男共編 Part.1

1

「…で、この人何泣いてんの?」

 桜花さんの家に泊まって、夜は桜花さん、朝は美味しいごはんをいただいて、送ってもらって至れり尽せりで上機嫌で家に帰って来た。

 そして、家に入ってまず眼に入ったのは、廊下で丸くなって泣いている男の姿だった。

「ああ、彰一ったらねぇ、昨日大ちゃんのお家で、大ちゃんの彼女のお風呂覗いて、大ちゃんにボコボコにされて帰って来たのよぉ」

 けらけら笑いながら、母さんは言った。しかも暫く水沢家出入り禁止になったらしい。吉野の裸、ていうかFカップ見たのか。俺は兄貴の所に近寄って横に座る。という事は、こいつ昨日から泣いてんのか。

「兄貴、その子の身体ばっちり見た?」
 鼻を啜りながら、頷く。いいなぁ。

「おっぱいでっかかった?」
 またも頷く。

「…大輔も、男なんだな…」

 掠れた声で、兄貴は呟いた。ていうか、アンタ今まで大輔をなんだと思ってたんだ?溜息をついて頭をがしがし掻くと、とりあえずこっちよりは、あっちの方が気になった。

「あら、孝一また出掛けるの?」

「ん、大輔んとこ。とりあえず規制解除くらいはしてもらうよ。このままじゃうざってぇっしょ?兄貴」

 もう1度靴を履き直して、家を出ようとする。

「そうねぇ、うざったいわねぇ。じゃあお願いできるかしら?」
 笑顔で意外ときっつい事を言う(まぁ、俺もだけど)人だった。


「…お」

 ちょうど、吉野が家から出る所だった。大輔はまっすぐに前を向いて歩く吉野を愛しそうにみつめていた。なんだよなんだよ、いつの間にそんな顔するようになったのかね。吉野の姿が完全に見えなくなって、大輔は家に戻ろうとする。

俺は素早く大輔の元に走った。

「よっ、大輔。吉野まだいんの?」
 白々しく言ってみた。大輔は読めない表情で。

「いえ、たった今帰りましたよ…何か用ですか?」
「用無きゃ来ちゃいけねぇの?」
 会話しながら家に入る。勝手知ったる幼馴染の家、俺はずかずか茶の間に向かった。

「…そうですね、これからは…タイミングは考えて行動して欲しいですね」

 あらら、大輔ったら皮肉った物言い。こりゃ、相当怒ってるな。俺は冷蔵庫を開けてコーヒー牛乳を取り出すと、コップに注いだ。お前いる?と聞くといいえ、

と断られた。

「…兄貴の事、許してやってくんね?」
「嫌です」
 速攻断られました。あーら、こりゃ本気だ。俺は一気に半分飲み下す。

「あのさ」
「4日は駄目です」
 …お前、甘いのかキツいのかどっちなんだ?大輔はこっちをじーっと見ている。

なんだか、物凄く怖いんですけど。お前みたいなタイプが静かに一点みつめてると、明らかに犯罪者ってかストーカーっぽいよ?


「…脳内で失礼な事考えるのやめてもらえません?シローさんだってあからさまに成人式で暴れ出すタイプじゃないですか」

「…てめぇ、喧嘩売ってんのってか、心読めんの?」
「売ってませんしぃ、読めませんよぉ」

 こんにゃろ…ていうか、これって八つ当たりじゃね?お前、吉野の身体見られたの、そんな悔しいの?お前、可愛いなぁ…俺はちょっとニヤニヤしながら大輔を見る。視線に気付いたのか、大輔はにこー、と笑った。

「シローさん、キモイです。そのにやけ顔ってか、ラクダ顔止めてもらえません?」
 …前言撤回だ。

 ていうか、なんかひっかかる。もしかして、こいつ、別件で俺に対して怒っているのか?個人的にそんなヤバイ事をしでかしたとは思えないんだけどな…

 暫く、無言でみつめ合う。そして、そのままでいるのも気まずいので、何か話し掛けようとした。

「…あのさ、大輔」
「シローさん、あの」
 同時に言って、お互いまた黙ってしまう。なにこれ。思春期か。俺ら中学生か?
眼を逸らして、俺は残りのコーヒー牛乳を全て飲み下す。気まずい。なんかすっげぇ気まずい。

「お前から言えよ」
「…俺は、いいです。長くなりますから」

 やっぱり。こいつ、なんかあったんだ。俺、何したっけな…?ぐるぐると色んな事を考え始める。暫く考えても何も思いつかなかったから、諦めて聞いてみようと思った。

「あのさ、俺…」
 また、言い掛けたその時だった。


 ピンポーーン。

 チャイムの音。大輔は苦笑して玄関に向かう。俺は溜息をついて、空のコップを台所に置きに行った。すぐにどたどたと走って来る音がした。誰かと思えば。

「お、吉野おっはー」
「古い!!」

 ツッコミを入れて、俺を素通りする。そして、奥の…そっち、風呂と洗濯機しかねぇぞ?が、暫くすると吉野は真っ赤な顔をしながらこっちへやって来た。

「どした?」
「うるさい…」

 どっと疲れた表情で、座り込む吉野。なんか…雰囲気、変わったような気がするのは俺だけか?…俺だけか。

「はい、サンブラ茶ですよ」
「絶対にいらない」

 …俺もいらない。そう思いつつ、大輔は『嘘ですよ』と笑った。当たり前だっつの。吉野も冗談だとはわかっていたのだろう。コップを受け取って一気に飲み干…

 ぶほーーーーーーーーっっ!!

