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2009年9月30日(水)

2週間ほど前に行われた大阪高校総体バスケットボール決勝戦は、男女とも点差が開き、例年のような接戦で息をのむゲームを見ることはできなかったが、男女それぞれに見所はあった。

男子決勝で破れはしたものの、大商大高校4番のダンクシュートは、高校生の試合では初めて見る迫力のあるプレーだった。左コーナーからのドリブルイン、そしてエンドライン近くから左足でランニングジャンプをしたかと思うと、目にとまらないほど速い動きで上から叩きつける右手のワンハンドダンクシュート! 私は、このダンクシュートを、エンドラインの外から目の前で1度見て、その後、反対側のエンドラインで、同じダンクシュートを遠景で見る幸運に恵まれた。一方、相手チームの立場になって、なんとか、このダンクシュートを止める術はないのかと見ていたいが、ドリブルのコースに入ると、鋭いスピンターンで、反対側を抜いていくので、タイミング良くボールをもたれた場合、よっぽど予め2人目のディフェンスが寄っていないと防ぐことができないと感じた。

女子では樟蔭東高校のスイッチディフェンスが薫英高校を苦しめた。スイッチが早いので、スクリーンの効果がなく、逆に、スクリーンを使えば使うほど、樟蔭東高校のディフェンスプレッシャーが強くなるという流れ。しかし、薫英高校は、ディフェンスを粘り、樟蔭東高校のオフェンスリズムを狂わせながら、スイッチディフェンスに少しずつ対応していく。極めつけは、スイッチするかどうか迷うような、スクリーンをするかしないかのオフェンスの動きで、2人のスイッチのタイミングを狂わせ、ゴール下のノーマークを作りだしていたことだ。さすが薫英高校である。その後は、点差を確実に広げていった。


2009年9月29日(火)

昔、ある女子バレーボールの実業団チームが、寮の消灯前に、選手が順番に、1日の反省を館内放送していた。そのチームの当時の監督が、その全文をメールで送ってくれるのだけれど、今回のもの(1982年5月23日)は、「今の世の中にないのは・・・これだ・・・」と思わされる内容のものだった。

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ミヤコ蝶々さんが言っていたことで、こんなものがあります。
===秋田実さんは、私のお父さん代わりであり、恩師でもある人です。その秋田さんが、こんなことを言ってらっしゃいました。
「母親とは、グチを言わないで、一生給料をもらわず、
ただ働き続けるお手伝いさんだ」
猿の親子を見て、母親っていいものだなと思ったことがありました。子どもが死んだのを知らず、親が子どものノミを取り続けていたんです。
「あれが親なんや、親ってああいうものなんや」
その姿に、思わず涙を流してしまいました===

私は、恵まれていることに、ずっと、母の姿を、この目で見ながら、大きくなってきましたが、やはり、この人のいうように、私の母も、例外ではなく、お手伝いさんのように、グチもこぼさず、せっせと働いていました。幼い頃の私は、まるで、それが、あたり前のように見てきたし、母の前での私というのは、どうしようもなく我がままで、怒りっぽく、そんな私を、母は、怒ったり、たしなめたり、機嫌をとったりしながら、大人にしてくれました。そして、我がままな私のために、一所懸命働いていました。朝起きてから夜眠るまで、せっせと働いていました。

考えてみると、母にとって、私の我がままや、ふくれっ面なんて、ほんの些細な事だったのかも知れません。そんな母を私は何度か泣かせてしまいました。その度、母は年を取り、しわが一本ずつ増えていったような気がするのです。今、こうして離れていて、もう、私の我がままや、ふくれっ面で、母を怒らせたりする事はなくなったけれど、きっと、いつでも、片時も忘れることなく、私の事を、心配したり、ふびんに思ったりしている事と思います。

4年前、私が、大学に入ってすぐ、どうしようもなく辞めたくなり、絶対に辞めてやるんだと言って、学校をさぼって親戚の家に行ったことがあります。それまで、どんなに友達に説得されても、その親戚に言われても、涙もこぼさず、固い決心をしていたというのに、その日の母からの電話で、母の声を聞いたとたん、急に涙がボロボロ流れ、「お願いだから、もう少しがまんして」という一言で、「ハイ」と見事に決心が崩れてしまった事があります。いつまでたっても、母というのは、私にとって、そんな存在なのです。弱虫な私は、いくつになっても弱虫で、ここに来てからも、何度か辞めようとか、もう逃げ出したいとか思いました。そんな時、いつもキラキラと頭に浮かぶ私の決心を鈍らすのは母の顔です。

