シンデレラ…に近い話

1

「ちょっと!アンタ私のドレスどこにやったのよ!!」

 どすどすと、これからドレスを着ようという割には少々お下品な足音を立て、少女が怒鳴り込んできた。

 怒鳴られたのは、粗末な服を着て床を磨いていた少女だった。その少女は、ちらりと見上げると、舌打ちをして。

「うるっせぇなあ…お前、自分の服くらい自分で管理しろよ。だいたい、準備は前日までにしとくもんだろ?そんなだから食ってる飯も落とすんだよ、この縦ロール」

「うっ…うるさいわね!それとこれとは関係無いでしょ!手首釣りやすいんだから、御飯茶碗落としちゃうのよ!!あと縦ロールも!!」

 ぎゃんぎゃん喚く少女に溜息をつくと、立ち上がり手をエプロンで拭く。そしてすぐ側の部屋に入ると、すぐに着られるようにしてあるドレスを手に戻って来た。

「ほれ」

 差し出したドレスをひったくると、少女は顔を真っ赤にして、後ずさる。そして、小さな声で『ありがとう』と言って、行ってしまった。

 そんな少女を見て、つい口の端が上がる。
 ワガママで意地っ張りで、ちょっとお馬鹿な義姉を、少女は嫌いではなかった。


「…あらあら、ごめんなさいね、素香ちゃん。いつも淡路ちゃんが心配掛けて」 そう言いながら、すんげー綺麗な女性が、綺麗なドレスや装飾品を見に纏い、がっちり化粧も決めて、階段を下りて来た。

「…そういう義母さんこそ、用意早過ぎちゃいますか?舞踏会夕方っすよ?」
 ぺん、と義母に突っ込む。ルーズな娘に用意周到にも程がある母親。

「うふふ、私だいぶうっかりさんだから、早めに用意しちゃったの」
 少女―――素香は時計を見る。1時半。ちょっと、溜息をつく。

「でも、本当にいいの?素香ちゃん」

「ああ、いいんですよ。私人込み苦手ですし、あんな所でキッツイドレス着てうまいもんちょっとしか食えないより、家で丼飯食ってた方がいいですから」

 からから笑うと、義母もそうねぇ、と笑う。

「まぁ、お出掛けするのも確か4時半くらいからでしょう?それまでドレス汚れないようにじっとしてて下さい。ほら、バケツもそこにありますから…」

 そう言って、可愛い義母を押し遣る。微笑を残して、義母も行ってしまった(て
か、行かせた)。
 ちなみに、この天然ボケにも程がある義母も、嫌いではなかった。


 あの2人と、素香に血の繋がりは無い。父親の再婚相手である。

 綺麗な服を着る2人に対して、服装が粗末なのは家事を一手に引き受けているから。そもそも少々完璧主義な所のある素香は、常々このでかい家に何人もいる割には色々な所で緩い使用人の皆さんに不満を抱いていた。

 こんなんに金払うくらいなら、全部自分でやったらぁ!と判断して今の状態である。お金も浮くし、給料として貰ってる大分大目のお小遣いだって全使用人の給料と比べると微々たるものだ。

 そんなこんなで、素香はそれなりに幸せな生活を送っていた。

「じゃあ、行って来ますよー」
 掃除を終えて、買い物に行く。流石に外に出る時はそれなりの格好をして行く。

必要なもの買って、ちょっとお菓子とか余計なもの買って、でもって、最後に知り合いの店に寄る。いつものパターンだ。

「オッス。繁盛してるか水野?」
「当たり前だ、俺様の店だぞ」

 そう言うと、ガラスのケースはもう空になっている。昼のピークも過ぎていたし、この遣り取りもいつもの事だ。

「で、一番最初に無くなったのは?」
「今日は卵だった。焼きソバだと思ったのにな…ほれ」

 そう言うと、袋に入ったアゲアンパンを投げ渡される。備え付けの小さいテーブルに、苺牛乳を置くとキャップを開けた。

 毎日、一番最初に売り切れるものが何かを対象に賭けをしている。買った方がアゲアン・苺牛乳を独り占め出来る。因みに今現在の勝敗は216勝222敗609引き分けで素香が負けている。お互いギャンブル運は無いと思われる。

「おいしい」
「だろうな、俺様のパンに篠子おばちゃんの苺牛乳だぞ、マズイ訳が無い」
 そう断言する。その自信もどっから来るのだろうか。

「今日は、もう閉店だな…今日は舞踏会だからな」
 そう言うと、鍵を閉める。売る品物も無いし、店主だからそこら辺の匙加減は自由だ。

「お前どうすんの?」

「行かねー。めんどくせー。そんな事より行った義母さんが見初められないか心配だわ。家での最萌王は間違い無くあの人だぞ」

 と、ちょっと本気で言った。水野も、その考えには同意する。暫く笑った後、ふとちょっと思い付いた、下らない考えをそのまま口に出した。

「でも、お前だって玉の輿に乗れるかもよ?今夜の舞踏会、もう漏れてるけど王子の嫁探しなんだろ?お前割と可愛いし、なんかマニア受けしそうだから、確率1/65536くらいで見初められるんじゃね?」

「どっから出てきた、その数字」
 そう言いながら、少し拗ねる。

「お、拗ねよったか?」
 ショーケースからテーブル側に回って、素香の顔を覗き込む。その顔が、余計に腹立たしい。

「拗ねるか、貴様なんぞに」

 身体ごとそっぽを向く。うぢゅー、と頬にキスをされると、ちょっと鳥肌が立つ。手が、胸に伸びて来たから、おもっくそつねってやった。

「っだぁあああっ!?」
「何だお前!?お前はどうしたいんだ!?」

 立ち上がり、蹴りを入れる。水野は割と簡単に転がった。立ち上がり、鍵を外して店を出る。勿論荷物は持って。

「ちょっ…素香!?」
 呼び止める声を完全に無視して、走った。


 …ふざけんなふざけんなふざけんな…!!

