「…はぁ!?」
『だから、彼女と旅行に行くんだよ。言ってなかったっけ?』
「聞いてねぇーー!!」
あまりといえばあまりの態度に、私は声を荒げてしまう。まあまあまあまあ、という私を宥める声も、今はただ火に油を注ぐだけのものでしかない。
『悪かったよ、今度埋め合わせするからさ…あ、待ってよ…いさんっ…んじゃなっ』
ぷつっ…つー、つー、つー。最後まで腹の立つ態度で、私の今現在意中の男性・岸部は電話を切ってしまった。
「っ…死なない程度に事故れっ…!」
ぎりり、と携帯電話を握り締め、私はそう呻いた。
「シローさん、どうしたんですかぁ?端から話聞いてるだけじゃぁ全然わかりませんよぉ」
そう、こいつも人の神経逆撫でするような喋り方で訊ねる。今の私にはこの程度の事でさえこいつを攻撃する材料になる。ていうか、その呼び方やめてやれ。
本名は孝一だぞ。
「岸部は彼女と旅行ですってよ!3人で3ヶ月前から計画してたにも関わらずなぁ!!」
「…あー…それは酷いっすねぇ」
がくがく肩を揺すられつつも、こいつ…水沢は人事のように(確かに人事だけど)返すばかりだった。ええい、これがただの八つ当たりだって事もわかってる。
ここまでこいつにセッティング手伝って貰ったのに、酷い事しているという自覚もある。けれど、今はただ、こうする事で自分を誤魔化すしか方法が無かった。
「岸部さん、気ままにも程がある人ですからねぇ。俺だって初耳ですよぉ、彼女がいるってのはぁ。もしかして昨日今日で出来たんじゃないですかねぇ」
少し咳き込みながら、そう言った。年下の癖に冷静だな。
「泣いてもいいんですよぉ?」
「うるっさい」
眼鏡越しの眼が、馬鹿にしているように思えて、私は水沢にそう言ってしまった。
私が、岸部を好きになったのはもういつの頃だったか、正確には思い出せない。
大学で知り合って、趣味の合致から友達になって、気が付けば好きになっていた。
それから1年遅れて入学して来た岸部の後輩、水沢が加わって、ずっと乙女的に虚しいながらも楽しい日々が続いていた。そして、今度遊びに行きがてら今度こそ告白しよう、と水沢に協力を頼んで息巻いていたら…これだ。
「っの野郎…っ!!あーっ、むかつく!!」
「あははははは、岸部さんと付き合うならこのくらいの事は予想していないと。俺なんかもう、指定時間に指定の場所にちゃんと行った事ありませんよぉ?岸部さんそういう事多いですから」
笑いながら、人として何か間違っている事を言う。私はふと、普段の事を思い出した。すぐにいつもの謎が解けた。
「だからかーーーーー!!」
再度私は水沢を揺すった。3人で集まろうとしてもこいつは必ず遅刻をするのだ。しかも電話を入れないと永久に来ない。そういえば、岸部も結構な割合でそうだった。
「なんで毎度毎度遅いかやっとわかったよ!私もここ最近は必ず指定時間前に電話入れて、30分遅れて出発してたから気にならなかったけど!!ていうかお前等私が憎いのか!?気付かないだけで嫌われてたんですか私は!!」
「…別に、嫌いじゃないですよぉ。一緒にいて面白いですし、本人も面白い人だし…」
微妙に物凄く引っ掛かる物言いだった。が、なんとなく嘘を付いているという訳でも無さそうだし。私が手を離すと、水沢は立ち上がり、荷物をもった。いつの間にか電車が来ている。
「まぁ、旅は楽しく行きましょうよぉ…吉野さん」
そう言って、水沢は私の手を引いた。
電車の中でも、私は無言だった。水沢は私に話し掛けない方がいいと判断したのか持参した携帯ゲーム機(明らかにメジャーなアレではない)で黙々と遊んでいた。通り過ぎて行く風景を見ながら、泣きそうになっていた。
「泣いているなら俺の胸を貸しますが」
「お前に言われると、なんかむかつく」
若干声が震えてしまった。水沢は電源を切って、私の方を向く。相変わらず表情は読めない。鞄からお菓子を出して袋を破る。そして中身を出して、私に渡そうとした。
「いらない…」
断ると、自分で食べ始めた。チョコ臭い。
「このお菓子、好きじゃありませんでした?」
「…見るのも初めてだわ」
それからまた、無言になってしまった。ゲームは再開しない。私を見たまま水沢も無言でいた。電車がトンネルに入る。
「あ、後ろ」
「?」
薄く電気の付いた車内で何が起きたんだ?素直に後ろを振り向くが、何も無い。首を傾げて水沢に話し掛けようとする。その瞬間。
ぐむに。
「っ…!?」
「わー、引っ掛かった」
頬肉に刺さる水沢の指。しかも思いっきり。痛い。普通に痛い。
「…水沢」
「はい?」
にこにこと、見る者を不快にさせる笑顔で、返事をする。
私は思い切り水沢の頬を左右に引っ張ってやる。
「…ひはひへふ、ほひほはん」
「痛くしてるんじゃああああっっっ!!!」
そんなこんなで、旅館に着いた。
部屋は2つ。途中から岸部と同室にするという作戦だったけど…無駄に終った。
脱力し切った私は色々な事を水沢に任せて、椅子に座って溜息をついていた。暫くして、水沢がこっちに向かって来る。
「行きましょう、桜の間です」
「どっちが?」
「え?」
私の質問に首を傾げる水沢。いや、私とお前と、どっちが桜って事?まぁ、多分私に言ったんだから、私が桜だろうけど…
「あ、そういう事ですか。俺も吉野さんもですよ。キャンセル料は出しますからぁ」
はい?
