帰省 第二章 by 7-528
581 名前:名無しさん@ピンキー[sage] 投稿日:2006/08/08(火) 11:31:44 ID:c/k7pOUN
──明日、明日だ。
徹志からのメールを着信した。
《雪ねえ、明日は急にダメになったとかないよな?》
「・・・・・・当たり前じゃない。・・・ばか」
《勿論行くわよ。土曜日だし、次の日までゆっくりしていこうかと思ってる》
着信。
《そっか。じゃあそん時、またなノシ》
「────」
やっとだ。やっとアイツと会える日が来たんだ・・・
582 名前:名無しさん@ピンキー[sage] 投稿日:2006/08/08(火) 11:32:47 ID:c/k7pOUN
四十九日当日。電車を降りるなり、徹志が出迎えてくれた。
「よう。久しぶり」
軽くポケットに手を突っ込んだ彼が、いつも通りの笑顔で私の元へ歩み寄ってきた。
──不意打ちだ。こんないきなり対面すると予想していなかったから、しどろもどろになってしまう。
なんで、私ったらこんな・・・
「──久しぶり。ほ、ほらっ、早く行くわよ!」
「お、おい・・・んな急がなくても」
一度も目を会わせずにずんずんと改札を抜ける。徹志はその後を急いで追ってくるが、どうしても顔を合わせるのが恥ずかしくってちょろちょろ逃げ回る私は、正に歩く挙動不審者。
「雪ねえ、何処行くんだよ! そっちは男子トイレだろ!」
「そ・・・そう言うことはさっさと・・・・・・────っ!!」
合った。勢いで振り返った瞬間、目がバッチリ合った。そんでもって手首を掴まれて、それは端から見ると手を繋いでいるようで。
「────っ」
「雪ねえ、俺、言ったよな? 今日どうしても雪ねえに話したいことがあるって」
タンマ、タンマ、私まだ心の準備が出来てないっ!
けれどそんな私にお構いなく、徹志は真剣な表情で迫ってくる。じりじりと距離を縮めて、壁際に追いやられ、逃げ場を失った。
・・・ドキドキする。あれ程待ちこがれた時があるというのに、私の心臓はちっとも大人しくなってくれなかった。
あの夜から、私は毎晩徹志のことを思い出して、眠れなくなっていた。
──この、広い肩。
──この、通った男声。
──あの、見慣れた・・・筈、の、顔が、
「俺──────」
583 名前:名無しさん@ピンキー[sage] 投稿日:2006/08/08(火) 11:33:56 ID:c/k7pOUN
パッパーーーー!!!!
「おーい、雪香、徹志く〜ん。迎えに来たよ〜」
「「──────」」
突然のクラクションと呼び声に、はっと世界を取り戻した。
「な〜んちゃってもうっ、私をからかうのは一万年早いってことよ!」
「あ、・・・・・・ったく・・・」
意味不明に誤魔化して、ロータリーに待つ迎えの車の元へ向かった。徹志は何か言葉を飲み込んで後をついてきたけれど、一緒に行くのがなんとなく嫌で先に車に乗り込んでしまった。
私は母の隣、助手席。徹志は後部座席に独りで座った。
ホッと胸を撫で下ろす。これなら目が合わなくて済むから普通程度の会話が出来るだろう。
外の景色を見ながら、今日初めて自分から彼に話しかけた。
「徹志、今日はバイクじゃないの?」
「ん? ああ。丁度車検でさ、雪ねえの一本前ので来んだ」
「珍しいわね〜。確かに、徹志君はこっちに来るときはバイクと一緒なのにねぇ」
母も会話に混ざる。
「へぇ〜車検とか出してるんだ。なんかそういうイメージ無いなぁ・・・」
「なんだよ。俺はコレでもちゃ〜んと自賠責に加入しているしっかり者だぞ?」
「ふ〜ん、つまんないの〜。事故起こして慌てるところが見物なのにぃー」
「そりゃ冗談じゃすまねぇぞ。・・・・・・・・・雪ねえ、ちゃんと国民年金払ってるよな?」
「──────は、払ってる。よ」
「間が気になるぜ〜?」
「五月蠅い! 徹志の分際で、優位に立つんじゃないわよ!」
「こら雪香。いい加減徹志君が可哀相でしょ?」
「な、なんでよ。何でこんな奴の肩持つのよ!?」
私は頬を膨らませて拗ねてみた。ふとサイドミラーを覗くと、徹志は私のよく知る徹志に戻っていた。
584 名前:名無しさん@ピンキー[sage] 投稿日:2006/08/08(火) 11:35:06 ID:c/k7pOUN
家に着いてしばらくして、叔父さんのお墓があるお寺に赴いた。
・・・なんでこんな時まで徹志の隣に座ることになってしまうんだろう。坊さんのお経をBGMに、徹志の横顔をちらりと盗み見た。
「・・・・・・」
うん。やっと普通に接せられる自信がついた。
こうやって落ち着いてみると、ここ最近の私はおかしかったのだ。あの夜を忘れられないのも、しばらくぶりに男に抱かれたから、欲求不満が決壊しただけどと冷静に判断できる。
──何? それって、徹志を程よくオカズにしてたってことになるの?