 どすどすと、さっき義姉がしていたような歩き方をしながら、必要以上に心の中で呪詛を唱えていた。別に、100%冗談だってわかってる。だけど、そんな事言いながら真っ昼間から変な事しようとしたのが、ちょっと許せなかった。

少し、セックス自体に恐怖感があるのもあったが。

 一応、素香と水野は恋人関係にある。小さい頃からの知り合いで、1年程前、即ち素香の実母が急な病で死んでしまったのがきっかけで、なるようになった。

 今までに3回、抱かれた。でもって3回、失敗した。失敗というよりも、素香が快感を得られなかったという話だが。

 …もしかして、捨てられるかもしれない。大分本気で考えていた。少々ズレるが、離婚の理由の上位に性の不一致が多いとよく聞く。

 …好きなのに。水野の事、お父さんとかお母さんと同じくらい好きなのに、なんで私の身体は水野を受け入れてくれないんだろう。

 自分が情けなくて、恥ずかしくて、涙が出て来る。
 水野は、そういった事で素香を責めた事は1度も無い。が、自分も責めない。
仕方ない、次はきっと上手く行く、と励ましてはくれるが。

 視界が霞んで、つまづきそうになりながら、家路を急いだ。こんな顔、誰にも見られたくなかった。

 家に帰った時、淡路に見られて、何か言っていたような気がしたが、それも聞かなかった。部屋に閉じ篭って、布団の中に入った。

 数時間後、義母が様子を見に来たが、大丈夫という事を伝え、舞踏会に行かせた。食欲も無かったので、そのまま寝る事にした。


 ―――コツ、コツ。

 微かな音で、素香は眼が醒めた。時計を見ると、もう6時を過ぎていた。季節柄夜になるのが早いので、もう真っ暗だった。明かりは、空に浮かんだ満月のみ。

 その光が差し込む窓の外に、フード付きのマントを被った人間が、いた。
 別に、驚きはしなかった。むしろ、うんざりした。でも、ちょっと嬉しかった。
 窓を開けて、一言。

「…お前、誰だ」
「……魔法使いです」
 暫く黙った後、マント男は言った。

「用は無い、帰れ」
 窓を閉めようとすると、慌ててマント男改め魔法使いは止めた。

「まっ…待てよ!俺だよ!!な、悪かった!悪かったから…許してくれよ」
 あっさり正体を表す水野。元からわかっていたので、すぐ部屋に入れた。

「てか、ここ何階だと思ってやがる」
「3階だろ?」
 平然と言い放つ魔法使い改めパン屋。普通に訪ねてくればいいのにと苦笑する。

「…怒って、ないか?」
「いや、それ俺のセリフ」
 手を振って、真面目な顔をする。

「だって、理不尽だろ、私の態度」

「いや、でもお前があんなに感情出すっての珍しいし。俺の言葉自体に腹が立ったとも思うし、違う事情で不安定になってたら、心配だし」

 …とまぁ、恥ずかしい事をさらりと言ってくれる。素香は、勝手にベッドに座った水野の隣に座ると、ぴと、とくっついた。

「…ごめん、ガキで」

「いいって。俺様お前より4つも年上のお兄様なんだからよ。ほれ、呼んでもいいぞ、お兄ちゃんって。兄ぃでも兄くんでも兄貴でもいいけど」

 肩を抱き寄せて、水野は調子に乗った。勿論素香は呼んでやらなかった。が、代わりに。

「……して」
 そう、呟いた。そのまま恥ずかしくて水野の胸に顔を埋める。

「痛いって言わないし、我慢するし、泣かないから…」
 素香は顔を胸に押し付けながら服のボタンを外すという器用な事をする。

「…お前、どうした?熱でもあるのか?」
 流石に不審に思ったのか、ボタンを外す手を止めて、額に手を当てる。

「素香、お前なんでするかな、そういう事」
 呆れて、水野は素香を抱き締める。抱き締める力が強すぎて、逆に痛い。

「本気でなんかあったのか?そんで俺に縋ろうとしてる訳?は?何が我慢するって?俺は、自分の女ひとり満足させられないってお前もじっとり認めてるな」

 半分キレた口調で、マシンガンの如く喋る。

「…お前さ、言ったろ?俺はお前の味方だって。なのになんで俺の事まで怖がるんだよ。そういうのされると、マジへこむわ。いや、マジで」

 ばっしばっし背中を叩く。地味に痛い。水野が優しくしてくれた事もあって、簡単に涙が流れてしまった。


「…って、いつまでも、初めての時みたいな反応しか出来なくて」
 しばらくお互いそのままでいた。沈黙に耐え切れず、素香はぽつぽつと喋り出した。

「いつもいつも、水野に気使わせて、怖くて、痛くて、いくら水野が好きでいてくれたって、このままじゃ、駄目になっちゃう気がして…」

 鼻を啜りながら、言った。言いながら、自分が情けなくて、泣けて来た。水野は素香の顔を上げさせると、とりあえず鼻を拭いた。まずそれからだ。そして、少し荒れた口唇を舐めて、口付けた。

