帰省 第一章 by 7-528
「誠一さんが亡くなったのよ。忌引き休み取って帰ってきなさい、雪香(ゆきか)」
母からの電話である。
──そして私は帰省した。
「はあ〜、久しぶりだなぁ・・・・・・」
最寄り駅で降り、改札を出るとその先はもう思い出そのものだった。平日の正午間近の地方駅には地元の遅刻学生や買い物主婦がちらほらで、そんな中礼服バリバリの自分が濃ゆい存在として浮いている。
なんだかなぁ・・・。真っ昼間にここにいるとどうも高校時代の遅刻体験を思い出して心許ないのだ。
ま、とにかく電話して迎えに来て貰おう。バスは1時間に1本だし、タクシー乗るお金勿体ないし。
携帯電話が使えるか心配だったが何とか圏内であった。
「もしもし、あ、おかあさん? 駅に着いたの、迎えに来て。
・・・え、そうなの? ・・・・・・・・・・・・ハァ?歩いてこい? 本家まで何キロだとおもってんのよ!」
母曰く、今客のラッシュが到来真っ直中でとても手を放せそうにない状況らしい。そして地元民は徒歩でGO!だそうだ。
「ったく、しょうがないわね。歩けば良いんでしょ、歩けばっ」
通話終了ボタンを押し、さて、ハンドバッグの中に仕舞って道を行く。
考え事でもしながらなら、まあそのうち着く。
本家ではイトコのみんなが集っているのだろうか。父の実家は四人姉弟で、亡くなった誠一叔父さんは一番下で若く、子供の頃は一緒に遊んでくれたものだ。
──白状しよう。私の初恋は5歳の時、当時25歳の誠一叔父さんにだ。
・・・・・・だから正直、帰って来たくはなかった。東京に居れば昔を思い出すこともなく、ただ静かに冥福を祈ることが出来ただろう。
「駄目駄目、こんな田んぼ道で泣くってアホでしょそれぇ・・・」
キッと気を立て直して、前を見据える。
と、
前方から騒音を立ててバイクがやって来る。────それだけで私は総てを理解した。
ソイツは片手で手を振りながらギューンとスピードを落とし、すぐ隣で足をついて止まる。そしてメットを取る。
「お、やっぱり雪ねえだ。田舎田んぼに真っ黒スーツって見つけやすいな、久しぶり」
「て、・・・」
救いの神よ、貴女は誰一人として子羊を生まぬのね!
「徹志(てつし)ぃーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!!!」
私の渾身の一撃は敵の頬を掠り、構えられた手の平へでパァァンッと受け止められる。
「再開一発目でそれかよ、雪ねえ」
「親愛の証(はぁと)。それに偶にメールしてるでしょう。で、何しに来たのよ?」
「バッカ、電話の声がデカイ。茶菓子買いのパシリのついでに迎えに来てやったんだ」
徹志は微笑しながら私にもう一つのヘルメットを渡して寄こす。受け取って頭からすっぽり被り、彼の後ろに乗る。
「あんたってばいい男ねぇ〜、これに乗ってると三割り増しね」
「俺のインパルス400は最高ってことだ。しっかり掴まれよ」
普通なら顔をしかめる騒音も今日は崇める価値有り。
前方からの勢い良い風に打たれて道路を走って行く途中、徹志としょうもない話で盛り上がった。
徹志は最も親しい従弟である。1歳違いというのもあるが、昔は本家で一緒に暮らしていたので幼馴染みという表現の方がしっくり来る関係だ。秘密基地にも連れていかれたことだってある。