「きっ…汚ねぇえええっっ!!」

 俺は慌てて飛び退る。大輔は最初から判っていたのか、いつの間にやら傘を装備していた。そして吉野はというと。

「っ…だい…すっけぇえええええっ…」


「はい、なんでしょう」
「貴様これはケールの生葉を搾った汁、通称青汁じゃねぇかああああっっっ!?」

 ぎりりり、と大輔の首を絞めに掛かる吉野。顔も服も見事に緑色だ。大輔は自分に付かないようにしてるけど…時間の問題だな。

「お前、私に恨みでもあるのか!?お前私の事嫌いなのか?憎んでるのか?それともこの状況を楽しんでるのかバカヤロコノヤローメー!!」

「いいえ、好きです。吉野さんの事が、誰よりも。冷凍パインより好きです」

 …微妙…

 本気で、そう思った。吉野も、完全に反論する気を無くしてるみたいだ。ていうか、俺…このままじゃ邪魔者か?

「…とりあえず、タオル持って来てやるよ。お前もあんま、そういう容赦無いイタズラはやめろよ?」

 とりあえず、洗面所に向かってタオルを何枚か取る。不意に、洗濯物に眼が行く。あ、ぱんつだ。俺の眼に、一枚のぱんていが眼に留まった。そういえば、兄貴に倫子ちゃんのぱんつやる、って言ったままだったな。ちょうどいいや。

 俺は可愛い、やたら手触りのいいぱんていを失敬し、ポケットにねじ込んだ。

「ほれ、吉野…あーあ、大輔も」
 やっぱり、大輔も青汁に染まっていた。ていうか、風呂だな。予想通り。

「風呂、もう少ししたら沸くだろうから…したら入っとけ」
「あ、すいませんわざわざ」
 頭を下げる大輔。不機嫌な吉野。

「…俺、また後で来るから。話はそん時な」

 そう言って、俺は水沢家を後にした。とりあえず、兄貴の元気は少しだけ取り戻せるだろうと信じて。


 …シローさんが帰って、さくらさんを宥めて、風呂が沸いて。とりあえず一緒に入る事にした。なんだか元気の無い(…当然か)さくらさんの身体を洗おうと、

ヘチマにボディソープを泡立てる。

「…いい、自分でやる…」
「いいですよ、俺ふざけ過ぎましたから」
 そう言うと、呆れながらさくらさんは俺に身を任せてくれた。まず最初に、キスをした。

「…なっ!?」

 物凄く驚いた顔をする。コーヒー牛乳の味がした。口直しに、さっき飲んだ、それの味。何度も口付けて、味わう。次第に、さくらさんが困ったような顔になって来た。

 さくらさんは、正直言って物凄く可愛い。めちゃんこ可愛いと言っても過言じゃない。それは世間一般での評価でなく、俺の評価な訳だけれども。

「っ…ん、ん…う…」
 舌を絡めると、積極的に答えてくれる。動きはぎこちなくて、まだ脅えが残ってるような表情だ。

 怖がっている節がある。経験はある、とは聞いていたし、実際処女という訳でも無かった。けれど、思っていたよりはずっと…なんて言うか、可愛い。

 大分ぐったりして、さくらさんは俺を見上げる。頬が上気して、誘ってるのかなー、とちょっと思ってしまうような眼だ。

「ここで…するの?」

 あらま、さくらさんにしては大胆発言。でも、ご安心下さい…と言うより、残念でした、と言った方が良かったですかね。

「しませんよ、何の用意もしていませんし、第一のぼせてしまいます」


「…そ」

 ほっとしたような、残念なような、そんな表情を浮かべる。俺はそんなさくらさんが、めっさ可愛くて、丁寧に身体を磨き始めた。

 三助と言う名のセクハラ行為をして鮮烈な攻撃を受けながら、どうにか2人で湯船に浸かる。はあ極楽です。

「お前、頭にタオル乗せるのやめない?」
「いいじゃないですか」
「…あと…」
 あと?
 さくらさんはもじもじしながらこっちを見ている。ははあ、そういう事ですか。

「仕方ないですね、我慢出来ないんですか?」
 さくらさんの胸を掴もうとする。が。

「違うっ!断じて違うっっ!!」

 ぱちーん、と叩かれた。当然の事ながら、痛いです。さくらさんは本当に呆れたように俺を見ると、また言いにくそうな顔をした。

「どうしたんですか?」
「…あの、さっきのだけど…」
 さっき、と言ってもなぁ。俺はさっぱりわからなくて、適当に返してしまう。

当然、その適当具合にさくらさんは激怒する。面白いなぁ、この人。が、少し泣きそうになってしまったので、慌てて真面目に聞いた。

「あのさ、昨日の朝もそうだったけど…なんで、あいつと…岸部と話す時って、私の事…いつもみたいに呼ぶの?」

2

 …私、お前の…彼女なんだよな?

