『あの、私が好きになった人は、さくらちゃんの知ってる人なんです!さくらちゃんのお友達の、岸部孝一さんって人なんです!!』
それを聞いた瞬間、意識が遠退いた。
眼の前が真っ白になって、気が付いたら布団の上だった。
「さくらさんっ!?」
珍しく慌てた声の大輔が、私が手放した携帯電話を取る。
「ちょっ…えーと、桜花さん…でしたっけ?貴方、今この人に何言ったんです
か?」
声が、怒ってる。頷いて、うわぁ、という顔をする。聞いたんだな。私の顔を見て『あー、そうですかぁ』と、いつも通りのテンションで言った。
なんだろね。なんなんだろう。どうしてかな。どうして私が好きになる輩は桜花ちゃんを好きになるんだろうか。私は大輔から顔を背けて、布団を被った。
多分、これは悔し涙なんだろう。胸が痛くて、頭も痛くて、眼も痛い。嫌な過去を、どうしても思い出してしまう。
「…どうして、何も言ってくれなかったんですか」
人の携帯で、何か喋ってる。相手、もしかして岸部?
「恥ずかしいとか、そういうのじゃないですよ。まぁ…いいですけど。結果的には。俺はもう全然」
相変わらず正直だよな、ここにWショック受けてる恋人がいるのに。
…そうだよ。私が今好きなのは、大輔だよ。だから余計ショックだ。トリプルショックだ。諦めた…もう、どうでもいい筈の恋にこんなに傷付くなんて。
「別に、顔から好きになったって、今もそれだけという訳ではないんでしょう? 俺だって巨乳フェチで、吉野さんの一番好きな所はどこかと聞かれたら胸を張って胸です、と言い切れますけど、実際見るまでFカップくらいあるなんて知りませんでしたから…え、あ、はい。すっごい胸でかいですよ?マジで。ま、とにかく順番なんか気にしなくていいんですよ。突出した好きな部分だけで好きな訳じゃ無いんですから。好きな人の、一番好きな所ってだけなんですから」
…大輔、後で殴る。ていうか、残念ながら私Eカップなんだ。
こいつら、一体なんの話してやがるんだ。いい気なもんだよな。掛布で涙を拭ったけど、まだまだ出て来る。嫌な事、物凄い速さで思い出してる。
「…は?何を言っているんですか?そんなの比べられませんし、まず好きの種類が違いますよ。シローさんが親になるの嫌ですし、トク兄と友達にはなりたくないですし」
…どういう会話なんですか、あなた方。急に話題変わるよな、男って切り替え早いのかな…私も、そうしなきゃいけないのかな…?
私は、布団から這い出ると、タオルや下着に手を伸ばす。
…お風呂、入りに行こう、そう思った。色々なもの、洗い流しに行こう。全部綺麗にして、気持ち切り替えなくちゃ。
「どこ行くんですか?」
電話を切って、私に携帯を返す。その携帯を机の上に置く。
「貴様、この出で立ちでトイレに行くとでも思ったか」
相変わらず、本気か冗談かわからないや。呆れて何も言えない。
「俺も、一緒に」
「断固、拒否る」
くゎっ、と即答してやった。おい、がっかりするな。本気で傷付いた表情するな…って、もしかして…
「あ、違うよ?別にそういうんじゃない。今私が好きなのは大輔なんだ。それだけは信じ…」
私の言葉を遮り、大輔は言う。
「お湯で浮かぶ胸が見たいんです。俺も一緒に行かせてください!」
「誰が行かせるかーーーーーーーっっ!!」
ばしん、と眼鏡があったら吹っ飛んでるくらい勢い良く引っ叩いた。
将を射んと欲すれば、まず馬を射よ、だっけ?
