2010年4月、友人と渡った淡路島で、面白い話を聞きました。
この島に、カロッツェリアが昔あって、島内で使う自動車を作っていたとのこと。
島内で使う自動車とは、農機具の一種で、
通称「のーみーしゃ(農民車)」といい、小型特殊免許で運転可能な、原動機
付き二輪車の、ワンランク上の車輛です。今でも免許証にこのカテゴリーは
残っていると思います。
彼は実家の近所にあった工場を「カロッツェリア・マエダ」と呼び、淡路島
特産のタマネギ畑の中を走る、作業車を作っていたメーカーですが、エンジン
や部品などは寄せ集めのもので、工場周辺は子供の頃の格好の遊び場だったと、
教えてくれました。
淡路島に渡った目的は、鉄道の跡と、丹下健三の手になる追悼施設の現状確認
だったのですが、クルマ好きで出会った2人ですので、早速その「カロッツェリア」
の現状を探訪してみました。
これが掃守(かもり)で出会ったおそらく最新の農民車。エンジン、動力系
以外はハンドメイドと思われる。カロッツエリアの呼称も冗談ともいえない!?


修理中なのでしょうか、ずっと古いタイプの車輛のようです。
ただこの日は、工場の前のヤードも車輛など
も片付けられており、もう農民車は作っていないのでは?という予感もしました。
いろいろ調べているうちに、この愛すべき島っ子を詳しく記録しておられる
サイトをみつけました。
http://www.page.sannet.ne.jp/tkn203/
島巡りの最後は、南淡の海岸に出てみた。その道沿いには淡路島特産の玉葱を
保管する玉葱小屋がずらり。
その中の片隅にはそれぞれ、古い農民車が納められていた。
橋が架かる前は、島独自のレギュレーションがあり、その範疇で島内の農機具兼、
準交通機関として存在した「農民車」。多い時には3000台以上もいたと言われる。
彼らが今後生き残れるか、それは非常に難しいと思う。
ガラパゴスではないが、陸続きになれば「生態系」が崩れるのは生物も然りだ
からである。
四国側の小鳴門、大鳴門橋が架かり20年以上、本州側の明石大橋が架かって、
12年。実際陸続きになった島には高速道路を使えば、大阪から数十分で到着する。
高速道路で走り抜ける現代人たちよ、その強固なコンクリの構造体の下には、
名も無く、騒ぐこともなく走り続けた、島のランナーたちがいたことを、忘れ
ないで欲しいと思った。
平成22年4月記す