ていうか、あいつ嫌いだ。
男の癖に私より顔がキレイで髪がサラサラだし。
勉強出来るし運動出来るし、センスとか全然無いけど、もてるし。
性格イヤミの癖に人望あるし、家は金持ち。なんだこの完璧超人。
…ひがみなのか?と自分も思ったし、他人にも本人にも言われた事ある。悩んだ事もある。けど、今は―――というか、小学校2年生くらいでもう悟った。単純に嫌いなだけで、
あいつがブサイクだろうが貧乏だろうが、きっと変わらなかっただろう、と。
なので、一緒にいると精神衛生上悪いから離れようとしたんだけど…
なんか知らんけど、今度はあいつがわざわざ私に突っ掛かって来るようになった。
用も無いのにわざわざ寄って来てイヤミを言って来るし、変な技掛けてくるし…
あいつとは、ただ単に本当に相性が悪いだけじゃなく、きっと前世は巨人ファンと阪神ファンか源氏と平家かLAWとCHAOSか何かの、争うべき立場だったんだろう。
―――いや、ホントのホントに自分でそう思っていたんだけど。
「…?」
現在、時刻は9時43分。ドラマのちょうどいい所でチャイムが鳴った。イラっとしながら、覗き窓から来訪者の顔を見る。どうせ酔い潰れた工藤か、ケンカして来た三沢だろうかと思っていたけど、アラ勘違い。
「え?マジ?」
顔が引き攣るのがわかった。だってそこには、あいつが―――立てば悪口、座ればイヤミ、歩きながらのブレーンバスター、最早自分で何を考えているかもわからんくなるくらいに嫌いなあいつ、千田昌平の野郎が。
「すいません、どちら様ですか」
とりあえず、他人のフリをする。バレたら妹が来てるって事にしよう。
『…先に言っておくが、お前に妹はいない』
バレるどころの話ではなかった。
くそ、人の行動パターンとかも逐一読みやがって…私は負けたと思ったので、ドアチェーンは外さずに戸だけ開ける。あれか、何かの罰ゲームとかか?
「…なんだよ。これ以上は開けないし、入れんぞ」
こいつの性格を考えて、爪先も入らないようなくらいちょっとだけ開ける。
「ふん、俺だってお前の部屋になんぞ入りたくも無い」
「じゃあ帰れ」
そう言って、ばたん、と閉めてすぐに鍵も掛ける。ドラマは頼まれて録画してあるから、
テレビを消して寝てしまおう。そう思ったのに。
ぴんぽーん、ぴんぽ、ぴん、ぴん、ぴん、ぴんぽーん。
…千田の癖に、中々切羽詰った?状況なようで。私はちょっとだけ優越感を感じながら、
とりあえず『うるせー、死ね』と、メールを送る。すぐに返事。『黙れ、お前が死ね』。よ
っしゃ、私は更に返信『あーあ、傷付いた。せっかく入れてあげようと思ったのに』と。 送ってすぐに電話が掛かって来た。
『最初からそんな気も無い癖に言うな!!』
名乗らずに、怒った声で叫んですぐ切れた。ていうか、何がしたいんだこいつ。私は携帯の電源を切って、さっさと寝る準備に掛かる。が、またチャイムが鳴る。くっそ、こっちも電源切ったろかと思いつつも、ここまでしつこいと気になって来てしまう。
「用件だけ言え」
根負けして、私はさっきと同じだけドアを開いて言った。
「お前は来客に対して」
「閉めるぞ」
まずイヤミかよ、と思ったけど、こっちが今は上なので、強気に被せる。珍しく悔しそうな顔をしていた。
「…入れろ」
「断る、嫌だ、絶対に嫌だ。死んでも嫌だ」
即座に断る。ふざけんなバーカ。なんで嫌いな奴を部屋の中に入れなきゃいけないんだ。
まあ、こいつが私に何かする、というのはプロレス技かイヤミ言うかくらいで、なんつーか、ホレ、そういう事したいってのは、限りなくZeroどころかマイナスだろうけど。
うう、なんか一瞬そういう『へっへっへ、もう逃げられないぜ』『きゃー、いやー、おか
あーあさぁーん』『観念しなー』『ああぁ~…』ぽと。(←椿かなんかの花が落ちる音)…と
か想像して、マジ寒気がして来た。自分の想像力の貧困さにも泣けて来た。
千田は私の顔を見て、やっぱり同じような想像をしたのか顔を引き攣らせながら。
「安心しろ、お前をどうにかするくらいなら工藤をどうにかする方がまだいいしい楽だ」「…どの工藤だ」
因みに、工藤は三人いる。
「三人全部だ」
「ハゲて死ね」
ばたん、と閉める。もう開ける気は無い。けど。
「―――っ!?」
ドアを開ける音。
しまった!鍵忘れてた!でもドアチェーンが、とか油断していたら相手の思うツボ!!「…俺を入れんと、借金取りの真似事をするぞ」
この野郎、何が目的かは知らんが強行手段飛び越えて脅しに掛かってキヤガリマシタ
ヨ!ていうか、ここまでアレだと、なんか必死に見えて来る。とりあえず趣味の悪いグラサン掛けて発声練習してやがる。
ま、こいつは本気で私に何かしようとかは無いだろうしな。いやいやホント。
物凄く嫌だけど、恥をかくくらいなら、と私はこのバカタレを部屋に招く事を決めた。
「さて、なんの用だ。すぐ死んでくれるとありがたいけども」
「お前が先に死ね」
ふん、とでかい態度でそっぽ向くけど、なんとなく若干いつものキレが無いような気がする。とりあえず何か飲み物でも…
「冷えた豚汁と水道水、どっちがいい」
「あっためろ」
ツッコミは一応機能している。若干、震えている…のか?本当に、犬猿どころか軍鶏VS
軍鶏みたいな関係の私の家に来るって、本当にどういうつもりなんだか。とりあえず、指差して笑うのは、もう少し情報入手してからだな。とりあえずは油断させるか。
「ほれ、生ぬるい豚汁」
あっつあつにしては、逆に罠かと思われる。なので、中途半端に油が浮いてぬるい豚汁を湯飲みに入れて渡した。イヤーな顔しながら、でも一応飲む千田。ほっと一息ついた所で、湯飲みを机の上に置いて…なんか、急にいつもの横柄なオレ様千田に戻る。
「よし、出てけ」
私は改めての挨拶代わりに玄関を指差す。が、千田は動かない。
「ふん、相変わらず礼儀がなってないな。この俺がわざわざお前の掘っ立て小屋に来てやったんだ。丁重にもてなせ」
…やっぱ、こいつにいつものキレは無い。ボケが甘い。ここは掘っ立て小屋じゃない。立派な賃貸マンション、しかもこいつの親の持ちもんだっつーのに。
普段の千田なら、こういう細かい所で突っ込まれるようなボケは放たない。因みに、なんで私がこいつの親のマンションにいるかっていうと、こいつの親とは仲良しだからだ。 まあ、実家近いし、親の前じゃ千田もいいこちゃんぶってるから、それに乗って仲良しでいると物凄い形相で千田が睨んでくるから面白くて面白くて。