 そう、小さく呟く。あれ?俺、そんな風に言ってたっけ?さくらさんの事、前みたいに、吉野さんて…

「呼んじゃって、ましたかね」

 若干傷付いたような顔。意識は全然していなかったんだけど、どうやらそれがこの人を傷つけてしまっていたらしい。でも、どうして…

 んー、と暫く考え込む。どうして、シローさんには…後、トク兄にも、怒り過ぎたような気もする。なんでだろう…なんでだろう。

「っ…?」

 不意に、さくらさんが抱き付いて来た。女の人ってどうしてこうも気持ちいいんだろうか。柔らかくてプリプリしていい匂いで…出来る事ならずっと抱いていたい。なんか、この考えって変態だよな。ていうか、さくらさんだからそう思うのかな…

「…あ、そっか」
 急に、答えが出てしまった。

「そっかって、何が?」

「いえ、さっきの問いの回答です。俺、基本的にシローさんに負けるの嫌いなんです。ちっさい頃から、言ってませんけどそうなんです。だからです」

「果てし無く意味がわからんなぁ」
 溜息をついて、俺から離れようとした。あー、おっぱい浮かんでる。

「だから、あの人に弱み見せるの嫌なんです。出来ればいつも心情的に優位に立っていたいんです。だから、俺がヤバイくらいにさくらさんが好きだって事、隠したかったんです」

 超、納得。俺、馬鹿だな…本当にそう思う。でも、なんとなくシローさんが桜花さんにベタ惚れなの知ってても、俺がさくらさんにベタ惚れなの、悟られたくないんだ。余裕、持っていたいんだ。


 でも、それもやめにしないとな…そんなんで、さくらさん不安にさせるくらいなら、そんなプライド(と言ってもいいんだろうか)いらないや。半端無くいらない。半端ねぇいらなさだ。

「すいません、心配掛け…」
 およ、さくらさん後ろ向いちゃった。怒ったかな…怒ったな。

「さくらさぁん、だから悪かったですって、俺…」

 こっちを向かせようとすると、さくらさんは逃げようとした。けど、こっちは向いてくれた。その表情は…

「…のぼせちゃいました?」
「うん…お風呂だからって、2つの意味でのぼせそう…」
 真っ赤になって、俺の顔を見ようとしない。これは、なんだ、マジ切れ寸前って事だろうか。

「あの、出来れば顔面よりはボディで行っていただけると嬉しいんですけど」
「意味、わかんない…」
 顔を伏せたまま、さくらさんは俺にしがみついて来る。ああ、ベアハッグか。
色んな痛さを覚悟していたけど、大丈夫だった。寧ろ気持ちいい。

「…私も、好きだから…大輔に知られるのが怖いくらい、大輔が好きだから…だから、あの…嬉しい」

 うちゅー、とキスしてくれた。俺は、一瞬、マジで頭の中が真っ白になった。
この人がこんな事、恥ずかし気も無く言ってくれるなんて。

 正直、もう少し時間が掛かると思ってたから。正直、大分卑怯な手を使って振り向かせたから、暫くは色々と、覚悟していたんだけど。

「大輔?」

 心配そうに、俺の顔を覗き込むさくらさん。やっぱり、悟られたくないな、あの人には。今、俺泣きそうになってるし…


 家に帰ると、もう兄貴はいなかった。なんとか自力で泥沼からは抜け出たらしい。ちっ、せっかくぱんてい持って来てやったのに。

 部屋に戻って、荷物の整理をしようと思ったけど、母さんが粗方やっててくれた。ありがとうございます。ごろん、とベッドに転がると、急に眠気が襲って来る。俺はなんとなく寝るのが惜しくて、置いてあった本に手を出した。

 …解けない。

 俺は大分イライラしていた。推理小説の、犯人がわからない。メモを持って、鉛筆かじって、頭を掻いていた。諦めて、投げ出そうとしたその時、電話が来た。

大輔からだった。

「ほーい」
 俺はいいタイミング、と喜びながら電話に出た。大輔は相変わらずのテンションだった。

「吉野帰ったの?」
『ええ、帰りましたよ、さくらさん。来ます?』
 うん、行く。俺はすぐに電話を切って大輔の家に向かった。

「早いですねぇ」
「まぁな」

 正直、大輔が何を言うのか気になってたし。俺はまたもや遠慮無く茶の間に向かった。今度は、大輔がコーヒー牛乳を飲んでいた。

「…さくらさん、帰ったんだ」

 ちょっと意地悪く言ってみる。しかし大輔は涼しい顔ではい、と頷いた。いつも思う、こいつには敵わないって。


 年下の癖にいつも落ち着いていて、俺が駄目になりそうな時、助けてくれたのはこいつだった。感謝してる。こいつが一番の友達だし、こいつにもそう思っていて欲しい。大輔が困ってる時は、俺が助けてやりたい。

 …だから、あんまり前進してなさそうなこいつの恋路を手伝った訳だけど。まぁ、上手く行って良かったような、もしかして全然必要無かったような気もするんだけど。

「……?」

 すっ、と大輔が右手を出す。一瞬わかんなかったけど、俺ら2人にしか通じない遣り取りだ。俺はぺしん、とそれを右手で叩く。でもって、大輔が俺の手の平をグーで叩いた。

 ガキの頃からの、秘密。誰にも聞かれたくない事を話す時の遣り取り。話したい方が手を出して、グーで叩く。そうした後に話してくれた事を誰かに言ったら、

罰金。小学生の頃は600円、中学生の頃は6000円、高校から二十歳になるまでは6万円…て事は、俺、こないだ二十歳になったから… 

 蒼褪める。もしかして、わかっててやってるのか?