昔からバイク好きだったけれど、まさか独り暮らし先の神奈川からコレで高速使って帰ってきたと聞いたときは流石に度肝を抜かれた。
ま、そんな馬鹿なところは嫌いじゃない。腐れ縁の年下男ってことで往々にして扱き使っていたが、言わずとも自主的に迎えに来る所を見るとその習慣は今なお継続しているようだ。
感謝を込めて背中にぎゅっとしがみつく。
「雪ねえ?」
「・・・いい奴よね徹志は、本当に。」
口に出すと気が紛れる思いがした。そのお礼に自慢の胸をぐにぐに押しつける。
「・・・それ誰にでもやってねーよなぁ?」
「徹志限定サービスよ、本当に。────アンタ居てくれて良かったわ」
「・・・・・・」
「んー、電車乗りっぱなしで疲れたぁ〜〜〜」
・・・・・・まー、田舎の道って長い替わりにガラガラだからすぐ着くのよね。
本家に着いてからは出来合いの昼食を取って、女手として接客を手伝い、空が暗くなる頃には葬儀場へと移動した。
誠一叔父さんの亡骸を見た。冷凍で白くなった体でも、幼い頃に遊んでくれた優しい叔父さんの影は残っていた。そんな、中途半端に懐かしさを感じたら、悲しむことも落ち着くことも出来ない。
始終、虚無感だけで満たされる。
そして通夜が終わると、同式場でおもてなしとして食事席がある。
誠一叔父さんの遺族は奥さんしか居ないので、姉弟3家族が率先的に「身内」に回った。一通り客に癪を終え、私や徹志を初はじめ従兄弟達はやっと「客」として夕食に有り付く。
「誠一叔父さん・・・まだ45だったのにな。心筋梗塞って、そりゃねぇよ・・・」
「そうね、なんか、実感沸かないわ」
色々と気を遣わなくて済むので、徹志と隣の席に座った。薄っぺらい座布団が痛く、足を崩して。
「徹志、もう1杯頂戴」
ビールのグラスを差し出すと、ぶーぶー言いながらも瓶を開けてくれた。流石にやらせすぎかな?とも思ったが注いで貰った。
「雪ねえそろそろ止めないと飲み過ぎるぞ」
「五月蠅いわね、徹志は何でウーロンなのよっ。男は黙って飲酒運転よ」
「俺は清らかに生きていたいんでね」
「私がヨゴレてるみたいじゃない!」
相変わらずなやり取りをしていると、向かいの席の従兄弟達がくすくすへらへらと笑っていた。
「お前らホンット昔から仲いいよな〜。いっそ結婚しちまえば?」
「「!?」」
見事にハモった。私はビールをゴベホッと変に噴き出し、徹志は口にくわえていたカッパ巻きを落とした。
その様子でさらに笑いを誘うから困りものだ。
私の言い分。
「徹志とはそんなんじゃないの。そもそも年下は範囲外ーーー」
徹志の言い分。
「雪ねえと結婚したら、それこそ人生の根刮ぎパシられるだけだ」
何だコレ。独りで必死に否定してると焦ってるみたいじゃないの。
私は徹志の肩に手を掛けながら、
「それじゃまるで私は徹志の人生に悪影響を与えてるってことになるじゃないの!」
「うん、よく判ってるな」
ちくしょう、通夜の後じゃなかったらボコ殴りにするのにぃ〜〜〜〜〜
とっぷりと日が暮れ、参列者達も帰りだし、いよいよ残された身内達も帰り支度を始める。
「え、泊まれない?」
「唯でさえ姉弟が多いし、子持ちで来てる人を優先させると布団が足りなくなるのよ。