固まる私を余所に、水沢はすたすた歩き始めた。私は顔を引き攣らせながら、水沢に駆け寄る。
「ちょっ、ちょい待てっ!なんでっ?どうして一緒の…」
当然、といったように水沢は言う。しかし、お互い、お互いの男女の部分に全く興味が無いとはいえ、一応私は女で、水沢は一応男なのだ。なのに…
「…吉野さん、この間俺の部屋で1日半新発売のゲームしてたじゃないですか」
「っ、あっ、アレは……桜花ちゃんがゲーム機占領してたから…」
「勿体無いでしょう、2人しかいないんですし」
因みに桜花ちゃんとは同居人で4つ年上の親戚の女の人だ。が、勢いで言ってしまったが、水沢も岸部も桜花ちゃんの事は知らない。まぁ、私がひた隠しにしてる訳だけども。
案の定水沢は怪訝そうな顔をして私を見る。私は大分挙動不審になりながら誤魔化そうと頭をフル回転させる。
「おっ…桜花ちゃんってのは…あ、あの、私の飼ってるアメリカザリガニで、その子がゲーム機の上で鎮座して…」
「背中持ってのければいいじゃないですか」
「黙れこのメガネ!!」
あまりに冷静な突っ込みに、必要以上に罵ってしまう。結局これも八つ当たりに過ぎないのに、それでも水沢は笑って、納得もしていない筈なのに納得してくれた。そして気を使ってくれたのか、いきなりお茶の用意を始めた。
「…まぁ、落ち着いてください。折角旅行に来たんですから、楽しみましょう。考えチェンジです。元から俺と吉野さんで遊びに来たんですよ」
茶っ葉を入る限り急須に詰め込み、お湯を溢れんばかりに注ぎ、湯飲みに注ぐ。私は内心脂汗を流しながら、穏やかに話す水沢の手元を凝視していた。
「お前、お茶の淹れ方知ってる?」
「生まれて初めてですよぉ」
はい、と私に自信満々に手渡す湯飲みを頑なに拒否して、セットで置いてあった茶菓子を食べる。ていうか、飲まないで。普通に飲まないで。絶対身体に悪いから。
私が代わりにお茶を淹れて、一息つく。
水沢は手に付いたお菓子の粉を舐め取ると、急に立ち上がった。そして鞄の中からカメラとデジカメを取り出すと、急に輝いた顔になる。
「じゃ、俺ちょっと写真撮って来ますからぁ。夕飯までには帰りまぁす」
足早に部屋を出て行く水沢。いやっほぉおおおぉぉぉ…、とはしゃぐ声が暫く聞こえていた。が、それも遠くなって行く。
急に、独りぼっちが身に染みて来た。
こんな事なら、来なければ良かった。
桜花ちゃんと一緒にケーキ食べ放題や焼肉食べ放題に行けば良かった。
こんな計画立てなければ…知らないで済んだのに。岸部に彼女がいるって…そんな事、知りたくなかったのに。
涙が出て来た。
水沢にも、酷い態度ばかり取ってる。私、自己中な事ばかりしてる。あんなに協力してくれたのに。
…だから、行っちゃったのかな。もしかして怒ってたのかな。私、呆れられ―――
「あははははは、やっだぁ、俺フィルム忘れて―――」
笑いながら、ばん、といきなり戸を開ける水沢。振り向く私は、思い切り泣いている。私は慌てて涙を拭う。水沢はというと…
「あ、すいません。フィルム取りに来ました」
…至って普通に私の横を通り過ぎる。
「なんかリアクションは無いんかい!!」
饅頭を水沢の尻にぶつける。意外な攻撃に驚いたのか、ちょっと焦りながら私の方を見た。
「だって吉野さん、そういう事したら怒るじゃないですかぁ」
面倒臭そうにそう言いながら、水沢は私の傍に寄って来た。指で私の涙を拭うと、手を取って私も立ち上がらせようとする。
「吉野さん、温泉行きましょう。露天風呂ですし…気分もきっと晴れます」
