[3週目、1周目の19からの分岐]
私、今までお父さんと一緒に生きてて幸せだった。
だから、一刻も早く帰ろうとした。だって私の大好きなお父さんが、私が突然いなくなって、悲しんでいない筈が無いって。
けど、それは単なる私の願望だった。はっきりと、お父さんはいらないって言った。私より、どっかの女を選んだ。
私の事なんか、いらなかった。私、何の為に頑張ってたんだろう。こんな事なら、3階から落ちなきゃ良かった。知らないまま、諦めてれば良かったのに…
「千佐子さん…」
「……」
私は、杖を使って立ち上がる。
「どこへ行くんですか」
「…どこでも、いい…帰る所なんか無いけど、でも、ここも嫌だ…」
私の家は、無くなってしまった。あの家には、もう帰れなくなってしまった。
馬鹿みたいにまた涙が流れる。誠司を睨み付ける。きっと、今の私はとんでもなくひっどい顔をしてるんだろうな。
「ちょっ…馬鹿ですか貴方、第一、そんな身体で…」
「そりゃ馬鹿だよ、今までずっと騙されてたんだからな。お前だって、ホントは裏で笑ってたんだろ、自分を売ったクソ親父をまだ信じてやがんのって…」
誠司が、あからさまに傷付いた顔をする。そうだろう、だってこいつホントはいい奴だもん。わかってて、私は傷付けてる。自分を含めて、周りを全部滅茶苦茶にしたくなってる。
たかだか600万?フィリッピンパブ?邪魔?ふざけんな。
「放せ…放せよ!お前なんか大嫌いだ!!うぜぇ!!どっかいけよ!!」
暴れる私の腕を掴んで、誠司はなんとか抑えようとする。けど、本気出してキ○ガイみたいに暴れる私に難儀している。
「っ…嫌いで、結構です!」
ぎりり、と歯を食い縛って私をなんとか無傷で押さえようとする。さっき勢いで舌噛ませた事気にしてんのかいな。
「っ―――!!」
不意に、足を引っ掛けられる。バランス崩して、床に背中をしこたま打ってしまった。痛い。その私の上に誠司が乗っかる。
「重いわ!どけよ!大体、そんなクソみたいな遺言なんぞに今時従うなよ!!」「っ、僕だって、そんなものに従うのなんか、嫌に決まってます!!」
ほらな、こいつだって、本心じゃ私の事邪魔だと思ってたんだ。いや、最初からわかってたけど。
きっと、叔父さんだって、浩司だって、眼の前のこいつだって、本当は、私なんかいらなくて、でも、従わなくちゃいけないから仕方なくやってるだけなんだ。
「…どけよ」
力が、入らない。元々怪我してるのに、無茶ばっかしてたから、そのツケが回って来た。身体中が痛くて、全てのやる気が削がれて行くようだ。誠司はおっかない顔のまま私を見下ろしている。
…怖い。それでなくたって、そんなに男の人に免疫ある訳じゃないのに。痛いのと、悲しいのと、怖いのと、全部ぐちゃぐちゃになって、また涙が出て来る。
「貴方が逃げないと―――無茶をせず、安静にしてくれると約束するなら」
怖い顔のまま、声だけ優しくなった。優しいってより、押し殺してるようにも聞こえるけど。きっと後者だろう。
「…やだ。もうここにはいたくない。お前だって、さっき嫌だって、遺言に従うのなんか嫌だって言っただろ。望み通りにしてやるから、放せよ」
馬鹿みたい。声、震えて、泣いて。情けなくなって来る。自分がこれ以上傷付くのが嫌で、怖くて、誠司の事、傷付けて。
「…別に、貴方に出て行って欲しいなんて、一言も言っていないでしょう」
呆れたように、呟く。私の涙を指で拭うと、抱き起こして、じっと私を見て、言った。
「貴方は、言葉をそのまま受け取るようですから、言わせて貰います」
私が逃げないように、肩を掴んで、真剣この上ない表情で、誠司は。
「僕は、貴方がこの家で暮らす事を、望んでいます。そして、貴方の助けになりたいんです」
「嘘だぁ!!」
…つい、物凄い反射速度で返してしまった。けど、本当だった。よくよく考えて、こいつが優しいのはわかってるけど、でも、それは、嘘だと思う。だって、そんな筈無いから。遺言に従うの嫌で、なのに、助けになりたいって、意味わかんない。
「嘘では、ないですよ。どうして貴方はそんなに疑い深いんですか。昔からそうでしたっけ?」
こめかみを押さえつつ、溜息をつく。そんな事は…無かった気がする。第一、私、こんなに怒りっぽかったか?
「…そんなん、お前に関係無いだろ!いいから、もうどっか行きたいんだよ、1人にさせてくれよ!!」
「……」
本当に平行線だよ…わかってる。本当にこいつは心配してるってのはわかる。
けど、心配してる奴等全員、原因じゃねぇかよ。
誠司は、うつむいたまま溜息をつく。そして、何かを決心したかのように顔を上げる。
「…どこかへ、行きたいんですね?」
その表情は、どこか悲しそうで。私は突然の物言いに驚いて、頷いてしまった。
「1人になりたいんですね?」
また、頷く。誠司は、何を考えているんだろう?意図がわからずに、ただ私は頷いている。
「…僕の顔なんか、見たくないと…そういう事なんですね?」
「―――え」
最後の質問は、どうしてだろう、誠司が泣きそうに見えた。まぁ、それは一瞬の事だったから見間違いかもしれないけど。ていうかそうだろうなぁ。
「ん…今は、ちょっと、見たくは…うん、ない」
聞いてるんだから、こちらも正直に言わせて貰う。誠司は、茶箪笥の方へ向かうと、小さい箱から何かを取り出し、ポケットに突っ込む。そして。
「行きましょうか」
そう言うと、私の手を引く。杖を使ってよちよち歩こうとすると、誠司が。
「…遅」
と、嫌味ったらしく呟く。へーへー、自業自得ですよ。ていうか痛いよ。
はっきり言ってしまったのが悪かったのか、誠司は足早にドアまで向かって私を待つ。ていうか。
「どこへ行くんだよ…」
「貴方の望み通りの所ですよ。そんなに1人でどこかへ行きたいなら行けばいいじゃないですか」
そう言うと、ドアを開ける。私も続く。出ると、誠司は鍵を掛けた。几帳面やなぁ。
「…ていうか、いいのか?」
休み休み、歩きながらふと疑問に思った事を告げる。
「いいんですよ」
冷たくつーんと、素っ気無く誠司は答える。あーあ、初めて会った時くらいに戻ったな。一階の人通りの無い、客間も何も無い、ただの行き止まりに到着すると、誠司は辺りを見回して、大分低い位置の壁を押す。壁がへこんで、なんかスイッチみたいの出て来た。
「…うわ」
「黙ってて下さい」
不機嫌そうに呟く。パスワードかなんかを打ち込むと、壁が開いた。誠司は私を押し込むと、自分もすぐに入って、壁を閉めた。真っ暗。
「パスワード何?8823?スハダクラブ?」
私の言葉は完全に無視して、いつの間に持参していたのか、懐中電灯を点ける。
狭い壁の中は階段で、そこを下りて行くと…
「ここから、外に出れます。それから先はお好きなように」
襖四枚くらいの板があって、一番右端に鍵付きのちっちゃい扉がある。それを開くと、また鉄格子があって、入る所の鍵を開け、手招きした。
「…ほら、早くしないとバレる可能性がありますから」
些か乱暴に私の手を引くと、どん、と私を突き飛ばした。そして。
「―――え!?」
誠司はがしゃん、と乱暴に鉄格子を閉める。そして扉も。懐中電灯の光も無くなって、真っ暗になる。そして、私はやっと気付く。ここは―――
「せっ…誠司っっ!!」
「はい、なんですか」
木の扉はフェイクだったのか、本当に襖みたいに横開きに開いた。どうやら、板の後ろは全て鉄格子だったみたいだ。そうだ、ここ、多分そうだ。
「お前、外だって言って…ここのどこが外だ!!地下牢だろ、ここ!!」
動く筈の無い鉄格子を握り締め、動かそうとする。誠司は涼しい顔で私に懐中電灯の光を照らす。
「…そんな事より、暗いですよね。千佐子さんの近くにスイッチありますから、電気点けて貰えます?」
涼しげな声が本気でむかつく。だまされた。だまされてしまった。でも、確かに暗いのでとりあえず電気は点ける。ぱっ、と明るくなり、地下牢の全貌が明らかになる。しかしまぁ。
「ていうか、これ、本当に牢屋か…?」
鉄格子の中は8畳の畳張りで、私が元住んでたアパートの部屋よりも上等だ。
布団も置いてあって、奥には…おい、テレビあるじゃねぇかよ。あーあー、水道もある。
「トイレ、奥の扉がそうですから」
そう言いながら、誠司はまた扉を閉めようとする。密室の上にまた密室にする気かよ。
「ちょっ…まっ、待て、お前…」
あの、悪いけどここ、怖い。すっげぇ怖い。
「…まぁ、外だと嘘をついたのは謝りますけど、でも貴方の願いは8割方叶っているんじゃないですか?1人になりたい、どこかに行きたい、僕の顔を見ないで済む」
ふふん、と意地悪く微笑む。こいつ、本気で根性悪だよ!!いや、そうでもないと思うけど、そうだよ!!ああああああ、本気でむかつくけどでも怖い!!
「それでは、良いお年を」
おと…
「っ、今、何月だと思ってやがる!!」
「さぁ」
そう言うと、ぴしゃ、と閉めてしまった。そして外からがちゃこがちゃこと音がする。鉄格子の中から開けさせないつもりか。
『それでは、安静にしていて下さいね』
そう言うと、誠司は言ってしまった。地下室だからか、誠司が歩いて行く音が響く。そして―――
本当に、ひとりぼっちにされてしまった。
しーんとした牢屋と言う名の大分上等なお部屋の中で、私はとりあえず出口なんかあったりしないかなー、と思いながら辺りを見回す。いや、100%無いのわかってるんだけどね。一応ね、一応。
「…てか」
とさ、と私は畳の上に崩れ落ちる。もう、実は限界だった。身体中が痛いし、それとは別に、なんだか心臓が痛かった。きっと、まだショックから立ち直れていないんだろう。誠司とのいざこざでワンクッション置けたけど、意外に傷は深いみたいだ。
季節柄、ストーブが欲しい所だけど牢屋だけにそんなもんは無い。布団にテレビにトイレに水道にあるだけ贅沢な方だ。むしろ、住みたい。今の心境に、この部屋はぴったりかもしれない。薄暗くて、広いのに息が詰まりそうな感じ。
「……」
畳に、涙が落ちた。
もう、帰る場所が無いんだな、と思うと、改めて悲しくなって来た。
仕方が無く、という事で手放したならまだわかる。けど、いらないって。私は、
邪魔な存在なんだって、そう思い知らされると、辛い。
ぎゅう、と自分の身体を自分で抱き締める。誰かに守って欲しい訳でも無いけどさ、自分しかいないってのも…寂しい。畳に涙が染みて行く。心に何か真っ黒いものが染みてくみたいに。
…寂しい。哀しい。後…怖い。
寒いけど、布団を敷く体力も気力も無い。落ちて破れたままの服だから、寒さもひとしお。でも、このまま凍死したら楽になれるかな、と思った。
死んだら、お母さんに会えるかな。天国と地獄だったら、私どっちかな。8割方地獄かな。性格悪いし、親不孝だったんだし。そういえば、親より先に死ぬと賽の河原で石積みしなきゃいけないんだっけ?あれ?年齢制限あるかな?