結果『貴枝ちゃんがお嫁さんになってくれればいいのに』と言われている現在。
…おばちゃんには悪いけど、それは多分無い。ま、それはさておき女の子のひとり暮らしはこのご時世危ないという事でイイお値段で部屋を借りている訳だ。
で、こいつなんだけど。
「お前、おばさんに言うぞ。このマンション掘っ立てとか、夜這い掛けに来たとか」
あまりに私に優位過ぎる状況で威張ろうったって、土台無理な話なのに。やっぱおかしい。ここはひとつ、大人な私が降りてやるしかないのだろうか。
「…ふん、俺がお前を夜這いだと?」
「うん。変なグラサン掛けて、私がお前に借金してるって嘘言いふらすとか脅し掛けて部屋に入って来るって…立派に親御さんに言える」
だから、馬鹿だなあ。問題はお前の気持ちじゃなくて、歪曲も何もしていない事実を伝えられた側がどう思うかって、今は思い付かないのか。
「―――もう。まあいいや。馬鹿話は後だ。用件言え。今からスーパー真面目タイム。茶化しは無し」
これ以上はもう、ただの繰り返しになる。有益な情報も手に入らない。私は姿勢を正して、千田の顔を見る。千田もスーパー真面目タイムと聞いて、ようやく我に返る。
「…お前、霊とかそういうの、信じる方か」
お前、宗教走ったんかい。と、すぐさま口をついて出そうになったけど、止めた。なにせ今はスーパー真面目タイム。元はスーパーのタイムセール品を両方のお母さんに買って来いと言われ、その時だけは争いなしで協力し合う時の言葉だったんだけども。
「…私は、そういうの感じた事無いけど…信じるかっていったら、ちょっと信じる」
ちょっと、と、親指と人差し指をくっつけて、1cmくらいだけ離す。ほっ、と千田は安心したような顔になる。
「―――工藤の新居、行ったか」
「え?うん、行った。高校ん時から住みたいって言ってたし。自分らがゲットするまで場所とか教えてくれなかったから、興味あったし。あそこいいよね。すっごい住みやすい」
でも何故か、そこには工藤の内2人しか住んでいない。別にいいんだけど。
はん、と、なんか鼻で笑われた。スーパー真面目タイムなのに、カチンと来た。私は千田を睨んでやる。けれども意に介さず。
「―――ふん、やはりな。お前みたいな鈍い人間にはわからんか。工藤達もお前レベルだからこそ、あんな所で住めるんだろうがな」
「そんな事より、お前が言うと工藤が結婚したみたいだな」
わざと、話の腰を折る。先にルール違反したのはそっちだ。商談not成立だ。
「で?鋭い千田様はなにがおわかりになったんですか千田様。ご自慢が終わったら早急にお帰り下さいな」
べー、と舌を出す。ホントにこいつ嫌い。ていうか工藤も水沢もなんでこいつとつるんでんだかわかんない。まあ、あいつらもお世辞にも性格がいいとは言えないけどさ。
「…つまりだな、俺はお前と違っ」
「寝言は寝て言え、この珍滓が」
つまり、の時点で被せてやったわ。
そして、ルール違反は見逃してやる。こいつ、おかしい。支離滅裂にも程がある。同じ事を短時間に何度も言いやがって。もう本当におかしい。
私は冷蔵庫に走り、中からマヨネーズを取り出し、蓋を開けて顔に突き出す。
「単刀直入に何があっただけ言えええええええええええええ!!」
「工藤の家でめっちゃ怖い幽霊が出てこっち向かって来たんで逃げてきましたああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」
眼球に刺さる勢いで突き出したのにマジビビリしたのか、絶叫してくれた。
そして、今がチャンスと思い、私はマヨネーズの蓋をしめて、指を差して。
「っはん」
と、鼻で笑った。
けれども、一旦その恐怖っつーの?開放してしまったらもう抑え切れなくなったのか、私の嘲りをスルーして、顔をみるみる青褪めさせて変な動きをして語り始めてしまった。
「だからな?カラオケ行って遅いから工藤ん家呼ばれて、コンビニ新商品祭しようって話でさ。俺は普段そんなコンビニのもんなんか食べないだろ?もうすっげぇ食いたくて、そんでもって家入った瞬間だよ、なんか、首がそこまで曲がっちゃいけないだろ確実にってくらい曲がってスーツで血塗れの頭髪の不自由な30代から60代のオッサンが、俺の方だけ見て、眼が合ったら一目散に追いかけて来て、俺、全力で走って全力疾走して、気が付いたら、その…ここに」
ガクガクと変な動きして、大分変な日本語で状況説明してくれた。
「あ、だからさっきからお前のコートに血ぃ付いてたんだ」
「ひぎぃいいいぃぃいっ!?」
「わ!?」
明らかにウソ丸出しなのに、変な喘ぎ声みたいな叫びで私に飛び掛って来た。重い。抱き付くな。ていうか、本当だからすげー怖い。コートの肩付近に血の手形がべっとりと。いや、気付いたのはついさっきなんだけどさ。
「っ、う、うううう、ウソ、嘘だろ!?」
「いや、あの、嘘だったらよかったよね」
…これ、工藤達と千田の壮大なドッキリならいいのになあと思いつつ、私はとりあえず千田のコートを脱がせる。そして。
「捨てて!捨てて棄ててすててえええええええっっ!!」
見た瞬間、また大パニックを起こす。とりあえず、私は玄関まで飛んで行って、丸めて外に置いておく。このコート、千田はもう着ないだろうな。私欲しかったから、血ぃ取って塩撒いてから着ようっと。
玄関を閉めてしっかり鍵を掛けて、ついでに、そこらにあった水沢から旅行の土産で貰った変な魔除けの人形をドアノブに引っ掛けておく。ストラップ付きだから、多分こういう時の為にあったんだろう。ご利益無くて、もしえらい目にあったらその時は化けて出る。
くっそ、嫌がらせか。戻ったら千田は小鹿のようにプルプル震えやがってた。
「…ほれ千田、もう大丈夫だから。水沢の協力もあって多分奴は入って来れない」
とりあえず、水沢の名前出しときゃ大丈夫だろ。あいつ素で霊丸とか廬山昇龍覇を撃て
そうだし。
「ほ、ホント?じゃあ、俺生きたまま脳ミソ弄られて情報搾取とかされない?」
「…お前から有益な情報出ないから大丈夫だっての」
はあ、と溜息をつく。こいつ、恐怖のあまり普段のうっすい殻が完全に剥げ落ちてやがる。ていうか、もしかして。
「泊まる気?」
「―――さて、彩川。お前俺に言う事があるだろ?」
視線で気付いたのか、うっすい、ぺっらい、いつもの殻をようやく被って、若干まだ青褪めながらもいつもの千田に戻った。ていうか、言う事とは?
