僕の好きなキャラクター
枝川香澄
ちょうど僕がニューヨークを旅行していたときのこと、朝の新聞にアイザック・
アシモフの死亡記事が出ていた。その晩、年来の友人と夕食をとりながらエッセ
イの話をする事になっていたので、このことを話題に出した。
「一応エッセイのタイトルは『私の好きなキャラクター』ってことになってるん
だ。それで僕の好きなキャラクターは誰かなと考えるにアイザック・アシモフじ
ゃないかと思うんだ」
「おいおい、確か最初の予定じゃ『滝沢コーコ』シリーズの高瀬美智留を書く筈
だったろ?」
「いや、確かに彼女はいいよ。天才美少女っていう設定がいいし、控えめなとこ
ろもいい。それに、あの都筑道夫がわざわざ後藤久美子に似ているって表現して
るんだもん。作中人物を日本の女優で喩えることのあまりない都筑氏がこんな書
き方するなんて、ただ事じゃない。ひょっとして都筑氏、ゴクミファンなのかな」
「後藤久美子が美少女かねえ。ともかくだ、控えめな少女、君に敬意を表して美
少女といってもいいが、アシモフはそれと正反対だぜ。自己顕示欲の塊のような
爺さんじゃないか。第一アシモフは作者であって作中人物じゃないだろうが」
「とはいっても、アシモフの短篇集って、下手したら作者の後書きの方が面白い
んだもん。あれは作者という名前の作中人物が短篇の案内役を務めてると考えて
いいんじゃないかな。アシモフも立派なキャラクターだよ」
「そういえば君はもともとSFファンだったな。だからアシモフ贔屓なんだろう」
「いや、SFファンといっても僕の好きだったのはスペースオペラだったから、
アシモフはSFミステリの短篇と例のアームチェア・ディテクティヴのシリーズ
位しか読んでない。だから僕のアシモフ好きはミステリファンになってからだ。
いかにも好きで書いてますという感じがよかったな。
実際、『フレッド・ダネイはこのタイトルを没にしたが私はこっちの方がいい
と思う。だから短篇集に収録に際しタイトルを元に戻した』なんて、ほとんど同
人誌の感覚だよ。普通だったら嫌味でしかたない筈なのにアシモフにかかると読
んでて楽しいんだよな。『またやってるな』なんて言いたくなってね。
でも、死んでしまった以上、もう読めなくなると思うと悲しいな」
「まだ短篇集に未収録の奴があるだろ。暫くは楽しめるよ」
「でももう後書きがないんだぜ。まあ、今夜は故人を偲んで乾杯と行こうや。…
…あれ、ウェイターさん、こんな上等のワイン、注文してないよ」
すると僕の後ろにいた初老のウェイターが返事をした。「いえ、これは私から
ご馳走させて頂きます。私もアシモフ様にはお世話になっておりましたので、日
本の人にもあの方が好かれていたかと思うと、嬉しいのでございます」
二時間後、僕たちはレストラン「ミラノ」を出て、マンハッタンの騒音の中を
宿に戻った。
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