―――おかしいの。
こんなに泣いてるのに、頭の中では馬鹿な事を考えている。それが現実逃避だと気付いた瞬間、なんとなく哀しみが2割増しになったような気がした。
まぁ、確かに逃げたいよ。ここからも、現実からも。私の居場所なんてどこにも無いんだから。
「…さみしい」
わざわざ、わかりきっている事を呟いた。言っただけ、余計寂しくなるのに。
涙は、まだ流れたまま。
お母さん…お父さん。会いたい。会って、抱き締めて、慰めて欲しい。ずっと一緒にいたい。叶う筈の無い夢を、見てしまう。実現する事は絶対に無いというのに。
そんなの、夢でしかないのに―――
…夢?
「夢…か…」
夢は、どんなに願ったって夢でしかない。でも、見る事は出来る。眠ってしまえば。ずっとずっと眠ってれば、夢を見続ける事は、出来る。
「…見たいな、夢…」
呟く。これは、実現可能な事かもしれない。何も出来ない私の、唯一出来る事。
会いたい。私の事、ずっと愛していて欲しい。そう願って、私は眼を閉じた。
元々色んな物が限界だったから、眼さえ閉じてしまえばすぐに眠る事は出来た。
―――おやすみ。お母さん、お父さん。
『許さない』
―――は?
突然そんな事を言われて、私は正にそう呟くしか無かった。ここはどこだろうか。見覚えはあるけど、全然思い出せない。眼の前の人にも、見覚えはあるような気もするけど…でも、やっぱり思い出せない。
『―――私の一番大切なあの子に―――慎吾に手を出させたら、許さない』
やっぱり、意味はわからない。誰だ?誰の事だ?少し虚ろな瞳で、私を見下ろす。大きな、大人の男の人。けど、ちょっと大き過ぎる。
…ああ、そうか。男の人が大き過ぎるんでなくて、私が小さいのか。
『葵には気を付けなさい』
だから、誰よ葵って―――あれ?これも、どこかで聞いたような。
違う。
私が望んだのはこんな夢じゃない。イイ年した大人に脅されるなんて、嫌だ。
どうして、夢の中でくらい幸せにしてくれないんだ。会いたいのに。お父さんとお母さんに会いたいのに。お父さん。お母さん…
「っ…」
目覚めると、なんか違った。さっきと違う。あったかい。あ、そっか布団で寝てるんだ。なんでだろう、やっぱり夢の続きなんだろうか?
「…お父さん?」
今までの事、実は全部夢だったのかな。実はお母さんが死んだのも夢だったりして。それにしちゃあ長いような気もするけど、でも昔中学高校合わせて26巻くらい続いたのに最終話で夢オチだったみたいな漫画あったなー…最近また中学から始まって…
「お父さん…」
ぼやけた頭と、霞む視界。自分の部屋よりも若干広いような気がするけど、気のせいかな。お父さんは振り向く。どこかへ行くのかな。仕事かな…
「…行かないで」
手を伸ばす。今行かれたら、何故かもう、永遠に会えなくなるような気がした。
そんなの嫌で、哀しくて、起き上がろうと思ったのに起きれなくて、だから、必死に手を伸ばした。
「行かないで…1人にしないで」
声は、震えていた。性懲りも無く、涙が流れた。
「…お父さん」
きゅっ、と私の手を握ってくれた。安心して、また泣いてしまった。もう片方の手で、お父さんは私の頭を撫でてくれた。
「おと…さん」
少し、不思議。略してSF。なんか、すっと心が軽くなったような気がした。
「まだ夜中ですから、寝ていて下さい」
「…うん」
そっと、お父さんが頬を撫でた。その手に触れる。もう片方の手も頬を撫でて、
どっちかというと顔を優しく掴むような形になる。
「―――おやすみなさい、千佐子さん」
そう言うと、唇に何か、触れた。あったかくて、柔らかい…あ、そっか。キスされてるのか…お父さんの挨拶はいつからアメリカ式になったんだろう?
少々の疑問も抱きつつ、安心しながらまた寝てしまった。
わかってるんだ、本当は。
―――これは、幸せな夢って事くらい。
「おはようございます」
「…痛い」
誠司に叩き起こされる。いい夢見てたのに…てか、布団で寝てる。という事は、
昨日、誠司がわざわざ来てくれたって事だろうか…だとしたら、なんか、その事について大変な事があったような気がするけど…なんだっけ。
「ほら、救急箱持って来てあげましたから…後、はい。早く用意して下さい」
誠司は不機嫌なまま、私にヤカンとタオルの入った洗面器と…うわ、なんかこいつ持って来たと考えるとやだなぁ…今日も寝てろって意味か?パジャマと新しい下着を渡された。
…ちょっと嬉しいな。お風呂入りたいけどまだちょっと痛いし…
「悪いね。じゃ、ちゃっちゃと済ませるから」
そう言うと、誠司は牢屋を出て行った。お湯を洗面器に入れて、水道水でぬるくして…
『まだですか?』
「早いわ!!」
あまりに急かす誠司に舌打ちしながら、身体を拭く。着てた服とスカートの間に下着類を挟んでパジャマに着替える。
「終わったぞー!」
「…そんな大きい声出されても困ります」
と、嫌味混じりに入って来た。そして。
「じゃ、僕も暇じゃないですからちゃっちゃと済ませます」
そう言うと、救急箱を開いて、せっかく着たパジャマのボタンを―――
「……」
「……」
誠司がぴた、と止まってしまった。ついでに、私も。昨日半裸見られてるのもあって、後、起き抜けってのもあって、まぁ、つまりなんのこっちゃというと。
「―――っ!!」
慌てて誠司から身体ごと顔を背ける。
そうです。ブラするの、完全に忘れていました。持って来て無かったってのもあるんですが。
とりあえず、昨日の着けてたブラを付けてから、治療再開。
『……………………』
お互い無言で、湿布張り替えて貰ったり包帯巻いてもらったりしていた。
恥ずかしい。恥ずかしい恥ずかしい。私の馬鹿。視界が霞んで来る。あああ、泣きそうだ。
「…終わりました」
その言葉を聞いて、私は会釈だけして後ろを向いてしまう。それからやっと。
「ご、ご苦労様です」
と、少し見当違いな事を言ってしまう。誠司は救急箱の蓋をぱとす、と下ろして立ち上がる。
「すいません」
と、何故か誠司が謝る。いやいやいや、これは悪いの、私だろ?
「い、いや、あの、あ、こっちこそ、ごめん、変なもん見せて」
乳、人に晒すの初めてだ。自分の身体に自信ある訳じゃないし、胸、不二子ちゃんより大きいのは確定事項だけど日本人で言うと標準?くらいだ。女の身体は25歳くらいまで成長するって聞いた事あるけど、お母さんのおっぱい思い出して、それは諦めた。
「…別に、変なものでもないでしょう」
半分呆れ気味に言う。後ろ向いてるから表情はわからないけど、予想はなんとなく出来る。
「そう…?ほら、あの、大してでかくもないし…」
…なにを言ってるんだ私も。あああああ、もうやだ。ここから別の意味で逃げ出したい。ゆっさゆっさ頭を振ると、誠司がぽむす、と肩を叩いた。思わず振り向いてしまう。
「あ、あのー、その、えと、あ、僕は小さいほうが個人的には…」
フォローなんだかどうだかわからない発言を。しかし誠司相手だとレアだ。
「…なんだよ、誠司、ロリコン?」
「違います!」
それは、一応即答するんだな…
「ロリコンじゃあ、ないです。僕はどちらかというと年上の方が…」
聞いてもないのに、誠司はべらべら喋る。大分どうでもいい話だ。
「そっか、下は39から上は98までか」
「なんでそうなるんですか!ていうか、そこまで行ったら100までにして下さいよなんだかモヤモヤします!!」
なんでそんな怒るかね…こいつ、店先で掛かってる額縁、ちょっとズレてたら直すタイプだな。
「なんだよ、そんな怒るなよ…」
「別に、怒っていません。ただ、僕はそんなに守備範囲広くありませんから」
ぷーい、と今度は誠司がそっぽを向いてしまう。愛い奴だな。
「ふーん、じゃあどんくらい?絶対ひとつ上じゃなきゃ嫌だとか?」
わかってて、からかう。守備範囲厳し過ぎだっつに。誠司が怒るのを待っていると…ん?いつまでも、怒らない。流石に完全に呆れられたか?でも、誠司ってそこまで冷静じゃない気がするんだけど…
「怒った?」
あっち向いたままの誠司の顔を覗き込む。が、また逸らされる。
「…誠司、ごめん、ごめんってばぁーあー」
ちくしょう、まだ身体痛いのに動かさせるな。
「ですから、別に怒っていませんっ」
ヤカンに洗面器に着替えに一気に持って、牢屋を出ようとする。
『…朝食、机の上に置きましたから』
出て、鍵を掛けてから、誠司が言った。なるほど、確かに。
『それでは』
冷たい声で言うと、誠司は行ってしまった。
昨日から何も食べていないから、すぐさま机に向かう。むほほー、むほほー、もひとつおまけにむほほー。ミルクのリゾットだ。うまそー。
「いっただっきまーす」
早速、ひと口。うめぇー。超うめぇ。伊藤バンザーイ。
ほくほく顔で朝食を楽しんでいると…誰かが、またやって来た。誰だろう?
「…食欲旺盛ですね」
嫌味を言いながらやって来たのは、またもや誠司。しかも、なんかカバン持って来てる。どういう事だ。
「まぁ、食べていて下さい」
そう言うと、私の布団の近くに座って、カバンから文庫本を何冊か取り出した。
「…なに?暇つぶし?」
「ええ、そうですよ、僕の」
そう言うと、私なんかそこにいないみたいな感じで本を読み出した。は?
「ちょ…なんで?なんでお前いようとしてるの?」
「いて悪いですか」
「いや、だって昨日8割方理想通りとか…」
どっか行く、1人になる、誠司の顔を見ない…自分で言っておいてよお。
「…貴方を1人にしたくないんです」
「なんでよ、どういう意味」
もぐもぐ、とそれでもリゾットを食べ続ける。
「別に、他意はありません」
本から視線を外さずに冷たく言い放つ。別に、いらんけどなぁ。
「…そ。私、食べたらすぐ寝るけど」
「寝てもいいですよ。今日は僕も暇ですからずっとここにいます」
ふーん、ご苦労なこって…って。
「はぁ!?」
「…大きな声を出さないで下さい」
「だっ…な、なんで!?悪いけど、お前それは一日完全に無駄にするって事だ
ぞ!?」
自分で言って悲しいけど、本当なんだから仕方が無い。こいつだってそう暇じゃない筈だ。それなのに、なんで?