「わかっているとは思いますけど、今から言う事、誰にも話さないで下さいね。
話したら…」
「60万な…」

 なんで、こんなアホな約束取り付けたんだか…因みに、結構やったけど、払ったのは俺が高1の時に6万払っただけだ。しかも、それ以来大輔はやらなくなった。だから、実質大輔からの告白は…4年振りだ。

「俺、さくらさんが好きです。多分、今まで好きになった誰よりも」


 …ほーぉ。そりゃいい事だ。けど、それが何?
 俺は意図がわからず、大輔を見る。大輔は…もしかして、なんだ?読めない。
マジでわからない。

「でも、俺がさくらさんを好きになったのはほんの一昨日、旅行に行った日なんですよね」
 …え?
 俺は、物凄い違和感を覚えて、大輔を凝視した。全く読めない表情で、コーヒー牛乳を飲む。

「俺とさくらさん、色々作戦立てていたんですよ。さくらさんが好きな人をどうやって落とすか。そして作戦も固まって、その日が来ました。でも、ターゲットは来なかったんですよね」

 え?え…は?え…マジ?まさか、それって…
「まさか、お前…吉野の好きなのって…」
 蒼褪める。え?マジ?マジっすか!?ていうか、冗談だろ?嘘だろ?

 不意に、吉野の顔が浮かぶ。大事な友達。大輔がいなかったら、一番仲良かったと思う。すっげぇノリ良くて、趣味一緒で、ツッコミ上手で、割と冷めてる所あって…

「嘘だろ?だって、あいつそんな素振り全っ然見せなかったし、俺、お前の事が好きだって思ってたぞ?ほら、最近よく2人で…」

 2人で…作戦、立てていたんですか?心の中で思い、大輔を見る。頷く大輔。

 俺は、真っ青になる。2人が好き同士だと思ってたから、約束すっぽかしたり(普通に忘れてた時も多いけど)してたのに。もしかして、俺がやって来た事って、全部ただ吉野を傷付けていただけ…なのか?

 はぁ、と溜息をつく大輔。じゃあ、今、なんで…
「全然わかんないって顔してますね」


 やけに意地悪く、言う。なんだ、大輔からすっげぇ悪意感じるんだけど。

「桜花さんって人、好きですか?」
 笑う。大輔の笑顔が、とてつもなく怖い。すっげぇ怒ってる。

「…うん」

「さくらさん、ずっとコンプレックス持ってたんですって。小さい頃からその桜花さんって人と比べられて、傷付けられて、自分が好きになる人は、みんな桜花さんを好きになってしまったそうです。だから、さくらさんは桜花さんの存在を俺達にひた隠しにしていたんです」

 …だけど。
 俺は、偶然桜花さんと出会って、恋をして…

「馬鹿ですよね、隠して、秘密にして、いつまでも悩んで、告白しなかった結果がコレですからね。策士策に溺れる、なんてレベルの話ですら無いですから」

「お前、その言い方…」

 とても、好きな女に向けての言葉じゃない。大輔の表情を見て、嫌な予感が頭を掠める。考え過ぎだ。そんな訳無い。大輔が、まさか…

「さくらさんって、割と単純ですからね。傷付いて、泣いてる女の人程転がし易いものって無いですよね。多少嫌がったって、男に勝てる筈なんて無いんですし」

 …眼の前が、真っ暗になる。こいつ、こういう奴だっけ?そんな卑怯な手を使って、吉野を、こいつは…

「さぁて、お話終わりです。どうします?さ○まの名探偵でもします?」
 飄々と笑う大輔。こいつ、いつの間にこういう奴になったんだ?

 …吉野は、好きだよ。大事な友達。けど、今は吉野がどうこうより、大輔が当然の様に酷い事を出来る人間になってしまった事の方が…悲しかった。

 だから、今更桜花さんの言葉が身に染みた。


 …ごめん、桜花さん、前言撤回。俺、世界で二番目に桜花さんが好きだ。

 こっちを凝視するだけの大輔に、俺は掴み掛かろうとする。こいつをどうしよう、なんて考える頭は無かった。が、大輔はいきなり俺の…はい?

「え、え?お前、そういう趣味…」
「ありませんっ」
 胸…てか、位置的に心臓の辺りを触る。

「痛かったですか?ここ」
 そう言った大輔の顔は、いつもの顔だった。

「…うん」
 俺は小さく呟いて、へたり込んだ。

「どっから嘘だったんだよ…」
 よく考えればすぐわかる嘘なのに…俺はまんまと引っ掛かってしまっていた。
大輔は俺の隣に座って、コーヒー牛乳をのんだ。飲むの遅い。

「…ほとんど本当です。違うのは、俺がさくらさんをちゃんと大事にしてるって事だけです。この激鈍野郎め」

 ぺしん、と叩かれた。後、何気に暴言吐いたな、お前。

「貴方がどれだけさくらさんを傷付けてたか、なんてのはいいんです。あの人ももう立ち直って、俺が一番好きだって言ってくれますし。でも」

 でも?大輔は少しだけ悲しそうな顔になる。

「…俺は、許せなかったんです。理不尽とわかっていても、貴方と、会った事も無い桜花さんが…馬鹿みたいっすよね」

「まぁ、可愛い報復だわな。お前が本気で怒ったらもっと酷い事するもんな」

 …確か、紙袋にゴキブリを入るだけ詰めて俺のクラスのいじめっ子のランドセルに仕込んだり…うわぁ、怖ぇ。こいつ、やり口陰湿だからな。

3

「…はい。ごめんなさい」
 しゅん、となって俺の胸に頭をくっつける。傷付けるとわかってて行動するの、
すげぇ嫌いだからな…こいつ。

「いいよ、俺も無神経な事してたからな。ごめん。気を付ける」
 ぎゅー、と抱き締める。そしてその瞬間、何かが落ちる音がした。

「…大ちゃん、シロちゃん…まさか、そんな…」
 蒼褪めながら慄く…

「ちっ…違うっ!倫子ちゃん違うから!!俺も大輔も女大好き!!ね、今のはちょっとしたトラブルがあっただけで…」

「いやいやっ!シローさんにそんな趣味があったなんて…もうっ、信じらんな
い!!母さん助けて、俺の貞操ヤバイよー」
 笑いながら倫子ちゃんに駆け寄る大輔。てめぇ、なに人を陥れようとしてやがんだ!!