お風呂…その言葉にちょっと反応してしまう。お風呂は好きだ。どっかの猫型ロボット漫画のヒロインの女程じゃないけど、好きだ。
「うん、行く」
私は、素直にそう言った。
「気持ちええ…」
露天風呂に浸かりながらそう呟く。これ目当てで来たってのもあるんだよね。
はぁ、極楽極楽。そういえば、混浴だって知ってから、また水沢と新たな作戦立てたよな。
「…ばっかじゃなかろか…なぁにが『混浴ドッキリ!裸の付き合い大作戦』だ…」
「略してK・D・H大作戦って盛り上がりましたよねぇ」
笑う水沢。お風呂だから当たり前だけど眼鏡外してる。眼鏡を取ったら美形、っていうのはお約束だけど、こいつは眼鏡をしていた方がかっこいいという逆ドッキリ男だ。まぁ、私も例に漏れずこいつは眼鏡がイイ派です。
「全部、パァだね。色々考え…」
そこまで喋って、私は固まる。そして気付けばすぐ近くまで来ている水沢を凝視する。
「いっ…むぐごっ!?」
「はい、ストップです。ある意味K・D・H大作戦大成功ですねぇ」
叫ぶ事を予測したのか私の口を押さえ、いつも通りの口調で、いつも通りに言い放つ。ていうか、素っ裸。私も水沢も素っ裸。私は逃げようとしたけど、水沢に口と頭と押さえられてるから動けない。ていうか近い。近いってば!!
「…なんで気付かなかったんですか」
少しだけ呆れたように突っ込んだ。ようやく手を放してくれると、少し離れてくれた。私はとりあえず見られたくない所を手で隠した。そして後ろを向く。
「作戦考えた当の本人が引っ掛かるって、俺、漫画とかでしか見た事ありません」
「うるさいっ」
「それから胸、予想より大きくて驚きました」
っ―――!!
なんだろう、わかんない。いつも通りで、きっといつもみたいな顔して、きっとこの場を和ませる為に言ったんだろうけど…なんでかね。私、引いちゃった。
なんか、怖くなっちゃった。
水沢から離れたくて、私はちょっと移動する。
「吉野さん?」
「っ、嫌っ!!」
近寄って来る水沢が怖くて、私は拒絶してしまう。
「そんな、今更俺を男だって認識して軽い発言で引いていないで下さいよぉ」
「わかってんなら言うなーーーーーーっっ!!」
…私があやふやな理由まで言い切りやがって。でも、お陰で緊張は解れた。
「ごめん、それは謝る…でも、私もびっくりした」
前は向かない(ていうか向けない)まま、会話は続ける。まぁ、確かに意識した事、無かった。初めて会った時から、こいつ不思議少女みたいだったし。下ネタ言う時は活き活きし過ぎて、逆にいやらしくなかったし…むしろ清々しささえ感じてたのに。
「ぁ…」
いつの間にか背後にいて、水沢は私の事を抱き締める。確かに、水沢は男の人だ。けど、なんで?なんでこんな事すんだ?好きなのか?もしかして、私の事―――
「吉野さん、好きです」
耳元で囁くように、でも、はっきり言いよった。
…だからか?だから、ずっと私に協力してたのか?私、水沢の気持ち、何ひとつ考えないで自分の事ばっか考えてたのに?それなのに、水沢は―――
「いつから…そう思ってたの?」
震える声で、また泣きそうになりながら、私は問う。拒まないのを了承と捉えたのか、私の身体を自分の方に向かせる。笑顔は、やっぱりそんなにカッコ良くない。
「…駅で、吉野さんが絶叫していた辺りからです」
そう言って、私にキスしようとする。が、私はそのあまりの納得の行かなさに
我に帰ってしまう。そして思い切り平手打ちをした。
「…短っっ!!」
なんだお前、あの状況で私を好きになったってどういう事だ。ていうかもしかして、簡単に落ちそうだとでも思ったのか!?