「好きだ」
 頬を擦り合わせて、頬にも口付ける。

「…俺が、下手なんだよ。俺だって、ガキの頃からお前が好きだったから、お前が初めてだったし、ホントは、どうしていいかよくわからなくて、だからだ」

2

 いつもは強気なのに、情け無い表情をして、溜息をつく。けして言いたくなかったであろう言葉を言ったのは、他でも無い、誰よりも大切な素香をこれ以上泣かせたくない一心である。

「だから、とりあえず能力値上げる為にちょっと街角で立ってる綺麗な姉ちゃんの所にお金持って行って来る」

「はぁ!?」

 …これまた、素香には本気か冗談か見抜きにくい冗談をかます。が、怒れるくらいにまでなったのだからいいか、と弁明せずに素香を押し倒す。ボタンを外した服から、チラチラと乳とかがさっきから見えていたのだ。ここまで来て、何もしないで帰るというのも、哀しい。

素香もそれがわかったのか、元から抱いて貰うつもりだったので、抵抗はしない。

「…して?」
 今度は、少々控えめに、誘う。

「させて下さい」
 ちょっと違う返事をした。

 それを合図に、素香はさっさと服を脱いでしまった。ちょっとだけ、素香はこういうムード作りが足りないと水野は思う。が、全裸で自分を見上げる自分の彼女がいて欲情しない男はきっといない。ここのポイントは『自分の』という所だ。

「脱げ」

 さらりと漢らしく、言って来た。更に、脱がせようとする。あ、と思い水野は自分のマントをすっぽしと素香に着せた。裸マントだ。

「え、なに?なんだこれ」

 首を傾げる素香。ただ単に萌えたくてしただけの事だ。そして、それを見てひとつの決断を下す。後で洗濯すればいいか。

「あのさ、素香、このままするぞ。寒いから風邪引くと悪いし(←建前・本音:なんか萌えるから)」

「…あ、ああ、わかった」
 妙に眼に力を感じて、それ以上は触れなかった。

「水野は、寒くないのか?」

 服を脱いで、自分に覆い被さって来る水野に、素朴な疑問をぶつける。寒くない、と囁いて、そっと胸を触った。

 胸は、ちょっと薄い。まだ大きくなるだろうと思いながら、両手で寄せて上げてみる。くすぐったいのか、眉を顰める。

「…お前さ、俺にどうされると気持ちいい?」
 普通に進めたら、今までの二の舞になる気がして、とりあえず聞いてみた。

「え、え―――と、なんだろな。っと、キス…は好きだし、あの、中、入るまでなら…水野のしてくれる事、大抵気持ちいい…と、思う気がする」

 哀しいような、嬉しいような事を言う。大分貧弱な腰周りを撫でると、くすぐったそうに笑った。そもそも、素香を抱いたのは少し早過ぎたかもしれない。そんな事すら、思ってしまう。

「んっ…くすぐったい」

 そう言いつつも、少し頬を紅潮させて呟く。細い身体をくねらせて、顔を背ける。外気に晒されて固くなった乳首を、ちいさな乳房ごと口に含む。少し、冷たかった。

「っう…」

 暖かな口の中で、冷たくなった胸が溶かされるような感覚。もう片方は冷たいまま指で摘まれ、少し痛みを感じてしまう。

「水…野…」

 呼吸を荒くしながら、水野の頭を抱こうとする。いつもより怖くないのは、水野の匂いのするマントを羽織っているせいだろうか。

 ふと、水野が顔を上げる。眼が合った。なんだか、気恥ずかしかった。

「なんか、今日は怖くない」 
 手を伸ばすと、両方握ってくれた。嬉しくなった。

「そりゃ良かった」
 ある意味、心からそう思う。無性にキスしたくなって、しながら抱き締めると、
素香も応えてくれた。前は縋るようにしがみつくみたいだったのだが、今日は何かが違う。

 …正直、水野も不安だった。愛しい素香に、苦痛しか与えられない事。怖がらせている事。年上なのに、守りたいと思うのに、結局は自分だけが(身体の上では)満足している事が、悔しくて、哀しかった。

 今日は、素香に救われてる気がした。こう考えている事を全て素香に話したら、
確実に鼻で笑われると思うが、少しでも気持ちを伝えたくて声に出そうとした。

「素香、愛しちぇる」

 …………

 暫くの、沈黙。大事な所で、水野は噛んだ。本気で、泣きたくなって来た。あーあ、あーあ。笑われる。素香はお構い無しに笑う。完全にへコんだ。

「うい。私も愛しちょる」
 …いらん気を利かせてくれた。
 とりあえず、無かった事にした。

「…明日は、どっち?」

 愛撫、というよりもお互いじゃれあっていると言った方が正しいだろうか。楽しい雰囲気の中、ふと素香は呟いた。

「んー…街のみんなは今日うまいもん食ってるだろうから、高級嗜好になってると予想して…一番高いチーズハンバーグか?」

「そ?私は逆に質素に行こうと思ってショボさNO1のハムカツかな」

 月明かりに照らされて、いたずらっぽく笑う素香は、やっぱりマニア受けの可愛さかもしれないと思う。この顔が苦痛に歪むのがたまんない人間もいるだろう。

が、水野は普通に感じさせて、善がる顔が見たい。ただ、こうやって裸で抱き合っているだけでも…正直、まあいいかと思ってしまう部分もある。いや、やりたいのはやりたいんだけども。