正に私の初恋はそれだった。
私が14歳、桜花ちゃんが18歳の時だった。その頃の桜花ちゃんは、本当に可愛かった。なんつうの、大人の階段登り掛けたシンデレラ?まぁ、少女と女の狭間の危うい魅力?とにかくヤバかった。だから変な虫がいっぱい付きそうになってた。
桜花ちゃん本人は迷惑で、どうにかしたいと悩んでいたから、馬鹿な私はずっと桜花ちゃんを守っていた。ナイフみたいに尖っては(桜花ちゃんに)触る者皆噛み付いた。
そんなガードマン付きの桜花ちゃんを落とすには、どうしたらいいか?簡単だ、
そのガードマンを味方にすればいいんだよ。
そいつは桜花ちゃんと同い年で、ある日私に近付いて来た。顔見知り程度で、桜花ちゃんをどう思っていたかも知らなかったし、私は桜花ちゃんの比較対照みたいなものだったし、何より歳も違うのに、なんで近付いて来たのがわからなかった。
私は、他愛も無い話をしたり、会う度にお菓子をくれたり、下らない悩みを聞いてくれたりするそいつを、好きになって行った。
極めて遅い初恋だったと思う。けど、本当に恋をしたのはアレが初めてだった。
正直、告白した所で駄目だと思っていた。
考えても答えは出ないし、駄目だとしても所詮は初恋、砕け散るのは当然、OK貰えるのが奇跡だくらいの考えで、結局想いを打ち明けた。結果はなんとOKだった。
私は、自分が可愛くない事を自覚していた。捻くれているにも程があるし、容姿は…平々凡々だ。そんな私を受け入れてくれたそいつを、当時の私は王子様みたいに思っていた。
だから、何でも言う事聞いた。
誰にも、2人の事言わなかった。勿論桜花ちゃんにも。
幸せだった。子供だった私は、4つも年上の男の人が私を好きでいてくれるのが意味無く嬉しくて、誇らしかった。大人になりたかったんだと思う。無理して背伸びして…
ぱちょぱちょ、とお湯を叩きながら私は溜息をつく。
…ロストバージン14歳って、引かれるかな…
身体洗って、髪も洗って、またお風呂に浸かって。思えばこの風呂好きも嫌な事洗い流す為のものかもしれない。
なんなのかね、これって。
楽しい筈なのに、これから大輔と一緒にいられる筈なのに、私は昔の出来事に取り付かれてる。馬鹿みたいだ。馬鹿丸出しだ。ていうかキング・オブ・馬鹿だ。
「…ごめんね、大輔…馬鹿なお姉ちゃんで」
「いいですよ、馬鹿な年上は散々見ていますから」
そう言うと、私の事を後ろから抱き締めた。昨日みたいに、優し…
「っわあむごっっ!?」
「はい、予想通り」
突然の出現に、私は叫ぼうとする。が、やっぱり口を塞がれる。
「お前、来るなつったろ!?」
心臓ばくばく言わせながら、私は大輔の手を振り払う。全く気配感じなかったし、お前は忍者か!?ていうかお前、本当に眼鏡無いと微妙もいいとこだな。まぁ、好きですけど、何か問題でも?
「来たかったんです、胸は関係無く」
…お前から胸への拘り取ると、本気っぽくて嫌だな。ちくしょう、正直マジ泣きしそうだよ。
「来てんじゃねぇよぉ…」
私、大輔の事好きだよ。でも、今他の人の事考えてんだぞ?知ってんだろ?なのに、お前なんで来るんだよ。
「来ますよ、さくらさん」
こつ、と額をぶつけて来る。痛ぇよ。抱くな、うぜぇ。やめろ、泣くぞ。
「泣いていいんですよ。昨日も言ったじゃないですか。ほら」
私の事、抱き締める。自然に、涙が零れてしまう。泣くのなんて、結局同じなのに。どこで泣こうが、独りで泣こうが、同じなのに。そう思ってたのに。
独りだと、胸が痛くて、悲しくて、辛いだけだった。
なのに、こいつの前だと…ちょっとずつ楽になる。全部、受け止めてくれて、心が軽くなれる。
泣け泣けって、そう言うのは、こいつがそういう事知ってるからなのか?
だとしたら、私は本当にいい物件見付けたのかも知れない。当たる前に砕けて、
正解だったかもしれない。そうとすら思える。THE・優良物件。
…無理矢理小ネタ挟まないと、マトモになれないくらいガッタガタなんだよな、
今。情緒不安定で、今岸部や桜花ちゃんに会って、普通でいられるか?