「ヘタレ」
「…違う。この俺がここまでお膳立てしてやっているんだ。馬鹿なお前でもわかる筈だ」 いやいやいやいやいやいや。
いや、本当にわからないって。どういう事だ?そんな事より、明日休みとはいえもう眠くて仕方ないんだけど…
「あの、もう寝るからさ、頼めないんなら家出すよ?お前は本当にいいとこのボンボンの癖して礼儀がなってないよな」
「…彩川、お前俺が好きだろう。受け入れてやるから告白してもいいぞ」
びしっ、と、なんかキメやがった。別の意味でもキメてやがるな。恐怖で。
「あのさ。お前はもう、泊めてやるからそこで寝ろ」
もう、疲れた。本当にこいつ嫌い。どうしてこんな自信過剰でアホなんだろ。こんなやつ好きにはならないっての。
「ベッドよこせ。後、流すな」
「…流しもするわ。な、千田」
こういうのだけは、こいつは本気でわかってなかったとしたら今後も大変だろうし、そうでなくたって凄く不愉快になったから、言う。
「…お前、人に―――私にものを頼むのが嫌だからってそういう事言うんだろうけど、それって凄く嫌だ。仮に、本当に仮に、百歩譲って仕方なく、仮定として言うけど、私が本当にお前を好きだとしても、そんな事言われたら嫌いになる。それに」
珍しく神妙に、黙って私の話を聞いている。
「それに、なんで今この状況でそういう事言うんだよ。これで付き合う事になったら、一緒の布団で寝られるから怖い思いしないで済むってか?」
…千田との口喧嘩は、大抵お互い捨て台詞を言って別れて終わる。だから。
「―――」
息を飲む音が聞こえた。
私は言うだけ言って、寝室に向かう。付き合いが長いんだから、私がもう話を一切する気が無くて、寝るのだってわかった筈だ。
顔も見ない。どんな表情してるかも考えない。私はこいつが大嫌い。
静かに戸を閉めて、一気にパジャマに着替えて、布団の中に潜り込む。何も考えずに眼を閉じる。元々眠かったから、すぐに寝れそうだ。けど。
戸が開く音。しまった、また鍵忘れてた。ぱっ、と、電気が付く。ひた、ひた、と、力なくこっちに近付いて来る。というか、これ例の悪霊だったらどうしてくれる。水沢超ご利益無ぇ。今度会ったらボコってやる。それより、今日この事態が既に悪夢みたいなもんだけど―――
「…ベッドよこせ」
「断る。床で寝ろ」
千田は人の話も聞かんと、人の布団の中に入って来ようとする。私は壁側を向いて、意地でも顔を合わせようとしなかった。
「彩川」
無視する。無視無視。こんな奴、もう知らない。私は何の反応もせずにただ、眼を閉じて意識が落ちるのを待つ。けど。
「…俺は、お前が好きだけど」
割と、嫌じゃなかった。さっき想像したのに、あいつが驚いて私に抱き付いて来た時だって、嫌悪感はそれほど無かった。思っていた悪寒なんか何も無くて、今だって触られているのに、ていうか一緒の布団に入っているのに、嫌だとは思わない。
多分、きっとこいつがようやく折れてしまって、今の言葉込みでなんだろうけど、それでも不思議。
「お前がさっき言ったみたいになんか、思ってない。それだけは訂正させろ」
千田は細い。身長は私より5~6cm高い程度。体重はきっと私が重い。私のが食うし、
どう見たって千田モデル体型だし、きっと私の手首の方が太い。
嫌い。だって、いつだってこいつはイヤミで馬鹿で根性悪で、そうだ、プロレス技だってしょっちゅう掛けて来るからこんなに近いのなんて大した事じゃない。なんでこいつの手、こんなに大きいんだ。後ろから抱き締めて、人の手首握るな。
「…お前、何キロ」
「聞くかそれ。お前より重いわ」
またイヤミかよ。ふざけんな、この期に及んで一人になりたくないくせに、イヤミだけは言うのかよ。ていうか、やべえ喋っちゃった。無視する気だったのに。
「普段からそれ言ってるよな。悪いけど、俺お前より多分10キロは重いぞ」
「―――へ?」
へ?と言ったはいいものの、千田の野郎もそれ以降は黙ってしまった。
今日は少し寒いし、こいつがくっついているとあったかい。けど、これって問題だろ。相変わらず私の手首を掴んで、がっしりとくっついたまま離れない。くそ、足くっつけんな鬱陶しい。
「…嫌がらんのか?」
「嫌がったら出てってくれんの?」
いつものような軽口。違うのは、こんなにくっついているのに、技を掛けられているでもなし、イライラした感情もなし。
「流石に、お前が泣き叫んだら引き下がるしか無いだろ。なんでお前は無反応なんだ」
馬鹿にしたような口調。すん、て音。後頭部に鼻くっつけやがった。びくっ、とした。「あ、なんか、嫌だ」
今までのはまだいい。けど、今みたいな匂い嗅がれるとか、それはちょっと。
だって、それってちょっと違う気がする。
「今更それって何だ。止まるか」
「―――あ、あ?」
びく、が、ぞわ、になった。なんて事すんだこの馬鹿、人の首の裏―――えと、うなじに口付けやがった。抱き締める力も強くなった。
「普通、嫌いどころかちょっと好き程度でも、こんなんなったら何がしかの反応するだろ。
倦怠期の夫婦か、俺らは」
「…間柄としては近いかもなあ」
付き合い、ホント長い。でも、ケンカばっかしてて、こいつは組み技が得意になってって、私は殴る蹴るが得意になって、幼稚園から今まで、なんでかずっと一緒で、でも、ずっと嫌いだったし、今更―――ああ、本当に今更感丸出し。
「今更だよ。今から関係変わったら、きっとしんどい」
すとん、と、はまったような気がした。うん。きっとそうだ。
「…私、ずっとお前が嫌いだと思ってここまで来たんだ。急にそんな事されたって、本当に今更だよ。しんどい。お前とはずっと嫌い同士でいいよ。その方が」
…楽しいし、心地好いし、楽だ。
なんだかんだ言って、嫌いだけど、わかってる。そんなの最初から知ってる。千田といる時が一番楽しい。嫌いだけど。だから、別の関係になんて今更なれない。それに。
「ごめん。わかんないんだ本当に。気が付きゃお前とばっかいたから、私に好きとかそういうのはわからない。恋とかした事無いんだよ。だからやめとけ」
ぺし、と、手を叩いてやる。
一応、自分としてとても納得出来る断りのお言葉を、出来るだけ真摯に伝えた。千田だ
って馬鹿じゃない。むしろ頭いい。だから、きっとわかっ―――
「―――っ!?」
胸。おい。胸、胸。何触って、しかも揉みしだいてくれてやがりますかこの野郎。
「ちょ、おま、聞いてなかったのか?さてはお前寝てたのか!?わかってくれてんだろ?お前はいつだってわかってんじゃんか!」
「だから、ここまで来て今更だと言うとろうが!それにな、お前は俺がずっといたから恋愛がわからんと、馬鹿丸出しな事を言ってるがな、いいんだよそれで!これからわかれ。俺はずっとお前といるからな。この俺からここまで言われて、まだ何も思わんというか、この罰当たりが!!」
…硬直は、する。だって、こいつ馬鹿だ。あまりの馬鹿っぷりに逆に引くわ。ナニコノ永久ストーカー宣言。男のヤンデレってただの犯罪者か801のどっちかだって誰かが言ってたけど、こいつは正にそれじゃんか。
「ば、罰当たりって何…やだ、やだやだ、やめて、やめてって」
急に、怖くなる。怖い。さっきの千田みたいに、パニック起こしそうになる。さっきはあんなに怖がっていた癖に、忘れたみたいに私の事性的に抱き締める。
「いいから、観念しろ。お前の相手は俺しかいないし、逆もまた然りだ。どうせ近い内にこうなっていた。その時が今来たと思え!」
せ、説得力のカケラも無ぇ!お陰で怖さが持続しねぇ!ていうか、マジ?私、マジでこいつに犯られるんか!?