「別に、無駄じゃありませんよ。僕がそうしたいから、いいんです」
「い、いやいやいや、余計わかんないって、なんで?誠司、なんで…」
「ですから、貴方を1人にしたくないんですよっ」
ふん、とまたそっぽ向く。
…昨日今日で、とりあえず、納得はしてないけど心の整理は出来た。でもって、
こいつは一応味方で、いい奴なんだ。きっとこの先お飾りだろうが当主になれば世話になるんだろうし。
…ぶっちゃけ、すっげぇ気ぃ使われてるんだなー…
泣いちゃったし、おもいっきり親に捨てられた訳だし、怪我もしたし。私は誠司に背を向けてしまう。
「別に私、子供じゃないからいいよ、そんなん」
「…昔よりも子供っぽくなりましたけどね」
ぺら、とページを捲りつつ呟く。なんだと、この野郎。
「お前、なんだよその言いぐ…」
…今、なんか聞き逃せない事を聞いてしまったような気がする。振り向くと、いつの間にか誠司はこっちをじっと見ていた。
「…昔…?」
どういう事?私は完全に誠司を不審者を見るような眼で見てしまった。
「はい、昔よりもです」
「嘘、まさか、お前らそんな昔から…!?」
「なんでそういう見方をするんですか…違います。あのですね、僕と母は、一度だけですが、とある人にこっそり貴方の家に連れて行って貰った事があるんです」
は!?嘘、覚え無いぞ!?…ああ、会ってないのか?
いきなりのカミングアウトでびっくりしながら、誠司を凝視する。が、誠司は自嘲的に笑って。
「僕、貴方と会ってるんですよ。母さん達が話をしている間、相手してくれて」 はぁあ、とこめかみを押さえてぼやく。すいません、完全に覚えていません。
どんなに考えても、私の記憶の中に誠司の存在はありません。ていうか。
「浩司はその時何してたの?もう身体弱かったの?」
ちょっと、気になったので質問。が、誠司は『うわぁ』って顔をした。そしてがっくり肩を落とす。
「…兄さんは、当時は身体は丈夫だったんですよ。でも、ちょうどその前日に3階のトイレの窓から落ちて、無傷でしたが大事を取って寝ていて貰ったんです」 どこかで聞いたような、そしてさらりと凄い事を聞いた。
「そう、そうなんだ…へぇ~」
とりあえず、そうとしか言えないよ。だって、誠司の事、本当に覚えてないから。あー、あーあ、誠司、なんか落ち込んじゃった。
「…そ、その時、あー、どんな事したの?」
「アパートの近くの公園で、遊んでもらいました」
完全に投げ遣り調で話す。あーあ、あーあ、今度こそ私、悪い事してもうた。
で、でも、なんで誠司が落ち込む必要あるんだ?
「僕は5歳で貴方は6歳で、貴方は歳の割に大人びていて、僕の面倒を見てくれて、あの、僕、貴方にもう一度会えるって、楽しみにしていたんですよ」
うわぁー…がっかりしただろうねぇ、覚えていないってのはまぁ、ちっさかったからともかく…あーあ、憧れのお姉さんと十数年ぶりの対面が、実の兄を殴り倒した瞬間だからなぁ。夢、壊してもうたな。
「がっっっっっっかりしたろ」
「…ええ」
憧れのお姉さんは、泣く、叫ぶ、暴れる、拗ねる、暴食、落ちるとやりたい放題。ドリームってもんは、見た時間が長いだけ現実見るとキツイからな。
「でもですね…」
「ん?」
誠司は、笑う。少し、どきっとするような、笑顔。
「今は今で、貴方が好きですよ」
「嘘だぁ!!」
…またもや、即答。いや、だって、こればっかりはちょっと…あの、人を地下牢ブチ込んでおいてアンタ、ちょっと…あ、でも誠司が落ち込んでる。
「…やっぱり、言わなきゃ良かった…」
はぁ、とふっかい溜息。あーあ、そりゃそうだろうな。悪いけど、誠司の事いい奴だとは思うけど、一度も恋愛対象として見た事は無いからさ。
「ていうか、なんでよ。お前、どこ見て好きと言えるんだ?ただ単に昔の私を美化し過ぎて、ギャップあり過ぎておかしくなったんじゃないの?」
「…そりゃ、貴方と再会して、失望する事だらけでしたよ。こんな酷い女性、見た事ありませんからね」
おうおうおう、好きだと言った割にひっでぇなぁ。やっぱ気の迷いじゃねぇか。
「…でも」
でも?なんだ?これ以上何を言いたいんだ?
「貴方がそういう行動を取る原因は、僕達にあったんですよね」
まぁ、確かにそうだけど…しかし、思えば色々やったなぁ…ちょっと遠い眼になっちゃうよ。
「…まぁ、でも…なんかもうどーでも良くなって来たわ。もう当主でもなんでもなったらぁ。あー、婚約者もいたな。明日にでも入籍するか」
もう、投げ遣りだ。もう私に残された道なんぞ、それしかないんだ。いーよいーよ、栄華の限りを尽くしてやる。が。
「…貴方、本当にそれでいいんですか」
誠司も、なんか私と同様疲れ切ったような顔をして言った。お前ももうどぉでも良さそうだよな。
「いいよ、もうどうでも」
「…本当ですか?言っておきますけど、その婚約者の方と入籍するという事は、子作りにも励むんですよ。貴方、好きでも無い人と出来るんですか?」
っうっっっわ。
そ、そうだ。確かにそうだ。誠司にしては下世話な話だけど、うわあああああああああああああああ、嫌だ。顔も名前も覚えてないけど、嫌だ。
「それは…あの、凄く嫌だ…」
正直に、前言撤回させていただきます。切り替えの早さに誠司に笑われた。でもって。
「でも、回避する方法があるんですよ」
―――なんだろう。今の、全然覚えてない人間と云々よりも、物凄い笑顔になった誠司の方が4倍くらいおっかなかった。
「―――という訳で、千佐子さんは僕と結婚します」
開いた口が塞がらないって、こういう事を言うんだなー、と思った。実際口ぱっかー、開いたまんまだし。
「…は!?」
大分遅れて、一先ず浩司がそう言った。だろうな、だろうな。私と誠司が結婚するって、例えるならば…うーん、思い付かない。けど、とりあえずありえない事だからなぁ。
誠司は私を抱き寄せると、浩司はともかく叔父さんに向かって、聞く。
「…異論は、ありませんよね。知らない人と結婚させるより、僕と一緒になった方が幸せになれますから」
しかし、血が繋がっていないとはいえ、なんか誠司と叔父さんの間には何かがあるような無いような…壁みたいなものがあるような気がするんだよなぁ。
「あ…ああ…うん、そ、そう…だよね」
うっわ、叔父さんガタガタだ。ちら、と誠司を見ると…顔が怖い。もしかして、
嫌いなのかね、叔父さんの事。
浩司も、叔父さんの方も気にしつつ、こっちを凝視してる。
「……」
少し苦い顔をして、顎で部屋から出ろ、的仕草をする。誠司は素直に従って、私を伴って浩司の部屋まで行く。戸を閉めて、浩司にしては珍しく鍵も掛けて、そして、言った。
「…誠司、それは同情じゃないんだよな?」
普段の浩司からは、想像出来ないような―――今だったら、ちゃんと誠司の兄に見えるような顔で、声で、そう言った。
「…はい。同情ではないです」
誠司も、真剣そのものだった。次に浩司は私の方を向き。
「お前は、結婚したくないからって、誠司を利用してる訳じゃないんだよな?」「いいえ、仰る通りです」
あんまりにも真剣に言うもんだから、正直にぶっちゃけた。そして同時にこの兄弟は崩れ落ちる。
「…ちょ、千佐子さん、それは言わないって…」
完全に脱力し切って、誠司はぼやく。浩司は顔面からすっこけている。
「おっ…お前はああああああああああああああああああああああああっっ…」
あーあ、そんな興奮しなさんなって。でも、仕方ないじゃん。
「だって、知らない奴と入籍するなんて死んでも嫌だもん。でも、誠司の事だって好きな訳じゃないし…第一、持ち掛けたのは誠司なんだから…とりあえず」
なんとなく。なんとなくだけど、嘘付いたらバレるような気がした。それでなくても、私は嘘がすぐバレるタイプだ。だから、浩司も巻き込む形で、イチかバチかで言ってみた。
「…あのさ、お前こんなんに本気なのか…?」
へなへなしながら、誠司に尋ねる。まぁ、そりゃそうだろうな。私だってまだ疑ってるもん。
「ええ、こんなんがいいんです」
うわぁ、誠司もこんなん扱いだ。私は苦笑しながら全然似てない兄弟を見た。
ていうか、本当に誠司、こんなんでいいのか?
「…別に、今は千佐子さんの望まない婚約を破棄出来れば良かったんですよ」
じーーーーっと誠司をみつめる浩司に、言った。
「まぁ、こんな人を好きになってしまったのは、本当にもう仕方が無いんですけどね」
行きましょうか、と誠司は私を手招きする。
「…がんばれよー」
完全にやる気無さそーな声で、応援してくれた。誠司もやる気の無さそーなガッツポーズで応えた。
浩司の部屋を出ると、誠司は少し足早に自分の部屋らしき所へ向かう。が、私はまだ杖つきだ。頑張って歩いていると、厄介な奴がやって来た。
「お、千佐子様。脱走失敗して誠司坊ちゃんにブチ込まれちゃったんだって?痛くなかったですかい?」
「だから、お前はどうしてそんなに―――」
―――あ。
ここで、私は何かが引っ掛かった。でも、何が引っ掛かったのか、わからない。
「?どうした?お前、そういえば杖も使ってるし…」
「…千佐子さん?」
誠司も、近寄って来る。なんだっけ、えっと、なんか、鈴原が、どうしたんだ?
鈴原…
「……悪い、お前、えと、下の名前、どっち?」
なんだか、支離滅裂な質問をしてしまう。
「は?どっちって…まず何と何で?とりあえず、俺の名前は葵ちゃんだけど」
―――葵?