私は大輔にしがみ付くと、ひとつの決心をした。
…駄目人間でごめん。でも、一日で直すから。絶対に。
「大輔」
「はぁい」
軽いよな、お前。本当に…ありがたいわ。
「頼みがあるんだけど、聞いてくれるかな」
「頼み事によりますけど、大抵は」
怒るかな、驚くかな…正直、叱られても仕方の無い頼み事だと思う。でも、これだけだから。これが終ったら、もう頼ったり寄っ掛かったりしないから。だから、聞いて欲しい。
「…今、私、どっかおかしいから」
「今に限った事でもあいててててててて」
背中を思い切りつねった。黙った。
「きっと、今は…桜花ちゃんとマトモに話出来ないと思う。けど、ずっとそんなんじゃいられないから。だから、お願い」
思ったよりも、必死な声だった。大輔がちょっとびっくりしたのがわかった。
私は早口で、続ける。
「絶対に、一日で戻る。約束する。絶対、明日には普通に笑って、帰るから。きっと、大丈夫だと思うから」
大輔は、私をもっと強く抱き締めた。私も、同じようにする。言いたいけど言えない、ちょっと恥ずかしい言葉。私は大輔に軽くキスをして、すぐに顔を背けて、呟いた。
「…今日、家に帰りたくない。大輔といたい…大輔ん家泊めて」
「お前、何食べたい?」
「オムライスがいいです。チキンライスでなくて、こうピラフで、ホワイトソースが掛かっているのが理想的です」
ああ、ケチャップ嫌いなんだな、お前。妙に納得してしまった。
旅館から一旦大輔の家に行って、荷物を置いて、とりあえず冷蔵庫に何も無い事に愕然として、買出しに来た。
大輔は母子家庭だ。母親は仕事が忙しくて、あまり家にいないらしい。私も結構遊びに来てるけど、会った事は一度も無い。
なんとなく、大輔そっくりか全く似ていないかの両極端な気がするのは私だけだろうか。
「オムライス…そんだけ?後何が食べたい?」
「さくらさ」
「はぁ!?」
言うと思って、準備してたら本当に言った。こいつも、パターン通りの人間だ。
「まぁ…後はスープとサラダと、後デザートにケーキでも買うか。そんなんでいい?」
スープはポタージュにしようかな、などと考えていると、大輔がじっと私を見ていた。なんだ?お前まだ足りないのか?
「何、不満?」
「…いえ、あの…嫌じゃなければ、の希望ですけど」
お前、いつも遠慮なんかしない癖にこういう時だけ…ていうか、もしかして照れてるのか?照れる必要のあるモノなのか?
「大輔、どうしたの?」
「オムライスの横に、ハンバーグ欲しいです」
…可愛いな。
今日の晩ごはん、明日の朝ごはん用の食材を買って、デザートのケーキ(私はチーズケーキ、大輔は苺のタルト)を買って、そしてお家に向かう。
2人並んで歩いていると、なんとなく、こう…照れ臭いっていうか、なんていうか…アレみたいで。なんか、恥ずかしい。
「なんだか、こうしてると俺達―――」
なんだ、大輔も同じ事考えてたんだ。一瞬、嬉しくなる。けど、次の瞬間その嬉しさはただの勘違いとなった。
「くじ引きで決まった買出し班みたいですよね」
「多分お前の認識は間違っていると思う」
私は速攻で大輔を否定してやった。
こいつは本当に、なんて言うのだろうか…何かが違う。いつもヘラヘラ笑ってて、人の神経逆撫でするように喋って、でも、楽しくて、結構気の利く奴で…
ちら、と大輔の横顔を見て、また前を向く。なんだかドキドキする。
眼鏡してると、それなりに頭も良く見えて、それで結構騙される奴も多いんだろうな。実際私もちょっとそうだし。素顔も好きだけど、やっぱり眼鏡が似合う。
基本的にエロい人間だと思う。乳フェチだという事も知った。ムッツリというより、バリバリ全開オープンエロ。
気が付けば、こんなに大輔が好き。昨日まで私の好きな人は、違う人だった。
けど、今は。
「……?」
不意に、手を握られる。びっくりして大輔を見る。大輔は、私を見て笑っていた。爽やかでない、何か企んでそうな笑顔。
「こうしてると、俺達恋人みたいに見えますかね」
みたいに見える、じゃねぇだろ、実際恋人だろ?ていうか、言って欲しいのか?
