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2009年12月21日(日)
修学旅行最終日の夜。只今、午前1時30分。 午前中、富良野で体験学習をしたあと、旭山動物園を訪れてから、札幌に入り、定山渓ホテルへ。19時に到着し、すぐに夕食。20時から畳の大広間で学年レクレーション。司会を担当した生徒は、ちゃんと担任の先生も引っ張り出す心遣い?を発揮。その後、21時30分から女子が大浴場を使用し、22時30分に男子と交替。23時に教員ミーティング。23時30分から点呼。24時30分に最終見回り。お風呂に入って今に至る。 寝不足と、食べ過ぎにより、体調は「?」 生徒を引率しているという緊張感により、脳が身体の疲労感をシャットアウトしていると思われる。
泉陽高校で3年目。「今がふんばりどころ」という感じがする。 現在の受け持ちは2年生。今は定期考査中で成績と出欠のデータ処理がある。来週は週末から修学旅行に付き添う。修学旅行は北海道の体験学習で、オプション形式をとり、好きなコースを選ぶことができるようにしたので、生徒のアンケート結果の整理や名簿の作成がたいへん。その最終打ち合せが今度の月曜日にある。その月曜日は泉陽高校教職員の忘年会。この度は数学科が幹事で、数学科の主任は私なので、会場の手配をしたり、打ち合せをしたり、役割分担をしたり。そして今日は大阪高校バスケットボール新人大会の抽選会。組み合せ資料は私が作成、抽選会の進行役を務める。テストが終われば採点、そして修学旅行から帰ってきたら、中学生と合同練習および試合を2回こなし、その後、中学の先生と忘年会。冬休みに入れば、練習試合大会が2日間あり、その後、すぐに静岡へ遠征合宿。帰ってきたら、もう30日の夜。 この数ヶ月のがんばりが、今後、泉陽高校で過ごす数年に大きな影響を与える、と感じている。 抽選会から帰ってくると、娘がカニを食べたい!と言うので、デーパートへ行ってカニとカニ鍋に入れるうどんと明日の朝に食べるパンを買い、さらに月曜日の忘年会で行うゲームの景品をLoFtで買っていたら、手に荷物がいっぱいになってしまった。家に着くと、私が「一緒に買いに行こう」と誘っても「いや〜」と言っていた二人が、のんびりとテレビを見ており、私がカニ鍋の準備をしていても手伝おうとはせず、さすがに嫁さんは悪いと思ったのか、食後、私が抽選会の結果の資料を手直ししてメールでHPの担当者に送る作業をしている間に、「久しぶり」に食器を洗ってくれていた。 明日は、娘が以前から「奈良公園に行きたい」と言っていたので、娘と娘の友達を連れて奈良公園に出かけ、お弁当を食べて鹿に会ってくる予定。
先日の朝、テレビを見ていると、歳の差が31歳という夫婦が出演していた。相手は友達のお父さんだと言う。二人で楽しそうにテレビの取材に応じていたが、もし、この2人がうまくいかなくなったとき、真っ先に「年の差」が理由になるのだろうかと何となく思った。 何かまずいことが起ったとき、人は、その理由を求める。 日本人が外国で犯罪を起せば、「日本人だから」
このように、ハッキリとわかる目立つものを理由として見つけて、人は「やっぱり・・・」と安心する。その安心感は他との違いがハッキリしていればいるほど大きい。しかし安心しても何の解決にもならない。改善できるものならばよいけれど、「年の差」はどうすることもできない。だから、たとえ「年の差」によって、世代のギャップがあって、行き違いがあったとしても、他の理由を考えて、解決できるように努力するしか道はない。 バスケットの指導者では、勝てない理由を選手の違いに求める傾向がある。確かに、平均身長160cmのチームと、170cmのチームが戦えば、170cmのチームが勝ち、その勝因敗因は、選手の身長の違いにあることは明白である。しかし、そう考えて、「しかたがない」と思ってしまっては、この先どうすればよいのか。 世の中には、「なんとかなるもの」と、「どうしようもないもの」がある。「どうしようもないもの」を考えてもしかたがない。気持ちが暗くなるだけである。「なんとかなるもの」を徹底的に追及し、考え、行動を起し、誰よりも努力することで、「光」が見えてくる。
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