そうだ。それだ。けど、なんで葵で引っ掛かったんだ?私は首を傾げる。
眼の前には、心配そうな表情の誠司と、鈴原。
「大丈夫ですか?やっぱり、無理をさせてしまいましたか?」
そう言うと、誠司は倒れそうな私を支えてくれる。
「なんだよ、お前具合悪いなら俺様に言っとけよ。ったく、信用ねぇなぁ」
鈴原も、今ばかりは冗談も言わずに怒ってくれる。大丈夫だよ。鈴原に気を付ける事なんか、何も無い。
一瞬そう思って、またなんでそう思ってしまったのかわからず、またくらくらして来る。あ、そうだ、どっちかって…
「2人共、『シンゴ』って名前に覚え、無い?」
唐突にそんな事を聞いて、2人共訝しげな顔をする。
「…SM○P?」
「…警察無線?」
完全に覚えは無いみたいだ。ていうか、その名前もどこから出て来たんだか。
頭がなんだかすっきりしない。
「まぁ、後で頭痛薬でももって来るわ。じゃ、俺は浩司坊ちゃんの所に行くから、
なんかあったら呼べよ」
そう言って、鈴原は行ってしまった。誠司は私の肩を抱いて。
「話があったんですけど…戻りますか?部屋に」
心配そうな顔をして、優しく言ってくれる。話?なんだろうか。私は首を横に振って、誠司の部屋に付いて行った。
「…さっき、どうしたんですか?」
お茶を淹れながら、誠司は聞いて来た。
「わかんない…なんか、急に…なんでかな」
理由が、本当にわからないだけあって…ちょっとおっかなくなって来た。私、電波系だったんだろうか。やっぱり、まだ現実逃避なんだろうか。
「…やだな、なんか怖いわ。」
昨日1人になった時みたいに、自分で自分の身体を抱き締める。寒気がする。
怖くて、俯いてしまう。馬鹿みたいに怖がってると、誠司が横に…それも、ほとんどくっついてるくらいの位置に座って来た。
びっくりしたけど、それだけで、何かをして来るって訳じゃないんだけど…で
も、やっぱり隣に誰かいるっていうのは…ちょっと心強い。
「貴方は、1人じゃないんです。安心して下さい」
…私の頭の中、見透かしたみたいに言う。それが少し嬉しくて、ちょっと…どころか大分恥ずかしくて、少しだけ離れてしまう。
「…意識してくれるという事は少しは進歩したという事ですかね」
誠司が、苦笑して言った。ぺち、と叩いてやった。あ、そうだそうだ。
「あのさ、話って、何」
照れ隠しと、本当に疑問だったので聞いてみる。誠司もちょっと忘れていたみたいであ、という顔をする。そして、小さな声で、言った。
「…こういう事、言いたくないんですけどね」
はあ、と溜息。どういう事?
「俄かには信じ難い話だと思います。出来れば、僕だって嘘だと笑い飛ばしたいです。でも…笑わないと約束して下さい」
ま、回りくどい…私はこの時点でうんざりしながら、約束はした。
「…父さんは、貴方を姪ではなく女性として見ていると思います」
―――え?
え?え?父さんって事は…あの、叔父さん…だよね?え?あの人?あの人が、私を…ですか?
「まぁ、信じ難いでしょうね。こういう事は」
うん、非常に信じ難いっす。馬鹿馬鹿しい話だ。けど、当の本人は大真面目。
なんだか否定するのがはばかられた。
「…気を悪くしないで下さいね。しかも、父さんは…貴方の母親を貴方に重ねて見ているようなんです」
誠司は、心底同情するような表情になり、そして、頭を抱える。こんな誠司を見てしまうとその考えを笑い飛ばす事が出来なくなってしまう。
「知っての通り、あの人は僕たちの本当の父親ではありません。でも、母さんや貴方の―――理佐子叔母さんとは旧知の仲で、父さんはずっと、理佐子叔母さんを好きだったらしいと、聞いた事があるんです」
…誰に?と聞こうとして、止めた。誠司の顔を見て、それは多分、誠司のお母さんからだったんじゃないか、と思ったから。即ち、叔母さんも、お母さんを重ねて見られていたんじゃないか、って。
俄かには、信じ難い。だって、あの叔父さんが。あの、一見脳天気でずっと笑っている、あの人が。
「あの人は、僕や兄さんを本当の子供のように可愛がってくれましたし、尊敬出来る人だと、理屈ではわかっています。けれど、あの人は、母さんを悲しませていた。そう思うと…」
はぁ、と深い溜息。
基本、こいつって頭がいい。結構気の付くタイプだと思う。だから、余計な事も色々考えてしまうと思う。
でも、子供って案外親の事わかるらしいからな。私はわかんなかったけどさ。
見てしまったんじゃないかなー、と。もしかして、叔母さんが泣いてるのとか。
早い話が、夫婦仲良くなかった、みたいな。再婚の割に。
「もしかして、父さんは貴方に手を出すかもしれない。そう思っているんです。
まぁ、とりあえず牽制球は投げましたけど」
牽制…ああ、結婚云々か。
「手荒な真似はしないと思いますが、父さんには気を付けて欲しいんです。勿論、
僕が貴方を守ります。だから―――」
「うわっ…!?」
凄く、必死だった。ううん、必死っていうより、あの、恐がって…?いるのかな。私を抱き締めるってより、縋り付く、みたいな。
…なんとなく、思い過ごしみたいなもんだと思うんだけどなぁ…だって、いくらなんでも歳も大分違うし、誠司もちょっと過敏過ぎだと思う。けど。
「…千佐子…さん?」
誠司の事、抱き締め返す。まぁ、勘違いするなよ?これはどっちかというと…家族としての気持ちの方が強いからな。
「ほれ、お姉ちゃんが付いてるから、大丈夫だよ」
誠司も、寂しいっていうか…1人が恐かった…ていうか、どう言えばいいんだろう。寄り掛かれるものが、無かったんじゃないかな。
父親も母親も亡くして、継父と上手く行かないで、たった一人の兄は病弱で逆に自分が守ろうとでも思っているんだろう。その上また私って荷物まで守ろうとしやがって。私より、年下のくせに。
「…千佐子さん…」
「お姉ちゃんとお呼び」
「あ、それは断ります。ていうか、さらっと恋愛対象から外させないで下さい」
割と、ちゃっかりしてやがる。こちらとしては出来の悪い姉のつもりだけど。
「わかったよ、叔父さんには気を付けるから。だから安心しろ」
ぽふぽふと頭を撫で叩く。少し、不満そうな感じで頭を上げる。
「…ですから、弟扱いは困るんです」
むっ、と割と歳相応の表情をする。あ、可愛い。いいなぁ、年下。誠司から離れると、置いてあったお茶(玄米)を取って、誠司に渡す。私も、一服。んまい。
「…好きです」
少し溜めて、誠司は言った。
「そ?なんか、改めて言われると照れるわ。私、そんな事言われるの、誠司が初めてだから」
「もてそうにありませんしね」
…その通りなんだけど、すっげぇむかつく。この野郎、仮にも婚約者になんて事言いやがる。
「そぉですよぉおおおだ。誠司さんはさぞかしおモテになったんでしょうね」
「ええ、モテますよ。この顔と外面の良さですからね」
い、言い切りやがった。うわああああああああああああ。私が口をぱくぱくさせながら誠司を見ると。
「ヤキモチですか?」
「ごめん、お前一回死んで?」
イイ性格してやがる。まぁ、でも、元気になったんなら…いいか。
「…しかし、この部屋落ち着くなぁ」
この館は洋風なのに、誠司の部屋は結構な和風テイストだ。惜しむらくは寝具ベッドな所か。
「いたいなら、いつでも…いつまでもいていいんですよ」
「あらら、それはどうも」
こたつの上に突っ伏して軽く流す。
なんだか、うやむやの内に和んでしまっている自分がいる。
「少しでも、落ち着ける場所が増えて行くといいですね」
「…まぁね。家、ここだもんね」
色々、受け入れちゃったけどまぁ、3年もいりゃ住み慣れた我が家になるだろ。
「そうですね」
みかんの薄皮をきっちり剥く誠司。私はそのまま食べる。
「父さんも兄さんも、意外にここに来る事多いんですよ。日本人だからですかね」
「…来るんだ」
うわー、叔父さん浩司誠司の3人で団欒かいな。
「来ますよ。まぁ、楽しいといえば楽しいんですけど…2人共勝手に棚を開けたり僕がいない間に入ってずっと寝てたり、日記とか見たりするのが…」
…あ、だから戸締り万全なんだ。ちょっとおかしいや。
「本当の家族になれますよ、その内」
誠司は笑って、そう言ってくれる。確かに、楽しいかもしれない。親1人子3人。こたつを囲んで紅白とか…お母さんが死んじゃってから、あんまりそういう事、してなかったからなぁ。
…誠司の話が全部本当なら、ちょっとイヤな関係の家族だけど。
いいのかもしれない。
「幸せに…なれるかな」
「なれますよ」
あったかい部屋。みかん一杯食べて、お腹もいい感じ。なんだか眠くなって来た。
「…誠司、私、ちょっと眠たい」
こたつを布団代わりに、寝転がる。
「…そうですね、僕も、少し」
誠司も、同じように寝転がる。見えなくなった。けど、足が当たった。面白半分に蹴ってやる。誠司が、やり返して来る。
「ふへっ」
つい、笑ってしまう。本当の姉弟みたいな遣り取りをして、寝ちゃおうか、という事になった時、邪魔が入った。ノックをする音。誠司が返事をして、鍵を開ける。訪問者は…鈴原だった。
「よう、持って来たぞ頭痛薬。後、朗報だ」
「…朗報?」
ずかずかやって来て、靴脱いで、堂々とこたつの中に入る。
「…おい」
「まぁ、聞いて下さいよ。俺なりに頑張ったんですから」
にこーーーー、と子供のような笑顔。みかんの皮を剥いて、3等分してから口に放り込む。こいつも大雑把だな。
「なんですか?」
「ん?ああ、さっきのシンゴの件。なんとなく気になったから屋敷中の人間に聞いてみたけど…一位がSMA○、二位が山城、三位が無線で次点で風見、実の祖父。まぁ、普通に考えて俺等と同じ反応だわな。祖父って言ったのは最近就職したばっかの、酒屋の兄ちゃんだから一応除外な。でもって、その名前で過剰反応したのが、2人いた」
なんか、色んな意味でありがとう。私はその2人が気になって、身を乗り出す。
鈴原は真剣な眼差しで。
「1人は、いとっち…あ、コックの伊藤千尋。もう1人は不二子ちゃんだ」
あらら、共通点無いなぁ。
が。
「2人共、聞いた途端に皿落として割ったり、いきなり殴ったりした」
「な―――!?」
誠司が、驚く。聞けば、2人共穏やかで、割合冷静な人間だそうで。確かに、聞いただけでそうなるとは…怪しい。
「な?おかしいだろ、2人共聞くと同時に後ろから抱き付いてほっぺにちゅーしたくらいで…」
『それだーーーーーーーーーーーーーー!!!』
真面目にアホな事を言い放つ鈴原に向かって、私も誠司も全力でみかんを投げる。ひとつは顔面クリティカルで眼鏡が吹っ飛んだ。
因みにそれをやったのはその2人だけで、反省して後全部は普通に聞いたそうだ。最初からそうしたれや。気の毒な2人だ。
早々に鈴原を追い出し、なんだか体力を根こそぎ奪われたような気分になった。
間も無くしてごはんの時間になって、食堂へ行くと、今日は浩司しかいなかった。子供3人の食卓だ。今日のメインはロールキャベツだ。しかし、ロールキャベツをナイフとフォークで食うってのは、なんか微妙だ。私が作る時はかんぴょう巻いてたけど、伊藤のはベーコンで巻いてある。
…この家に住んでる限り、料理作る事ってもう無くなるのかな。
考えながらも完食し、おなか一杯になって部屋に―――自分の部屋に戻る。
途中、なんか憔悴しちゃった感じの叔父さんとすれ違った。気の無い挨拶されちゃって、なんだか、本当に…そうなんだろうかと思ってしまう。
部屋に入ると、なんとなく鍵を掛けてベッドに寝転がった。
「…うううう」
不意に、誠司の事が頭に浮かんだ。
…なんだかなぁ。よく考えれば、結構イケてる、外面のいい金持ちの次男坊に告白されたんだよなぁ。
これがもし、全然私が普通の家の子だったら…駄目だ、想像もできん。
しかし、これって…酷い話なんだよな。誠司の方からとはいえ、利用してる事に変わりはないんだし。
誠司を好きになれれば、万事解決なのに、どうして誠司を好きになれないんだろうか?まぁ、日が浅いってのがあるだろうし。
一度会っただけの元婚約者と、紆余曲折あったものの現在は好きだと言ってくれる従兄弟。頭で考えれば、絶対に好きになるのは誠司だと思う。けど、私自身、
子供作成に励む云々よりもキスどころか男の人と―――
「…あれは、違うよな…」
誠司と―――男の人と、抱き合った。後、お姫様抱っこされた。乳も見られた。
相手は全部…誠司。あ、鈴原に押し倒された事もあったっけ?まぁ、除外除外。
意識は、してる。そりゃするさ。でも、わからない。きっと、近い将来、好きになると思う。誠司の事。きっと、私の事、大切にしてくれる。私も、大切にしたい。
誠司は、背負い込むタイプだから。それで、さっきだって結構、怖がって、私なんかに縋って来たし、私でいいなら、って思うし。
けど、今一生懸命探した『好き』の理由は、わざわざ恋人にならんでもいいんじゃないかって事だ。それは恋人でなくたって、家族でも友達でもいい訳だ。
…私、どうしたいんだ?