頬を擦りながら、水沢は苦笑する。
「俺も驚きましたよ。泣きそうな貴方がなんだか可愛くて、あ、俺吉野さん好きになっちゃったぁ、って思いました。失恋しちゃいましたし、2人きりになったし、これはチャンスだと思って」
「正直だなお前!!」
やっぱり水沢はどこまで行っても水沢だった。再度近付いて私を抱こうとするけど…私は逃げた。だって、私はまだ岸部が好きだし、水沢を好きになった訳じゃない。この状況で水沢の所に行くって…そんなの、卑怯じゃないか?
サバ味噌缶無くなったから水煮缶行こうか、とかそんなレベルじゃないんだ
ぞ?
「…駄目、駄目。そんな事しないで。駄目だよ…な?頼むから」
なんで謝ってるんだろう、と思いつつ私は後ずさる。
「吉野さん、別にいいんですよ。駄目だったから次これ、っていうのが駄目だなんて法律はありません。サバ味噌缶が無かったら水煮缶にすればいいんです」
「お前、人の心読めるの?」
一瞬背筋が寒くなってしまう。が、水沢は首を傾げる。
「…でも、駄目なんだよ!!」
そう言うと、そこらに置いておいたタオルを投げ付け、眼を逸らした瞬間に上がって、逃げた。逃げても行き先は同じなんだけど…
その後は、気まずくなってしまった。
何も話せなくなってしまったし、せっかくのごはんの味もわからなかった。
テレビも見ないで、卓球もしないで、お互い無言のまま就寝する。
……小学校の修学旅行だって、こんなに早く寝ないくらいの時間だった。
静かに寝息を立てる水沢。私は眠れなかった。
今日一日で色々な事があり過ぎた。
岸部に当たってみる前に砕けた。水沢に告白された。よく考えると、2つしか無い。
私、結構必死にアプローチしてたつもりなんだけどな…でも、結局気付かれなかった訳だしな…ちっ。
好きだったのになぁ…もし、本当に昨日今日で彼女が出来たというのなら…私、すっげぇ馬鹿だよな…さっさと言っちゃえば良かったのに。いつも、そうなんだ。
いつだって、私は馬鹿なんだ…
鼻を啜る。涙が出てくる。浴衣で拭おうとするけど、どんどん出て来る。
「…泣いてるんですか」
「だいでねぇ」
狸か?それとも私の音で起きたのか?近付いてくると、私の布団の中に入って来る。やめろよ、と布団から蹴りだそうとしたけど、あっさりかわされる。
「……」
抱き付いてくるかと思ったけど、違った。手だけ繋いで、くっつこうとはしなかった。
「吉野さん、好きですよ」
「うっ…っ…」
てめぇこの野郎、わかってんだぞ、私をお前サイドに来させる為にそうしてるって事。私、そこまでアホじゃないんだぞ?
「泣いて下さい。悲しい時は泣くかファイティングポーズで叫ぶのが一番です」
「うる…っせぇ…」
繋いだ手を振り解こうとする。出来ない。
「好きです。俺は吉野さんが…京子さんが好きです」
もっと強く私の手を握る。けど、私は思い切り離れようとする。何故なら。
「私の名前はさくらじゃーーーーーいっっ!!」
誰が京子だ!吉野さくらをどうやったら間違えるんだよ!!
「あ、わざとじゃないですよぉ。名前呼んだ事無いから適当に…」
「余計悪いわ!!」
「すいません、さくらさん」
ぺし、と頭を叩く。ドサクサ紛れに呼ぶな。
「俺の名前も呼んでいいですから」
「嫌だっ!!」
別に、忘れた訳じゃないけどね。水沢大輔だろ?誰が呼ぶか。
「っ!?」
うっっわ!!油断した隙にこいつキスしやがった。殴ろうとしたけど…ぅええ!?
