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吟醸酒考 (約5000文字です。あなたの目の健康の為にプリントアウトをお願いします
金 子 幸 二
 酒の飲めない人や飲まない人には少し僭越な意見ですが、人生に酒があると無いのではおおいに違い、私にとって適度の酒は「心から愛する友」です。これまでに数え切れない程哀しい気分を癒してくれ、また時には沸き上がってくる喜びを身体中に実感させてくれました。大酒を飲んだ挙げ句にやってくる苦しみのあまり何度も「二度と酒は飲みたくない」と思ったこともあり、酒の勢いで「言ってはいけないことを言ってしまう」大失敗もありました。それでも今なお、酒を止めることなくまるで人生の伴侶のように大切にしてきた理由は、十年程前の吟醸酒との出会いにあります。
 私の個人的な酒歴は、青春時代のハイニッカ、サントリーレッドに初まります。その頃は未だトリスのポケット瓶もありました。それからビール、日本酒、カクテル、テキーラやウヲッカ等をいろいろな飲み方で「何でもあり」の時代がありました。ウイスキーをコーラで割ったコークハイなどもありました。吟醸酒に出会う前の数年は、最も糖質の少ない某ブランデーを水割りで晩酌する習慣がありました。日本酒、いわゆる大手メーカーのテレビ銘柄品はこの頃になると、必ず頭痛がして避けていました。日本酒はどちらかというと、陰気な湿った感じでしかも特有の臭いが酒を飲んだ人からもあり、勧められても飲みたくない嫌な酒でした。もっとも日本酒以外の酒を飲むにしても、味は二の次でアルコールが目的でした。この頃まで本格的ワインを知る機会には出会うことがありませんでした。
吟醸酒に始めて出会った時の感じは、まるで白ワインのようで、これがお米から作った日本酒?と最初から驚きでした。香りと味がある日本酒、しかも頭痛がしない、冷やでガラスの容器で飲む、全てがそれまでの日本酒のイメージから想像できない酒でした。大いに興味を感じ、それから吟醸酒についての勉強?を始めました。銘柄、産地、造り酒屋、材料、製法…調べては飲み、飲んではまた調べる繰り返しを続ける結果となりました。吟醸酒歴十余年になる今でもなおまだ新しい吟醸酒に興味が尽きません。
 この吟醸酒の紹介をしますと、材料がお米と水と酵母で製法が吟醸造り、出来上がりはアルコール度数十七度前後の吟醸香と呼ばれる特有な香りと、初めて出会った人がほとんど感じるフルーティな味の酒となります。日本酒ではありますが、大手メーカーの大量生産販売しているいわゆる清酒とは全然異なる酒です。近年は日本酒全体量の約5%程を占めるようになりました。
 材料となる米は、酒米と呼ばれ山田錦、雄町、五百万石…などがあります。代表的な山田錦は兵庫県で多く生産されています。酒米は食用米とは品種が異なり、一般に粒が硬く大きく、これらを炊いて食べると美味しくありません。稲の背丈も食用米に比べて高くそのため抜倒しやすく栽培にも手間がかかります。また広い平野ではなくむしろ谷間のような土地で、夏の一日が陽光と日陰で温度差がはっきりするような場所に良質の酒米が出来るとされています。数年前にテレビドラマとなり「夏子の酒」のモデルとなった新潟県の「久須美酒造」では、幻の酒米とされる「亀の尾」を数千粒から育成して吟醸酒を造り「亀の翁」という名酒を世に出しましたが、この酒米が育成された水田も同じように山間の小さな村にあります。地理的な条件や栽培の手間が掛かることなどから、酒米の価格は高く、代表的な酒造好適米の山田錦は、最も安いものがその年の食用米の最も高いものと同価格と言われています。ちなみに最高値の山田錦は、兵庫県の特A地区産とされていますが、それは契約栽培となっていて価格が一俵何万円かは解りません。
吟醸酒造りには、これらの高価な酒米を玄米から60%以下に削り落としその米の芯を材料とします。吟醸では60%以下、大吟醸では50%以下とされています。この作業を精米と、何%迄削るかを精米歩合と呼びます。この精米の為に優れた精米機が、また精米に耐えられる米の硬さが必要になります。高品質の山田錦では、35%迄の精米が可能とされています。つまり米粒の65%を削り落として糠としてしまいます。なぜそれ程までに精米に拘るかという理由のひとつは米粒の構造にあります。米粒の周囲はアミノ酸や脂肪成分が多く、その中心になるほどでんぷん質で、吟醸酒造りではアミノ酸や脂肪成分が「雑味」の原因となり、フルーティな吟醸香を醸すには純粋な米のでんぷん質が必要だからです。私見では、三増酒の大手酒造メーカーの清酒は論外ですが、このアミノ酸や脂肪を排除する吟醸造りが、二日酔いや飲酒による頭痛を無くしているのではないかと考えています。