悪いけど、ビジネスホテルにでも泊まってくれる? 明日は多分大丈夫だと思うから」
そういうことなら仕方ない・・・か。母やおばさん達には色々謝られたが、あぶれたのは私だけではないので我が儘も言えない。
「いいのよ。母さん達は一生懸命働いていたんだから、東京帰りの私に比べればずっと」
労るように言葉を掛けた私に対し、母が一言。
「雪香もやっとしっかりして来たのね」
やっとって何よ・・・
「まあね」
さて、ビジホテ組は各々で隣町へ赴き、寝床確保を始めた。無論足無き自分は誰かの車に乗せてもらうわけだが、気づけば自然に徹志の単車にまたがっていた。
親族の殆どが隣町で一番大きいビジホテへ直行したので、私達もその後を付いた。
さて、いささか問題発生。
「あれ、どうしたんですか?ロビーでうろうろして・・・」
遠縁独身女性達の立ち話に混ざりに行くと、なんと部屋数が足りなくなったというではないか。
「盲点だったわ。ビジホにだって部屋数制限があるわよね」
「で、私達余り組はこれからどうするの?」
自分の為にも参考意見を聞いておく。
「どうって、他のホテル探すのね。中心市の方に行けば見つかると思う」
「まー、願うのが現状よ。予約入れとけばよかったわ」
はぁ〜っと、女三人で溜め息をつく。誰も彼も通夜の疲労困憊で後の細かいことに頭が回っていなかったようだ。
なかなか話が纏まらない私達に待ちきれなくなったのか徹志がコチラへやって来る。と、従姉妹のひとりが妙なことを口走った。
「いいわよね〜あんたらは。いざとなったらラブホに泊まればいいんだしね」
これを人は最後の手段と呼ぶのだろう。呆れもあったが、冗談に出来ない現状に、皆そろって長嘆するだけだった。
「んまぁ、いつま屯しても此処に迷惑だろ。俺は雪ねえ連れて中心市に行くから、そっちも逞しく生きてくれ」
「はぁ・・・じゃ、徹志と先に行くわね」
中心市はちょいと治安が悪く、ちょっと街の端へ行くと本当にラブホがあったりする。最初は冗談めかして流していたが、いよいよ本格的に検討せねばならぬ時が刻々と迫ってきていた。
「あ、あれ、まだ国道XX号線沿いは行ってないわよね。そっちの方も見てみる?」
「そうだな」
お互い見かけるたびに会話がぎこちなくなる。腕時計を見れば23時ちょい前。明日になるまえには落ち着きたい所である。
そして、疲労も加わってか、会話がどんどん薄らいで行く。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
嗚呼、せめて結婚揶揄事がなければもうちょっとは笑っていられただろうか。
──もしかして、こんなに気まずさを憶えるのが私だけ?
徹志は・・・
「っと・・・、ここ右か・・・」
一丁前に肩を落として、夜間運転に集中している。今思うと酒を飲ませなくて正解だった────いや、徹志が頑としてノンアルコールを通す立派な社会人だったからだろうに。
不思議な感覚に駆られて顔を上げると、彼の背広が大きく見える。礼服もまた、彼の身体の自由を奪っているのだろう。
──視界が闇に閉ざされる感覚。
──車のヘッドライトがチカチカ眩しい。
・・・アホか私。徹志がこんなに頑張って走り回ってくれてるのに、眠くなるな、眠くなるな、寝るな、寝るな、船漕ぐな!