今、私が一番弱いのは母の涙であり、困った顔であり、もう私のために涙を流させたり、困らせたりしたくないと思うし、いつまでも、いつまでも、元気な母であって欲しいと思うばかりです。皆さんも、こうして離れて暮らしてみて、はじめて、やっと、親の恩みたいなものが、わかってくるのでしょうか。家で、じっと、私達を応援してくれている、今まで苦労をかけたお母さんのためにも、がんばらなければいけませんね。それでは、また、明日。おやすみなさい。

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2009年9月27日(日)

母校の高校のバスケットボール部OB・OG総会。堺のリーガルロイヤルで100名以上が集まって盛大に行われた。20台、30台の人が少なく、私は若手から二番目のテーブル。そして、4回に分けて行われた写真撮影では、一番若いグループに入り、親子で来ていた私の一つ上の先輩(女性)は、息子と写真に収まることに。

お世話になった懐かしい先生や先輩に会って、日頃部員に「お世話になった人に連絡・・・」と言っている自分が「ちゃんと連絡を取っているのか?」という反省の念に襲われた。部員もそうであるが、私も「お世話になっている、お世話になった」という気持ちを態度で表さなければ、勝利の女神は、泉陽高校女子バスケットボール部に微笑んでくれないだろう。

総会のあとは、昼食を兼ねた懇親会。100名以上いるので、お世話になった先輩には挨拶程度しかできなかった。会もお開きになる頃、横に座っていた先輩から、「上のスカイラウンジに行こう!」と誘われ、私よりも2つ上から2つ下の代の15人ほどが集まり、お酒を飲みながら2時間ほど歓談した。私たちが高校生だった30年ほど前の頃の話に花が咲き、「あの頃、自分は、こんなことを言ったんだ、考えていたんだ・・・」と思い出すことができて、「同じ自分なのに、30年も経つと、別人のようだ」と感じ、昔の話ながら新鮮な刺激を受けた。


2009年9月26日(土)

先日、久しぶりに、谷町九丁目にある「男の隠れ家」に行ってきた。

そこは、鉄道模型仲間の1人が借りている古いビルの一部屋で、90cm×180cmのレイアウトが置いてあり、この未完成のレイアウトに手を加えたり、持ってきた車両を走らせたりして遊ぶのである。今回、集まったのは私を含めて4人で、今までの集まりの中で最小の人数だった。しかし、4人という人数は、その部屋の大きさに合っていて、話題も共通のものになり、話が弾んだ。

私以外の3人は、親の仕事を継いでいて、簡単に言えば経営者。私のように給料をもらっている公務員とは一味違う。この仲間に誘われた時は、いわゆる「鉄道オタク」的な世界をイメージして参加したけれど、全く違った。全員、一言で言えば紳士だし、他のメンバーも経営者が多い。

Zゲージが特殊な規格で、「他とは違うものをやりたい」、「ヨーロッパの景色や車両が好き」という人達の集まりになっているような感じである。日本では、Nゲージが一般的で、Zゲージに比べて品数が多く、安いし、手に入れやすいが、Zゲージだと、その辺のデパートや模型店では売っていないし、売っていても、びっくりするほど値段が高い。だから、まともにZゲージを扱おうと思えば、インターネットで海外の店を相手に輸入するか、オークションで落札しなければならないので、敷居が高く、手を出す人が少ないのである。

今回は、集まった人数が少ないこともあって、作業を中心に時間を過ごした。手を動かして物を作っていると、なんだか気持ちがよい。マラソンにのめり込む人の感覚がわかるような気がする。特に「何か」を考えることなく、手足を動かすことは、ストレスからの解放になるみたいだ。

午後5時に作業を終わり、片付けをして、近所の中華料理店へ。半分凍りかかったビールが旨く、料理も店独自のものがあり、おいしかった。私が高校の教師ということで、「最近の高校生の気質」の質問を受け、そこから子育ての話になり、それぞれの娘の話に。税金の話題も持ち上がり、消費税のことや、民主党政権になって、今後の税制度がどうなるかという話も。しかし、このような真面目な話は急に終わりをつげ、酔っぱらいの4人と化す。上品な店なのに、声は大きくなってくるし、何かを注文するとき、中国語か韓国語か訳のわからない無茶苦茶なしゃべりで店の人を困らせるし、酔っぱらいに恐いものはない。気がつけば私も店の前でバカなポーズをとって写真に収まっていた。


2009年9月18日(金)

娘が新型インフルエンザに。

水曜日の夕方、クラブをみているとき、お義母さんから電話。学校から帰ってきた娘の具合が悪く、熱を測ってみると、39度近い。とりあえず、行き付けの診療所に電話し、熱冷ましを処方してもらったのこと。