「大ちゃん、大丈夫?可哀相に…駄目よ、ちゃんと順序置かなくちゃ。シロちゃんもやりたい盛りなんだろうけど…」

「親子揃ってボケっぱなしは止めろーーーーーーーーーー!!」

 …思い切り、吉野の気持ちがわかった。大変なんだな、ツッコミって。

「あらあら、駄目よシロちゃん、そんな大声出したら…」
「そうですよ、もう大人なんですから」
 …この2人、今物凄くスリッパで叩きたい気分だ。

「…ところで、大ちゃん…彰ちゃん、いつもなら堂々とお家に入って来るのに、今日は玄関先で泣いてたけど…本当に出入り禁止にしちゃったの?」

 うん、と素直に頷く。あー、あと4日は駄目なんだよね。


 …ていうか、この人もなぁ。いい加減答え出してやれば?アンタが生殺しにしてっから、アイツもあんなんなんだよ?

 なんとなく、胸が痛い。俺が口出しできる事じゃないんだけどさ、あんなに好きだって喚いてる兄貴が、胸に浮かんで、なんとなく胸が痛い。

「ん?」
 いきなり、携帯が鳴った。桜花さんだ。

「…はい、どしたの」
『あ、あの、大輔さんいらっしゃいませんか!?』
 物凄く慌てた声。ていうか、なんで?とりあえず了承して大輔に電話を渡す。
雰囲気を読んでくれたのか、倫子ちゃんは席を外してくれた。
 大輔は桜花さんと話をしている。が、どんどん顔が険しくなる。

「はい、はい…いえ、来ていません。少し前に帰ったばかりですから…ええ、はい、わかりました。探しに行きます。見付けたら、連絡します。俺の番号は…」

 ぱちん、と携帯を2つ折にすると、俺に放る。いや、全然わかんないんだけど。

大輔は俺を無視して自分の携帯を出す。程なくして電話が入る。そして出て、すぐに切る。桜花さんの番号登録完了か。

「なぁ、どういう事?」

「さくらさん、行方不明だそうです。両親、離婚するそうです…ああもう、いつ見ても波乱万丈だなあの人!」

 大輔は急いで家を出て、自転車を持ち出す。

「お前、あいつが行きそうな所知ってんの?」
「まあ、いくつかは。とりあえずこっちに向かっているかもしれませんし…」
 焦ってるなー。こいつ。物凄く焦ってる。

「…じゃあ、分担するか。定期的に電話入れて、見付けたら即連絡するし」


 …なんとなく、楽しそうにしている気がするんだけどな…
 シローさんはいくつかの約束事をして、家に走って行った。バイク出すみたいだ。免許無いのに。
 俺も、急いで自転車を漕ぐ。とりあえず、さくらさんの家までの…って。

「さくらさん家、俺知らないや…」

 ちょっと、あまりの無計画さに頭痛がして来た。とりあえず、簡単な道のりを桜花さんに聞いて、それから走り出した。

 さくらさんは、親と上手く行っていないみたいだ。しかも、後妻の人の方との人間関係は壊滅的とのこと。それなのに、父親からは後妻の方に行け、と言われたらしい。桜花さんは話しながら泣いていた。どうも、初めて人をグーで殴ってしまったらしい。

相手は、さくらさんの父親だそうだ。

 大分必死に、自転車を走らせる。気付けば、教えて貰った目印のマンションに到着してしまった。入口には…物凄く綺麗な女の人が、不安そうな表情で立っている。多分、この人だ。

「…桜花さんですか」
 ブレーキを掛け、止まると同時に声を掛ける。驚きながらも、桜花さんは理解してくれたようだ。

「はい…あ、電話で、何度かお話しましたよね。染井桜花です」

 ぺこ、と頭を下げた。ああ、たしかに綺麗な人だ。俺も、さくらさんを好きになる前に会っていたら、もしかして。

「今、シローさんも捜索手伝ってくれています。提示連絡しますし、染井さんは家で待っていて下さい。もしかしたら帰って来る可能性もありますし」


 そう言うと、染井さんは、はい、と返事をしてくれた。そして、俺をじっと見据えると。

「…さくらちゃんの事、お願いします。さくらちゃん、見た目より、ずっと、ずと傷付きやすい子なんです。私の…私のせいでっ…」

「そうですね。色々傷付いてました」
 まずい。俺の言葉に、染井さんははっ、としたような顔をした。なんでだろう、
なんでこんなに攻撃的なんだろう。

「…すいません。失言でした、こんな時に」
「いえ、本当の事ですから…そう、はっきり言っていただけて良かったです」
 泣くかと思ったけど、違った。思ったよりはずっと強い意志で、この人は頷いた。