コクコクと頭が徹志の背中に倒れそうになるのを必死で堪えすが、感触でいとも簡単にバレてしまう。
「眠いか? カーブで曲がるとき振り落とされねない程度には起きていてくれよ」
「ご〜〜〜〜〜〜〜め・・・ん・・・」
「お、おいっ、マジでヤバイか?」
夢現の中、背中の向こう側で徹志が慌てて私に声を掛けた。うーん、ギリギリってところかな・・・
「────だいじょ、・・・・・・」
意識が朦朧とする。同時、徹志に回す腕の力が緩む。
「寝るなよ、本当に振り落とされるぞ」
返す言葉が頭に浮かばない。ぼーっとして、口も上手く回らない。
そう、例えるなら午後一の授業みたいな、あの終われば起きるのに死ぬ程眠いってやつ。
「・・・・・・すーすー・・・」
「おいっ!と、とりあえずその辺の公園で一旦止まるぞ」
・・・・・・・・・・・・・・・うーん。
ぐーんとカーブを曲がる感覚に体が揺らぎ、境目を跨ぐ振動で猛烈な吐き気に襲われた。
「雪ねえ、雪ねえ。起きてくれねーと話になんねーから」
「うう〜ん。うっぷっ・・・吐く・・・」
「頼むからここで吐くな! 俺のインパルス400を汚さないでくれ。ほらっ!」
無理矢理車上から引きずり降ろされ、肩を借りて公園の端っこの茂みまで歩いた。
胸の中がぐるぐるする。飲み過ぎと乗り物酔いが相俟った結果だろう。辿り着くなりゲロゲロと胃袋の中をでんぐりがえした。
初め、しゃがみ込んだその後ろでは(見えないけど)徹志が嘔吐物を直視しないよう背中を向けて立っていた。けど、私が苦しそうに咳き込むと傍らにしゃがみこみ、そっと背中を撫でてくれた。
・・・優しいなぁ、コイツ。
体調も心も擦り切れかけていた私にとって、彼のささやかな心配りは肩にブランケットを掛けられるような暖かさだった。
「スッキリしたか?」
口の中の苦酸っぱい液が不快だ。首を縦に振るり全部出したことを伝えると、彼はおもむろにハンカチを取り出し、素手で口元を押さえている私に手渡してきた。
「あ、大丈夫。今日一日も使ってないから」
こくんと頷き、受け取って、口元を押さえる。
そしてまた肩を支えられ、ベンチ脇の水飲み場に連れて行かれた。暗さに目が慣れてくると、その水飲み台が歪なペンギン型をしていることに気を取られる。
ゴポゴポと口内を漱ぎ、これでもかと水を貪るように飲んで胃の洗浄を試みる。その頃やっと正常な意識を取り戻し、徹志に話しかけられるまで回復した。
「ねぇ、これから本当にどうするの? この公園に野宿とか?」
徹志は隣のベンチでぐったり。寝ているわけではなく、単に手持ち無沙汰を誤魔化しているだけである。
「体調不良人に野宿させられねーよ。それにこの辺は変質者多いらしいし・・・」
彼が指さした先には「変質者注意!!」の看板。よくこんなモノに気づけたなぁと感心しながら口を拭いて、蛇口を締める。
「じゃぁ・・・見つかるまでホテルを探すしかないの?」
「とは言ってもなぁ・・・」
シンと静寂で包まれる夜の公園。
昼間は子供が取り合いっこする滑り台も、廃屋と化した砂場のお城も、水飲み場の周りに堕ちているプラスチックのスコップも、塗装が剥げたジャングルジムも・・・・・・目にはいるわけ無かった。
もう二人とも頭を過ぎる打開策は一つ。
──────だって、しょうがないじゃない。背に腹は代えられないもの。
ちょっと考えればそうなのだ。
別にラブホに入ったからといって、必ずしも同じ部屋に泊まらなきゃ行けないなんて法律は存在しない。機械受付なんかで人を介さない場合は更にそう。
でも念のため隣同士の部屋を取った。何かあったときに直ぐ対処出来るし、ガラガラなのにわざわざ遠い場所にすることなんてないし。
「じゃぁゆっくり休め。何かあったら呼べよ」
それだけ言って、徹志は隣の部屋へ姿を消した。私も部屋に入り、扉の鍵を閉めるなり、堅苦しい背広を脱いでハンガーに掛けた。
時計は日付の交代を指し示している。、まるでもう、今日は戻って来ませんよとでも言うように。
ベットに身を沈めた。上掛け布団も掛けずに、枕を抱いて寝っ転がった。
──自分は一体、何をしにきたんだろう。
お通夜で飲み過ぎて吐いて、一度も故人を偲ぶことなく。
・・・今からでも間に合う。せめて眠りにつくまで、叔父さんの思い出を反芻しようじゃないか。
あれ? 私、小さい頃叔父さんと結婚するって宣言したのよね。なんでそんなこと思ったんだっけ?
