KENTAUROS主催

「蘖(hikobae)」に参加して


  2001年7月21日 土曜日

  目覚めた時、すぐテレビを付け、気象情報を見る。雨が降る確率は低いそうだと確認。

  朝食を済ませ、支度してバイクに火を付けた。調子は良さそうだ。今日も暑くなりそ

 う。東名港北P.Aに待ち合わせる約束をしたケイジに携帯電話で「出るよ!」とメール

 送る。そして、出発。三連休の中間とあって、道路は意外と空いて、すり抜けも楽に

 走れた。東名高速道路へ合流し、ケイジの待つ港北P.Aへ直行。

  到着後、VF1000Rを目に付けた。「ケイジの相棒」とわかり、近付く。日陰で休ん

 だらしく、そこから出て来たケイジとガッチリ拍手。「どうしましょうか?」と聞かれ、

 「出発だ!」。

  平均1?0km/hで御殿場I.Cへ。途中、左ルートと右ルートの分別ルート差し掛かっ

 たところ、私は右へ。ケイジは左へ。と走行中、手話で話した。「どっちが先に出るか

 を競争して見るか!」とケイジは「OK!」。しかし、私はアフリカツインなので、スピ

 −ド的にはケイジのVF1000Rの方が有利である。でも運は、最後までわからない。

  ストレート、カーブ等全部、限界まですり抜けを敢行した。右左ルート合流看板が出

 た時、あと少しなのでアクセルを全開。合流時点で、ケイジの姿を前後を確認したが、

 どちらも見えなかったので、「先に行ったのか!」と思い諦め、規制走行。

 ところが、右ミラーにチカッと、小さなヘッドライトが見え「ん!」。もう少し見て

 「えっ!」。速度を落とし、「あっ!ケイジだ!まだ後ろにいたのか!」とわかり、か

 らかうように速度を上げた。左手で「おいでーおいでー!」と。

 側まで、来て手話で「どうした!」「込み合ってた!」と悔しそうだった。

  勝利の女神は私の方に微笑んだv(~o~)b

  御殿場I.Cで降り、会場に向かった。地図を持っていなかったので、去年「游」の時と

 同じ会場なので、記憶を頼り、走った。なんと無事に到着。

  会場には、スタッフが準備など始めていた。私達は、テントの確保の確認に、スタッ

 フに聞いた。範囲を確認してもらい、テントを張った。

  スタッフに「手伝うことありますか?」と聞いたら、「今のところはないので、ゆっ

 くり休んでね」のことだったので、ケイジと共に木陰でゆっくりと休んだ。

  快い風で物騒な都会の疲れを癒してくれてる。

  この「蘖」に参加するバイカー達が、どんどんやってくる。

  遠出からの再会、そして、生きてるかー等を喜び合った。そして、POPPO、黒影がや

 って来た。みんな元気だったのを確認し、ここに来るまでの経過報告など話し合った。

  そこで、「蘖」宴会が始まる。ビールを頂き、大将の挨拶後を合図に乾杯!

  各クラブの紹介の時に呼ばれ、言葉がうまく話せない私はFURAIBOリーダー萩原氏に

 私の声代わりにお願いした。萩原氏は快く引き受けてもらい、私は手話で、萩原氏は声

 で無事に紹介させてもらった。その後、サーティースの河原氏に声かけられた。

  筆談で「俺の彼女の子供は手話に興味あるので、ちょっと付き合って欲しい」のこと

 だった。そして、その子に会わせてもらった。えみちゃんと言う女の子でした。小学5

 年生で、手話に関する本を捜し、独学で自分の名前を覚えたようです。私は「えらい!」

 と思います。

  そして、自分の名前を手話で表した。読めるところまでは行った。えみちゃんがろう

 あの不思議や疑問を筆談で書いてもらい、答えたりした。手話をもっと磨きをかけるた

 め、あれこれ教えてあげた。離れたところにいたケイジにテストしてもらった。そうし

 たら、うまく通じたそうで、拍手した。その時、えみちゃんの顔が、最初の時 緊張し

 て固かった表情が、だんだん、やわやかで清々しい表情になっていた。

  私はこの機会に得た体験をえみちゃんのこれからの人生に自信を持って頑張って欲し

 いと思う。えみちゃんの隣に付添った高木さんも筆談で「出会いに感謝!!」メッセー

 ジを残した。彼もえみちゃんと同様に胸を張れるよう、頑張って欲しい。

  この宴のメインである豚の丸焼きを食べに行こうとしたら、骨だけ残ってしまった。

  しくしく泣くしかない、、(T_T)。骨にくっ付け残った肉は、苦かった、、(T_T)。

  涙の味は、、、苦かったのかあ、、、。

 実は放送はしたらしく、私達は聞こえなかったので、損しちゃったのよおー(ToT)/。

 でもいいよ。みんなが楽しめばいいからねー。

  そして、舞台を見たり、滅多に会わない人達の近況を聞いたり、初めて会う色んな人

 達と交流したりなど、冷房のように効いた涼しい夜をふけて行く。

  富士山方面を望むとわずかな山小屋の光りがあっちこっち点していた。

  皆さんの未来に「蘖」であーれ!

 2001年7月22日

  強い陽射しで目覚める。テントから出て、通りかかる人々に朝の挨拶を交わる。

 そのまま帰るバイカー達。この辺で停めたバイクの数も大分減った。軽めの朝食を食べ

 に行く。またも朝の挨拶を交わる。パンとコーヒーを頂いた。

  そこで、ヘルダイバーの渋谷さん、愛知の斉藤さん、お帰りの挨拶に来た。拍手した。

  後片付け時間を確認し、自分のテントをたたみ、帰る支度を済ませた。そして、後片

 付けを手伝った。全員総員で片付けたお陰で早く終わった。

  大将に帰る挨拶を済ませ、私、ケイジ、黒影3人で御殿場I.C近くのファレスに行く。

  POPPOは宮田さんの車に乗せてもらい、横浜まで帰った。廻りの人々は宮田さんの車

 を「フェラリー」と呼んでいる。POPPOに聞くと「ショップまで、1時間は掛らなかっ

 た、、、速いよー!」って。ケンタはバイクだけじゃないのだ。

  ファレスに残った3人はこれからの展開を話し合い、解散した。黒影は名古屋へ、私と

 ケイジは東京へ、東名高速に入った。

 

  武運長久!

  

                                 STONE


クラブのチームマークは、クラブによって作られた物で、意匠権が存在します。