起き上がり、とりあえず誠司の事だけを考える。
好き、だけど、好きじゃない。けど、多分近い将来好きになると思う。だって、
誠司と結婚する事になったんだから。だったら。
ベッドから下りて、杖をつく。ゆっくり歩いて、鍵を外して、戸を開く。
…最終的に、結婚するなら…じゃあ、もう少し恋人らしくすれば、少しはわかるんじゃないだろうか。
なんとなく、そうすれば万事解決するような気がして、私は誠司の部屋へ向かった。
「いらっしゃいませ」
いつでも来ていいみたいな事言ってたから、本当に来た。誠司はちょっと驚いたような感じだったけど、嬉しそうにもしてたから、本当に好かれてるんだなー、
と思った。
「いらっしゃいました」
誠司は何か本を読んでいたみたいで、さっきのこたつの上にお茶と何冊かが置いてあった。どうぞ、と誠司はさっき私が座った場所に座るよう言ったが、私は入らなかった。誠司は気付かずに自分の場所に入り、すかさず私も誠司の横に座ろうとした。
「…狭いですよ?」
「うるさいな」
戸惑いを隠し切れない顔と、声。
「この場所が良かったんですか?」
「誠司の側が良かったの」
自分でも、思わずぞっとするような事を言ってしまう。誠司も、相手が相手だけにすっげぇ不審人物見る眼になってるよ。
「熱…は無いですよね」
「お前動揺してる?」
額でなくて頭のてっぺんに手を当てて熱をはかる。
「…千佐子さん、どうしたんですか?さっきから、少しおかしいですよ。」
首を傾げる。さっきから…ってのは、シンゴ云々か。確かに、これは私もおかしいとおもう。けど、本当にわかんないんだから仕方が無いんだよな。
「…そりゃおかしくもなる状況だとは思うけどな…まぁ、それはいいんだよ。それより、ちょっと聞きたい事があるんだけど」
やっぱり狭いし、近すぎるけど…まぁ、まぁまぁ。好きにならなきゃいけないんだから、まずは理解だよなぁ。
「あのさ、お前が私を好きな理由が知りたいんだけど」
じっ、と誠司を見る。誠司はキョトン、とした顔になるけど、次第に赤くなって来て、眼が泳ぎ始めた。
「…好き、だけじゃ駄目ですか…?」
誠司、頑張って視線は逸らさずに言う。すげぇ恥ずかしがってる。でも、疑問なんだよ。誠司が私みたいなもんを好きだって言ってくれるの、どうも信用出来ない。いや、信用出来ないってより…信じられない。真珠られない。
「駄目…だよ。だって、わからないから。私だよ?浩司だって、さっき…」
「兄さんの意見は、別にいいじゃないですか」
「浩司に言われたからじゃなくて、だから、ただ、私があの…私なんか」
結論を言えば、それなんだけどさ。
「…可愛いからですよ」
「うもごっ!?」
嘘だぁ、と言う前に口を塞がれる。今度こそ、嘘だ。あまりにも嘘臭い。
「いいですから、黙って大人しく聞いていて下さい」
せっかく説明してくれるんだから、と大人しくする。誠司は咳払いをして、真面目な顔になる。
「最初は、失望…というより、何がこの人をここまで変えたのかって考えるばかりでした」
「お前等だよ」
普通に言って頭をぐぐぐ、と下げられる。すげぇ重力in頭だけ。
「…悪い事をした、という自覚はありました。けれど、交渉した―――まぁ、父さんから聞いた話だと、家で…その、あー、あまり、幸せではないと、思って…」
んー、まぁ、そういう心配はありがと。おっきなお世話だけど。まぁ、いくら貧乏でも最近ちょっとすれ違いばっかでも、それでも、いてくれるだけで、私は幸せだったんだけどさ。あっちからは疎まれてたんだし。まぁ、これは環境と考えの違いだ。
「本当は、上手く説明出来れば良かったんですが、結局ああいう形にしかなれなくて…本当に…すいませんとしか…」
まぁ、さらった後に事情言われても絶対信じなかっただろうし…まぁ、これもすれ違っちゃったけど、私の為を思ってくれてたんだろうしなぁ。
私は、出来るだけ好意的に受け取ってる自分自身に少し驚いてしまう。ま、それだけ自分を守りたいんだろうな、というのもわかるんだけど。
「いいよ、過ぎた事は。それより、脱線してない?」
そう指摘したけど、誠司は首を横に振る。
「昨日も言い掛けましたけど、やはり貴方が落ちた時ですかね。頭が真っ白になってしまいましたよ。まあ、これは理由とは少し違うと思いますが」
まぁ…ね。アレは、正直見てた方も辛いだろうし。
「その後、貴方は身体にも心にも傷を負って、今まで溜めていたものが全て流出してしまったような…言ってしまえば、凄く弱そうに見えてしまったんです。今までは素手で熊でも倒せそうな勢いだっただけに」
言いたい事言ってくれるじゃねぇか。ちょっと不満そうな顔をしてやるが、動じない。
「…でも、熊が倒せそうな時の方が、嘘だったんですよね?」
―――う。
ずびし、とストレートに指摘される。別に、故意にそう見せてた訳じゃないんだけど。やっぱり、泣き過ぎたのが悪かったんだろうか。
「どちらかと言うと、貴方結構な寂しがりですよね」
…それは、どうなんだろう。自分の事、自分が全部わかっている訳じゃないから。それに、どうして誠司はそんな事思うんだろう。外れてる訳じゃないけど。
「僕は、貴方が悲しそうにしているのを見たくないですし、出来る限り幸せになって貰いたいんです。そして、出来れば貴方を守り、幸せにするのが僕でありたいんです。これが全てという訳ではないですが、大まかな『理由』です」
そう、誠司は言った。少し前までの、丁寧な割に気のちょっと短い坊ちゃん、という印象は無くて、寧ろ、凄くかっこいい…
「―――可愛いですねぇ、千佐子さん」
ボーっとして、なんだか身体中が熱くなってる私を見て、笑う。いつまでも呆けていたのが悪かったのか、誠司は眼を閉じて、ちゅ、と軽いキスをして来た。
「…馬鹿」
予想外過ぎて、そんな私が馬鹿みたいな言葉しか出ない。
どうしよう、嬉しい。誠司にかっちり口説かれて、嬉しがってる自分がいる。
やだな、簡単だ。私、すっげぇ騙されやすいタイプかもな。誠司が結婚詐欺だったら、暫く立ち直れそうもない。
「馬鹿…誠司の馬鹿」
さっきから、発した言葉の6割くらい、馬鹿だ。馬鹿は私だよ。
「馬鹿にもなりますよ」
ぽそ、と何故か寂しそうに呟く誠司。なんだか不安そう。考えてみればそうか、
私は未だ何も返事してないし、ときめいてる訳だけど、まだわかんないから。生殺しなんだよな…
はぁ、とお互い溜息をつく。
「ごめんね、もう少し、待ってくれる?でも、私、多分―――」
「嬉しい結果を待っていますよ」
もう一度、言葉を唇で遮られて、そう言われた。さっきので攻撃しなかったのいい事に、ちょっと調子乗りやがったな。
「…テレビでも、見るか」
恥ずかしくて、ドキドキして、こたつの上にあったリモコンを取る。チャンネルを変えるけど、見たいような番組は無い。
「なんか、面白いビデオとか、無い?」
「…そうですね、僕、金田一○介しかありませんけど」
「あ、見たい。誠司が見たいのでいいよ」
そう言うと、誠司はこたつから出て行く。ふと、リモコンがもうひとつあって、
それがDVDのものだと気付く。
「…へぇ」
貧乏だから、DVDなんてシロモノ、初めてだ。ちょっと適当にリモコンをいじると…およ、なんか入りっぱなしだな。なんだろか?