唾液をごくんと下して、改めて徹志に目をやる。
「・・・・・・」
目が虚ろで瞼を閉じかけている。──眠いのかな? それにしてはこめかみに滲む汗が気になる。──冷房あっても熱いのかな?
私はハンドタオルを取り出して、彼の額に持って行く。
「徹志、これで汗を拭きなさい」
「・・・・・・あ、サンキュ・・・」
私は口をぽかんとOに開けて、徹志が汗を拭く様子に釘付けだった。その視線に気付いたらしく、
「どうかしたか?」
横目で私を見下ろして、訊ねた。
「う、ううん・・・」
首を横に振り、私は手を膝の上に乗せてシャンとお経を聞く姿勢に整えた。
その後は墓参りだ。既に叔父さんのお骨が入れられたお墓にやたら人数の多い親族が集まり、スペースが無く、他人のお墓の前で叔父さんの名が刻まれた墓標を眺める。
「・・・・・・っ」
必死に歯を食いしばる。
此処で泣くのは場違い・・・意地でも涙を流すもんか。
「あ、あれ?」
ハンドタオルを取り出そうとして、さっき徹志に渡してしまった事を思い出す。
「雪ねえ。」
「わ、わわっ!」
いつの間に側に立っていたのよ!
私の肩を引き寄せ、顔を隠すように頭を抱かれる。徹志はそれ以上口を開かず、見られたくないのを察したのかにずっと前方に視線をやっていた。
──コイツは優しすぎる。
こんな有り触れた優しさが恋しかったのだろうか。徹志の背広の裾をぎゅっと握って、より強く歯を食いしばった。
585 名前:名無しさん@ピンキー[sage] 投稿日:2006/08/08(火) 11:36:23 ID:c/k7pOUN
「っつたっ・・・!」
墓場から帰る途中、私は小石か何かに躓いた。よろけるて転びそうになるが、徹志の腕がそれを遮る。(注:田舎のお墓は大方自然の中)
「──おっと。足下は気をつけろよ」
「あ、ありがとうっ」
慌てて立ち上がろうとするが、足に力を入れるとズキリと痛みが走った。徹志は私の足首をまじまじを見詰め、ふぅとため息を吐いた。
「そんな高いヒール履いてくるから、捻ったりするんだよ」
「だって、こんな事まで見越せなかったのよ! 良いわよ、ヒール折って歩くわよ!」
躍起になってヒールを掴むが制止された。どういうわけか私の前にしゃがんで、
「無理すんなよ、ホラ」
負ぶってやる、と手を後ろに回す。真っ正面な彼の厚意に赤面して過剰に拒否した。
「無理してないわよ。ほら、足なんてぜーんぜん平気だから・・・痛っ!」
一歩下がると、また痛む。
・・・もう断れない。私は素直に徹志の背中から首に手を回した。
「うっし、しっかり掴まれよ」
膝の内側に手を回され、よっこらしょっと持ち上げられた。ちなみに私達は集団の最後尾なので少しくらい立ち止まっても問題はない。
「う、うん。・・・わわ、どこ触ってんのよ!」
「普通に脚だろ」
「嘘! さ、さっきお尻に手がさわった!」
「・・・あんな〜、自分の尻に自信があるのはわかったよ。だからバタバタすんな」
「生意気言うなぁー」
おでこを彼の後頭部に思いっきり突撃させる。
──いったぁ・・・・・・
ごつーんと鈍い音がして、額がヒリヒリし始める。それは徹志も同様で、
「あく・・・・・・・・・っ!」
「!!」
徹志の体制がぐらりと横に崩れた。私は咄嗟に反対方向に体重を掛け、──間一髪やらお互い倒れずにすんだ。
・・・今の、どう考えても私のせいよね?