「い、いやいやいや、お前、実はまだどっか変なままだろ?私だよ?勃つんか?勃たんだろ?いやホン―――」
イヤホン?
…自分で言って、本当に何を言ったのかもわからなくなった。
今まで、なんとか、抱き締められながらも後ろを向いて抵抗していた訳だけれども、いとも簡単に転がされて仰向けになってしまう。思わず瞑っていた眼を開いてしまって、そしてその目の前にはいつものように人を見下して笑っている千田。
ホント、こいつキレイな顔してる。ちっさい頃は女の子によく間違われてた。成長した今は、女に間違われるなんて事は当然無いけど、線は細くて、でも実際に女装でもしようもんならホンモノ臭く見えてしまうだろう的な感じで、なんていうか。
…だから、あの、性的なモノは感じなかったというか、それなのに。
私の手を取って、あろう事か、友だちんこをしよった。いや、それって普通笑うか怒るかドン引くかなんだけど、なんで、私、どうして。
「充分、勃っているだろう。満足か?」
「う、あ―――あ、は、はい」
ここまで堂々と言われたら、そりゃ返事するしか無い。うんうん、と千田は満足そうに頷いて、私の手を放した。
「さて、逃がす気は毛程も無い。お前は俺の事だけ考えていろ。何もせんでいい」
犯る気満々でビンビンでギンギンの千田さん。私はもう、諦めるしか道は無い模様。ここまで愛してくれるんだったら、最初からそうしてくれればいいのに…
「いや、あの、だからさ、私は別にお前とするなんて言ってないし、パジャマ脱がすな。だから、あの、その、勘弁して下さい。服脱ぐな」
人の服脱がしたら、次は自分か。私は微妙な寒さと状況の寒さに慣れる事が出来ない。そもそも、こんなんしてたら『バリバリオッケーです!どんと来い生殖活動!!』と言っているようなもんなんだけど、なんで私は無抵抗なんだろうか。
部屋明るいし、本当にお互い丸見えだし、実感が湧かない。だって、これから私、千田とやるんだよなあ。初めてなのに。そういや、千田はどうなんだ?
「…千田、お前どうなの?」
付き合いが長いから、それ、とは言わなくても察する事は出来る。
「ふん。俺のこの華麗な身のこなしを見てわからんか?」
自信満々のご様子。華麗かどうかはともかく、なんとなくわかってたけど。でも。
「千田はいつから私が好きだったの?」
でっかい眼が、もっとでっかくなる。私は素っ裸の幼馴染を見て、純粋に疑問に思った。
私が千田を好きだから、千田は私を好きになったって言った。でも、私にはまだ、千田を好きかどうかもわからない。それで、千田は私が好きなのに、他の女の子と付き合ったりやる事やったりしてたとなると、どうなんだろう?
「…そんな事、どうでもいいだろう」
一瞬だけ、迷ったような顔をして、私の胸に掴み掛かる。さっきは身体が横になってたから揉み甲斐はちょっとあったかもしれないけど、今は仰向けだから無い胸が更にナイムネに。ていうか、スタイル悪いよな私。今は千田の方が重いってわかったけど、腹もちょっと出てるからなあ。
幻滅してないか。また、物笑いの種にされないか。
「彩川」
声が掛かる。う、ほら来た。乳無いとか、腹出てるとか、太ってるとか。
「…お前、身体つき、幼いな」
これまた、対処に困る。言い方が戸惑っているから、悪口じゃなくて心底思っているっぽくて、逆に悲しくなって来る。
「なんか、あの、お前は背があって、手足長いのに、胸とか…こことか、なんかアレで、逆にやらしい。なんか、子供の頃のお前にイタズラしているような気になる」
たどたどしく、なんか危険な発言をしているバカが1人。お前、子供に対してその下半身かよ。後、さわんな。ついでに生えてないのがそんなに珍しいか。
「剃っているのか?」
「…ううん」
声が、弱弱しくなる。そりゃ、こんなの親にだって見せてない訳だし、一番最初がまさかこいつになるなんて思ってもいなかった。
「あの、笑うなら笑えよ?お前になんか変に気ぃ使われるの、一番嫌だ」
少し、声が上ずる。そっか、腹出てるのとか、太ってるんじゃなくて、幼児体型みたい
なもんか?しかも、それで欲情するって、マジでバカかこいつ。なのに、なんでそんな顔すんだ。同情してるなんてカケラ程も思えない。こんな顔、初めて見る。
「彩川」
既に、私の言葉なんか耳に入っていない模様。駄目だこいつ。もうやる気だ。
「…っ」
触れた。指が、あそこに。怖い。くすぐったい。するっと指が、ウソ、中に簡単に入った。すぐに抜かれて、でも、またすぐに中に入れて来て、なんか、太い。指細いと思ってたし、実際細いのに、なんでこんなに太いんだ?
そう思っていると、もう片方の手が頬に触れた。その手に、手を重ねて、多分入っている人差し指を摘まむ。やっぱり、私よりは太いけど、こんなもん…だよな。
「…2本、入れてる?」
びっくりする程声が出ない。身体がだるい気がする。
「いや、1本だ。痛いか?」
「…痛くは、ないけど…凄く太く感じる」
凄くバカっぽい会話だったと思う。それでもいつもみたいに鼻で笑うとかそういうのは無しに、そうか、とだけ呟いた。
「でも、そんな指太くないな、お前」
「…ああ」
浅く入れていた指が、もう少しだけ奥に入り込む。身体は震えるし、涙が出そうになる。
声が出そうになるのを必死で我慢した。
「お前、怖いなら俺にしがみ付いてもいいぞ」
「あ、遠慮する」
う。なんか、千載一遇のチャンスを自ら潰した気がする。こういう所、可愛くないんだろうなあ。くそ。でも、そんなのしちゃったら、きっと、もう。
…不意に、千田の視線が外れる。怒っちゃったのかと思ったけど、違った。
「や―――だめ」
こんな事してる時点でもう駄目なんだろうけど、それでも、ベタベタするよりはこういう風に一部分とかだけくっついていた方が、まだ。手遅れにならない気がする。
千田の口の中に、私の胸がある。熱い息が掛かる。凄く、見た目いやらしい。
「待って、だめ。だめ、だめ―――」
駄目って10回言ったらやめて貰える気でいたけど、そんな事はけして無くて、そのまま吸ったり、口の中で舐めたりする。ゾクゾクして、千田の髪の毛を引っ張ったりしても、
全然やめてくれない。その間にも私の中で指がなんか、蠢いてるみたいな動きをしていて、
気が気じゃない。わざと音を立てるみたいに胸を吸っているし、下の方も湿った音がする。
千田とこうなる前に、なんで私は家に入れちゃったんだろう、と、今更ながらに後悔し始めていた。
こいつ、気持ち悪い。
次から次に、私の身体を全部舐めそうな勢いで舐めて来る。一心不乱というか、眼が虚
ろというか、レイプ眼というか。
徐々に、怖いよりもキモイになって来る。でも、こんな事されて喘いでる自分もキモイ事には変わりないんだろう。
…こうなって来ると、やっぱり千田も、努めて必死に私を好きになろうとしているんじゃないかと思って来る。心のどこかで、もうやめたいなんて思ってるんじゃないかと。自分は彩川貴枝が好きなんだって、必死で言い聞かせているように見える。
だってキス、して来ない。普通する…だろ?それなのに、身体ばっかり舐めてる。
「―――入れる」
「へ?」
突如、がばりと私の脚を開いた。あ、入れるってそういう事か。
…怖いという気持ちは吹っ飛んでいる。今は何もかも、顔も行動も全てがキモイ。理不尽なくらいに熱いのが、押し付けられる。それでもあまりくっつかない。
今殴れば、正気に戻るかな。戻るかも。そう思ったけど、腰を浮かされて、先端がめり込んで来た時にもうアウトだと思い知った。
「彩川―――彩川、彩川、彩川っ」
綺麗な顔を歪ませて、泣きそうな顔で、千田は私を呼ぶ。
「いっ」
不意に、鈍い痛み。下を見ると、先端の方が私の中に埋まっている。ウソ。これ、だけ?