私は恥ずかしくて手を振り解こうとしたけど…出来なかった。
気が付けば夕日が差し、空はオレンジ色に染まっていた。
「綺麗だな」
「俺の方が綺麗ですよ」
「言う時間帯も人物も間違ってるな」
呆れて突っ込む。綺麗な夕日、少しだけ暗い心、隣には好きな人。
―――あ。
私は、不意にとある事を思い出した。
『な?マジでどーでもよくならねぇ?』
夕日に染まった空、明るい笑顔。
あの日、私は些細な事で泣いてしまっていた。そんな私を、岸部はやたらと時間を掛けて、とある所まで連れて来てくれた。
森を抜けた高台から、その町の全てが一望出来る場所。
岸部の特別な場所。大輔の、生まれ故郷。そんな大切な場所に、連れて来てくれた。自分が大輔から教えて貰って、初めて誰かに―――私に教えた、って笑ってた。
…なんで、こんな事忘れてたんだろ。私が、岸部の事好きになった日の事。
岸部が、私にとって特別な人になった出来事を、どうして忘れていたんだろう。
あの風景を思い出しながら、考える。あの風景を頭に思い浮かべる。思った事は。
どぉでもいいや。
今の私には大輔がいる。大好きな人が、手を繋いでいてくれる。それで充分だった。
「ヘイお待ち!!」
大輔の希望通りの、エビピラフのオムライス・ホワイトソース掛けハンバーグ付き。それを眼にした途端、大輔の顔が輝いた。
「さくらさん、愛してます」
「今言われても微妙だなぁ」
三角巾と割烹着を取って、私も席に着く。どうせだから私も同じにした。
『いただきます』
お互い手を合わせて、お決まりの儀式をする。
待ち切れない、といった感じで大輔はスプーンを手に取った。
「おーいしーい!」
そのイントネーション、おやめ。私は苦笑しながら勢い良く食べる大輔を見た。
岸部もそうだけど、こいつら、本当に美味しそうに飯を食うんだよね…
「さくらさん、おいしいです」
にこにこ笑いながら、ハンバーグをスプーンで串刺しにする。暫く一心不乱に食べてから、不意に大輔はスプーンを止めた。
「ん、どした?中にガラスでも入ってた?」
「いいえ、入ってたら大変な事になりますし。そうでなくて…子供っぽいとは思いません?この歳でケチャップ駄目って。トマトソースは平気なんですけど」
若干照れながら、大輔は言った。なんだ、お前可愛いじゃねぇか。私は首を横に振った。
「別に、好き嫌いは人それぞれでしょ。私だって辛いもの駄目だし。カレーの中辛でさえアウトだよ?」
「あははははははははあああああああああああああああっっ!?」
ぶぢゅるるるる、と力の限りケチャップを大輔のオムライスに掛ける。笑った報いだ、ざまぁみろ。勿論ハンバーグにも掛けてやったわ。
「ひっ…酷い!貴方は非道い人だ!!」
「わざわざ漢字使い分けて貰わなくても結構です。さていただきまーす」
私は自分のオムライスを食べ始めた。楽しいな、こいつ苛めるのって。
「うっうっうっ…」
泣きそうな顔をしながら、食わなきゃいいのに食いよった。
「なんか、犯された気分です…」
とんでもない事を言いながら、タルトを食べていた。私は洗い物をしながら、そんな大輔を呆れて見ていた。
「食べなきゃいいじゃん、馬鹿だな」
「……」
じろー、と私を睨む大輔。
「ていうか、とっかえてって言えば良かったのに」
「あ」
ちっ、と舌打ちをする大輔。お前も意外に馬鹿だよな。溜息をついて、洗い物終了。私も座って、ケーキに手を伸ばした。さていただきます。が、不意に大輔が立ち上がってこっちに来た。あれ?と思ったら、もう遅かった。
「え…おわああああああああっっ!?」
「先に言えええええっっ!!」
がし、と後ろから私を羽交い絞めに…するかと思ったら、後ろから思い切り乳掴んで上下に揺すりやがった。
「ちょっ、やめっ…ていうかやめてぇええっ!!痛い、マジ痛いんだから!!痛…っ殺すぞお前っっ!!」
…っ殺すぞお前っっ!!」
「あ」
「えぅっぐ!?」
マジでブッ殺そうと立ち上がろうとしたら、同タイミングで手を放しやがった。
がつ、ずる、がしゃーーーん。
「…あーあ、もったいない」
「言いたい事、それだけか…」
腿を擦りながら、頭の上にのっかったカップを取る。