──そうだ、遠い親戚の家で法事があって、つまんない大人の集まりの間、徹志を連れて探検ごっこを始めたんだ。
獣道を歩いたり、メダカが泳ぐ小川にかっぱえびせんを投げ込んでみたり。二人で折角の喪服をどろどろにしたの。
・・・それで私が野ウサギを見つけて、追いかけてふと気づくと徹志とはぐれていた。
見知らぬ土地で、幼い子供が一人。泣き出すのは時間の問題だった。ベソをかきながら大声で徹志の名前を呼んで、でも歩けば歩く程深い場所に進んでしまった。道ばたのお地蔵さんが動き出して、みんなの所へ連れて行ってくれないものかと変な想像までした。
夕焼けまで薄暗くなっても、迷路から抜け出すことは出来なかった。
泣き疲れて、配線になったバス停の標識の下に座り込んだまま動けなくなってしまった。心の中で精一杯お父さんとお母さん呼んで、もう見知らぬ誰でもいいから助けて欲しくって。
ここからはよくある話。絶望で俯いていた私の前に、誠一おじさんが現れたの。
礼服は汚れていて、泣き出す私を負ぶってくれた。まだ若かった彼のにこやかな横顔が、瞼を閉じれば鮮明に映し出される。
──それだけで、たったそれだけで、大好きになった。
翌年、おじさんは勿体ないくらいの素敵なお嫁さんを貰った。
溢れかえる記憶と感情。私は独りに堪えきれなくなり、徹志の部屋の扉をノックしていた。
「ごめん、寝てた?」
「ん、大丈夫だ。とりあえず入れ」
「・・・・・・うん」
徹志は直ぐに扉を開けて私を迎え入れた。長居を予想したのか、徹志は後ろ手に扉の鍵を掛けた。
導かれるまま、ベッド腰掛ける。
「んで、どうかしたんだろその様子じゃ」
「まあ・・・ね。その、寄りかかってもいいかな?」
「断らんでも、好きなように」
「・・・・・・」
寄りかかるのは止めて、そのままベッドに仰向けになった。さっきと同じ柄の天井の中に、心配そうに私を見下ろす徹志の顔がある。
それはなんて心強いことだろう。
「良かった。ホントあんたでよかった」
今の私はこれが見知らぬ男でも安心感を抱いてしまうのだろう。だから相手が彼だということが何よりの幸いだと思う。
だって私の格好は人前に出られたもんじゃない。ワイシャツの胸元は少し危ないところまで開いているし、髪は乱れて、化粧は崩れかけで、ついさっきまでゴロゴロしてました言わんばかりの風体だった。
「雪ねえ・・・」
徹志の大きな手が頬に触れる。男らしくゴツゴツして、けれどとても暖かい。
だから私は、この人に身を委ねてみようと思う。
「徹志・・・こんなこと頼めるのはアンタだけなの」
目は口よりも物を言う。薄目で彼の瞳を見詰めて手を重ねるだけで意思の疎通は充分だった。
「じゃ、今夜だけは雪香って呼んでいいんだな」
彼はあくまでも真剣だった。表情は無心のようなのに、苦しんでいるように見えた。
──嫌なら嫌って、ハッキリすればいいのに。
伽の世話までさせてしまうには、流石に心苦しいものが私にもあったから。
「──ゴメン、私部屋に帰るね。今の何でもなかったことにして」
気まずくなるのはイヤ。
その一心で慌てて起きあるが、徹志という男の力で制止され、再びベッドの上に倒れ込んでしまった。
「無理するなよ。その、俺でいいなら・・・」
覆い被さられて、口で口を塞がれた。少々急な彼の出方に戸惑ったが、打ち消すように自ら舌を割り込ませた。
「はむ・・・ちゅ・・・はっ、ちゅ・・・」
舌を絡めながらシャツのボタンを外される。見たって喜ばせるような下着は着けていないし、出来ることなら早く事を済ませたいので胸の愛撫は不要に感じた。