それなのに、なんで身体の奥まで締め付けられるみたいな感覚なの?だって、先っぽだけだろ?
「あ―――あ、ぁ!?」
そこで、初めて私は言いようの無い恐怖を感じて、引き攣った声を上げた。
「っ」
同時に、私の手首を掴む。右も、左も。
「…彩川、しがみつけ。楽だぞ」
いつの間にか出ていた涙を舐め取って、もう一度、千田は呟く。一瞬戸惑うけど、もう少しだけ楽な言葉をくれる。
「様式美だ」
…そう言われるとなんとなく、そうした方がいい気になって、ようやく私は千田に抱きついた。あ、楽だ。本当に、そう思った。
千田のかたい身体と、匂いと、体温と、全部が楽だ。擦れ合う頬が気持ちいい。
「まだ、辛いか?」
頬で頬を擦られる。耳元を声がくすぐる。さっきから、私の中で何も動かない千田。私は反射的に首を横に振る。と、嬉しそうな顔で。
「そうか」
とだけ呟いた。さっきから口数が少ない。千田といえば余計なまでにくっちゃべるのに。
「っ―――」
また、少しだけ私の中に入って来る。さっきの状態でも痛かったのに、更に。でも、大丈夫と伝えた手前、声を上げるわけには行かない。
我慢する。大丈夫。死にはしない。きっと死にはしない。けど。
「…痛いだろ。無理をするなバカタレ」
また、千田は動かなくなった。鈍い痛みは、動かなければなんとかなる。楽になったけど、でも、なんでわかるの?
「え―――なん、で?いたく、ない」
「…気付いていないのか?」
普段だったら、こういう私がわからなくてこいつがわかる、みたいな時は心底バカにした顔なのに、今は違う。呆れたような顔はしているけど、なんだか違う。
「お前に気を使われるのは御免だ」
どこかで聞いたような言葉。おでこをおでこにくっつけて、ようやく唇にキスされる。 …なんだか、何かが終わってしまったような気がした。
「…だい、じょうぶだから…いつもは、私が何言ったって好きに、する、だろ…平気だよ、
いたくない。いたく―――っぐ!?あ…あっ!」
びち、と、こめかみにデコピン(?)しやがった。一瞬視界が真っ暗になって、同時に。
「折衷案だ。お望み通りにしてやった。暫く動かんから、もっとしがみついていいぞ」
変に身体が緩んだ隙に、一気に入れやがった。声が、出ない。なんか撃ち抜かれたみたいな感覚。そんな経験無いけど。
私は痛くて、反射的に千田を抱き締める力を強めてしまった。頬とこめかみと目頭が熱くて、下半身が焼けるみたいに痛くて涙がぼろぼろ出て来る。
痛い。苦しい。でも、それでも、口で痛いって言う訳にはいかないような気がした。
きっと、千田にはもう全部わかられているんだろう。いつもと同じだ。でも、それでも。
「…だから」
涙で濡れてしまった頬に、また頬擦りして来る。涙を吸って、頭を撫でる。
「痛いんだろ。ていうか、俺も痛い。背中。背中。お前、そんな事にも気付かないくらい痛いのか」
「―――え?」
何を言っているのかすら、よくわからなかった。背中?
「あ」
私、ぶっ刺してた。爪、思いっ切り、千田の背中に。
気が付かなかった。力の限りしがみ付いて、千田にこれ以上ないってくらい、頼ってた。
「っ、ごめん―――ごめん」
ぱっと手を放す。反射的に謝ってしまう。そりゃそうだ。相当痛かったろうに。
「痛い?」
「多分、お前よりかは痛くないだろうな。お前が俺にしがみついて、こうなるまで1セットの様式美だから気にするな」
一度したからって、もう当たり前みたいにキスして来る。言っている事がわかるような、
わからないような感じで、なんだか翻弄されてるみたい。仕方が無い。こっちに関しては、
私は全くの素人なんだから、こいつに一日の長があるのは仕方が無い。
…でも。
「どうして、さっきまでしなかったのに、今、するの?」
それがキスの事だというのは、すぐに気が付いたみたい。
「…うるさいっ、バカタレが」
一瞬だけ不機嫌な顔をしてから、悪態をついて私の口を塞ぐ。勿論キスで。それでなんとなくわかった。嬉しかった。素で忘れてただけなんだ、と。
嬉しくもあったけど、それでも内心はやっぱり複雑。
こんな事になっているのに、未だに吹っ切れないのにも、腹が立つ。嫌い嫌い言っていたのだって、もう、最初から詭弁だったって認めてる。
嫌いっていう言葉は、全部『すき』って言葉だった。なにもかも、気に入らない所はなにもかもすきな所だった。こんな事許すのなんて、こいつしかいない。ううん、こいつになら何をされてもそれが自然だと、だから、今となっては全部予定調和だったんだ。
―――そう、必死で思い聞かせる。理屈ではわかっている。私はこいつしかいない。こいつも私しかいない。身体だって、徐々にこいつを受け入れている。息だって荒くなる。
鈍い痛みは取れない。それでも少しずつ、少しずつ慣れて行く。私の中に千田がいる事が当たり前みたいな感覚になる。不意に、千田が繋がってる所、より上に触れて来た。反射的に、きゅっ、と千田を締め付けてしまう。
声も出る。何より、悪くなかった。寧ろ、変になるくらい気持ち、良かった。
千田はそれがわかってる。私がそれに戸惑っている事も、受け入れたくない事も。
なんでこいつ、人の気持ちを読むのが得意なんだろう。そういう奴だから、といえばそうだけど、空気だって凄く読むし、そうだ、空気読めない工藤と空気読まない水沢と、こいつら3人セットだとバランスいいんだよな、割を食うのはこいつなんだけど―――
「あ―――っ」
ずるりっ、て感触。そんな音する訳無いけど、そんな音が頭に浮かんだ。抜かれる。痛くは無い。熱い。やらしい声が出る。
「…ふざけるな。俺の事だけ考えていろと言ったろうが」
怒った声。わかられてた。悔しい。抜かれた時と同じくらいの速度で、また入って来る。
何度も、征服されてるみたいな気分になる。
「っ、はぁ…あ、あ…っ、あ」
だらしなく口が開く。引き攣ったような声しか出ない。声を我慢しようとすると、そんな声になってしまうけど、我慢しなかったらもっとマヌケな声になると思って、我慢しか出来ない。
痛い。でも、それが気持ちいい。全部、とけそうになって、爪はもう立てたくないけど、
しがみつきたくて、さっきのこいつみたいに、匂い、かいで、いい。凄く、いい。
「っ、せん、っ、千田…千田」
名前を、呼ぶ。名前じゃないけど、きっと一生、こう呼んでる気がする。
「―――彩川」