抵抗を予想して勢い良く立ち上がったのに、放すもんだから、勢い良く角に腿をぶつけて、傷みに喘いでついテーブルクロス掴んで倒れて、頭から牛乳を被った。ケーキも全ておじゃんである。
「うっ…うっ、うぁああーーーん…」
マジ泣きをする。はい、でも近寄るな、牛乳付くから。私は泣きながら洗面所を借りようとする。
「あ、風呂沸いてますからどうぞ、着替えも置いておきますから」
「うっ…ずっ、ぐっ…用意…いい、ね」
鼻を啜って、言う。いい子だ、お母さんも嬉しいだろうよ。後、美味しくお茶を淹れる事さえ出来れば。
「ま、一緒に入ろうと思ってましたから。さ、行きましょう」
前言撤回。そして一緒には入らない。
「ううううっ、ちくしょう…」
頭から牛乳被るのなんて、小学校の時箸落として机の下で取って、間違えてそのまま立ち上がってがっしゃん事件以来だ。
頭を洗いながら、大輔殺害計画を練る。シャワーで泡を洗い流し、お湯を止める。すると、洗面所の戸が開くような音がした。
「…大輔?」
ていうか、大輔しかいないわな。こいつも懲りないなぁ、そんなに私の胸が好きなのか?…って、なんか、そう考えて物凄く恥ずかしくなる。
だって、何度も、朝の時だって来るなって言ってるのに、私の為に来て…そりゃ、でも…大輔にとって、私はそんなに大切なのかって考えたら…たまには、歓迎してあげてもいいかなって…
「大輔じゃないよ、俺だよ倫子さんっ!」
ばん、とやたら高いテンションで風呂の戸を開ける。
一瞬、物凄くびっくりした。だって、なんか見た事ある奴だと思ったから。けれど、よく考えたら会った覚え無いし、第一倫子って…ていうか…私、思いっきり裸でそいつの方向いてて…
「きゃああああああっっ!?」
「うわああああああっっ!?」
同時に、大声を出した。私はもう、訳がわからなくなって座り込んで、とりあえずそこらの濡れたタオルで身体を隠す。
「ちょ…さくらさんっ!?え、今の…え、えっ!?」
すぐに、大輔がすっとんで来る。私は顔を背け、泣く事しか出来ない。
「…トク兄、何してんですか」
物凄く、おっかない声で、大輔は言った。
「あっ…あ、あの、俺、倫子さんだと、思って…だっ…あの、大輔、のお知り合いですかね…?」
震える声で、その『トクニイ』さんとやらは言う。ていうか戸閉めて、せめて。
私の心を読んだのか、ていうか常識の範疇だからか、大輔は戸を閉めてくれた。
そして。
『あ、あの、大輔、怖いよ?顔、すっげ怖い…』
『…とりあえず、話は後です。来い』
『あ、だって俺、倫子さんだと思ったんだも…おぐおおおおおぉぉぉ』
「っうっ…うぇっ、ふぇ…」
私、いつまで泣いてたんだろうか。気が付けば、大輔がそこにいた。
「…すいません。変なのが来ちゃいましたけど、思う存分引っ叩いて酷い事言って出入り禁止にしましたから…」
服が濡れるのも構わず、大輔は私を抱き締める。私は大輔にしがみ付いて、また泣いてしまった。
見られました。見ず知らずの男に、全部見られました。
「っ…うっ…っく、うぇえええ…」
「ごめんなさい。本当に、ごめんなさい。ちゃんと注意しておけば良かったんです。そういうのが普通になってたから、こんな事になってしまったんです。俺の責任ですから…」
大輔の方が泣きそうな声になって、私に謝罪する。違うよ、悪いのアレだよ。
大輔、悪くないよ…ていうか…
「あの人、っ…誰?」
それが一番気になった。気になったフリした。見られたの、忘れたいし。
「…岸部彰一…シローさんの、お兄さんです」
ああ、だからなんか会った事ある気がしたのか。そっか、似てたな。
「倫子さんって…」
「俺の、母親です。あの人、母さんと結婚したがってるんです…」
…あらま。でも、大分歳離れてない?あの人、20代くらいだと思ったんだけど…それを聞くと。
「まぁ、あの人29で、母さんが36ですから、無理は無いです…かね。トク兄は5歳の時から好きだ好きだと言い張ってたらしいですし」
「…そりゃまた年季の入った…てか、若いな、お前のおかん」
でも…結局、その倫子さんとやらは別の人を選んで、大輔を生んで…離婚したか死んだかしらないけど…
「あの、さくらさん」
「あ、あ?なに?」