「え、やだ、みず…」
私の両手を掴んで、またキスをする。
「名前を呼べーーーー!!」
「ええ!?」
初めての、水沢の怒った顔と声。思わず…
「だい、すけ…」
「さくらさんっ」
きゅう、と私の胸に顔を埋めるように抱き付いて来た。
私、もしかして勢いに流され易いのか?私は戸惑いつつも引っ剥がそうとする。が、このベアハッグ状態は、中々止めさせる事が出来ない。
「…離れろ…」
「嫌です」
「……やめて」
「絶対に嫌です」
そう言いながら、私から離れた。私の顔を見て、寝ましょう、と呟いた。腕枕の用意して、先に寝転がる。仕方ないから、それに応じた。
「…私、馬鹿なんだ」
寝ないで、話をする事にした。水沢は、寝る気だったと思うけど…話をしたかった。
「馬鹿じゃないですよ、間抜けなだけでいたたたたたたた」
二の腕をつねると、奴は黙った。
「桜花ちゃんの事なんだけど…」
「さくらさんのペットのアメザリがどうしたんですか?」
「…ごめん、嘘付いた。ペットじゃないの…同居人。一緒に住んでる人」
「男ですか?」
「お前、実は私に何ひとつ興味無いだろ」
声を凄ませると、謝られた。
「4つ上で、綺麗で、凄く可愛いくて、性格も良くて、誰もが好きになるような人」
…そんな桜花ちゃんに、私はずっとコンプレックスを抱いていた。
いつも比較対照にされていた。親戚にも、親にも。桜花ちゃんは頭も良かった。
けど、身体が弱かった。私はいつも桜花ちゃんを守っていた。
「ずっと一緒に育って、一番仲が良くて、桜花ちゃんも私の事、凄く好きだと思う」
水沢は、私の話を相槌を打って聞いてくれる。今まで、誰にも話した事の無い事。
「私、健康だって事以外は何ひとつ桜花ちゃんより劣ってた。私、本当はずっと桜花ちゃんの事嫌いだった。けど、そんな事態度に出したら、周りから軽蔑されるのは私だってわかってたから、ずっと仲良しのフリしてた…それで、ある日ね」
私の進学と時期を同じくして、桜花ちゃんの両親が事故で死んだ。桜花ちゃんは独りぼっちになってしまった。
「嫌いだけど、桜花ちゃんが大好きだってわかった。独りにさせたくない、泣かせたくない、笑顔でいて欲しいって思った。だから、一緒に住もうって話持ち掛けた。桜花ちゃん、凄く喜んでくれた。私も凄く嬉しかった」
一気に喋って、一息つく。けど、本番はこれからだ。本当は、言いたくない。
「…でも、やっぱり一緒にいるとどうしても自分が劣ってるって、苛まれるんだ。事実、私と桜花ちゃんと一緒にいて、桜花ちゃんより私を好きになってくれる人なんていなかった。だから、お前と岸部に桜花ちゃん、会わせなかった。ずっと隠してた。やっと私と桜花ちゃんを比べないでいてくれる人見付けたから…」
私は、思い切り泣いた。すっげぇ醜い私の本心、ぶちまけてしまった。なんで言っちゃったのかはわからない。けど…
「うっ…」
水沢は、私を引き寄せて、乱暴なキスをした。何度も、何度も。それから、普段からは予想も付かないくらい強い力で、私を抱き締めた。
「…さくらさん、きっとこういう事言って欲しくてそういう事言ったんだって事を踏まえて言います。俺は、その人と貴方を比べたりしません。きっと、貴方の方が面白いと思いますし!」
「嬉しくねぇえ!!」
どちくしょう…言って欲しくない事、ズバンと言い切りやがって…でも、その通りです。そう言って欲しかったんだよ…汚い所も馬鹿な所も含めて、私の事好きって言って欲しかったんだよ。
「でも、桜花ちゃんって可愛いよ?私、そんな可愛くないし、性格悪いし、今の流行って天然ボケじゃん?私、どう見たってツッコミじゃん?」
「…必死に自分を貶めて、俺に褒めさせようって誘い受け的な事しないで下さい。
俺はそんな浅はかな所も、好きですから。どうしようもない顔でも性格でも頭でも髪型でも、俺は貴方を選びます。ていうかいい子ちゃんキャラなんか糞くらえってなもんです!天然なんかいりません、俺とボケが一緒にいたってただのダブルボケです!!」
…力説する。これ以上私に何も言わせようとしないかの如く、全部言い切る。
私はそんな必死な水沢が…いつもは飄々としてて、絶対熱い所なんて見せないこいつが、私の為にここまでしてくれるのが…物凄く嬉しくて、物凄く申し訳なかった。
水沢も気付いたのか、急にいつものテンションに戻る。物凄く恥ずかしそうにはしてるけど。
「ありがと…私、幸せ」
ここまで貶められて幸せも何もあったもんじゃない気がするけど…そう仕向けたのは私なんだし…急にしおらしくなってみせると、水沢はにやりと笑ったような気がした。そして私の浴衣に手を掛ける。
「じゃあ、俺も幸せにして貰えますかねぇ」
ふざけて、そして私が手を出したり怒鳴ったりするのをきっと予測しているんだろう。私を元気にする為に。馬鹿な私の為に、水沢は。
「うん」
初めて、私から大輔にキスをした。
一瞬物凄く驚いた表情になって、でもすぐに私を押し倒す。いや、お前もどんだけ私が好きなんだ?