「千佐子さん、珍しい方にします?月曜日の―――」
「……」
誠司も私も、固まった。
入れっぱなしのDVDの中身は『美人教師・由愛子の淫乱性教育―戦慄の生徒17人レイプ・レイプ・レイプ―』だった。タイトル通り、これが浩司の言っていた『女教師が教壇の上で生徒17人にレイプされるDVDのヤツ』か。
「ちょ、な、何を…」
「何って、あの、えと、え…」
固まっている間に、始まってしまった。私は妙にムチムチした綺麗な女の人(多
分これが由愛子だろう)が気になる。ううう、胸、でけぇ。
「ち、千佐子さん、あの、止めましょう」
「あ、あの、み、見ようか?」
「はぁ!?」
おいでおいで、とリモコン2つをこたつの中に隠し、誠司を座らせる。
エロビデオ、見た事無いし、誠司がどんな趣味かもわかるかもしれない。まぁ、
興味本位だ。誠司はしどろもどろしながらも、今度は私と違う場所に入る。
…唐突に、婚約者とのエロビデ鑑賞会が始まった。
『あ、あああ、イクぅ、イクのぉおっ!!』
「う、うわああ、あの、誠司、あの、入るの!?あの、お尻って、入れられるもんなの!?」
「…僕に聞かないで下さい」
眼を逸らしながら、誠司はぼやく。
いやはや、すっげぇな、これ。本当に教壇上で生徒(って割には老けてる)にレイプされてるよ。ていうか、これ既にレイプじゃない気もするけど。
口から手からもう全部使って一度に5、6人は相手してる。周り囲んでるのが、
なんかアホみたいに見える。
「…うわあああ」
開始、まだ15分。後何分あるんだろ…誠司は黙ったままだし、私もほとんどうわああしか言っていない気がする。
結局、そのまま全部見てしまった。しかし、凄かった。最後には由愛子は身体中白くなってた。しかし、おっぱいでかかったな。
「…誠司、こういうの好き、なの?」
私の問いに、やっぱり、誠司は答えない。私も、どうしていいかわからない。
どうしよう、どうすればいいんだ?迂闊に動けもしない。
「あの、あ、私、あの、帰る…った方が、いいよ、ね?」
私自身、後悔していた。こういうの、一緒に見るものじゃないって。後、私も同じだ、許可無しに日記見るのと、一緒だ。馬鹿、本当に馬鹿だ。
「……」
無言で、誠司が私の腕を掴む。けど、私はおっかなくて、誠司の手を振り払ってしまった。誠司は、こたつから出ず、そのまま俯いてしまう。
どうしようもなくなって、私は逃げ出してしまった。
うわあああああああああああああああああああああああああ。
久々のお風呂の中で、私はそう言い続けていた。いや、心の中でなんだけどね。
ぬるめだから、傷にはあんまり染みない。が、今は胃とかの方がきりきり言っていた。
なんで、こんな事になったんだろう。興味本位でなんかすると痛い目にあうっていうのはよくある事なのに。
きっと、誠司怒ったな。寧ろ、また失望されたかもしれない。せっかく、好きになってくれたのに。まぁ、こんなアホな女だってのに早めに気付いたのはいい事かもしれないけど。
…しかし、金っていうのはある所にはあるもんだと、痛感した。
この風呂、私専用なんだもんな…結構広いし…自分の部屋に風呂とトイレがあるって、ここは旅館か、と最初は思った。風呂も、バスタブでなくてどう言えばいいものか…床がへこんで、風呂があるっていう、本当に旅館みたいな風呂。
最初か…逃げ出すって息巻いて、誠司も浩司も嫌いで、ホントは、不安で怖くて仕方が無かったけど…
こつこつ、とノックをされる。びっくりして『おゎいっ!?』と、返事なんだか叫びなんだかわからない声を上げる。
「え、な、だ、ふ、不二子ちゃん!?」
『僕です』
「僕さん!?」
いや、声でわかるけどさ。誠司だ。私は何故か手近にあったタオル(でかい)を身体に巻いてから、改めて返事をする。
「…さっきは、すいません」
とりあえず、謝った。誠司はこの場にはいないけど、コメツキバッタのように謝った。
『別に、貴方が謝る事じゃないでしょう』
緊張したような、声。どうしたんだろう。
「あ、謝る事、だよ。ごめん。ああいうの、反則だよ。ごめん。あの、あの…嫌いに、なった?」
怖くて、聞いてしまった。
なんか、すげぇ間。うわあああ、怖い。怖すぎる。絶対、あの番組の解答者、こんな気持ちだよ。
『…貴方こそ、僕の事、あの、軽蔑とか、してません?』
震えた声。なんと、質問を質問で返す司会者(?)。
「や、やだな、あの、誠司、聞いたの私だって。私、誠司を軽蔑なんてしない」 びしょっ、と真上に向けて水鉄砲を放つ。当然ながら、水は自分に降り掛かる。
やだな、いつの間に誠司に嫌われるのがこんなに怖くなってんだ?
まぁ、捨てられるって事の怖さは身に染みてるけどさ。
『そうですか。すいません、勝手にこんな所まで来て』
「え、ううん、いいよ、いいよ。よかったぁ」
うん、よかった、とりあえず最悪の事態じゃないみたいだ。誠司も、自分の方が罪悪感、感じてたみたいだし、嫌われた訳じゃ、ないんだ。
「……」
『……』
会話が、途切れてしまった。よく考えれば、こんな所で長話もするようなもんじゃないし、けど、でも、このまま別れるのも…うーん、どうしよう。
誠司も、もしかしてなにかあるのだろうか?
―――ふと、さっきまでの自分の事を思い出した。婚約者になったからって、利用したからって、無理に誠司の事、好きになろうとしてた。けど、今はどうだろう?いつの間にか、嫌われるのが怖くなってる。そういえば、さっきは何しに誠司の所へ行ったんだっけ―――?―――あ。
お互い理解する、という事にうってつけの言葉があるじゃねぇか。どうせ乳も半裸も見られた仲だ。日本語って最高だな。誰が考えたんだ『裸の付き合い』。
「…誠司」
『なんですか?』
誠司もどうすればいいのか迷っていたのか、先に声を掛けた私に嬉しそうに返事をした。
「あのさ、一緒にお風呂、入らない?」
こんなん言ったら、怒られるだろうなぁと思いつつ、それで怒ってくれて出て行けるならいいなぁ、という事も思ってしまう。来てくれるなら、それはそれで誠司がそんなに私が好きか、と、嬉しくなってしまう。が。
がらり。
「…早っ」
「詐欺…」
誠司が予想よりも早く服脱いで、腰にタオル巻いて入って着た事に対しての私の言葉と、多分、誠司のは…私が身体にタオル巻いていた事に対してだろうか。
「詐欺ってお前、ていうか、早いな、お前も」
「早いでしょう、普通そんなお誘いを受けたら」
完全に開き直っているのか、誠司は普通に桶でお湯を掬った。
「お湯、ぬるくないですか?江戸っ子でしたらもっと熱く…」
「お前、どこのじいさんだ。いいの、傷に染みるんだって」
精神的にはともかく肉体的にはゆったりしていたので、身体は結構良くなっていた。誠司がちゃんと治療してくれたのもあるけど。
「そうですか…そうですよね、すいません」
シャンプーとリンスを一緒に手にとって、がしゃがしゃ頭を洗い、ヘチマにボディーソープをぶっ掛ける。誠司は、意外とガサツな面もあると思う。
「別にどうでもいいんだけど…シャンプーとリンス一緒にするとあんまり意味が無いって、聞いた事あるよ」
なんだかこういう所を見ると、誠司も可愛く思える。
「そうなんですか」
全然、気にしてなさそうだ。こいつそのくせ髪の毛お綺麗だったような気がする。ムキ―。私は風呂から出て、身体を洗っている誠司からヘチマを奪い取る。
「背中、流してあげる」
「…あ、ありがとうございまいたったたたたたた!?」
がっしゃがっしゃ、と、少々力を込めてやる。あ、赤くなった。シャワーのコックを捻って、大分冷たいお水をぶっ掛ける。
「つっ…ぬああああああ」
泡が、一気に落ちる。頭から背中から、泡が落ちて行く。鏡にも掛けたから、ぐぬあああああああああ、と悶えている誠司の顔が見える。可愛い。
「…こっ…殺す、気、ですか…」
恨み節の入った誠司を無視して、私はまた湯船に逃げる。はぁ、と誠司は溜息をついて残りの泡をお湯で流した。そんでもって。
「失礼します」
静かに、誠司が湯船に入って来た。
…なんだか、凄く変な感じだった。
「…話、する?」
急に会話が途切れて、どうしようかと思って、そう言った。
「別に、無理してする必要はありませんし」
そう言うと、誠司は眼を閉じた。まぁ、そうなんだけどね。この、何も話さない状況が…全然重苦しくない。寧ろ幸せ。ずっとこうしてたいと…思ってしまう。
「…うん」
私も、沈んじゃいそうなくらいに身体を伸ばす。おっきいお風呂って、本当に気持ちいいな。
「色々落ち着いたら、どこかへ行きません?」
おい、さっきの言葉はどこへ行った。苦笑しながら、いいね、と返す。旅行なんて、全然行った覚え無いからな。誠司とだったら、どこでも楽しいかも。
「…千佐子さん」
「ん?」
誠司が、笑う。けど、今までと少し違う。どっちかって言うと、悪戯っぽい… く、と身体が引っ張られる感覚。それもそうだろう、誠司はいきなり私のタオルを―――
「ひゃ…!?」
慌ててタオルを取り返そうとするけど、そんなの、裸で誠司に突っ込むのに変わりないじゃないか。気付いた時には、誠司に抱き締められていた。
「ちょ、あの、せ、誠司、いや…」
「…嫌も何も、わかってましたけど、普通入浴に誘うって、無いですよ?」
きゅうう、とまるで私の身体を自分に押し付けるみたいに抱きすくめられる。
いや、あの、確かによく考えればそうだけど…でも…
「嫌なら、すぐ止めますけど。その代わり僕、三日は泣き暮らしますからね」
そ、それは、あのもう既に脅迫じゃ…でも、正直断っても私に被害は来ない脅迫だ。
「…第一、なんで自分の中のレギュラー物を好きな人の隣で見て、その後一緒に風呂に入らなきゃいけないんですか…」
誠司が抱き締める力をどんどん強くして来る。ああ、ナルホド。
「誠司、あの、発情しちゃったの?」
…言い方、ものっ凄く悪かったかもしれない。誠司はぺし、と私の頭を叩いた。
「しましたよ、ええ、大いにしましたよ」
さっきから、あの、当たってる。誠司の…うわああ。
「…由愛子?それとも…私?」
ちょっとテンパりながら、どえらい事を口にしてしまう。誠司は脱力して、私の肩に顎をのっける。
「あんまり、由愛子由愛子と連呼しないでいただけますか…そっちは、もう出してきましたから…」
「え?…う…ん…?」
言葉の意味を考える間も無く、キスされる。誠司の手が私の胸を包むみたいに触ると、なんだか鳥肌が立った。嫌なのか、そうでないのか、判断もつかない。
「やぁ…誠司…」
誠司が、私の胸を触っている。こんな事になるなんて、思ってなかった。誠司が、こんな事、私にするって…どこかで、ぶっちゃけありえないと思ってたし…「っ…や、やだ、誠司、誠司ってば」
もう片方の胸…てか、乳首を、口に含んだ。変な感触。唇だけで挟むようにされると、本格的にぞわっ、としてしまう。
「千佐子さん、痛いです」
いつの間にか、誠司の髪の毛を掴んでいたらしく、抗議の声が上がった。
「だ…っ、だって、こんな、の…」
おっかない。誠司と、いやらしい事のイメージが、理屈でわかっていても、どこか繋がらなくて、なんだか凄く悪い事をしている気分になる。
「こんなの?」
誠司が、少しからかうような声で、聞いて来る。その間にも、私の身体を逃がさないように押さえ、胸を揉み続けている。
「…嫌ですか?」
身体の奥が、熱くなって来る。誠司の手が身体を這い回る度に、怖いのと、少し物足りない、という気持ちが強くなって来る。
「千佐子さん、今なら土佐犬にも負けそうですね」
比べるモノが、違う気がする。意地悪だ、こいつは。元々だって、熊なんか倒せる筈が無いのに。それだって、嘘だって知ってる筈なのに。
「食べる量の割には、あまり出てる訳でもないですし」
「あっ…」
お腹を撫でて、耳元で『胸もですけど』と嫌味を言う。誠司の、ダイレクトなセクハラは、リアクションに困る。けど、とりあえず胸については由愛子を標準にされちゃたまんねぇ。
「…小さい方が好きだって、言ったくせに」
回らない頭では、この程度の返ししか出来ない。馬鹿丸出しじゃん、私。
「好きですよ」
笑いを堪えながら、言う。馬鹿にされてるよ、やっぱり。腹立たしい。誠司は私をお風呂の縁に座らせると、下から私の身体を舐めるみたいに見た。
「ただ、小さいからでなくて、貴方ですから、貴方の小さい胸が好きなんで」
かこーーーーーーーーん、と手近にあった桶で誠司の頭を思い切り殴った。お前、それは言い過ぎだろうよ。
頭を擦りながら、誠司は涙眼でこっちを見る。
「…容赦無いですよね、千佐子さん…」
「おうよ」
ふん、と誠司を蹴ってやる。
「今のは、僕が悪かったです」
すいません、と謝ってくれるのはいいけど…
「誠司…」
太腿を撫でながら、首筋を舐められる。ぞくぞくして、押し退けようとするけど、その前に唇は少し下に移動する。くっ、と胸を掬い上げると、赤ちゃんの如く吸って来た。
「あっ…待って、や、そこ、や…」
太腿を擦っていた手が、内腿に移動する。誠司の指が、触れる。
「やっ…あ!?」
逃げようとしたけど、下半身押さえ付けられてたから、そのまま寝そべってしまう形になる。当然、誠司に見せ付けるような格好になってしまう。
「やだ、や、誠司…!見ないで…」
「…嫌です」
即却下。誠司は脚を閉じないように手で押さえ付ける。明るい中で、私は全部、
誠司に曝け出す格好となってしまう。
「やだぁ…っ…」
恥ずかしくて、怖くて、涙が出て来る。誠司の顔が、見れない。そんな所、自分だってじっくり見た事なんか無いのに。
「っ…!」
つ、と、誠司の指が触れる。お湯かどうかはわからないけど、そこは濡れていて、簡単に誠司の指を受け入れてしまう。
「誠司、やめてぇ…こんなの、や…あっ…ああ」
指が、もう少し奥まで入って来る。
そう思ったら、指が、抜かれる。が、また。音を立てて、誠司の指が私の中を行き来する。
「あっ…あああっ!?」
不意に、誠司が口を付けて来る。自分でも、触った事あるけど、一番感じる場所。強く吸われると、誠司の指を締め付けてしまう。それがまた良くて、もっと刺激を求めてしまう。
「ふぁ…あっ…誠、司…い」
眼の前がぼやけて、明かりだけをみつめてしまう。自分の中から、お尻に伝うくらい濡れて、それが舐め取られ、また溢れ出す。
「いやぁ…」
快感に負けたくなるのと、恥ずかしいのとがぐちゃぐちゃになって、逃げ出したくなる。頑張れば、すぐ逃げれるようなもんだけど、力が抜けてしまって、どうしようも無い。
…嫌、じゃないんだけど、でも、やっぱり慣れてない?ようなもんなんだろうか。不意に、視界が暗くなる。誠司が、私を見下ろしてる。今、私はどんな顔をしてるんだろう。
「千佐子さん…」
ぎゅう、と抱き締められる。どうして?なんで、こんな怖いの?