「ん…ちょっとごめん」

 不意に、素香は水野から離れてベッドを降りる。向かった先は部屋の隅。ちーん、と鼻をかむ音が聞こえた。

 …っとに、こいつは…
 はぁ、と溜息。普通に戻って来る素香に若干むかつきを覚えてしまう。

「…お前よぉ」
 後ろから抱き付き、梅干を喰らわす。いだだだだっだだ、とこの場にそぐわぬ声を上げる。

「いってぇ…なんだよ、なんでこげん事すっとばい!!」
「自分で考えろよ!!」

 髪の毛をぐしゃぐしゃにして、また溜息。いい加減自分も本当に寒くなって来たので、子供体温+マント付きの人間暖房器具を抱き締めた。

「素香、お前あったかいなぁ」
「どこ触ってものを言ってんだ、お前」

 両手で乳房を掴み、揉む。もうじゃれるのはお終いだ。気が変わった。耳朶を後ろから口に含むと、ぶわっと鳥肌が立った。声も出ないくらいに。

「やっ…くすぐ…ってか、なんか変だ…」
 ぷるぷる震えながら、抗議の声を上げる。どちらかと言うと嫌悪感が強そうだ。

 それを無視して、舌を耳朶から、首筋まで這わせる。素香は恐怖からか胸を揉んでいる腕を力無く握る。その手を逆に水野は掴み、下腹部へと滑らせる。

「自分で触った事、あるか?」
 耳に息を吹き掛けるように囁く。力無く首を横に振った。

「わっ」

 足の付け根にまで手を置かせる。自分は、躊躇せずにそこに触れた。ぬるついた感触。今までで身体もあったまっていたのか、僅かだが濡れていた。

「脚、開け」
 言うが早いか、素香は素直に開いた。

「どうすれば気持ちいいかは、わかるよな」
「…触ればいいんだよな?」

 …半分正解、半分間違いな気がしないでもない。素香にこういう場面で質問する方が間違いだと判断して、そっと手を伸ばした。

「あ」
「あ」

 ぺと、とお互いの手が触れ合った。本とかお菓子を取る時ならともかく、こういった時にこうなるのは…珍しい気がする。

「…水野触るの?自分でやれって事かと思った」
「いや、あの、俺だってそこまで鬼畜じゃ…」

 考えてもいなかった大胆発言で、正直頭の中が大パニックになる。余裕が無いのは、お互い様だ。とりあえず素香をえいやっ、と寝転がせると、がばっ、と抱き締めた。もう、どうしていいか水野本人もわからなかった。

 おろおろしながら素香を見る。がっつり眼が合った。きっと、今の自分は超絶カッコ悪いんだろうな、と思った。

「…続き、しないのか?」
 とまったままの水野に、素香は尋ねる。その表情は、不安そうだった。

「…っ…すっ、するよ。そら、するわ」

 不安にさせたくない。そう思うのに、自分自身が一番不安になっている。こんな奴が、安心させられる訳が無い。本気で泣きそうになった。

「っ…泣くなよ、お前が悪いんじゃないだろ?悪いのは―――」
「おっ…お前じゃねぇよ!」

 つい、語気を荒げてしまう。びっくりして、素香は萎縮してしまう。余計に、水野も焦ってしまう。違う、こんなんじゃない、こんな顔させたい訳じゃ無いのに―――思いばかりが募って、余計にこんがらがってしまう。

 自分の頭をがっしゃがしゃにして、どうにか落ち着かせようとする。中々上手く行かない。早く、早くしろと自分で自分を蹴り倒したい衝動に駆られる。が、次の瞬間、思考が停止した。

「あ!そうだ!!」
 と、素香がいきなり叫んだからだ。

「いい事思い出した。ちょっと待ってて」

 呆気に取られている水野を残して、素香は裸マントのまま部屋を出て行く。ぱたぱたとスリッパを履いた足音が遠ざかって行き、暫くしてまたぱたぱたという音が大きくなって来た。そして、ばん、とドアを開ける。

「こういうのがあるんだけど」

 そう言うと、何かの液体が入った瓶を水野に手渡した。水か何かと思ったが、瓶を振っても中の液体はあまり動かなかった。

「なんだこれ?」

「わかんない。けど、お父さんが義母さんの身体とかあそことかに塗ってからやってた。なんだか凄く気持ち良さそうだったの思い出したから持って来た」

 ほー、と水野も納得する。中に入っていたのは、ローションだった。ナルホド、
これを使えば濡れにくい素香でも大丈夫だろう。痛みも大分和らぐ。

「よっしゃ、いい子だ。よく思い出し…」

 そこまで言って、水野は顔を引き攣らせる。ひとつ、とても大事な事を今、聞き流した事に気が付いた。

「…お前、覗いたのか?…親の性生活…」
「うん。参考になると思って。お父さん帰って来たら必ず毎日最低2回は連続でやってるから」

 事も無げに言い放つ。思い切り脱力しながらも、ローション持って来た事に親指は立てる。早速蓋を外し、手に取って見る。どろどろ具合を見て、ささっとマントを外す素香。

「どうした?」
「いや、洗うの大変だよ、つくと」

 うんうん、と頷きながら水野の手を凝視する。寝なさい、と何故か妙に恥ずかしくなってそう言ってしまった。

 素香は素香でどこをどうされるかわからないから、ある意味ドッキドキである。

 ただ、さっきの水野の慌てっぷりが、あまりにも可愛くて。あんなになるくらい、自分を好きでいてくれるんだと実感出来たから、水野より不安は無い。だから、余裕が出来てローションの事を思い出したのだ。 