「じゃあ、行って来ます」
「はい、待っています。どうか、お気を付けて…」
 頭を下げる染井さんに応えて、俺はとりあえずさくらさんの行きそうな所に向かった。

 自転車を走らせながら、染井さんの顔を思い出す。綺麗な顔、だったよな。全体的に優しそうだし、守りたくなるような雰囲気を持っている。確かに、さくらさんと一緒にいたら、悪いが全体的に正反対の雰囲気を持つ彼女は簡単に比較出来るものとなってしまう。

けれど。

 …俺が好きで、誰よりも可愛いと思って、守りたいのは…さくらさん以外いないから。きっと、どこかで独りぼっちで泣いているのだろう。そういう人だ。

 俺は、何故か俺にも連絡してくれないさくらさんに、ちょっこすヤキモチを焼きながら走り続けた。


「…お前、何してんの?」

 バイク借りるのに手間取ってたら、家を出た瞬間に吉野とばったり会った。荷物もなく、部屋着みたいな寒い格好で、着の身着のままに歩いている吉野には、いつものような覇気が無い。表情は虚ろで、ボーっとして、正直別人みたいだ。

すれ違っても、気付かないかもしれない。

「なんでもない…大輔、いない?」
 声も、全く元気が無い。いない、お前を探してる、と教えてやった。

「そっか、桜花ちゃんか…迷惑、掛けたね」

 くしゅっ、と小さくくしゃみをした。寒いだろう、と思って俺は着ていた服を被せてやる。じっ、と吉野は俺を見上げた。

「…岸部、桜花ちゃんの事好き?」

 その質問に、胸が痛む。ずっと前から、自分を好きだった女が、そんな事を聞いて来る。いや、こいつは俺が知ってる事なんて知らない筈だ。だとしたら、俺はどうしてやるべきか?答えはひとつしか無い。

「うん、すっげ好き。世界で二番目に好き」
「二番て…一番誰よ」
「大輔」

 言って、少しだけ表情が曇ってしまったような気がした。俺は電話を出して、とりあえずは真っ先に桜花さんに連絡しようとする。が、吉野は何故か電話を取り上げた。

「…駄目、今は駄目っ…誰にも会いたくない…」

 泣きながら、吉野は電話を後ろ手に隠す。なんだよ、じゃあなんでお前ここに来たんだ?大輔に会いに来たんだろ?


 俺は吉野の頭を叩くと、電話を取り返す。

「馬鹿が、皆お前心配してんのわかるだろ?連絡はする。誰にも会いたくない気持ちはわからんでもないけど、安心はさせてやれ。絶対泣いてるから、桜花さん」

 そう言うと、桜花さんに連絡する。すぐに出る。

『さくらちゃん、見付かったんですか!?』
 開口一番、それだった。

「うん、無事保護したよ。でも、ちょっと暴れてて人に会いたくないらしいから、
放置しとくわ。とりあえず無事だって事だけ伝えておく。じゃね」

 ぷち、と電話を切った。次は大輔だ。何故か、出ない。仕方ないので『吉野ゲッツ。放置希望らしいので捜査打ち切り』とだけメールしといた。

「これでよし、で、お前どうするの?本当に1人になりたいなら俺も帰るし」
 吉野は応えない。ただ黙って俯いたまま、泣いてるだけだ。

 こいつは、こんなに小さかったっけ?そんな風に思ってしまう。ただでさえ女の子に泣かれるのは苦手なのに…俺は一先ず涙を拭おうと、ポケットからハンカチを取り出し、涙を拭う。が、その瞬間時が止まる。

「…それ、私の下着…なんで岸部、持ってんの?」

 俺の手から、ぱんていを奪い、睨みながらそう問い詰めてくる。そして、謎が解けた。なんで赤い顔して家に戻って来てたか。干した下着、忘れて帰ったのだ。

それに気付いて、回収して、そして倫子ちゃんのぱんていだと思って、俺が…

「あっ…ち、違う、あ、これ、あの…倫子ちゃんの…あ、えっと、大輔のおかんのだと思って、あの、こう、兄貴に贈呈しようか…」

「あほかあああああああああああああああああああああああああっっっ!!」

 大絶叫と共に、俺は物凄いハメコンボ技15HITを喰らいました。


「…ごめんね」

 ざざーん、と波の音が聞こえる。一通りの攻撃を終えた後、どこかに走ろうとする吉野を追って、結局海岸まで来てしまった。

 今だ痛む身体を擦りながら、俺はいいよ、と応えた。ていうか、俺がやったの、
普通に犯罪だからな。こんなんされても怒る筋合いが無い。

「聞いたかもしれないけど、おとんとおかんが離婚するらしいんだわ…」
「そっか…」

 俺は、吉野の家庭の話は本当に知らない。基本的にそういうの自分から話す人間じゃないし、そんなに興味も無かった。

「寂しい人なんだよね、おかんは後妻で、何かとプライド高くて…どんどんおとんと心は離れて行って…」

 砂を掴んで、投げる。綺麗な夕焼け。眼の前にいるのは、やはり泣き腫らした眼の、吉野。初めて、自分の大事な場所に連れて行った女の子。

 あの時、なんで吉野が泣いたのかは知らなかった。けど、大事な友達だったから。だから、見せてあげたかった。

 …もし、あの時。
 そんな考えが頭を掠める。でも、今俺が好きなのは。今吉野が好きなのは。

 俺は、溜息をついた。なにをしていたんだろう、と。吉野を、知らず知らずの間に傷付けていた。謝りたい。けれど、それは出来ない。

 60万払うのが嫌だからじゃない。いや、正直凄く嫌だけど、それだけじゃない。これは、大輔との約束だから。

「私さ、おとんがおかんの事もう好きじゃないのはわかってるけど、おとんがおかんを心配してるのは知ってるんだ」

4

「それって…」
 ちょい意味がわからず、ていうかこの件についても、俺は一番遠い位置にいる。
どうコメントしていいのかがわからない。

「おとんは、自分がもうあの人に何かをする事が出来ないから、しても拒否られるだろうから、私が折れて、あの人と一緒にいてやって欲しいんだろうね。口下手だから、伝えづらかったんだろうけど」