「ご、ごめ・・・大丈夫? もう降りるわよ」
「っ────大したことないって」
意地を張ってか、歩調が早くなる。枯れ木をパキパキと踏んで、緩やかなコンクリートの階段を下りて行く。
うーん。この男、こんなにパワーマンだったっけ?
ちっちゃな頃は逆に私が徹志を負ぶって走り回ったような記憶が。・・・私ってパワーウーマンだったんだ。
「危ないからしっかりつかまれよ」
「は〜い・・・」
ぎゅっと身を寄せると、毎度ながら私の胸がくっつかざるを得なかった。
うっし。とことんサービスしちゃろ。
「雪ねえ。こんな時までサービス精神発揮しなくても・・・」
「・・・素直に喜びなさいよ。恩知らず」
「そりゃ自分のことだろ?」
「ぶーぶー。でも、今回ばっかりは不可抗力よ」
586 名前:名無しさん@ピンキー[sage] 投稿日:2006/08/08(火) 11:37:07 ID:c/k7pOUN
林っぽいところを抜け、やっと地に足をつける。
「ありがとう。よいしょっと・・・」
アスファルトにゆっくり降り立つ。よちよち歩き出す私の背中に徹志が話しかけた。
「気を付けろよ。片足ケンケンで歩いたりすんじゃねーぞ」
「ぎくっ」
正にしようとしていたことに図星をつかれ、ぎこちなく振り向く。
「・・・・・・ふっ。手、貸すか?」
「ううん。ゆっくり歩けば平気だから」
はぁ。一々心配性な奴だなぁ・・・。こんなんじゃ普通に女の子に接して、勘違いさせたりするんじゃないのかしら。
──徹志の女関係なんてどーでもいいけど、さ。
「ね、徹志。徹志はこれが終わったら、神奈川にトンボ帰りするの?」
お寺の食事場へ向かいながら、その場紛れに話題を振る。
・・・意味もなく隣に居られちゃ思考が変なところに飛んじゃうわ。とにかく他愛もない話をして心を落ち着けなくちゃ。
「ふーん・・・これといって予定は無いんだけどなぁ・・・」
「なら本家に一泊しなさいよ。ご飯食べて、あ、今日は『夏の珍プレー好プレーSP』あるから、一緒に見よ」
「雪ねえ、まだ・・・それ好きなのか?」
「勿論。DVDの録画予約も・・・あ・・・」
──忘れてた。徹志のメールが気になって、すっかり頭から抜けていた。
「徹志、やっぱりさっさと帰りなさい。ね?」
「録画頼もうったて、そうはいかねーぞ」
「むっ」
「おーら! むくれてっと、みんなに置いていかれるぞ」
587 名前:名無しさん@ピンキー[sage] 投稿日:2006/08/08(火) 11:38:20 ID:c/k7pOUN
「てつ・・・」
「ああ、醤油な」
わ、何で判ったの!?
まんま顔に出たらしく、飄々と、
「刺身もっておろおろしてれば、一目瞭然だろ。特に雪ねえは判りやすいから」
「なんですってぇー?」
食事の席で、やっぱり徹志と私は隣に座ることになった。
あ、なんかデジャヴ。向かいの席に座っている従兄弟達が私達の様子を見て笑っている。
「なぁ、徹、雪。この前から気になってることがあるんだけど」
「「は?」」
ユニゾン。どうやら葬式の時の・・・礼の一件らしい。
「で、何処に泊まったんだお前ら。まさか歓楽街とか?」
刺身が箸から醤油皿へベチャリと落ちる。
「んな、そ、ありえない、ありえないぃぃぃ! 絶対、絶対、有り得ないもん!」
「おい、剛兄、雪ねえの反応を見て楽しむにしても今回ばかりはタチが悪いと思うぞ」
「あはっはっ! 視線がキツイッスよ、徹志く〜ん」
え? じょ、冗談? 遊ばれてた?
「剛兄、酔ってるだろ。車組のクセに」
「平気平気。・・・で、本当に何処に泊まってたんだ?」
急に表情が真剣になった。剛兄さんは意外と鋭いところがあり、はぐらかすのは容易じゃない。
・・・どうするの、徹志?