「あの、前も言ったと思うけど…私、初めてじゃないよ?」
「上等です。ていうか好都合です」
…なんか、引っ掛かるけど…まぁ、いいか。私は若干震えながら、水沢(やっぱこっ恥ずかしい)が浴衣を脱がせるのを待った。所詮は浴衣だからすぐに裸にされた。ええい、ショーツを拡げて見るな。
「さくらさん、綺麗です」
それは…ありがとうございます。嬉しいよりも、恥ずかしい方が大きくて、私は柄にも無く顔を手で隠してしまった。
「さくらさん」
優しくされるより、普段みたいにされた方がいいんだけどな…なんだか、本当にこいつが男だって実感してしまう。惚れた者の欲目かな、眼鏡を外した水沢が…なんだか本当にカッコ良く見える。口で笑ってて、いつも眼が笑ってないような気がしてたけど…今はちょっと、眼が優しかった。
「水沢…」
「名前で呼んでくれたら、俺、物凄く嬉しいんですけど」
私の手を、顔から離す。私は咄嗟に水沢の浴衣を引っ張った。不健康そうな身体かなぁ、と思ってたけど…まぁ、確かに私より白いけど…普通だ。普通の男の人だ。
「み…大輔」
「はい、さくらさん」
ごめん、用は無い。呼んだだけ。それを伝えると、嬉しそうな顔をして私に抱き付いて来た。私も、答える。
暫く、ただ抱き合っていた。本当は、ずっとこうしていたかったけど、そうは行かないみたいだ。大輔は私の両頬に手を添えて、改まった感じでキスをする。
舌が入り込んできて、こんにちはー、とでも言いた気に舌をつついて来た。
私、ディープキスってした事無いんだけどな。いや、なんか嫌でしてなかったんだけど…でも、してみると嫌じゃない。大輔だからかな?と恥ずかしい事を考える。
絡んで来る舌が気持ち良くて、私も動きを合わせる。いいなぁ、こうやって、大輔とずっとこうしていたい、と思う事が増えて行くのって。
「っう…」
不意に、胸を掴まれた。指が乳首の先端で小刻みに動く。乳首が固く、大きくなって行く。私の唇を離れた大輔の唇が、指で弄んでいる方とは反対の乳首を咥えた。
「あっ」
私は小さく声を上げた。両方の指と口を使って、大輔は私の胸を舐めたり、揉んだりしている。声が出てしまう。こんな事するなんて、朝には思いもしなかった。電車に乗る時、私の手を引いた大輔は、もう考えていたのだろうか。
時おりキスしながら、大輔は私の胸を重点的に攻めて来る。
「だい…す…け」
赤ちゃんよりやらしく、強く乳首を吸っている大輔の髪を掴んで、私は名前を呼ぶ。
「はい」
あまり余裕の無い私とは対照的に、涼しい返事だこと。でも、正直聞けないわ。
なんで胸ばっかなの?って。
「大輔…」
名前ばっか呼んで、何したいのかさっぱりわからないんだろうな。けれど、大輔は笑って頬にキスしてくれた。子供みたいなキス。すぐに離れると、大輔は予想を裏切っていきなり私の脚を開いた。
「え…」
汗ばんだ太腿を両手で押さえるようにして、私の股間に顔を沈める。乾いたイメージを持つ大輔だけど…当たり前だけど、舌はヌルヌルしていた。どこもかしこも、年下の癖に、まだ10代の癖に、どこか枯れた雰囲気を持っていて…
こんないやらしい事、している。下話だって散々したのに。そういうイメージ、無かったから。私が勝手に想像してただけだけど。
「ぁあっ、んっ!」
大輔の舌が、入口付近を舐める。反射的に脚を閉じようとしたけど、無理だった。
「さくらさん、濡れてます」
「言うなっ!…やっ、ん、ああっ…あっ」
正直言うと、こういう甘ったるい自分の声、嫌です。なんか、本当にやらしいなー、と思うから。普段がアレで、こういう時コレで、どういう事だと自分で思う。
きっと桜花ちゃんなら…可愛いんだろうな。恥じらいながら可愛いか細い声上げて。萌えだな。俗に言う萌えだ。
「ひっ…ぁあっ!?」
暗い事考えていたら、いきなり中に指を入れられた。しかも、3本も。
「何考えているんですか」
声が、ちょっと真面目だ。怒ってる?…そりゃ怒るか。最中に別の事考えてたら。
「忘れさせてあげますよ」
溜息交じりに、そう言った。ごめん。本当にごめん…今の、私が悪かった。
「ごめ…っん、あ、ああっ!や、っ…」
少し乱暴に動かされる。ちょっとの痛みと、やらしい音と、快感。指が動く度に音が大きくなって、熱い液体がお尻を伝う。確かに、余計な事は全部忘れそうだ。
「さくらさん、ここ、凄い事になっていますけど」
乳首を口に含み、強く吸う。私は大輔に言われた言葉に過敏に反応し、指を締め付ける。いきそうだ、と思った。
…が。
「…………」
「…………」
静かな部屋に鳴り響く、やたら陽気な着メロ。物凄ーく脱力した大輔が、私にのしかかる。勿論、私もそれまでの色んなテンションがドン冷めだ。が、ボーっとしてた頭が瞬時に冷静になる。この着メロ、桜花ちゃん専用だもん!