 現在、日本中には約千弱の吟醸造りをする蔵元があり、材料の酒米は購入していますが、水は全て自前です。良い吟醸酒を造るには、良い酒米とまた良い水も欠かせません。日本は世界中でもひときわ良い水に恵まれています。湧き水でも地下水でも、酒造りの主人公の杜氏達は、良質の水を得るためにいろいろな努力をしています。酒造りの表示に使われる「酒林」は杉の葉で作られていますが、杉林のある山から良い湧き水が得られることから、杉が大切にされています。また、河川の伏流水を利用している酒蔵も多く、吟醸酒の銘柄に河川の名前が付けられていることがあります。日本の河川の汚れは、日本の伝統的文化の酒造りの妨げとなります。
 米と水の次は酵母です。
今日吟醸酒造りで最も一般的となった酵母は、協会九号とされていますが、この酵母は九州で「香露」という銘柄酒を販売している熊本県酒造研究所で開発されたために、熊本九号と呼ぶこともあります。協会九号酵母が醸し出すフルーティなリンゴ様の吟醸香は、大変な人気となり日本の多くの蔵元で使われ、吟醸酒の教科書的な造りに、YK35と呼ばれる用語があって、このYは山田錦のY、Kは協会九号(または熊本九号)のK、35は35%精米を意味します。近年はより香りの華やかな秋田流花酵母やアルプス酵母も台頭してきました。何百種類もの吟醸香を次々に試すとき、ある意味では協会九号の似たような香りのなかで、ひときわ華やかさを放つ花酵母やアルプス酵母が、人気を得るのかもしれません。私の実際的な経験でも、吟醸酒の試飲会に参加すると、会場は隅々まで吟醸香に溢れていて、このときの華やかな香りは一層印象的でした。
 吟醸酒は「香り」と「味」で官能的評価を受けますが、この要因はもちろん米と水と酵母により、さらに「造り」で決定されます。
吟醸酒造りの過程は、未だに勉強不十分で大筋のことしか解りませんが、原則的に大切なことは、機械化では出来ない手造りの過程ということです。アルコール発酵を進めていくときに、低温発酵を維持して雑菌が働かないよう、乳酸菌と酵母菌のみがぎりぎり働ける温度条件下で進めるために、酒造りの時間も手間も多くかかります。酒造りを開始した杜氏達は出来上がりまで約一ヶ月のあいだ日夜厳重な監視を続けます。酒造りの温度上昇を許せば発酵はますます進み製造時間は短縮されますが、雑菌も働き特有の吟醸香を生み出すことができません。吟醸酒造りは機械化大量生産が不可能な、手作業による米と水と酵母をもとにした、また製造過程で偶然性の加わる芸術的作業と考えられます。酒造りを愛する杜氏達の長年の経験により吟醸造りは支えられています。従って吟醸酒は芸術作品と言えます。
 日本全国には伝統的に地方の杜氏組合がありますが、優秀な杜氏達が老齢化し若い人たちの育成と成長が心配されています。芸術的といえる酒造りの主人公である杜氏達は、基本的には秋から春にかけての季節労働者で、決して経済的待遇に恵まれているわけではありません。全国に年収一千万を越える杜氏は十人いるかいないかと言われています。日本の米と水と酵母で偶然性を予見して造る芸術的吟醸酒造りは、彼等杜氏達の吟醸酒に対するあつい情熱とたかい誇りに支えられています。しかも宿命的に、出来上がった作品の吟醸酒は、ひとに飲まれて初めて評価が生まれるため、作品自体が残りません。書家や画家や陶芸家の創造活動では、評価された作品がながく残ることが可能ですが、杜氏達の立場はなんと哀しいではありませんか。過去に、酒造りに失敗し蔵元に多くの経済的負担を掛けた責任をとって自殺してしまった杜氏もあります。最近、酒造りに良心的で杜氏を大切にしている蔵元では、その証としてまた品質の保証として、酒瓶のラベルにきちんと杜氏名を記載するようになりました。また杜氏の名前を冠した銘柄酒を販売している蔵元もあり、「開運」の静岡県土井酒造場「波瀬正吉」、「天狗舞」の石川県車多酒造「中三郎」等、世に出てくる酒量は極僅かですが素晴らしいことです。
杜氏から人間国宝を!