 急に、吉野は砂山を作り始めた。甲子園球児(負け組み)みたいな仕草で、砂を集める。そうしながら話す吉野に、俺は黙って聞き入る事しか出来なかった。

「正直、すっげぇヤダ。ていうか死んでもヤダ。あのババァに対して折れるくらいなら、死んだ方が1024倍マシ」

 ざかざかと砂をかき集める。

「…そう言ったら、殴られた。腹立って、家出て来た。途中で情けなくなって、あんなんなっちゃって、それで…ごめん」

「お前が謝る必要、無いよ」

 俺は、やっぱり何も言う事が出来ない。知らない人だし、もしかして本当に吉野が悪いのかもしれない。逆に、完全に被害者かもしれない。でも、知らない以上、聞けない以上、俺は。

「駄目人間なんだわ。ホント。自分で出来ない事娘に押し付けて、拒否ったら殴るってねぇ。ふざけんなっつの、女子高生に手ぇ出してる癖に」

「うわー、きっつ」
 それだけは、つい言ってしまった。吉野は笑ってくれた。

「いいんだよ、それで。私は絶対にあの女の所に行かない。それだけは、絶対に許さない。ていうか、もう多分実家にも戻らないな」

 あはは、と空笑いのようにも聞こえる笑い声。俺は、つい、聞いてしまった。

「…なんで、そんなに嫌なの」
 俺の問いに、吉野は穏やかに笑って、言った。


「あの女の苗字『佐倉』だから」
 ぶっっ。
 俺は思い切り吹き出した。ていうか、おい。佐倉さくらか?

「…日本の歌丸出しだよな」
「森山○子の息子かよ」
 …思い切り、意見がズレた。お互い間違っちゃいないけど。吉野も、笑った。
まぁ、きっと理由は(80%がそれで占められてるとしても)それだけじゃないのだろう。

 俺は、多分本当に幸せなんだろう。いや、多分こういう考え、失礼なんだろうけど。両親も健在で仲良くて、諍いの無い家に住んでいる俺は…

「あのババァね、桜花ちゃんが大好きなの。ううん、親戚中みんな。皆、私と桜花ちゃんを比べるんだよね…まぁ、わかるけど」

「…そんな」
「いつだってね。だからゴメン、お前と大輔に桜花ちゃんの事隠してた。ごめんね、なんかさ」
 手を合わせて、俺に謝る吉野。大輔の言葉が、脳裏に浮かんだ。

 俺は、どういう顔をすればいいのか、どんな言葉を出せばいいのか、どうすればいいのか、何ひとつわからずに、ただ吉野を見るしか出来なくて。

「…最低だよね。だから、私は駄目なんだ。おとんにもおかんにも、偉そうな事、
何ひとつ言えない」

 そう言った顔が、あまりにも悲しくて。
 その言葉が、あまりにも心に刺さって。

「…え?」
 俺は、すぐ傍にあった吉野の手を掴んで、抱き寄せた。


「えっ…え?や、なんで?やだ…なんでこんな事すんの!?」

 俺の腕の中で、吉野はもがく。理由なんか知らん。ただ、こうしたかった。泣いてる吉野が、あまりにもちっちゃくて、俺は自然にこういう行動に出ていた。

「放して…放してってば…嫌、いやっ…」
 暴れるけど、俺は放さない。思い切り強く抱き締めていた。

「…いやだ…はなして…」
 徐々に、力が弱くなって行く。俺はそれでも、力を緩めなかった。

「……」
「……」
 お互い無言のまま、時だけが過ぎて行く。夕日も、徐々に沈んで行く。吉野は、
それでも諦めない。まだ抵抗している。

 もしかしなくても、これはやってはいけない事だったのかもしれない。俺はまた無神経な事をして、吉野を傷つけてしまったのかもしれない。俺はちっちゃく震えている吉野を、放した。が、同時に。

「やめろって言ってんだろがこの馬鹿があああっっ!!」
「え!?」
 今やめたじゃん!!と突っ込む隙も無く、俺はボディに鋭い一撃を喰らっていた。

 とぽさ、と砂浜に倒れ込む。

「…そういうの、他の女にすんなよ?桜花ちゃんだけにしとけ」
「げほ…っは…い…」
 ぐりぐりと脇腹を踏まれつつ、俺はなんとか応えた。

「でも、心配してくれたんだよね。そこだけはありがと。動きは余計だったよ」「…そりゃどうも…」


 吉野は俺の手を取って俺を起こす。砂だらけだ。

「でも、叫んで殴って走って和んで叫んで殴ったら、すっとした。なんか、どうでもよくなって来た。どうせ、どこにも行かないから。私は桜花ちゃんと一緒に暮らすんだから。答え、最初から出てたし。あはははっ」