ボーっと考え事していたら、声を掛けられた。
「俺、どうすればいいんですか?」
どうって…あ。大輔、服びっしょびしょだ。
「…いいよ、私上がるから」
「一緒に…」
「狭いし」
私は弁解の余地無く風呂場から出る。さっきはいいかな、と思ったけど、今はちょっと、純粋に恥ずかしい。悟られるの、怖い。私が大輔の事、ヤバいくらい好きになってる事。
風呂場から出て、身体を拭いて、大輔の用意してくれた…
「なんで、Yシャツ一枚しか無いの?」
『男の夢です』
呆れながら、結局着るしか無かった。ぱんつも、行って穿かないとな…
なんだか物凄く恥ずかしい格好で、大輔の部屋に走った。
独りになって、またあの人の事を思い出す。ていうか、良かった気がする。
全裸ショックで、色々な事、マジでもうどうでもいい。時間を見ると…8時にもなっていない。今もう帰れるな、全然普通に過ごせるわ。
…まぁ、泊まるけど。大輔と、一緒にいるけどさ。
全部差し引きで、まぁ、許そう。どうせ大した裸でもないし、なんか、大輔相当酷い事したみたいだし…別に、そりゃ私すっげ泣いたけど、でも…
「あー、超いいお湯って感じぃ」
…その言い回しはどうかと思う。私はぱんつとYシャツ姿で、ベッドの上で待機している。そんな私の隣に、変な柄のパジャマ姿の大輔は座った。ちょっと冷えた私は、大輔に抱き付く。
「すいません、熱いです」
速攻、離れました。
「あのさ、大輔」
「なんですか」
なんだろうか、大輔、いつもとちょっと違うような気がした。余裕が無い、というか…なんか、弱気っぽい表情だ。
「ごめんね、私が大袈裟に泣いちゃったから…」
はっ、とした表情で大輔はこっちを向く。やっぱ図星か。
「…いいんです、俺が勝手にキレただけですから。俺もびっくりしました。人をあんなに叩いたのも、罵倒したのも初めてでした。まぁ、いつかは注意しなければいけなかったんですけど、でも…」
大輔、優しい…かどうかは判断に困るけど、そういえば人を不愉快にさせる事はあっても傷付ける事って…確かに意識的に避けていたような気もする。実際、自分が我を忘れて、そのトク兄(岸部・兄だからか)を両方の意味で(自業自得だけど)傷付けた事、物凄く後悔している。
」
「熱いです」
「…うるさい」
「っわ」
私は、また大輔にくっつく。そして、大輔を押し倒す。昨夜の、自分が上になった事を一瞬思い出した。ちょっと困った顔をした大輔に、私はキスをした。
「…俺、乗せるのは好きですけど、乗られるのは…いやん、怖い」
しなを作って、乙女ぶりやがる。この野郎、マジで犯したろか。パジャマのボタンを外しながら、ちゅー、と首筋を吸ったり、オヤジ臭く身体を弄ったりするけど、大輔はどちらかというとくすぐったがってるみたいだった。
まぁ、私にテクもクソも無いんだけどね。こういう事、全然した事無いし、でも、ええい、ただ弱気なこいつにグッと来て、こうしたいからしてんだよ、文句あっか!なんかこいつも喜んでるみた―――
「っ…」
もっかいキスしようと思ったら、先にされた。舌が入って来て、前よりも乱暴に、口の中を舐め回す。私を抱き寄せて、またあっという間に形勢逆転されてしまう。
暫く、上に乗っかったままお互いの唇を求め合う。もっと、したい。そんな事すら考えて、身体を押し付ける。
「ふぁ…んっ、ふっ…」
身体が火照って、自分がさっきしたように身体を撫で回される。なんでだろう、
私がした時は、くすぐったがってたのに…されると、ゾクゾクして、変な声、出る。
「あ…嫌っ…ぁ…んっ」
シャツのボタンを胸の所だけ外されて、胸だけ露出するような格好にされる。
お前どこのマニアだと思ったけど、両方の胸を掴まれてツッコミは出来なかった。
…なんでだろう、ホントに。さっき思い切り胸を掴んでこう、ぶるんぶるんやってた時は、なんも感じなくて、痛いだけだったのに…
「…ぅっ」
大輔は起き上がると、私を下にする。うつ伏せにして、後ろから胸を触って来た。
「やっぱ、俺はこっちの方がいいです」
「はぁ、んっ!あ…いやぁ…」
片方は胸を弄って、もう片方で、下着越しに…触って来る。お尻から手を入れて来て、指でくすぐるみたいにする。