「つめたい…」

 いきなりもう股座に手を突っ込まれた。本人にしてみれば、変としか言いようの無い感触で、撫で回される。

「いっ…っ!?」

 びっくりする。冷たい、と思っていた筈なのになんだか、熱くなったような気がする。いや、気のせいかもしれないけど。

「ちょっ…まっ…まてまてまてっ…!!」

 素香の膣中に、指が驚く程するりと入る。本気でびっくりして声を上げるが、これ以上待てるかとばかりに無視した。

3

「…すげー」

 ぽそ、と感心して呟く。滑りで簡単に指が入って、面白いくらいに指を行き来させる事が出来る。そうすると、奥の方から溢れて来て、余計濡れて行く。

「すげ…じゃ、ねぇよっ!やめ…待って…」

 熱くて、堪らない。水野の指が動く度に溢れて、お尻が塗れる。指が増やされると、初めは痛みを覚えたものの、すぐに受け入れた。頭がボーっとなって、真っ白になるような感覚なのに、ぐちゅ、ぐちゅ、という卑猥な音だけははっきり聞こえる。

「っ…あ…っ…か、馬鹿っ…やっ、ああっ!」

 喘ぎ半分、悪態半分といった所か。こんな反応は―――というか、こんな時に元気な素香は初めてで、妙に興奮する。指の動きに合わせて、少しずつ腰を動かす様は、全然知らない女を見ているようだった。

 もっと、苛めてやりたくなる。大事にしたいと思う気持ちとは別に、そんな気持ちが生まれる。
 ―――粘膜で平気なら、口に入っても害は無いよな?

 一瞬考えて、すぐ実行に移す。ローションに塗れて、充血して膨らんだクリトリスを舌先で突付く。

「やぁあっ!?」

 びく、と素香の身体が仰け反る。ぎゅっ、と指が締め付けられる。その反応を見て、我慢が出来なくなる。既に、自分自身も勃起して、痛いくらいだ。

「素香っ」

 羞恥か、快感か、どちらで泣いているのかはわからないが、今は構っていられなかった。蕩け切った膣口に己のものをあてがうと、素香が何か言ったような気がしたが、聞こえない振りをした。

「嫌―――っ…!」
 素香の事を何も考えず、挿入する。瞬間、引き攣った声がした。

「―――あ」

 それで、我に返った。自分の下で、素香が顔を真っ赤にして、歯を食い縛っている。何度も、見た顔。異物感に慣れる事も出来ず、ただ小さい身体に突き刺さっているとしか認識できない、一番大切な女の子。

『痛いって言わないし、我慢するし、泣かないから…』 

 ―――そう言った素香に、自分はどう答えた?
 

