、ますますその気持ちを強くしたのです。「母子加算をどうしてこんなに簡単に少なくするのでしょう。私たちの生活ぶりを知っているのでしょうか」「灯油が高くて、この先どれだけ灯油代がかかるのかと思うと不安で不安で」。
 お正月は初日の出と初詣と初売り、箱根駅伝とお酒、これが我が家の三ガ日のパターンとして定着していたお正月行事でした。…が、今年はさとう昭子さんとの街頭宣伝で一年がスタート。そして町内会、後援会員の方々への年始のごあいさつ。お正月のパターンは駆け足でおこない、三ガ日はこまねずみのように走り回りました。
 突然の訪問に「ご苦労さ溝」「がんばってますね」「いつも後援会ニュース読んでますよ」などなど寒さも吹き飛んでしまう激励の言葉とたくさんのエネルギーをいただき、また街頭宣伝では寒い中わざわざ外に出て聞いてくださったり、重からの応援ももらい、オラが選挙の年がスタートしました。

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 2008年1月6日付(2007年12月30日付合併号)
あけましておめでとうございます

 昨年から今年にかけて、怒りでいっぱいです。国と製薬会社が危険だと知りながら投与を続けたため、C型肝炎に感染した女性たちが命をかけてたたかっています。一律救済の政治決断が伝えられていますが、命の尊さを何だと思っているのかと叫ばずにいられません。四月から始まろうとしている後期高齢者医療制度においても、なぜ別建てにしなければならないのか、保険料を年金から天引きされなければならないのか高齢者を邪魔者扱いする政治に無言ではダメです。みなさん、怒りの声をあげていこうではありませんか。衆院選にむけてともにがんばりましょう!。

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 2008年1月6日付(2007年12月30日付合併号)
あけましておめでとうございます

 昨年四月、チョークのはずの手にマイクを持ち、支持者のみなさんの応援をうけ、二千票を超えるご支持で市議会へと送り出したいただきました。
 以来半年間、街へ出ての冒一伝も、議会という場へ足を運ぶこともすべて初めてでした。
 九月議会、十二月議会は、一般質問で教育やゴミ問題など子どもたちや市民の側にたった市政のあるべき姿を追求してきました。
 二〇〇八年は衆院選の年。北海道の議席奪還のために「おらが選挙」で走り回ります。共にがんばりましょう。

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