「さくらさん、膝立てて」
頭がボーっとして、つい言われた通りにしてしまう。大輔は、するっ、と簡単に下着を膝まで下ろしてしまった。
「あ…」
慌てて隠そうとしたけど、両方の太腿を掴んで固定してしまった。私、あの、あそこ、大輔に見せ付けるようにする格好になってる。
「嫌ぁ…やだ、恥ずかしいから…」
お尻、振るようにして抵抗する。おまけに、電気点けっ放しだから…
「見られて感じてるんですか?」
「あっ―――」
ぬるりと、いとも簡単に大輔の指を咥え込む。離したくないみたいに締め付けて、その中で大輔は指を動かす。
「あっあ…はぁ、ん、ん…あっ、いや、だいす…けっ」
動かされる度に、私はねだるように腰を振ってしまう。気持ち良くて、もっとして欲しくて。あそこが一杯濡れて、温かい液体が太腿を伝って行くのがわかる。
手が支えきれなくて、私はベッドに肩を付いてまった。
「いいですか?さくらさん。もっとしてほしいですか?」
なんだか、やたらと意地悪く大輔は言って来る。そのくせ、手の動きは止まらない。音が響くくらいに指を動かして、返事が出来ないようにしてる。私はシーツを噛んで、どうにかこのやらしい声が出ないようにするんだけど…
「っ…ふぅ…ああっ!?」
私の脚を開いて、大輔は口付けて来た。温かい舌が、私の中に入って来る。中や、一番感じる所を舐め回して、わざと音を立てて啜る。
「あっ、あんっ…だい…ふぁ…あっ…いや…いいっ、あ…」
枕を抱き締めて、私は大輔から逃れようとしてしまう。けれど、大輔は執拗に私を求めて来る。
恥ずかしくて、でももっとして欲しくて、私は結局自ら脚を開いてしまう。視線を感じて、触れられていないのに、また濡れて来たのがわかった。
「……あ…」
何かが、あそこに触れた。指より大きくて、熱い。
「さくらさん」
「っ…いや…」
思わず、そう言ってしまう。私、怖がってる。いや、何せ…初めて…あの、後ろからするの…
「大輔…怖い、私…」
「大丈夫です、死にません」
わかってる…わかってるけど―――
ゆっくり、大輔が私の中に入って来る。後ろからも初めてだって悟ってくれたのか、本当にゆっくりとした動きだった。
「あっ…おっき…ん、あ…」
きつくて、ちょっと苦しい。けど、感じる所を擦られながら入れられると、それもすぐに消えていった。
全部、多分入った。けど…まだ怖い。大輔が見えない。繋がっているのだけがはっきりしてて、知らない誰かに犯されてるみたいで、複雑だ。
「大輔…怖いよぉ…」
子供みたいに、私は怖がってしまう。大輔はぎゅっと私の事を抱いてくれたけど、やっぱり、不安だ。
「大丈夫ですから、俺ですから」
「…うん…」
後ろから手を伸ばすと、両方の乳首を摘まれた。ひく、と私の中の大輔を締め付けるようになる。
ゆっくり、大輔が動き出した。
一杯濡れて、動く度に音がする。徐々に、怖さよりも快感の方が心を占めて行く。
「あっ…いいの…っんっ、あっ!…ひっ…あっ、ああっ!」
大輔の動きに合わせるようにして、私も腰を動かす。けど、ゆっくりした動きがもどかしい。次第に、私の方が動くようになってしまう。それでも、足りない。
「…大輔ぇっ…っと、して…もっと、お願い、して…」
どえらい事、口走ってしまったような気がする。けれど、言って良かった。大輔が、もっと強く、動いてくれたから。
「さくら、さん、意外と…積極的ですよね」
言わないで欲しい…けど、そう言われて、なんだか恥ずかしいけど、変な気分になる。
「…大…す、け…好き…っあ…ひぁっ…」
もっと、もっと欲しい。滅茶苦茶にしてほしい。そうとすら思った。
限界が近い。そう悟って、私はもっと腰を振る。私は一際大きな声を上げて、上り詰めた。
「っ…ぁ…はぁ…」
脱力し切って、私はベッドに転がった。大輔は…ちくしょう、まだちょっと余裕じゃね?この野郎。
「…さくらさん、結構あっち系も行ける口じゃないですか?」
あっち系って、どっち系だろう…私は首を傾げて大輔を見上げた。大輔は笑って、キスしてくれた。
「俺、さくらさんの事好きですけど、エロいさくらさんはもっと好きです」
言われて、火照ってるのにもっと熱くなるのがわかった。