「っ…もう、やだ…最悪だ…」
 ただ耐えてるだけの素香の上で、自己嫌悪に陥って、呟く。

 なんでだろうか。なんで、あれだけ失敗して来たにも関わらず、また同じ事を繰り返すのだろうか。

「ごめんな、俺、またお前にばっか辛い思いさせて…」
 面白いくらいに涙が零れた。馬鹿だ、馬鹿過ぎる。

「今、抜くから」
「…動くな、痛い」
 動こうとした水野に、素香は舌打ちして、だるそうに言った。

「しばらく、このままでいろ」
 ぎゅっ、と水野を抱き締めて、頭を撫でた。慰めてくれているのが丸わかりで、
水野はうん、と頷いて、素香を抱き締めた。

「ごめん」
 何度目かの『ごめん』を、水野は言った。

「いいよ、あのさ、本当はそんなに痛くなかった。少なくとも前よりは」
 ただ、びっくりしたのがでかかったくらいで、痛いのは前回の6割程度だ、と。

「6割なら充分じゃねぇかよ…」

 フォローされればされる程に情けなくなって来る。がっくりし続ける水野に対し、素香は妙にスッキリしている。

「なぁ、水野は私としてて気持ちいい訳?」

 とりあえず、一番気になっていた事を聞いてみた。水野の様子を見て、ある程度はわかっているのだが、一応。

「へ?あ、あー…ああ。そりゃな。気持ちいいけど…ごめんな、俺ばっか」
 今現在だって、それ相応に。結局素香には中途半端にしか出来なかったから、余計情け無い。

「じゃあいいや」
「は?」
 なにがだ?俺との付き合いか!?
 冷や汗を垂らしながら、素香を凝視する。

「いや、好きでいてくれるのはわかったけど、私とするの、全然気持ち良くも楽しくもないんじゃないかって思ってて…でも、取り越し苦労か」

 自分でこれだけ痛いんだから、突っ込む方だって痛いんじゃないかなー、と。
ちょっとだけ心配だった。

「それにさ、私お前より下じゃんか。しかも4つも。けどさ、コレに関しては同じだなって思うと、嬉しい」

 にへー、と笑う。その笑顔は、物凄く可愛かった。険が全く無い。

「俺は、ちょっと複雑」
 苦い表情で、額に口付けた。

「…もう、いいよ、動いても」
 大分、異物感にも慣れた。今なら、ゆっくりだったら痛くないと判断した。

「いいのか?別に無理しなくても」
「いいよ、動け」
 …命令されてしまったので、そうする事にした。ゆっくり、ゆっくりと動くと、

やっぱり少しだけ眉を顰める。我慢出来ない程ではないけど、ちょっと引き攣れるような、そんな感じの、少しだけの痛み。それも、少しずつ消えて行く。

「っ…」

 不意に、ぞく、と鳥肌が立った。この感覚は、知っていた。ついさっき、指でされてた時みたいな。

 ―――もっと、して欲しい。

「みず…」
「素香っ!」
 その事を伝えようとした瞬間、先に水野が素香の名を呼んだ。そして次の瞬間。

「…あ」
 自分の身体に、熱い感触。
 …終わっちゃったんだ。ほんの少し、がっかりする。

 最後に少しだけ感じる事が出来ただけでまぁ…良しとするか。そう、自分を納得させた。



「帰るの?」

 身支度をして、堂々と玄関から帰ろうとする。

「まぁな。明日も仕事だし、お前一応お嬢様だから」
 そう言いながら、キスをする。

「…明日も来いよ、待っててやるから」
「ほざけ」
 蹴り真似をして、笑った。
 今も昔も、変わらない。けど、今は恋人同士だ。

「好きだよ、素香」
 いきなり、水野が真面目な顔になる。

「え、あ…あー、私も」
 好き、と言おうとしたその時だった。

「あれ?アレって淡路じゃね?」

 言われて、振り向く。確かに、門から玄関に向かって走って来るドレスを着た縦ロール。見間違う筈も無い。義姉の淡路だ。よく見ると、淡路は―――

「どうした?」

 淡路は顔を真っ赤にして、泣きそうだった。しかも、よく見ると靴を片方しか履いていない。どういう事だ?

「なぁ、何かあったのか?義母さんは―――」
「うるさいわねっ!アンタに関係無いわよっ!!」
 ―――うわ。
 昼間の再現かと思った。となると、これ以上は何を言っても無駄かと思われる。
実際、さっきの自分がそうだったから。

「…まぁ、いいか。マジでなんかあったら義母さんが…あ、義母さんだ」
 淡路を追っ掛けるように、義母が走って来た。フォームめっちゃ綺麗なのが逆に怖かった。

 結局、一晩経っても淡路は部屋から出て来なかった。ので、ほっておく事にして素香は買い物に出掛けた。いつものように買い物をして、最後に水野の店『小林パン』に向かう。そのつもりだった。が、その足取りが止まった。

 …前方から、なんかおかしい奴が来る。おかしいってか、もう既にヤバい。服装は普通なのに、変な仮面付けてる。仮面舞踏会とか…そう、昨日やってた舞踏会でなら、まだなんとかなったと思うけど、街中ってのは、異常だ。

ていうか、もうマジで怖い。だって、隣に立ったら確実に仮面当たるでかさだし。周りの人も完全に避けている。あの、海がなんかゴバーと割れるアレみたいだ。絶対、係わり合いになりたくない。

 それなのに素香は避けれなかった。何故かと言えば、奴が手にしているものにものっそい見覚えがあったからだ。

 …なんで、アレをあの不審者が持ってんだ?

 頼む、見間違いであってくれ。マジで。神よ、ゴッドよ、現れたまえゴーレムよ。あれが、私のアレじゃない事を、心から祈る。

 ―――お母さんの形見の、なんか珍しい宝石の付いてる、靴…!!

 嫌だけど、もし自分のだったら取り返しがつかない。ていうか、あんな奇妙なデザインの女物の靴で26cmサイズなんて、悪いけど世界にひとつしか無いと思う。意を決して、不審者が路地裏に入った所で、声を掛けた。

「―――ちょっと、イイデスカ?」
 とりあえずおっかないので、下手に出た。

「なんだ?お前」
 …態度は悪い。年は…物凄くわかりにくいけど水野と同じか、少し下程度か。

「あ、あの、その手に持ってる靴…」
 つ、とまで言った瞬間、不審人物は思い切り仮面を取った。思い切り良すぎて、
羽とか当たった。痛い。

「…わ」

 ほーほーほー、これまた上玉だこと。顔は合格。ただ、持ち点100点で、顔で+100点。しかしこの仮面を選ぶセンスと着けて街中歩けるキ○ガイっぷりで軽く-1120点取れる。素香は一瞬で合計-920点を弾き出した。

「もしかして、これはお前のか?」

 ずずい、と靴を私に突き付ける。珍しい宝石の付いた、26cmの、私にぴったしな靴。中敷を捲ると…見慣れた自分の字で『村越素香』と書いてある。

「…私のだ。ちょっと、なんでコレをお前が持ってんだ?コレは私の部…」
「Hey!見つけたぜ野郎共!!連れて帰れ今すぐ挙式だ!!」

 そう、理解不能な言葉を言った後、どこにいたのか十数人の男が素香を取り囲む。なんか、変な箱に詰められて、運ばれる事になった。

 …もしかしなくても、これって…拉致…だよな?


『助けてーーーーーーー!!ギィャーーーーー!!殺されるーーーーーー!!』「ちょっと、この子すげぇ人聞き悪いぞ!!」

「もー!早く連れてけよ!てか気付けよ、靴の持ち主ならそこのアンポンタンと昨日踊った筈だろ!?」

 …は?

4

 昨日、といえば…朝起きて、掃除して、買い物して、水野に会って、拗ねて寝て、水野と…まぁ、あの、ナンダカンダやって。

『踊ってねぇよ!下ろせよ!帰せーーーー!!』
「あーもううるせぇよこの子!!中に薬撒け!撒け!!」
『はぁあああああああああああああああ!?』
 なんか不吉な言葉がした。同時になんかホントに薬が入って来たけど、即、外に出した。

「うわっ!?なんか強いぞこいつ!!」
『強いもクソもあるかああああああああああっっ!!』


 どさっっ。

「いってぇえええっっ!!」

 箱から、無造作に落とされる。周りを見ると、やはりさっきの野郎共+ヤバい人が。ていうか、死ぬのか?死ぬんだな?