「普通に、ビジホだよ」
「嘘付け。中心市に詳しい俺ぐらいしか知らないが、あの辺は無いはずだぞ」
「何が?」
「ビジホ」
三人で息を呑む。
談笑の一角、此処だけ異常なシリアスだった。
──どうしよう。なんとか冗談で誤魔化さないと・・・
この際捨て身っ!
「あ、剛兄、今日の『夏の珍プレー好プレーSP』の録画してる?」
「「はぁ?」」
えっと・・・やっぱり怪しさバリバリだったか。
それ以上言葉を濁す様子を剛兄にじろじろと観察されるが、やがて落ち着いた笑顔で溜め息をついた。
「はぁ・・・してるぜ、録画。Youtubeにうpしといてやるよ」
「あ、わ、ありがとう! ・・・ゆ、ゆーちゅーぶ?」
「剛兄、雪ねえに妙な事吹き込むなよ」
「なっはっは! おじさんが素晴らしいこと教えてやるぞ〜」
私はほっと胸を撫で下ろした。強引だったにしろ話が逸れてくれて一安心だ。
──しかし、またこのような事が訪れないとも限らない。さっさと自分の分を食べて、外の空気でも吸ってこよう。そうしよう。
588 名前:名無しさん@ピンキー[sage] 投稿日:2006/08/08(火) 11:39:47 ID:c/k7pOUN
お寺の庭で小鳥が囀っていた。私が芝生に踏み入れると、パタパタと屋根の上に飛んで行く。
「貴方も私も、逃げてばかりね。みっともない・・・」
段々、徹志に慣れる。そんな望んだことは、心地よさとその裏側にもどかしさを感じた。
私と徹志は従姉弟だ。幼馴染みだ。腐れ縁だ。
・・・その事実は私を安心させた。これからも、・・・死ぬまで馬鹿笑いできる素敵な仲なんだ。
・・・その事実は私を当然だと思った。だって、ただの腐れ縁だもの。
──なのに。考えるたび、あの夜が蘇るのは誰のかけた呪いだろう。
可愛い花壇を覗きながら、口ずさむ。
「てつしの、ば〜か〜・・・」
「誰が馬鹿だって?」
「んー、徹志っていう、私のダメ弟が・・・がぁ!!!!!」
呆気なく、ご本人登場。息を荒げながら私の腕を掴んでいた。
──顔が近い。
「・・・約束したよな。俺の話、聞くって」
「──────」
想いが喉でつっかえる。振りほどくことも、はぐらかすことも叶わなかった。
だから出来ることは、顔を背け、視線を逸らすだけ。
そのあからさまな拒否は直ぐ伝わった。彼は苛立ちを押さえきれず、少々ぶっきらぼうになっていた。
「なんで逃げてばっかりいるんだ。朝も。雪ねえらしくねぇぞ」
──カッと頭の中で火がつく。
「・・・・・・じゃぁ、私らしいって何よ。世話の焼ける幼馴染み? マイペースな姉?」
即答される。
「言いたいこと、飲み込んでるところ」
腹立たしい。
「何を? 私は別に、いつも通り減らず口叩きだけど。アンタのよく知ってる『雪ねえ』よ。姉なの。違う?」
こうなったら詭弁が勝ちだ。出す言葉に詰まっている徹志を余所に続ける。
「そう、アンタが知ってるのは『雪ねえ』。そして私は『雪ねえ』らしくないの。ね?
簡単よ。私がちゃんと徹志の『お姉ちゃん』でいればいいの。ハイ、これで解決」
私は踵を返し、下駄箱に向かった。
徹志はまたしても腕を握って、それを止める。
「雪ねえ・・・」
「──雪ねえ雪ねえ雪ねえっっっ!!!
私のことなんて全然判ってないクセに。ただの明るくて気軽に話しかけられる女だと思ってクセに。
本物の私・・・『雪香』に触れたこともない、知らない。そんな奴がお見通しって口を利かないでよ!!」
「──── 知ってる。」
「俺は『雪香』を判っている。忘れていないだろう? あの夜は、間違いなく『雪香』だった」
「 」
負けた。もう何も吐き出されない。
「俺は別に『雪香』を知ったかぶるつもりじゃない。むしろ判りたい。
俺はずっと、ずっと『雪香』のことが──────」
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