小さな新しい家族は、瞬く間のうちに我が家の人気者となりました。
嬉しいことがあると頭を振って跳びはね、すぐ冷蔵庫の後ろに入りたがる彼女は、時々行方不明になって私達を困らせはしたものの、愛くるしいばかりでした。
私はうさぎを”おはな”と命名し、暇さえあればスキンシップをはかり、クラシック音楽を聴かせて情操教育に努めました。野菜嫌いの彼女はサラダ菜しか食べなかったので、栄養面にも気をつかいました。
こうして”おはな”はすくすくと育ち、私たちの夢のような時は過ぎていったのです。
2ヵ月たったある日、私はおはなの体重をいつものようにキッチンスケールで計ってみました。彼女はその頃すでに900g程にまでなっており、もういくら何でも成長がとまる時期だろうと思っていたのです。
ソロソロとおはなをキッチンスケールの上に乗せてみると・・・、これはどうしたことでしょう。数字を指し示す針は、ものすごい勢いで1回転すると、”もうこれ以上は限界です!”と言わんばかりに止まってしまったではありませんか。
私はしばらく目が点になり、何が起こったのか分かりませんでした。
ようやく気を取り直して、今度は体重計を引っぱり出してきて、そこにおはなを置いてみることにしました。体重計に彼女を乗せながら私の頭の中では、あのおじさんの言葉が浮かんでいました。
”体重は1kgにしかならないよ”
その時、何だかとても嫌な予感が全身をつらぬきました。もしかしたら、このまま知らないほうがいいのかもしれない。でも、いつかは家族にも恐ろしい事実がばれてしまうことは明らかです。私には真実を確かめる義務がありました。
悲しいかな、私の嫌な予感は的中していました。おはなは体重1.3kgにまで成長していたのです。その後も彼女は成長し続け、とうとう1.6kgになったところでやっととまりました。しかし、私は知りませんでした。親切そうなおじさんの悪夢が、まだ終わっていないことを。
それから更に数ヵ月が過ぎ、おはなが奇妙な行動をとることに気が付きました。おはなは”むぅむぅ”と鼻息のような低い声のようなものを発しながら、しつこく私の足にまとわりつくのです。
”何をしているんだろう、可愛い奴だなー”などと思いつつ、私はおはなが急にフレンドリーになったことを内心喜んでいました。
しかし次の瞬間、私は信じられないものを見てしまったのです。
彼女は・・・、おはなは・・・、あろうことかオスだったのです。
おはなにとって私の足はメスのうさぎであり、今までの奇妙な行動はうさぎの求愛行動だったのです。
”メスだから大人しいよ”
おじさんの言葉が、ガラガラと音を立てて崩れてゆくのが分かりました。私は1度ならず2度までも、ペットショップのおじさんに騙されてしまったのです。
私達家族は、すぐさま緊急会議を開き、彼を”おはな”という名前から、”はなお”にかえること、呼び名は”はな”とすることに決めたのでした。
こうなってくると、おじさんの何もかもが信じられなくなってくるのは、当然の成り行きと言えるでしょう。
”生後50日位だよ”
今にして思えば、”くらい”という曖昧な表現をしていたことも怪しい。そう言えば、あの頃の”はな”は変に落ち着きがあった・・・。ひょっとすると、うさぎとおじさんは裏で手を組んでいたのではなかろうか。そして、善良な人々を罠にかけて楽しんでいたに違いない。私はそんな彼等の策略に見事にひっかかってしまったのだ・・・。
私の妄想は、もはや誰にも止められない状態になっていました。
しかし、私に何ができたでしょう。
確かにおじさんのサービスしてくれたカゴは、”はな”には狭すぎてすぐ使い物にならなくなりました。おまけに母は”うさぎアレルギー”だったということが判明し、病院通いの毎日です。でも”はな”は家族の一員として、なくてはならない存在になっていました。”生後50日”という言葉をもとに、7月1日を誕生日と決めてしまったぐらいです。おじさんは、嘘がばれる頃には情がうつって、手放せなくなるだろうということまで計算していたのかもしれません。
結局事の真相を聞き出せないまま、あれから2年がたちました。
”はな”は相変わらず私の足をメスと勘違いしているし、野菜はサラダ菜しか食べないうさぎです。そして確たる証拠もないまま7月生まれです。
本当に生後50日だったのか、それともすでに60日以上になっていたのか・・・。
それは誰にもわかりません。
ただ一人、あのペットショップのおじさんしか知らない秘密なのです。