「くっ…来るな!来るんじゃねぇ!!殺すぞ!!もしくは自殺するぞ!!」
 気が動転して、どちらにしろ死ぬ選択肢を出してしまう。

「お前、活きがいいなぁー」

 半分呆れ、半分興味津々、といった表情で、じりじりと近付いて来る。野郎共のひとりが後ろに回って来て、がちゃ、と手錠を掛ける。その拍子に、持っていた靴を没収される。

「ちょっ…返せこのハゲ!!」
「誰がハゲじゃこの水虫!!」
「はぁ!?水虫の訳ねぇだろこのインポ!!」
「なっ…なんだとこのホモ!!」
「私ゃ女だ!このぽっちゃり体型!!」

 因みに開いては身の丈5尺3寸程のアフロのムキムキマッチョメンである。

「度胸もあるなー、余計気に入ったわ」
 靴を渡されて、近付いて来る。

「っ…寄るな触るな近付くな!!お前、いいか、これ以上近付いたらなんかするぞ!!」
「なんかってなんだよ…」

 ぽそ、とマッチョメンが呟く。ええい、こいつなんか腹立つ。全然、私なんか怖がってねぇよ。こっちは…完全に極限状態だってのに。

「なんかはなんかだ!」

「まぁ、怖がるな。お前みたいなちっこいのに虚勢張られてもこっちは怖くないんだし、そもそも危害は加えねーよ。ただ確かめるだけだから」

 …読まれていた。まぁ、確かにここにいるのがそこのマッチョメンだとしても、
逃げれる確率はゼロに等しい。人が多過ぎる。

「っ…嫌」

 靴を脱がすと、持っていた靴を履かせた。身長の割に、素香は足がでかい。26cmの靴はぴったり収まった。うれしくも、なんとも無い話だ。おおー、と多分外見の割の足のサイズに関しての驚きの声が上がる。そして、何がなんだかわからないまま、いきなり抱き締められた。

「―――会いたかった」
「…っ…」
 気持ち悪い。嫌だ。そんな感情が渦巻く。
 …怖い。このまま、何をされるんだろうか。嫌な想像ばかりがぐるぐる回る。

 一生、もう会えなくなるのだろうか。お父さんにも、義母さんにも、淡路にも。
 もう、水野のパンも篠子さんの苺牛乳も。
 ―――水野。
 読まれていた通り、張ってた虚勢のツケがここになって返って来た。

「お前が好きだ。そりゃ、会ってた時間は短かったけど、俺は初めて誰かを好きになったんだ。大切にする。だから―――」

「嫌だ…帰る。帰りたい…っ…」

 もう駄目だ。一旦泣いてしまったら、止まらなくなる。流石に周りの人々も暴言をどれだけ吐こうとも嫌がってるちんまい女の子を泣かせたらあまりいい気分はしない。

「あの、嫌がってますよ」
 マッチョメンが声を掛ける。

「でっ、でも、昨日はそんな嫌がってなかったと思うし、第一、俺の嫁探しって知ってて来たんだろ?なんでそこまで嫌がるんだよ」

 素香は首を横に振って嫌がる。

「っ…行ってない…私、昨日はずっと家にいた…」
「はぁ!?じゃ、じゃあ、お前その靴はなんなんだよ!お前のなんだろ!?」

 …もう、帰りたい。質問には答えず、既にそれだけを思っていた。大体、ここはどこなんだ。国内なのか国外なのか。目的は一体なんなんだ。

 てか、ふと、頭の中が冷静になる。さっき、よく考えれば受け答えしてた。嫁探しって、確か、昨日は―――まさか。

「…お前、もしかして王子なのか?」
 聞いてみる。ぱぁっ、と王子(らしき人物)の表情が明るくなる。

「思い出したか!?ほら、お前髪を縦ロールにして、ピンクのドレス着て、俺と踊ったろ?」
「踊ってねぇよ!人違―――」
 ―――縦ロール?
 その単語に、嫌な予感を覚える。そして沸々と怒りが。

「…お前、眼が完全に見えないのか、脳髄が腐ってるのかどっちだ?」
 急に、眼の前の男に殺意が沸いて来る。

「…前者が近いですが後者も否めません」

 マッチョメンが言うと、馬鹿王子に大分分厚い眼鏡を渡す。素直にそれを掛ける。うっわ、ダッサ!!

 じーーーーーーーーーーー、と素香の顔を見ると、王子は一言。

「―――お前、誰だ?」

 言った瞬間、かちゃん、と手錠が外される。この部屋にいる全ての人間が、GOサインを出していた。

 ―――素香が王子に殴り掛かったのは、その数秒後だった。


 マッチョメンに訳を話して、真犯人である淡路を呼んで来て貰い、一喝した。

今回ばかりは、素直に謝った。ていうか、靴のサイズは5cmも違うのに、よく履く気になったものだ。まぁ、だから階段駆け下りる途中ですっぽ抜けたのだが。

 恋に恋焦がれる年頃である淡路は、王子同様、一目惚れをしていた。全てが初めてな彼女は、どうする事も出来ず、逃げて来た。こっそり借りた、綺麗な靴も片方無くし、途方に暮れていた。