「っうるせぇ!!お前…」
「お願い、もっとしてって、俺マジでビビりまし」
「じゃっかぁしいわ黙っとけ貴様はあああっっ!!」
思いっきり、ビンタをかましました。
私の初恋は、ある日唐突に終った。
そいつに告白して初めてえっちな事をして、結構経った頃だった。トータル4回くらいしかしてなかったよな。
バレンタインにチョコケーキを作って、家に行った。部屋の前で気付いたけど、
友達と話していたみたいで、悪いと思ったけど聞いてしまった。
…結局、私はただ手懐ける為に近付いただけの事。
迫られたからついやっちゃった、とどうやら友達に相談していた事。
桜花ちゃんって可愛いんだよ、という話題。
気が付いたら、家に戻っていた。でもって、帰ったら、新しい母親がいた。
失恋の痛手からか、ろくに挨拶もせずに部屋に戻ってしまった。
そこから、今の状態が始まったような気がする。
ケーキは、独りで泣きながら全部喰った。
胸が痛くて、苦しくて、桜花ちゃんが憎くて。
それから益々私は捻くれて行った。本心を隠して、桜花ちゃんといた。
そいつとは、会いに行かなくなったら自然消滅した。桜花ちゃんに会おうとしても、私が会わせなかった。
そんなこんなで桜花ちゃんは独りぼっちになり、家にいるのも嫌だし、進学と同時に桜花ちゃんとの2人暮らしを始めた。
そして―――
ふと、眼が覚めた。
横には、今だ頬が赤くなっている大輔が穏やかな顔で眠っていた。嫌だね、泣いてるよ私。
恋をする事に臆病になって、策を練って、協力者を作って。
その結果は…隣で寝てるこいつ。
「お前がいてくれたから、私、今幸せだよ」
赤い頬に、そっとキスをした。一瞬大輔は眉を顰めたけど、起きるには至らなかった。
その内、全部話すから。思い出すと、ちょっと胸は痛いけど、でも今は本当にどうでもいいから。幸せだから…大輔が、そういう風に考えさせてくれるから。
私は、端から見たら大分気持ち悪いであろう笑顔で、大輔に引っ付いた。
「じゃ、帰るね」
朝ごはんを食べて、片付けをして、荷物を整理して。
私は玄関で、そう言った。
「いいんですか?送って行かなくて」
「別に、今までもそんな事した事無いだろ?…それに、気持ちは嬉しいけど1人で行きたいんだ」
そうですか、と大輔は納得してくれた。
「じゃね。また遊びに来るよ」
「はい。お待ちしております、さくらさん」
にこー、と笑う顔は、どうしてこうも爽やかじゃないんだろう。
「あ、そうだ」
出ようとする私に、大輔は引き止めておいでおいでをする。なんだろう?
「え……」
私に軽くキスをしやがった。意図がわからず、呆然とする私に、大輔は。
「いってらっしゃいの儀式です」
と、平然と言い放った。
「ここに帰って来る訳でも無いし、普通逆だし、もうどこから突っ込めばいいんだか」
呆れて溜息をついてしまった。こういうとこ、嫌いじゃないんだけど、やっぱ疲れるわ…アホ過ぎて。まぁ、嬉しいんだけど。
「じゃ、今度こそ帰るぞ」
「はい。それでは」
荷物を抱えて、バス停まで歩く。
昨日電話した時、桜花ちゃん凄く残念そうだった。
これから、楽しいんだろうな。今まで3人だったのが4人で遊ぶ事になるんだろうから。きっと、桜花ちゃんもそういう色々な事話したかっただろうに。
まぁ、結局今まで黙ってた私が悪かったんだろうけど…
バスが来る。そして乗り込む。
大好きな一番後ろの運転手側の一番端っこに乗る。
山積みの問題、実はまだ結構ある。今まで、向き合おうともしなかった。けど。
「逃げるの、もう止めなきゃな」
本当の意味で、これからは桜花ちゃんと仲良くなれるだろう。これからが私の始まりなんだろう。
そして、いつか―――大輔と…大輔と…
そこまで考えて、私は蒼褪める。何か、忘れていないかと。
ああああああああああああああああああああっっ!?
危うく、絶叫しそうになる。乗ってすぐ次のバス停で、降りる。そして大輔の 家にダッシュする。
―――下着、あいつん家で洗濯して干したまま回収するの忘れてた!!
…きっと、この先も楽しいんだろう。でも、まぁ、とりあえず…下着回収してからの話だ。笑ったら…殴る!!
私は泣きそうになりながら走るのだった。
終