「出るんですかぁ!?」
思い切り携帯に向かった私に、非難がましい声。だって、仕方ないから。
今回の旅行、大切な計画を立てているから、余程の事が無い限り電話は止めてくれって頼んだのに、電話が来た。しかももう夜。私は蒼褪めながら電話に出た。
「桜花ちゃんっ!?」
『さ、さくらちゃんっ!?あの、どうしよう、私、大変ですっ』
私は背筋が凍りそうになる。温厚というかのんびりというか…どんくさい桜花ちゃんがこんなに慌てるなんて、滅多に無い事だから。
『前から何故か私に言い寄って来る人がいるって…言ってましたよね。あの、今、いるんです。一緒に旅行に行って、あの、私が欲しいって…』
「ええええっっ!?ちょっ、え、旅行!?なんで!?嫌がってなかった?もしかして拉致!?拉致られたの!?」
「…どういう会話なんでしょうね」
素っ裸で慌てる私。後ろから妙に冷めた大輔の声。が、知るか!桜花ちゃんの一大事だってのに!!が、話を聞いて行く内に、なんかおかしい事がわかった。
どうも桜花ちゃんはそいつの事を好きみたいで、突発的な旅行の誘いについて行って、そのくせ何の覚悟もしていなかったみたいだ。
…頭のどこかで、何かが切れたような気がした。
「桜花ちゃん…」
『はい…』
桜花ちゃん、大好き。桜花ちゃん、大嫌い。
「犯されろ」
ぷちっ。ぽち……
電話を切る。そして電源を切る。これで電話が掛かって来る事は無い。携帯を放り投げると、私は非常に気まずい気持ちで振り向いた。
「本当に、どういう会話だったんでしょうね…」
物凄く静かに怒っている様子の水沢さんが、さっきと同じ位置に座っていた。
「…すいません」
私は裸のまま土下座した。そりゃそうだろう、あんだけ言っておいて、私は結局大輔より桜花ちゃんを選んだのだから。
「別に、怒っていません」
拗ねてるけどな…そりゃそうだよな、本当に悪いと思ってる。こういうのって、マナー違反だし。
しょんぼりして小さくなっていると、大輔は不満気な顔から、急にいつもの何か企んでいそうな顔に戻る。そして私を抱き寄せると、頭をぐしゃぐしゃにした。
「やっ、ごめん…」
「…いいですよ、大切なんですよね、その人が」
私を抱き締める。うん、と頷いた。もう1度、頷く。
「ごめんね、今度からはちゃんと切っておくから」
「次、あるんですか」
嬉しそうに言う。うん、とまた頷いた。
「まぁ、でも次もいいですけど、今どうにかして欲しいんですけどね」
そう言うと、私の手を掴んで…ぉわっ!?…自分のを、触らせた。熱くて、固い。
「あ、うん…じゃあ、あの、好きにしていいから…」
謝罪の気持ちも込めて、言ってみる。途端に輝いたような表情になるのは、露骨で好きだ。が、こいつの口から出た言葉は、全くの予想外だった。
「じゃあ、さくらさんがして下さい」
「…じゃ、行きます…」
私は、内心大分怖がりながら、腰を落とす。
俗に言う、騎乗位って奴。これも、した事無い。けど、そのくらいはしないと申し訳が立たない。私は決断した。
「あっ…あ、入って…」
「っ…」
少し眉を顰め、大輔は私の腰を掴む。こういう体勢だからか、物凄く入れにくい。けど、最初が入ってしまえば、少しは楽になった。
「ふ、ぅっ…」
息を、吐く。私の中に、大輔が入っている。中はさっきまでの愛撫でまだ濡れていたけど、久し振りに男の人を受け入れた身体には、少しきつかった。
「だいす、け…どうすれば、いいの?」
途切れ途切れに、聞いてみる。一瞬意味がわからなかったようだけど、すぐに理解してくれた。
「初めてなんですか?」
私は頷く。うわっちゃぁ、というような表情をして謝罪するが、そこはミスター前向き。好きなように動いてください、と楽しそうに言った。