「―――貴方を、誰にも渡さない」
そう、抑揚の無い声で呟く。声だけなのに、それだけで、抱き締める腕も、体温も、全てが怖くなった。
「や…あっ、放して、誠司、なんか、怖い…」
誠司が、どっかおかしい。それなのに、誠司自体が何かを怖がってるみたいで、
どうすればいいんだ。このまま、誠司の好きなようにさせれば、収まるのか?ていうか…
「渡さないって…誰に…」
誰にって…こんな私なんぞ欲しがる奴がいるのか?そういえば…誠司が言っていたような気が…―――あ。
「…叔父さん?」
もしかして、本当に、そうなのか?てか、誠司、心配性過ぎないか?
「誠司、そうなの?そんな、叔父さんの事―――」
抱き締める力が、緩む。慌てて誠司の顔を覗き見ると、茫然とした顔で、私を見てた。でもって、その呆然とした顔が、次第に悲しそうな顔になる。もしかして、本当に、確証があって…言ってたのかな。誠司がこんなんになるって、相当だと思うし。
「誠司、もしかして、何かあったの?」
泣く寸前くらいにまでなった誠司を、私は抱き締める。暫く震えていたけど、観念したように、ぽつぽつと喋り出した。
「―――貴方を地下牢に入れた後、父さんに、経緯を話しました」
うわ。忘れてたけど、私自爆したんだよな。道理で杖ついてたのに、叔父さんと浩司からツッコミ無かった訳だ。
「先に、貴方の怪我の事を伝えて、それから、説明しようとしたんです」
言いにくそうに、言葉を一生懸命選んで、誠司は言う。
「…その時、父さんは、確かに言ったんです」
誠司の表情が、曇る。じわ、と涙が浮かんだ。誠司が、泣いてる。それだけでも凄くびっくりしたんだけど、誠司が言った言葉に、もっと驚かされた。
「…理佐子に、何をしたって…」
誠司は、震えた声でそう言った。
叔父さんの様子は、尋常じゃ無かったそうだ。誠司の胸倉を掴んで、本当に、おかしくなったんじゃないか、と思うくらいの剣幕で。すぐ、戻ったそうだけど。
「僕は、ずっと父さんが何を考えているか、わからなかったんです。父は、ずっとお祖母さんに逆らっていたのに、お祖母さんがおかしい事くらい、子供だった僕にもわかっていたのに、でも、父さんはずっとお祖母さんの側に立って…」
誠司は、私にしがみ付いて、急に話が飛んでしまった。けど、誠司は大分興奮してしまっている。私は誠司を抱き締めて、とりあえず、全部吐き出させる事にした。
―――どうやら、誠司も、浩司も、ずっと、それこそ、このくそ厄介な遺言を残した前当主―――私のお母さんと、誠司達のお母さんのお母さん、即ち私達のばぁちゃんに虐げられていたみたいだった。
駆け落ちしたお母さんを、ばぁちゃんはずっと探していた。
その間、お母さんの妹の子供で、身体の弱い浩司と誠司は、ばぁちゃんに、絶対に当主にさせないと、必要の無い人間だと、言い聞かされていた。
ばぁちゃん―――てか、ババァに謂れの無い貶めを受ける度、具合が悪くなって行った浩司を、いつまでもババァに苦しめられる元の父親、母親を、誠司は小さい頃から守ろうとしていた。
けど、ある日を境に、父親も身体を壊し、亡くなった。
それから数年経って、今の父親―――叔父さんが入り婿としてやって来た。表向きは母親を守っていたそうだけど、逆らい続けていた元の父親とは反対に、言いなりとまでは行かないけど、意に添っていた。
それが、逆に自分達を守る為のものだと思っていたけど、今回の事ではっきりわかった。叔父さんは、お母さんを―――理佐子を自分の手中に納めたかっただけだと。そしてお母さんが死んだ今、私を身代わりにしようとしていると。
だから、そうなるより先に、誠司は私を手に入れようとした。好きだって気持ちはあるけど―――焦って、関係を持ってしまえば、既成事実さえ作ってしまえば、絶対に手が出せなくなると思って。
「…すいません。でも、これじゃ僕、あの人と何も変わらないですよね」
しゅん、となってしまった。本当は、叔父さんの事に気付きさえしなかったら、
お風呂の誘いだって受けなかったそうだ。もう少し、こういうのに疎そうな私が、
ちゃんと心の準備が出来て受け入れてくれるまで、待つつもりだったそうだ。
…つまり、誠司も、やっぱり浩司の弟で、私の従兄弟。ちょっと考え無しな馬鹿なんだ。まぁ、私なんかよりは、ずっと優しくて、同じくらい不器用な。
わかってた筈なのに。大切な人を大切にし過ぎて、自分だけが背負い込んでしまうって、わかってたのに。
―――誠司がこういう奴だから、私も、守りたいって、吐き出して、泣いて欲しいって思う。ここに来て、やっと、はっきりわかった。私、誠司の事が好きなんだ。必死になって家族を守りたいと思ってるこいつの事…好きになってたんだ。
「…?」
静かに、泣いている誠司を、私は抱き締めた。誠司は、そんな私に戸惑っているのか、わたわたして手や首を動かしている。
「…好きだよ、誠司。ああいう事しなくたって、私はもう、誠司のものだから」 そう、正直に自分の気持ちを伝える。ぴた、と無駄な動きが止まった。そして、
暫くそのままでいて、それからまた暫くして―――誠司も、抱き締めてくれた。
あー、すっげぇ幸せ。半端なく癒される。が、ひとつだけ、心残りが。
「…あのさ、しよっか?」
ぶっ、と誠司が吹き出した。まぁ、唐突っちゃぁ唐突なんだけど…あの、悪いけど、私だって、中途半端なままだし…せっかく、素っ裸同士なんだし…何より、
私も出来れば…誠司とのこう、確証が欲しいっつーか。ああいう事言った手前、なんだけども。
下を見れば、誠司のだって…あの、まだまだ元気だし。青少年の性欲をなめるなっつー話だ。ていうか、男の人のって、はぁー、こうなってるんだ。うわああ。
「っ…!?」
恐る恐る、触れてみる。熱い、大きい。こんなん…入る、んだよな。モザイク掛かってたけど、入ってたし。好奇心もあって、由愛子みたいに口を開けて…はちょっと怖いから、舌で突付いてみる事にする。
「っちょ…千佐子さん!?」
慌てて、私の頭をがっしと掴む誠司。手はいいのに口は駄目なんだろうか。
「せぇ…じ?嫌?」
なんか、物凄く焦った表情で、本当に舐めさせまい、としてるみたい。
「あ、あの、嫌、な訳は100ありませんけど、でも、千佐子さん無理をしていないですか?貴方、変な所で気を使いますし…」
…うわああああああ。誠司に言われちまったぁ。なんか、情けなくなって来る。
が、同時に大分嬉しい。大事にされてるなぁ、と実感してしまう。が、しかし。
「別に、無理してないよ。さっき、誠司同じ事してたじゃん。だから、私も」
がっしり掴む誠司の手をどけて、再度トライする。見るの自体初めてだけど、これ自身が誠司だから、不思議とそんな怖くはない。かと言って日常的に出来るかと言われても困るけど。今は、大分やらしい気分にもなってるからかな。
ちろ、と舐めてみる。しょっぱい…んだかなんだかわからないけど、味云々よりも…凄く『自分の意思でで男の人のを舐めてる』って事実が、どうしようもなくいやらしくて、恥ずかしい。舐めてるだけで、由愛子みたいに口いっぱいまで入れてる訳じゃないんだけどさ…
それでも、ずっと舐っていると、誠司のが私の唾液と、途中で誠司から出て来た(とりあえず精液じゃないそうだ)ので、ヌルヌルになって来た。
私も舐めてる事で興奮してきたのか、そっと触ったら、同じくらい濡れていた。
「…千佐子さん」
誠司が、思い詰めたような顔で、キスして来た。こう言うのなんだけど、お前私の数十倍は色っぽいな。ちょっとした嫉妬心を抱きながらも、誠司にしがみ付こうとする。けど。
「誠司?」
誠司は私の身体をひっくり返して、四つん這いにさせる。
「誠司、こっちがいいの?」
やっぱ、由愛子がちょっと頭にあるのかなぁ。まぁ、由愛子は最初こそこんなんだったけど、終いにゃもう様々な格好でブチ込まれてたけどな。しみじみ思う。
気配り上手の誠司は下にタオルを敷いてくれている。でも、そうするって事は、
やっぱり、後ろからするんだろうな…
「…痛かったら、言って下さいね」
ぐっ、と腰を掴んで、そう言ってくれる。でも、多分歯医者と一緒で途中で止める事は無いんだろうなぁ。
「―――っ…」
ゆっくりと、時間を掛けて、誠司のが私の中に入って来る。
…誠司の事、好き。だけど、そういうのとは別物で、なんだか怖い。自分の身体の中に、誰かを受け入れるってのは…
「っつ…」
眉を、顰めてしまう。ゆっくりだけど、やっぱり、痛いものは痛い。やっぱり、
後ろからよりは…真正面の方が良かったかもしれない。まぁ、後の祭だ。
「誠司…誠司…っ…」
名前を呼ぶしか出来なくて、でも、どこかで受け入れる事に慣れて来て、ひとつになれて嬉しいとも、思う。痛みの分だけ、なんとはなしに。
「あっ…うぁ…あ」
奥まで、行き届く。痛いのは痛かったけど、まぁ、余裕が全て無くなる程じゃあ、なかった。
「んっ…」
誠司が、両手で胸を掴んで来た。両方の乳首を、同じような間隔で摘まれると、
誠司のを締め付けてしまう。少し痛い。もう少しだけ、待って欲しい。
声の調子でわかってくれたのか、誠司はそれから動かずに、じっとしていてくれた。時折頭を撫でてくれたり、背中にキスしてくれたりした。
次第に、ズキズキしてた入口とかが、痺れるような感覚に変わって行く。はぁ、