熱冷ましは、38.5度を超えたら使用し、使用の間隔は8時間以上あけるようにという指示だ。午後6時に娘は服用したので、私が帰宅した午後7時過ぎには元気になっていた。しかし、病気が治っているわけではなく、高熱による障害や食欲の不振、寝ることができなくなる状態を防ぐため、薬によって熱を下げているだけである。本来なら、身体の温度を上げて活動を活発化し、侵入者(ウィルス)と戦わなければならない状態になっているのだ。

思っていたとおり、夜中に体温が39度を超え、しんどくて寝ることができなくなってきたので、少し早かったのだが、午前2時前に熱冷ましを服用した。昨日の朝は、午前中に診察を受けるため、午前9時30分に服用、39.1度の熱を37度台まで下げた。診療所に行くと、レントゲン室に通され、他の患者さんと隔離された。体温を測り、インフルエンザかどうかを診るため、鼻の奥に綿棒を突っ込まれる。そのときは、平気な顔をしていたけれど、あとから、「めっちゃ、痛かった・・・」と娘。その結果、明らかにインフルエンザの反応が出て、お医者さんから「新型です」と告げられた。

タミフルが処方され、昼食後に服用。再び39.4度の熱が出たので、熱冷ましを午後4時に使用した。そして、寝る前に、おかゆを食べ、タミフルを飲む。しかし、午後10時に熱が40度を超えた。まだ、6時間しかたっていないのだが、このままでは寝ることもできないので、熱冷ましを飲ませて、もし、熱が下がらないようであれば、救急車を呼ぶ覚悟をした。

娘の様子を気にしながら、今朝、頭に手を当ててみると、それほど熱くはない。前回、熱冷ましを使用してから9時間たっているけれど、これまでは7時間前後で40度近い熱が出ていた。これほど熱が出ないのはタミフルが効いているからか。娘の様子を見てみると、ぐっすりと寝ることができているようだし、これで一安心。明日は、おばあちゃんに預けて、学校に行けそうである。

と思っていると突然、「お腹が痛い!」と言い出した。インフルエンザウィルスが腸に行ったのか?! 「このまま痛みが続いたらどうしよう・・・病院は?」と考えながら、すぐにトイレに行かせるが、ドアの前でうずくまっている。抱きかかえて便器にすわらせたけど激痛のよう。胃ではなく下腹部の痛み。結石も含め、お腹の痛みはよくわかるので、娘を抱きかかえながら、お腹や背中をさすってやった。私の経験から手でさすって暖めてやると少しは楽になるのだ。「痛い!痛い!・・・」と言いながら、娘はがんばる。ほどなく、大きなものが出て、峠は越す。娘の顔は蒼白で、汗びっしょりである。ウィルスで腸炎というわけではないようだ。食事が普段より少なく、薬を飲んでいるので、その影響が出たのかもしれない。


2009年9月12日(土)

私が愛読している「アソシエ」という雑誌に、私の悩みの1つを解決してくれる内容の記事が掲載されていた。

外資系教育会社の営業で世界2位になり、現在は営業コンサルタントとして働いている和田裕美さんのコラム。私は、この人のコラムが好きで、アソシエが届いたら、まず、このコラムを読むようにしている。文章が、女性らしく柔らかで読みやすく、読んでいる人を前向きな気持ちにさせてくれる内容の記事を、毎回、読者に届けてくれる。今回は、「あきらめずに伝え続ければ、他人の考え方さえ変えられる」という題のものであった。

和田さんは、営業コンサルタントとして、講演や営業指導を数多く行っている。その中で「陽転思考」という自分が実践してきた考え方を紹介しているが、7年間で2000回くらい「陽転思考」について話してきたらしい。しかし、この数年、この話に自分自身が新鮮さを感じなくなり、スタッフに、「もうみんな飽きてきていると思う。馬鹿のひとつ覚えみたいだから、陽転思考の話はしたくない」とこぼしたそうだ。するとスタッフが、「和田さん、それは違います。私たちは陽転思考の話を何度も聞かないといけないのです。それにその時の心理状況によって同じ話でも心への届き方が違うんです」

私は、このスタッフの言葉が、生徒そして部員からの「声」のように感じた。授業でもクラブでも、同じことを言い続ける「自分」に嫌気のさすことがよくあるのだ。しかし、言っていることが単なる知識レベルのものではなく、人生を良くする「考え方」ならば、それは、何度も繰り返し言い続けなければ、人の「心」に届かないし、その時によって届き方が違うのだ。