 笑う吉野。波打ち際まで歩く。俺も立ち上がって、続く。

 …ごめん。

 何に対してかは考えずに、そっと唇だけで言う。横に並ぶと、顔を見合わせて笑う。そして吉野は海に向かってまっすぐに視線を向ける。

「行くぞーーーーーーー!!」
 どこへ?そう思ったけど、すぐ気付いた。あー、気合入れる例のアレね。

「いーち!」
 やっぱり。こいつも本当、乗りやすいよなぁ。

「にーぃ!!」
 俺も乗る。馬鹿丸出しだ。おまけに青春まっしぐらだ。でも、楽しい。

「さーん!!!」

 一緒にいるのが楽しいの、もしかして、こいつかもしれない。一番好きな女の子じゃないけど、一番大切な奴でもないけど。一番気が合うのは…

「チャンラーーン!!」
「ダーーーーーー!!」
「まいどーーーー!!」

『…………』
 三者三様の、違う叫びが、海岸に木霊した。


 なんか、物凄く損した気分で、お互い顔を見合わせる。

 正直、俺と吉野はまだわかる。この流れなら、俺のダー、の方が正しいとは思うけど…だが、それよりもっと解せないのは。

 ばっ、と後ろを向いた。そこには案の定、偉そうに立って…るけど、なんか傷だらけで服も破れて、ボロボロな大輔がいた。

「大輔、お前その格好…」
「お前、それはちょっとマイナーにも程が無くない?」

 吉野、お前大輔の安否よりそっちか?ていうか、来て欲しくないってメール入れたのに来るか、お前もよ。

 大輔はこっち目掛けて、思い切り走る。そして…
「え!?」
「うぉっ!?」
 ばしゃーーん。

 俺達を巻き込んで、海の方に倒れ込む。つっ…冷てぇえええっっ!!俺は泣きそうになりながら起き上がろうとする。が、後ろから何故かヘッドロックを掛けられる。

「だっ…だっだだだだだ!?いっ、お前、何?なにすんのっ!?」
「うるさいっ、人の彼女に何してくれてんですかっ!!」

 ぎりぎりと絞めて来る。てか、そんな前から見てたんかい!?俺は痛くて冷たくて、ばしゃばしゃと水面にギブの合図をする。が。

「あはははは、どうしたんですか、水を叩いても何も起きませんよーだ」

 こっ、この野郎、わかってやってるな!?俺はなんとか逃げようとするが、無理だ。ばっちり決まっている。よ…吉野、助けろ!!俺はなんとか吉野を探すが。

「…あーもう、びしょびしょだよ」
 余裕で、砂浜に上がって服をしぼっていた。多分、気付いてる。なのに、無視している。


 暫くして、やっと砂浜に上がった時には、俺はもう死にそうだった。

「大輔、どうしたの?こんなボロボロになって」

「いえ、ちょっと焦り過ぎて、そんな時に携帯鳴って…バランス崩して転んで、おまけにそこが坂だったからもう…」

 笑いつつも、ちょっと痛そうだ。吉野はまぁ、すっげぇ女の子らしい表情で。

「ごめん、私のせいだよね。本当に…ごめん」
「いいんです、貴方が無事だってわかったんですから」

 そう言うと、吉野を抱き締めた。あーあー、熱々ですこと。ちくしょう、俺だって桜花さんといちゃこいてやるからな。

 溜息をついて、空を見上げる。綺麗なオレンジの雲が、紫になって行く。

「…あの、俺ほったらかし?」
 ぽそ、と呟く。反応は無かった。
 …と思ったら、吉野が俺の近くに来て、俺の顔を見下ろした。

「よぉ」
「よぉ」
 なんだか場違いな挨拶を交わす。

「うっ…」
 砂のついた髪や顔を拭ってくれると、吉野は笑った。俺じゃ、駄目だって事か?

微妙な気分になりながら、吉野を見る。服はしぼったけどびしょびしょで、ちょっと寒そうだ。けど、それ以上に。

「…お前、やっぱ胸でっけぇのなぁ」
 余計な事、言った気がした。
 間も無く、吉野の拳と大輔の足が飛んで来た。


「2人とも、俺に酷くない?」

 満身創痍になりながら、なんとか反論する。が、2人とも『いぃえぇ』と返して来た。ちくしょう。会いたいな…きっと、桜花さんなら今の俺に優しくしてくれるだろう。来れなくても、声だけでも聞きたい。

 そう思って、携帯を取り出…

「ああああああああああああああああああああああっっ!?」

 思わず、絶叫する。携帯が、水に濡れて…おシャカ様だ。そんな、俺と桜花さんの愛のメモリーが、こっそり寝てる間に撮った桜花さんのショットが、ごはん作ってる桜花さんのムービーが…

「うわああああああああん…」

 マジ泣きする。あれか、今日は俺、厄日か。まるで好きな男に騙されて暴行を受けた女の子のように俺は泣く。

「…びっくりした、どしたの、岸部」
「さあ…俺もびっくりしました」
「ううっ…うっ、うっ…うううっ」
 

 俺は、いつまでも泣き続けた。いつまでも、いつまでも。
 暗くなって、渋々大輔がおんぶしてくれるまで、泣いた。
 …いいもん、また一杯思い出作ってやる…
 星が綺麗な今日、俺はそう誓ったのだった。

           終