Storia 1. イタリアは、雨だった。


 

11月某日。日本航空4017便(アリタリア航空コードシェア便)はほぼ定刻通 りに新東京国際空港を飛び立った。

コードシェア便で、機材・クルーともアリタリアだ。搭乗時刻を知らせるアナウンスが3か国語で流れた時から、もうすでに自分の中でのイタリア生活は始まっていた。しかし、3か国語がぺらぺらだったら気持ちいいだろうなあ(逆に気持ち悪いかもなあ)。

機内食はおいしかった。私的には、いやしいようだが、長距離便ではインフライトミール以外にあまり愉しみがない。雑誌も音楽も、そのうち飽きる。前の日も夜中まで会社にいた&その前の1週間泊まりの現場だった疲れで、ぐっすり寝ることができた。次にめざめた時は、すでにモスクワ上空を通 過したあとだった。

ほどなく、飛行機はほぼ定刻通 りにミラノ・マルペンサ国際空港に到着。夕方5時過ぎなので、その日のうちにフィレンツェへ移動するのは難しい。バスでミラノ中央駅へ。バスはLit. 13000。チケット売りのおやじは英語で値段を言ってくれた。が、私にはThirty thousandと聞こえたのだ。ほほう、30000リラか(約1500円)。ほほう、こんなもんか(成田のリムジンバスは3000円だし)。と思ったら、Thirteenだった(約600円)。ほほう、そういうことか。ゼロが多いんだな。

ミラノは大きい街!!路面電車もあるし、道は狭いし入り組んでるし、石畳だからハンドルとられそうだし。私絶対運転できない・・・。

夜は寒かった。というか、冷える。オイルヒーターがあるんだけど、私がほしいあたたかさにはなかなかなってくれない。ま、とりあえずフィレンツェのアパートの大家さんに電話して着いたことを知らせなきゃ「Pronto?」ほらほら、きた、イタリア語だよ!!!(当たり前だ)

Ciao, sono Nodake, sono arrivata a Milano oggi.....
(こんにちは、のだけです。今日ミラノに着きました。)

しかし、すぐに言葉につまってしまった。大家さんは英語でもいいよ、と言ってくれたので、もう、安心して英語で喋った(あぁ、いきなり自分をスポイルししまった!!)。

次の朝、カップチーノで朝食。ミラノ中央駅からEuroStar(イタリア版新幹線)にのり、2時間45分でフィレンツェ・サンタ・マリア・ノヴェッラ駅へ(Stazione Firenze SMN) 。

えー、天気は曇り・小雨。

イタリアって、天気いいんじゃないの?!

この仮説はことごとく撃ち破られる。北イタリア(フィレンツェも北?かな。ローマよりは確かに北だ。)は曇り、雨、霧、寒い。

イギリスと変わらないじゃないか!

結局私が滞在した3週間中、朝から晩までずっと晴れていた(=雨がふらなかった)のは2日だけ。
11月にイタリア北部にいかれる方。絶対に傘をお忘れなく。でも、傘は面倒だし、ずぶぬ れになるほどひどくは降らないから、雨ガッパ(レインコート)もしくは、フード付きの防水加工コート(現地の人はナイロンの綿入れコートを着ている)をお持ちください。

 

 

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