だから、私は動いてみた。左右に動いてみたり、抜き差しをしてみたり。適当に動いてみて、次第にボーっとして来る。どうやら、私は抜いたり差したりする方が好きみたいだ。動きは徐々に大胆になって行って、ぶちゅぶちゅ、と水音が部屋に響いた。
本当は、大輔を気持ちよくしてあげたいのに、でも、今の私はもっともっと気持ちよくなりたくて腰を動かしている。大輔が揺れる胸を掴んで、指で乳首を挟むと、もっと気持ちよくなった。
「あっ、あんっ…あっ、いいの、いいっ、水、沢ぁっ!…ぅああっ!?」
つい、呼びやすい方で呼んでしまう。不服だったのか、水沢が腰を突き上げて来た。そして私の腰を両手で掴むと、自らの力で抽送を始める。あっという間に、私は主導権を奪われる。
「いやっ、あ、あぁっ、あ、あんっ!」
いつの間にか、私は泣いていた。気持ちよくて、大輔の事が、いつの間にか物凄く好きになっていて。大輔が好きでいてくれて…あ、こりゃ嬉し泣きか。
大輔の動きにあわせて、円を描くように腰を動かす。私は夢中で大輔を求め続ける。
「さくら…さんっ…好き、です」
あまり余裕の無い息遣いで、そう言ってくれた。私も答える。キスをして、自ら舌を絡めた。
限界が近い。私は不意にそれを悟った。どろどろに溶けそうなくらい熱い結合部を眼にして、私は一瞬バランスを崩しそうになる。そのまま大輔は私を抱き、腰を密着させる。
「あっ…あ…だいっ…あ…っくぅ、ああああっ!」
びくん、と腰が震えた。中が痙攣して、大輔のを締め付ける。大輔の身体にしがみついて、爪を立ててしまう。あそこが痙攣するのは、暫く続いた。
「あっ、ん…んっ…」
汗、びっしょりだ。もっかい、お風呂…うわ、風呂まで遠い…
正直、大分どうでもいい事を考えながら、私は意識を手放した。
「…ん」
眼を開けると、私は誰かに抱かれて、2人で布団に包まっていた。
ていうか誰か、って1人しかいない訳だけど。
「おはようございます…はまだ早いですね」
確かにまだ暗い。ずっと起きていたのか、大輔が声を掛けて来た。私は急に恥ずかしくなってしまった。
「なんですかなんですかぁ、今更恥らわれたって…」
大分面白がりながら、大輔は言う。そんなのさえ、今は愛しいって思う。
「仕方ないよ…恥ずかしいもん。私、さっき凄くエロくなかった?」
自分から男の人に跨って、あんな腰振って…考えただけで恥ずかしい。
「ええ、おっぱいすっげぇ揺れてました」
…きっと、その言葉は真顔で言っているのだろう。なんとなく、予想出来た。
私はつい吹き出した。
「さくらさん」
そんな私に呆れたのか怒ったのか、真面目な声で呼ばれた。
「ん?なに」
「いえ、ただ確認したくて」
意図がわからない。なんだ?確認って。私は何の事かわからずに次の言葉を待つ。
「俺の恋人になってもらえますか?」
…深くにも、ときめいたわ。お前が捻らずストレートに来ると、弱いわ。
「はい、喜んで」
「…返事しないで、お前が」
アホな1人芝居を見せられて、ちょっと頭痛がして来た。
「ま、これからよろしくね」
「はぁい」
いつも通りの口調で、奴は返事をした。
明日、陽の光の下で見るこいつは…多分、カッコいいと思ってしまうのだろうか。非常に複雑な気持ちになりながら、私はもっと大輔にくっついた。
「あはは、さくらさん可愛い」
「そりゃどぉも」
「…ところで、なんでお前…ゴム、持ってたの?」
「て言いますか、なんでさくらさん、用意してなかったんですか?」
エロ作戦一杯考えてた割に…とでも言いたそうだ。
「まぁ、本当はサポートに徹する気でいましたから。他にもこう、ガラナエキスとかエロビデオとか持って来てますけど…見ますぅ?」
「……はぁ」
出さんでええよ、と私は大輔の申し出を丁重に断った。
きっと、明日から幸せなんだろう。けど…これだけは言える。確実に言える。
疲れる度合いは、今までの比じゃねぇな、という事はね…
終