愛媛県の梅錦山川酒造から始まったこの運動は、某大手メーカー達の妨害にあってなかなか進みません。妨害の原因は自分の蔵元から選ばれないときの会社のイメージダウンを嫌ってのことです。彼等は水飴や味の素等の調味料を添加して加水した大量生産の清酒を(現在日本の清酒の法律規定が許している)販売して、その結果得た莫大な酒税を大蔵省に納め強い発言力を持っています。私は個人的に彼等の酒を嫌っています。もちろん彼等の吟醸造りの技術は上等で、国税庁醸造研究所が行う全国新酒鑑評会で「金賞」を得る吟醸酒を造っています。しかしその吟醸酒は会社のプライド作品で、金賞受賞の名誉のために造られた少量の酒のため、私達が飲める機会はほとんどありません。
 今年の全国新酒鑑評会は平成七年に東京滝野川から広島に移転した醸造研究所で行われました。予審通過酒は四四五点、金賞酒二六四点でした。子細はインターネットホームページ、
URL http://www.nrib.go.jp
を参照して下さい。吟醸酒の評価は、利き酒による官能審査が主体で、補完的に化学分析が行われます。「味」の審査では、いわゆる甘口辛口という項目は無く、利き酒用語では、ふくらみ、濃醇、軽快、きれい、なめらか、後味良、しまりの七項目があります。一般的には甘辛の表示は、酸度と日本酒度の組み合わせで表示されています。
 最後に吟醸酒の価格です。
良質の吟醸または大吟醸酒の多くは、四合瓶詰めで三〜四千円です。酒販店によってはプレミアムを付加して数倍の価格にしたり、目的の吟醸酒を購入するのに余分な別の酒をセットで買わされたりするケースがあります。このような不健全な酒販ルートに、蔵元や杜氏は泣いています。良心的な蔵元は利潤を減らしてでも良い酒を消費者にと願い、杜氏もまた薄い経済的報酬にあっても酒造りの誇りを私達に伝えたいと望んでいるのです。「うちの酒は、プレミアムが付いて市場の実勢価格は上がっている」などと誇る蔵元はおお馬鹿、また、ありもしない「銀賞受賞酒」というレッテルを付けたり、「金賞受賞蔵」の表示であたかも「金賞受賞酒」と紛らわしいラベルを付ける蔵元もあります。
さて私の場合は、四合三四千円の吟醸酒を数種類集めておいて、半合の冷酒用グラスで三〜四種類を晩酌で楽しむことがほとんどです。しめて千二百〜二千円となります。
 吟醸酒をお勧めします。酒米作りから始まり私達の手元に届くまでに関わった多くの人々に感謝を込めて、また自然の生み出す偶然に畏敬の念を持って、さらに自らの体調を整えて吟醸酒を楽しみましょう。
酒は飲めないと思いこんでいた家内は、今や「このお酒は初夏の唐松林を下って沢に降りた時のような…」などと批評しながら嬉しそうに飲むようになりました。今は秋、おいしい自然の食材が収穫される時期です。冬の寒さの中で醸されて春に新酒となり世に出た吟醸酒が、大事にされて夏の暑さを蔵で越し、冷やおろしとなって出荷されてきます。おいしい食べ物と素晴らしい季節作品の吟醸酒を楽しみましょう。
追記
 この原稿を終えるにあたり追記するべきことがあります。
私達に優れた吟醸酒を飲ませてくれた酒の店、池袋「味里」と新宿「松島」がこの時期に悲しくも閉店しました。両店は東西の横綱格で、健全な吟醸酒の普及に長いあいだ大きな役割をもってきました。松島の長谷川喜久萬さんは病に倒れ閉店を余儀なくされたと聞きました。健康の回復を心から願っています。味里の杉田衛保さんは一身上のことで閉店されましたが、いま新たに高田馬場「真菜板」で再出発されました。今後の発展を切に祈念しています。
平成十年十一月記