 それでもって、この事態だった。

「…とにかく、お前は視力も脳も悪いって事だな」
「…はい、反省しています」
 正座して、きちんと謝罪するボコられた王子。横には淡路も正座していた。

「本当にすいませんでした、家のアンポンタンが」
「…別にいいです。苦労してるんでしょう、貴方も」

 心底同情しながら言った。マッチョメン…もとい本名木村琵琶湖さんは物凄く遠い眼をしてしまった。

「もしかしたら、こっちの馬鹿娘も将来世話になるかもしれませんが、その時は本当、お願いします」

 そう言って、頭を下げた。

「…ご迷惑を、お掛けしました」
 何度も何度もお互い謝って、城を後にした。


 家までの道のりを、素香は歩く。その3歩後ろを、淡路は付いて行く。お互い一言も喋らない。そのまま暫く歩いていると、意を決して淡路は話し掛けた。

「…怒ってる?」
「別に」

 普段通り、ちょっと冷たく返す。本当は、ちょっと怒ってる。1日が無駄に終わったし、大事に大事にしている靴を無断で借りられたし、すっげぇ泣いた。

 でも、言わない。言ってやらない。それ以上は、何も言わずにまた歩き出した。
 …が。まずい。非常にまずい。一歩踏み出したと同時に、すすり泣く音が聞こえて来た。

 舌打ちして、振り返る。案の定、淡路が泣いていた。あーあ、あーあ、皆注目してやがる。これじゃ完全に素香が悪者である。

「っ…たく…ほれ、怒ってねぇよ。だから泣くな。許してやるから」
 これでは、どちらが年上かわからない。

「…ごめんなさい」
 片手を繋いで、片手で涙を拭って、歩きながら淡路は言った。

「謝るくらいならするな」
「私、いつだってアンタに…素香に迷惑しか掛けられない」
 あ、わかってたんだ。

 …とは、言わない。また泣くし、面倒臭い。甘えたさんで、すぐ泣いて、わがままで、意地っ張りで、その癖すぐに自己嫌悪に陥る。

 …嫌いじゃあ、ないんだよ。そういうの、お父さんにも義母さんにも出さないで、結局は私に甘えてるだけなのも、現状打破しようとしてるのも、わかってる。

 嫌いじゃないから、家族だから、仕方ないけど、受け止めてやる。
 でも、別の誰かを見つけたんだから、これからはこうは行かない。わかっている筈だ。

「昨日だって、素香が泣いてるのに、私は何も出来なくて…」
 言われて、思い出す。ちょっと恥ずかしい。

「いいんだよ。お前にそういうの、望んでない」
「……そう」
 歩いていると、パン屋が見えて来る。無性に、水野に会いたくなった。

「私、用があるから。ひとりで帰れるよな、おねーーーーーさま」

 わざと、憎らしく言う。一瞬ムッとしたけど、何も言わずに帰って行った。素香は反対方向のパン屋に向かった。

「―――素香!!」

 どうやら街中で起こった事だから、事情は知っていたようだ。死にそうな顔で駆け寄り、素香を抱き締めた。

 うん、やっぱり、抱き締められるのはこいつがいい。そう思った。

「無事だったか?なんかされなかったか?」
「されたけどボコったから別にいい」

 さらっと流したつもりだったが、息を飲んでこっちを凝視するもんだから、どうやら流せていなかったようだ。

「大丈夫。昨日の舞踏会で見初められた淡路と勘違いされて連れていかれただけ」
 大分省いて説明する。あー、驚いてる。でも、昨日の事思い出して、ああ、と納得したようだ。

「王子の顔、初めて見た。ツラはまぁまぁだけど、脳味噌のネジが軽く4、500本は抜け落ちてやがる」

 からから笑う。が、水野は笑っていなかった。じっと素香を見て、そしてやっぱりぎゅっと、さっきよりは優しく抱き締めた。

 ―――安心する。やっぱり、恐怖や寂しさはあった。

 でも、それでも全部払拭してくれる。側を、離れたくなくなる。水野に応えるように、背中に腕を回した。

「…今日、泊まる。ずっと水野といたい」
 そう、ねだってみる。今日ばかりはずっと離れたくない。そう思った。

「あー…いや、マズイだろ、それ流石に」

 色々考えて、そう言う。水野だって、泊まらせたくない訳ではない。寧ろ万々歳だ。一晩中寝かせないくらいの勢いである。


「でもな、お前の年で男の家に外泊は、許可出ねぇだろ」
「別に、お前とはずっと知り合いだし、いいだろ。今から電話入れる。電話借りるぞー」
 そう言って、勝手にずかずか入ろうとする。

 …別に、まぁ、願ったり叶ったりではあるのだが。きっと、素香の父親に叱られるのだろう。それはもうこってりたっぷりと。

 
 初めて会った時に大決闘してお互い大怪我した時も。
 夜遅くまで(素香に引っ張られて)遊んで門限越えた時も。
 2人で高いツボでキャッチボールして見事割った時も。

 2人でこれをしたら悪いと思った事柄で、それでも実行した時は、必ず怒られた。多分、確実に、今回も。

 そうやって素香とずっと一緒にいるんだろう、と思った。ずっと、変わらずに。

 電話を終えた素香が、ひょい、と店先に顔を出す。

「そういえば、今日はどうだった?」
「…予想を大幅に裏切ってソーセージだった」
 

 ―――きっと、この賭けもずっと続くんだろう。
 苦笑して、水野は素香のいる居住スペースに向かったのだった。

        終