と溜息をつくと、誠司がまたさっきみたいに胸を掴んだ。今度は―――
「あ…あぁっ…」
また、締め付ける。けど、今度は痛みは少なく、蕩けるような感覚がした。声も、甘ったるいものになる。誠司が少しだけ動いて、中を行き来すると、水音と共に、声も洩れる。少しだけ引き攣るような感覚も、快感の方が勝って、気にならなくなっていた。
「いっ…誠司、いいっ…あ…ああっ…ぅ…」
どうしよう、気持ちいい。誠司がする事、全部気持ちいい。ゆっくり、私の事気遣って、傷付けないように動いてくれる。嬉しくて、気持ち良くて、あられもない声を、上げてしまう。それが続くと、腕が身体を押さえきれなくなって、床に付いてしまう。
思い切りお尻を突き上げるような形になってしまう。
「―――て、いい、ですか?」
途切れ途切れに、誠司の声が聞こえて来る。私は頷きながら、また声を上げる。
いやらしい子だと、誠司は思っているだろうか。そんな事を思った瞬間、違和感を感じる。誠司の指が、お尻の―――
「え…やっ…やだ…あっ、そんな…」
お尻まで一杯濡れてたから、誠司の指も、割合簡単に受け入れてしまう。そんな所に入れた事が無いから、奇妙な感覚が襲い掛かる。また、きゅっ、て誠司のを締め付けてしまう。
「やだ…変、変なの…いやぁ…抜いて…」
じたばたするけど、誠司は一向に止めてくれない。
「いいでしょう、許可はいただいたんですし、僕の一杯締め付けてくれてるんですから…それに、入るのかと聞いてきたじゃ、ないですか」
くっ、と指を動かし、その度に私は締め付け、腰を動かしてしまう。いや、確かに聞いたけど、まさか、誠司―――
「今は無理ですけど…その内、試してみます?」
「ひぁ…あああっ!?」
もう片方の指が、感じる所を、痛いくらいに強く擦る。びっくりするくらい敏感になっている。お尻も一緒に弄られる度に、もっと快感を求めて、声を上げ、腰を振ってしまう。頭の中が真っ白になって、ただ、快感だけを求めてしまう。
―――最後は。
自分自身の大きい声と、自分の中で何かが弾けるような感覚。
身体中の力が抜けて、同時に物凄い眠気が襲って来た。ここがお風呂だって事も忘れて、私はそのまま意識を手放した。
『…お姉ちゃん、これ、あげます』
そう言って、誠司くんは私に摘んだお花をくれた。
『ありがとう』
お礼を言うと、誠司くんは真っ赤になって、とても嬉しそうに笑った。
『…誠司様、千佐子様…そろそろお時間です』
後ろから、声がする。誠司くんのお母さんと、一緒に来た人。
『鈴原先生、もうなの?』
がっかりしたような声で、誠司くんは言う。先生という事は、お父さんじゃあないんだろう。
『はい。そうです。ですが…私は千佐子様とお話があります。それまで、そこにいていただけますか』
『…うん、わかりました』
不服そうな顔。私は、その鈴原先生って人に、茂みの方まで連れて行かれる。
そして。
『いずれ、君は連れ戻されるだろう』
―――え?
意味が、全くわからない。言葉の意味が、理解出来ない。でも、鈴原先生は構わず、喋り続ける。
『そんな事はどうでもいいんだ。とにかく、葵には気を付けなさい』
―――は?
いきなりそんな事を言われても、凄く困る。誰、アオイって。
『葵は、私と違って賢い。だから、早い内に気付き、眼が醒めるだろう』
意味が、全くわからない。なにが言いたいんだろう。なにをしたいんだろう。
『そして葵は藤乃原の人間を、当主を―――君を憎み、そして、私を憎むだろう』
頭が、おかしいんだろうか。この人は。
『―――私の一番大切なあの子に―――慎吾に手を出させたら、許さない』
え?え?はい?誰?どなたですか?そのシンゴって。
『あの子は、私の掛け替えの無い存在だ。だからこそ、狙われる。だから、身代わりを用意した。だから、使うなら、その子を使いなさい』
その子?名前がその子?そうなの?
『いいか、その子は道具だ。その子は慎吾の事も、葵の事も全て知っている。君の味方であり、切り札だ。もしもの時は、その子を差し出せ』
肩を、掴まれる。怖い。この人、怖い。怖すぎて、私は声さえ出ない。
『―――その子の名前は―――』
最後に、それだけ言って、その人―――鈴原先生は笑った。この上ない、怖い笑顔で。怖くて、怖くて―――それから、記憶が無い。気付いた時には―――
「―――っ!!」
がば、と起き上がる。ここはどこだろう。ベッドの上で、私は寝ていた。
「っ…あ…」
ぼろぼろと、涙が溢れ、流れた。
怖い。凄く、怖い。
「っ…や…」
どうして怖いのか、まるでわからない。それなのに、恐怖で、震えていた。
「…どうしたんですか?」
不意に、横から声が掛かる。心配そうに、私の手を握る人。
「っ誠司くん!!」
ぎゅう、と私は、何故か誠司をそう呼んで、抱き付いた。そして、安心感からか、思う存分、誠司の胸の中で泣いてしまう。
「…千佐子、さん?」
戸惑いながらも、私を抱き締めてくれる。背中を叩いて、安心させてくれる。
…馬鹿みたい。自分より年下の奴に縋って、泣き喚いている。どうして怖いかもわからないのに。けど、これだけはわかる。
今、ここで、誠司が側にいてくれて、本当に良かったって。
「…懐かしい呼び方をしてくれたものですね」
泣き止んで、それでもまだ誠司にしがみ付いていると、不意に誠司が言った。
「え…っわた…し、変な呼び方…した?」
鼻を啜って、誠司の顔を見る。苦笑して、頷いた。そして、腫れた瞼と、唇にキスをしてくれた。
「なんでもないです。もう、これだから貴方を1人にはしたくないんですよ」
頭を撫でて、またぎゅっとしてくれる。心が、楽になる。けど、これだからって…どういう事だ。
「…まぁ、もうこうなった以上は言ってしまいますけど…昨日の夜、貴方が心配で見に行ったら、畳の上で寝ていたじゃないですか」
―――う。そういえば、そうだ。でもって、誠司が布団に寝かせてくれたんだよな…あああ、情け無い。
「それで、出て行こうとしたら、貴方泣いてしまうんですからね。言ってしまえば、僕の好きな理由はアレかもしれませんね、1人にしておけないって」
からかうように、笑いながら言う。うわああ…ん?という事は…
「誠司、もしかして、その時―――」
…キス、したのって、もしかしなくても…
「そうですよ。いいじゃないですか、バイト代ですよ」
そのバイト代という言葉に若干の不満はあるものの…そっか、あの時、私の事安心させてくれたの…誠司だったんか。
「……」
いいんだろうか、こうやって、誠司に甘えてばかりで。ていうか。
…自分、確か、風呂場で寝た筈じゃ…慌てて自分の身体を確認。あ、バスローブ着てるや。誠司、ナイス。
少し吹き出してしまいそうになりながら、またしがみつく。
「昨日、誠司のおかげで、安心出来た…本当に、ありがと」
その時に、わかられたのかな…寂しかった事…まだ、お父さんに縋ってた事。
誠司は私を抱き締めて、子供をあやすみたいにしてくれる。そして。
「寂しいの、嫌ですか」
そう、聞いて来る。私は、頷く。
「1人は、嫌ですか」
…基本的には同じ事だけど、まぁ、違う事でもあるから、頷く。
「…僕で、いいですか」
「誠司じゃなきゃ、嫌」
頷かず、そう、真正面から、言った。
「―――ありがとうございます」
それは違うんじゃないかなぁと思いつつ誠司は私を抱き締めながら横になった。
「…しっ…かし、これから、結構大変ですよ」
不意に、誠司は呟く。
「そうだろうな…」
ちょっぴしうんざりしながら、私も呟く。
「覚えなければいけない事、しなければいけない事、山程あります」
「苦労するだろうけど、教えてね」
…暫く間を置いて、はい…と死にそうな声で呻きやがった。まぁ、ちょっと考えれば誠司の気持ちも痛い程わかるけど。
「後、くれぐれも父さんには気を付けて下さい」
「…うん」
今度は、私が死にそうな声。嫌だなぁ、嫌だなぁ…この親子関係。
「あと…」
後はなんだ…これ以上がっかりさせないでくれよ…
「愛してます、千佐子さん」
そう言うと、キスしてくれた。
…こんちくしょう、嬉しい不意打ちじゃねぇか。
「うん、私も…私も、誠司の事…うん、まぁ、そうだよ」
「ありがとうございます」
変な空気が漂う。
「…ふへっ…」
「…あはは…」
つい、笑ってしまう。幸せで、嬉しくて、恥ずかしくて。
いつの間にか、怖いという感情は、無くなっていた。誠司がいてくれるから。
なんだかどえらい事を忘れているような気もするけど…気を付けるべき『葵』ちゃんとやらが奴である限り…まぁ、大丈夫か。それよりも、気を付けるべきは…叔父さん。
「…誠司」
「なんですか?」
「私と誠司で駆け落ちしたら、もう誰も追って来ないような気がしない?」
…なんとなく。
なーんとなく、言ってみた。
「…あまり、実の無い話はやめません?」
「そりゃそうだ」
はぁ、とお互い溜息。まぁ、いいや。誠司がいてくれるなら、どこでもいい。
1人にしないでくれるし、寂しくもさせないでくれる。ましてや、それが誠司様とあれば、怖いもんなんか何も無い。とにかく、これから大変なんだ。たっぷり睡眠とって、起きたら…
―――明日のごはん、なんだろう?
当座の悩みは、とりあえずそんなもんだった。
終