こいつも、きっとそうだと思う。私らは、多分そんなだから、ずっと一緒にいたんだし、
これからもいるんだと思う。でも、そうだったのに、これからは―――
「っ…あ、あ、や、やあ―――っ、や―――」
考えが、中断される。自分の身体が変になる。声が、我慢出来ない。自分の身体が、千田に吸い付く。もう、何も考えられなくなる。また、涙が出て来る。
頭が、ぐらぐらした。身体中が気持ち良くて、それしか考えられなくて、それしか考えないまま、私はどうにも眠くなって、そのまま意識が遠くなって行った。
暗い中、目が覚める。隣には千田。静かに寝息を立てている。ゆっくりと、千田を起こさないように身体を起こす。
「…れ?」
なんでだろ。
さっき、散々泣いたからもう出ないと思ってたのに、痛くないのに、涙が出て来た。
理由は、すぐにわかった。悲しいんだ。
「―――あや、かわ?」
目覚めてしまったのか、はたまた最初から起きていたのか。ぐずっている音で、千田を気付かせてしまった。
「泣いてるの?」
千田の手が、頬を撫でる。私はやんわりとその手を拒否した。
「どして、私と、したの?」
触られたくない事を察してくれたのか、千田は私に触らなかった。千田の気の付きように今は感謝しながら、自分が落ち着くのを待った、そして、聞いた。わかっていたのに。聞いても答えられてもどうしようもないの、知ってたのに。
「…好き、だから。好きで、ずっとこうなりたくて、だから」
幽霊云々はきっと本当だったんだろう。それを忘れたかったのも、あったんだろう。でも、それ以上にこれがチャンスだからと、そう思ったから、こうなったんだろう。
思っていた事は殆ど当たっていて、さっきの問いも―――いつから私を好きだったのかも、ちゃんと答えてくれた。
「きっと俺はお前が最初から好きだった。子供の頃、お前に離れられそうになった時、それっきりになりたくなくて、ずっとお前に纏わり付いてた。それがわかったのは、本当に最近で、俺はお前と嫌い合って殴り合っている関係が凄く楽で楽しいって思っていた」
千田とは思えないくらいに乱暴に私を抱き締める。
その乱暴さが心地好くて、私も千田を抱き締める。
こうなって、後悔はしていない。私だって、結局こいつといたいし、好きだと…多分、思う。こいつ意外に楽しくて楽で、よくわからないけどこんな気持ちになる奴なんて、きっといないけど。
「…うん。楽しい。多分―――多分な、そういう今までの私らの関係って凄く幸せだったんだと思う。だから、そういうの捨ててまで、今まで以上に楽しいのかなって、そう思って、もしかして、凄く大切なものを自分で手放したんじゃないかって思って」
そんで、涙が出た。
「俺も―――ん。気が合うな。俺もそれ考えた。それでも、他の誰かにお前を取られるよりかは、いいと思った。だから、行動に移した」
…それでも。
手放したものが、手に入れたものより大切ではなくても、充分大切で、心の中を占めていたものだとはわかっていて、だから、悲しい。
「…もう、前みたいには出来ない?」
「…さあなあ。そればかりはわからん」
私を抱き締めたまま、寝転がる。
「楽しかったよなあ。お前ってなんで組み技とか寝技専門になったの?まさか私に触りたかったとか?」
あはは、だとしたらキモイ。超キモイ。でもあり得る。
「半分正解。後の半分は『グラップラー』という響きに憧れてな。因みにお前はストライカーだ」
…いや、マトモに答えられても凄く困った。マジだこいつ。
「私はお前に寝技掛けられてるの水沢に見られて『健康的エロス!!』て言われて、なんか怖くて、必死に捕まりたくなくてそっち行ったなー。それ言われたとき中1だぞ?絶対ぇ水沢頭おかしいよ」
「まあ、奴の頭がおかしいのは認めるが」
「うん。それに大きく分ければお前と水沢は同じ所にいるしなあたたたたた」
ストーカー気質と陰湿エロ、という括りで。いや、実際は知らんけど。ていうか。
「…なんだか、変わらないかも」
頬を引っ張って、笑う。
「そう、だな。なんだか考え過ぎているのが馬鹿らしくなって来たな」
やっぱ、変わったような気もする。柔らかく笑う千田が、なんだか嬉しい。というか。「もしかして、こうなる方が難しいのかも」
手を引っ込めて、いままで引っ張っていた場所に口付ける。似た様な場所に、千田が口付ける。
「ふん、構わんさ。そんな時はこう言えばいい」
―――やっぱ、付き合い長いっていいのかも。同じような言葉が頭に浮かんだ。そして、
同時に口に出す。
『スーパー恋人タイム』
「ってか?」
「だろう?」
顔を見合わせて、にんまり笑う。そして。
「とっとと寝ろ。その年で夜泣きかバカタレが」
「うっせー。文句あんならFULL珍で床で寝ろ。その間にオッサン幽霊来るぞ」
…お互い、痛いところを突く。本気で腹立つ。けど、これでいい。
「ふん、まあいつまでも泣かれていては鬱陶しいからな。特別に胸を貸してやろう」
「はん、そんな事言ってオッサン怖いんだろ?生まれたての小鹿みたいにぷるぷる震えてろよ。あ、漏らすなよ?」
顔を見合わせる。お互い引き攣った顔してるんだろう。
ふん、と鼻を鳴らして布団を被った。まだ納得した訳でもしっくり行った訳でも無い。それでも、これで良かったんだと思える程度には―――
「安心した」
「何がだ?常識でわかる範囲内で説明してくれ。お前の頭を酷使する羽目になるだろうが」
安心し過ぎて、こいつの事殴りたいなー、と、やっぱり今日も思った。
‐後日談‐
「ああ、それですね。知っています。通称三田村屋敷事件です。俺の地元じゃそれなりに有名ですよ」
休み明け、なんとなく工藤の新居であった事を工藤に聞いてみたら、水沢が答えた。
「へーぇ、そうなんだ。ま、僕達は普通に暮らせてるから、別にいいけど」
当事者である工藤(晴)は、全く興味が無さそうにしている。
「そんなんよりかさ、貴枝ちゃんはなんで昌平くんのコート着てんの。僕だってそれ欲しいなーって思ってたのにズルイ。謝罪と賠償と慰謝料と生活費とお小遣いを要求します!」
染み抜きしたら、血っぽいのカンタンに取れた。千田は二度と着ないと言っていたので貰った。本人は捨てて欲しいっぽいけど、もったいない。高いし。ていうか工藤図々しい。
「なんか、霊感ある人に向かって行くんだって」
自分の言った事に責任は全く持たないのか、早速別の話題に移る工藤。という事は、千田は霊感があるって事なのか?