濡れて無くたって、私が挿入時の痛みを堪えさえすれば後はどうにかなるだろう。思い立ったらもう自らズボンのベルトを外し、もぞもぞと足から抜いていた。
「お、おい、自分から脱がなくたって・・・」
その様子を見て、徹志も慌てて自分のシャツのボタンを外し、倣ってカチャカチャとベルトを外しだした。
彼なりに私に合わせようとしているのだろう。仕方ないので追いつくまで待つことにした。
「雪香、足、開いてくれ」
言われなくたって自分から開く。片脚からパンティーを抜き取り、もう片脚の足首の方で丸めておく。
徹志の喉仏が動いた。
彼の前で私は秘部を露わにし、どうぞ好きにして下さいと股を開く。彼はおずおずとそこに手を宛い、ぐにゅぐにゅと愛撫を始めた。
私は目を逸らしたまま全神経を股ぐらに集中させ、ほんの僅かな刺激であえて大きく喘ぐようにした。いざ挿入の時になって徹志のが勃たない事態に陥らない為だけに。
「はくっ・・・ああっ、んん!」
やっぱり全然結露してこない。それでも徹志は私が濡れるよう一生懸命に指を操って愛撫を続けている。
「ふぁ・・・っっつ、」
指が挿入された。申し訳程度の湿り気の中に強引に押し入ってきたそれは膣内を擦り、些かの痛みを感じさせた。何度か動かしてみた後ずぶっと抜き、徹志はその指をまじまじと観察した。
小汗を掻いた程度にしか湿っていないのを確認するとぐったりと肩を落としてこう言った。
「止めだ止め。俺じゃ役不足みてーだし」
ため息を吐いて頭を抱え、服の乱れを直し始めた。
「えっ、な、何で? 徹志は別に・・・」
「雪ねえ」
言葉の途中でねえ付けで呼ばれ、ぐっと口を噤んでしまった。足を閉じて視線を落とす。
「俺はずっと──────────・・・・・・いや、何でもない。こんなタイミングで言うべきじゃないな」
一息を置き、徹志はまた口を開いた。
「・・・・・・まさか。
・・・風呂には、入ったよな?」
「え?」
突飛な質問に一瞬何を言われたのか理解できなかったが、一旦頭の中で台詞を反芻し、改めて首を横に振る。
────と、
「はぁ・・・やっぱりな。ならさっさと入ってこいよ、俺はもう済ませてあるから」
「??」
ポケットに手を突っ込み、なるほど納得した顔で私を見下ろしていた。
「いいから。風呂は命の洗濯だって」
・・・いまいち、徹志が何を言わんとしているのか解らない。憎らしくも思える穏やかなその表情は、私の腕を掴んで引っ張り上げて側に立たせると、見覚えのある哀へと変わっていた。
「雪ねえは昔っから風呂で泣くクセがあるだろ。つまりそーいうことだ」
言いたいことに芯を曖昧にし、とにかく入ってこいと背中を押された。
・・・そこまでされたら嘘でも首を振らないわけにはいかないじゃないの。脱ぎかけの服を直し、シャワールームへ向かった。
「て、徹志・・・」
「ん?」
顔だけ出して声を掛けた。
「さ・・・先に寝ないで待っててよ?」
徹志は勇ましく首を縦に振った。当然のことがどうしても心配になってしまい、補強剤にと彼と約束をしておく。
・・・私が扉を閉めた後、聞こえるか聞こえないかくらいの囁きがあった。
「・・・・・・雪ねえ、誠一叔父さんのこと大好きだったもんなぁ・・・」
シャワールームは確かにほんのついさっきに使用された形跡があった。服を揃えて脱ぎ、コックを捻ってお湯を出す。
──それからは徹志の言うとおり、お湯の雨に打たれながら鳴き始めた。