山形県・旅行/観光 春雨庵と沢庵禅師(上山市)

春雨庵入り口 今から約500年前天文4年上山義忠が現在の月岡に築城、元禄5年幕府の命令により潰体となったが、この間ここ上山の地は最上藩(山形)と上杉藩(米沢)の間にあって両にらみしながら護持しなければならなかった土地柄でした。
この間いろいろな事があった中、寛永6年(1629)後水尾天皇から僧侶として最高の誉れである紫の法衣を賜ったが紫衣事件で幕府の怒りをかい、京都大徳寺の長老沢庵禅師はここ上山に配流された。
時の上山藩主 土岐頼行は、この沢庵の為に草庵を寄進したものを禅師これを「春雨庵」と名づけられた。

寛永9年(1633)までの3年の間現在の「春雨庵」で過ごした。

地図
春雨庵
沢庵禅師
この沢庵禅師は「沢庵漬け」の考案者としても有名です。
沢庵禅師と春雨庵 「紫衣事件」
当時幕府は朝廷の力を抑えるため、住職の印である紫衣をつける者は前もって幕府の許可を得なければならないとしていました。
しかし、大徳寺側はこの幕府の介入に反発して勝手に住職を任命し、大徳寺の元住職である沢庵らも幕府に抗議をしましたが宗教勢力に力をつけさせては権力の土台が揺るぐ事を恐れた幕府はこれを権力で押えつけ、沢庵禅師を出羽に流罪にした。
沢庵禅師と春雨庵
沢庵禅師と春雨庵 上山城の天守西側には沢庵禅師ゆかりの沢庵桜があります。

駅から車で5分

 

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