「加えて、お金持ちの人が大嫌いだそうです。匂いでわかるんですかねぇ。三田村正二、当時47歳。銭ゲバですが、自分の息子に裏切られ、犯された挙句に首を折られて殺されたそうです。それ以来あの屋敷に霊感のある人が入ると無差別に襲い掛かるそうです」
これまたあっさりと、おっとろしい事を言いやがる。中盤が特に恐ろしい。
「へーぇ大ちゃん詳しいねぇ。もしかして実際お目にかかったとか?大ちゃん素で念とか固有結界使えそうだし」
…有りうる。確かに水沢なら霊感とかありそうだし。近所だし何より詳しい。少し期待しながら水沢を見る。が、当の本人は少し困ったように笑って。
「いいえ。実は叔父と不法侵入した事はあるんですけど、2人揃ってなーんも見えも聞こえも感じもしませんでしたよ。詳しいのにも理由はあります。その息子本人と名乗る人がこの話を道行く人にしまくるっていう事がありまして。あ、俺が小学生の時です。でも不思議なんですよね。確かにその家の管理をしている人なんですけど、息子本人は警察に捕まる前に首を吊って死んでいるんですよ」
やっぱりさらっと水沢は言ってくれたけど。
―――なんとなく、空気が凍った気がした。工藤も、表情を固まらせている。
「…なんか微妙な人だと思ってたら、虚言癖でもあるのかな?千萩に気を付けるよう言わなきゃ…」
お前も怖いわ。物凄くズレてると思うけど、今は工藤のズレ方と、水沢の神経がとても羨ましい。この場に千田がいたら、卒倒してるんじゃないか?
「でも―――うん。実際に殺された人はまだいないんだよね?」
何かを思い付いたように、工藤は物騒な質問をする。
「ええ。どうも霊の方は屋敷から出れないようですし。となると、千田さんは幸運だったのかもしれませんね」
「ていうかさ、捕まったら、どうなるんだろね。今度実験してみない?」
おいおいおい。いきなり物騒な事言い始めるなあこの男。
「なに?千田か工藤連れてくの?2人とももう、敷地内どころか半径100m以内にも近付きたくないって思ってるだろうに」
「ううん。ちょうどいいのがいるから。多分その子霊感あると思うし。最近さあ、千早に彼女出来たんだけど、それが凄く嫌な子で、千早カンッペキに騙されてるんだよね」
…あらま、憎々し気な顔しちゃって。いつもにこにこしてる工藤にしちゃあ珍しい。
「…工藤さん、顔が怖いですよぉ?ていうか、本気ですか?」
本気なんだろうなあ、という顔だ。こいつこういう所怖いんだよなあ。
「俺は反対ですよ。人が死ぬかもしれないのをあえて見過ごすなんて嫌過ぎです」
「私も反対。ていうか、お前気に食わないなら直接対決しろ。その子にしろ、工藤にしろ」
まあ、その嫌な子と工藤の問題なんだから、工藤には関係無いと思うんだけど。
「―――いいよ、別にあんな子死んでも」
プイっ、と顔を背けて拗ねてしまう。ていうか軽くヤバくね?
「…千萩と千早にはこの事言わないでよ?…ウソだよ、僕の生活スペースにあんな子入れたくないもん。だから、僕がその子嫌ってるって事言わないでね。2人とも騙されてるもん。人に取り入るのだけは上手いんだからさ」
そのまま、頬を膨らませて黙り込んでしまった。
「そういえば、千田さんはどうしたんですか?」
私、若干引いてるのに水沢はなーんも気にしとらんと、話題を普通に変える。
「え、あ、え―――せ、千田?あ、千田?知らない」
別に、意識していた訳でもないんだけど、いきなり振られると口ごもってしまう。
朝になって最初に眼が覚めたのは私だった。幸せそうに寝てる千田の顔を見たら、なんだか変にソワソワして、叩きたくなったので、落ち着ける為にお風呂に入る事にした。
で、身体洗ってたら、急に転げ落ちるような音がして、家中を走り回る音がして、もしかしてこの時間になってオッサン来たのかと思ってたら、風呂の戸が開いて、そこには全裸の千田様が血相変えて立っていた。
「え…え?ど、どしたの?あ、おはよ…」
ぜーはー荒い息をついて、私を凝視する。私は泡の付いたスポンジくらいしか持ってなかったし、半分呆気に取られていたので叫ぶ事もせずに、とりあえず手で身体を隠した。「あ―――あ、お、おはよ」
ようやく我に返ったのか、千田も手を上げて挨拶をし返す。
「…いや、あの、その―――もしかして、夢だったのかと、思って」
「FULL珍で、人のベッドで寝ておいてか?」
よっぽど自分様の御身体に自信があるのか、堂々と私に身体を見せ付けている。多分、気が付いていないんだろうけど。
言われてようやく気付いたのか、急に顔が真っ赤になる。バーカバーカ。更に元気にさ
せてみようと、私は追撃を仕掛ける。
「で、どうするよ?もしかして、昌平ちゃんは一緒にお風呂入りたいんでちゅかあ?」
うぇへへへへへ、と、下品に笑ってみせる。ここまで馬鹿にすりゃあフリーズ状態から再起動するだろ。そのまま帰るもよし、不貞寝するもよし。
―――が。
「……………………」
今度は、私がフリーズするハメになった。別の場所が再起動しよった。
結局、私がこの期に及んで、昨日の夜にすりゃあよかったように、泣き叫んでそこらにあ
ったものを投げ付けて、ちょうど満タンに入ったボディソープの容器が元気になったうまい棒にクリーンヒットして、千田は悶絶した。
その後怒って帰って、会っていないままだ。
「そうですか。この間借りたDVD返そうと思って持って来たんですけどね」
「へー、どんなの?」
「こんなのです」
時と場所を考えろ。ここ構内だぞ。なんだ『美人教師・由愛子の淫乱性指導―困惑の生徒23人レイプ・レイプ・レイプ―』って。センスのカケラもねぇな。それよりも乳でけえ。
「なにそれなにそれ!あ、由愛子の新作じゃん!僕に貸してよ!!」
一瞬で機嫌が直ったのか、すぐに飛び付いて来る。新作て。
「え、その由愛子って有名なの?」
私が周りに人がいないかどうか確かめながら聞くと、水沢は普通に頷いて。
「一部では、ですね。ええ。後工藤さん、駄目です。借りるなら千田さん本人に言って下さい。又貸しはマナー違反ですよ」
そう言ってDVDをカバンにしまう。そっか。千田は巨乳好きなのか。
「あ、昌平くん!愛してる!!」
「千田さん、俺は愛していません」
思うところあって、少し考えていると、不意に愛の告白と逆告白のお言葉。振り返れば奴がいた。微妙に不機嫌そうなお顔の千田。
「よう、巨乳大好き千田さん」
私はげひひひひ、と笑いながらあいさつする。
「…工藤、お前の愛は重い。水沢、奇遇だな俺も愛していない。でもって彩川」
よっぽど、お前の方が幽霊みたいだと思った。
首を少しだけ傾げて、ゆっくりと私の方へ向き直る。おお、千田のなく頃にか?