「指導は忍耐」だとよく言われるが、私自身、この言葉を聞いても今までピンとこなかった。内容は同じだけれど、大殺界?に入りつつある今の私に、今回の和田さんの記事は心に響いたのである。


2009年9月10日(木)

私は、どちらかというと、「占い」を信じるほうである。

母親の知り合いに占い師がいて、あとから聞いた話であるが、私が高校や大学を受験するときは、占ってもらったそうである。結果は、高校は希望通り、大学は一浪して希望通りだったけど、占ってもらった私の運勢と、ちゃんと一致していたそうだ。もちろん、嫁さんとのことも占ってもらった。それは、「絆が強く、別れることがあっても、必ず一緒になる!」

嫁さんの知り合いにも占い師がいて、私との出会いを予言したそうだ。その方には、結婚してから家に来てもらって、2人のことをみてもらった。すると嫁さんに「この人と一緒にいると、よく仕事ができるよ・・・」 しかし、私には何を言ってくれたのか覚えていない。私にとって結婚は「幸」なのか「不幸」なのか・・・

最近では、細木数子の占いの本をよく読む。それによると、私も嫁さんも霊合星人というもので、相反する2つの性格を持ち合わせているらしい。そのせいか、私は、子供の頃から、親も含めて、周りの人から、「何を考えているのか、わからない」とよく言われた。基本は几帳面だけど、その反対の性格もあるから、ときどき、几帳面とは思えない、良く言えば大胆な、悪く言えば無茶な行動をするらしい。しかし、本人は、それを自覚していない。

今年に入った頃から、何をするにも意欲が乏しくなった。3年ほど前までは、今よりもはるかに忙しかったけれど、「全て自分のため」と考えることができ、積極的に物事に取り組めたし、なにより楽しかった。しかし、最近は、自分をとりまく環境は良くなっているにも関わらず、以前ほど「自分の財産になるから!」と思うことができず、腰が重くなっている。

数日前、ふらっと立ち寄った本屋さんで、細木数子の本が目に入ったのでみてみると、私は平成22年に大殺界に入るとあった。う〜ん、やっぱり、占いを信じてしまう。


2009年9月8日(火)

高速道路無料化。最初は反対だったけれど、せっかく集めた税金をばらまくことに比べたら、良い政策だと思うようになった。

地球温暖化防止のため、二酸化炭素の削減を考えれば、高速道路無料化で走る車が増えて、排出される二酸化炭素が増えるのは良くない。しかし、もともと一般道を走っていた車が高速道路を走るようになると考えると、車の燃費がよくなり、逆に排出される二酸化炭素は減る。

経済効果でいうと、集めた税金をばらまくことは、集める手間と、ばらまく手間の分、無駄にお金を使うことになる一方、高速道路無料化は、高速料金として払っていたお金を他に使うとすれば、手間なしの景気刺激策となる。また、国民が支払っている高速料金が、無駄な事に使われているとすれば、その分の効果もある。

さらに、高速道路無料化により、鉄道の運賃値下げが期待できる。私は、将来、鉄道こそ無料になればよいと考えている。その財源をどうするかは難しいけれど、改札をなくせば人件費や設備費はかなり削減されるだろうし、お金がかからないからといって、わざわざ時間をかけて無駄に遠いところに行く人はあまりいないだろう。そう考えると、もっともエコな鉄道は、無料化して、その運営費を国民全員で負担をするのに、もっとも適した対象ではないかと思う。


2009年9月6日(日)

泉陽高校は昨日、今日と文化祭である。私は、昨日が総体2回戦、今日が3回戦なので、文化祭には参加しない予定だったけれど、昨日、負けてしまったので、今日は学校に行って文化祭に携わるはずだった。しかし、昨日の敗戦のショックと、その後の男子の試合2試合の審判をした疲れからか、朝から微熱が出て、学校を休むことにした。昼間はしんどかったが、夕方には元気になった。もう熱はないので、新型インフルエンザの可能性はないだろう。

昨日の結果を、いつもクラブのことでお世話になっている方に報告すると、「拳骨の痛みは三日で消えるが、敗戦の痛みは一生消えぬ」という言葉を頂いた。「負けたときは、もうやめたいと思うが、何日かすると、また子供たちとやりたいと思うものです」 本当に負けたというあの思いは消えることがないけれど、時間がたつと、また「やる気」が出てくる。特に、部員達からの前向きな気持ちがこもったメールを読むと、「もっと、がんばらなければ」という思いになる。それに、試合結果の報告は大事。勝った報告は、喜びを共に味わえる。逆に、負けた報告は、なかなかしにくいものである。しかし、結果を気にしてくれている人は、必ず良いアドバイスをしてくれる。


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