「俺が巨乳好きだといつ言った」
「へ―――?え、それは―――」
水沢が借りたDVDが、と言おうとしたんだけど、私の手を掴んで、もと来た道を戻る。
「せ、千田?」
うわ、怒ってる。なんでか知らんけど怒ってる。私はどうしよう、と思いながら千田にされるがままに引き摺られていた。
「僕、左ストレートで貴枝ちゃんの勝ち。大ちゃんは?」
「俺はバックドロップで千田さんに」
「僕が勝ったら大ちゃんの彼女のおっぱい揉ませて」
「じゃ、場外乱闘という事で今ここで決着付けましょうか」
カーン、と、あっちでもゴングが鳴ったような気がした。予想としては、2秒で水沢勝利。予想通りにすぐになんか、しちゃいけないような音がしたけど気にしない。
今は、千田だ。どこに連れて行かれるかわからなかったけど、多分あまり人目の無い所だろう。うう、こいつがこんなので怒るなんて思わなかった。
「―――さて、彩川」
私を壁際に追い詰めて、相変わらず物凄く不機嫌そうな顔をして、私を睨んだ。
「な、なんだよ。やるか。やるんだったらお前もさっきの工藤みたいに2秒で―――」
「…いつ、どこで、誰が、何時何分何秒、巨乳が好きだと言った」
しょ、小学生かお前は。若干呆れながら千田を睨もうとする、けど。
「もしかしなくても、傷付けたか?身体つきが幼いって言った事」
―――ん?
私は、首を傾げる。え?何それ?え?とりあえず頭をフル回転させる。あ、言ったか?そういやあの時、妙にそれで興奮?してたのキモイって思ったな。あー、あ、そういう事?
…うわ。思わず、下を向いてしまう。
やべ、なんか頭の裏っ側が熱くなったような気がした。いや、照れてる場合じゃあない。
何、勝手に罪悪感持ってんだバカ。
「あ、違う。違うんだって。あの、水沢がお前にDVD借りたの返したいって言ってて、それ見せてもらってさ。あー、お前ああいうの好みなんだなあって、そう―――」
しどろもどろに話す。ていうか、なんだかくすぐったくて居心地が悪い。私、なんだよ、
千田にすっげぇ大事にされてるなあって実感しちゃった。どうしよう、なんだか、凄く。「あ、あの―――」
俯いていた顔を上げる。が、既に千田はそこにはいなかった。
「え、え?千田?」
消えた!?
幽霊に連れ去られたかと一瞬思ったけど、違う。多分―――
「何してくれてんだお前はああああああああああああっ!?」
「え、ちょ、えええ、なんでそんなに怒っているんですか、引きますわー」
「お前の態度に引くわ!!」
…元いた場所で、千田と水沢が追いかけっこをしていた。
あら可愛い、千田は自分の性癖?を知られた事がそんなにショックだったのか?今までだったら気にしなかった…のか?それはわからないけど…
「おはよ貴枝ちゃん。ねー、どうしたのあの2人。工藤くんたら、賭けだけ持ち掛けて原因教えてくれないの」
観戦モードに入っている三沢がいつのまにかそこにいた。ていうか、工藤まだ倒れてる。
「あ、おはよ三沢。なんか、痴情のもつれ?」
「え、ウッソー。なになに?じゃあ、そこで倒れている工藤くんは?負けたの?それとも賞品?だから原因教えてくれないの?」
なんか、妙に輝きながら私に聞く。
「…知るか。ていうか、いらねー」
なんだか、よく言っている事がわからないけど、ロクでもないという事だけはわかった。
「ところで貴枝ちゃん。どうして千田くんのコート着てるの?」
「ああ、なんか工藤の家で頭髪の不自由なオッサンに襲われて、体液付着しちゃったからもう着たくないっていうし…染み抜きして貰った」
一応、端的に説明する。
「―――っ、千田総受伝説の幕開け!?じゃあアレは襲い受け!?」
「そこ!バカに変な知識を植え付けるなバカタレが!!」
水沢を追っかけながら、三沢へのツッコミも忘れない。うーん苦労性。しかし、そんな隙を見逃す水沢じゃあない。ツッコミに行く、と判断した瞬間に別方向に逃げ出した。そして千田が振り返った時には、もう遅かった。
「…ちぇっ、私の負けかあ。工藤くんはい、これ」
「まいどありー。ね、僕の言った通りでしょ」
負けたらしい三沢は、勝負が付いた時にはもう起き上がっていた工藤に持っていたパンの紙袋を渡す。あ、アゲアンパンと苺牛乳だ。いいな。
因みに、工藤は水沢の逃亡成功で、三沢は暫くしたら水沢が転んでとっ捕まる、だった
そうだ。2人ともいい読みをしていると思う。工藤はさっそくアゲアンパン食べながら。「貴枝ちゃん、そういや2人のバトルはどうなったの?」
と、聞いて来た。あ、そういやそんな話になってたな。
「…いや、別に…最初から戦ってない」
あれ?と首を傾げる工藤。フラフラしながら千田も戻って来る。
「あ、おかえり昌平くん。ねー、なんでさっき貴枝ちゃん連れてったの?」
「…うるさい…もうどうでもいい…」
体力を相当削られたのか、まるで徹夜明けのようだ。まともに捕まえられたら、水沢秒殺だったのになあ。わかってたからこそ、必死で逃げたんだろうけど。
「ねー、貴枝ちゃんおせーて。どしたの、どしたのー」
千田はダウンしたので矛先がこっちに。あ、三沢も興味津々。
…まあ、隠す事でもないけど、でも千田も私も、まだ色々と納得していない。言うのは得策じゃあないなと思って。
「いやね、千田は巨乳も好きだけど、実はつるぺたにも異常に興奮するらし―――ぉぶっ」
千田が、私の後頭部にチョップを。うわあ腹が立つ。せっかく誤魔化してやったのに!
「やるかコラァ―――っ!?」
「来いやオラァ―――っ!!」
一瞬で臨戦態勢に。
後ろでどっちが勝つか早速話し合いをしている。あ、水沢いつの間に戻って来た。千田も水沢を見た筈なのに、既に私しか視界に入らないようだ。ま、99%私が勝つだろうからな、今は。油断は出来ないという事か。
―――これで、いいか。
そう思いながら、既に体力の無い千田をどう料理してやろうかに集中する事にした。
ボロクソにした後は、一緒にお風呂入ってあげようかなあ、と思った。
終