帰省 第三章 by 7-528
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12月31日。私、大宮雪香は実家のこたつで丸くなっているワケで・・・
「あー、お母さんが最後のみかん盗った〜」
「・・・また箱から持ってくればいいじゃないの」
「寒いからイヤ」
私の傍で寝っ転がっている猫の毛繕いで暇を持て余す。
・・・うん。暇ってすばらしい。
しみじみと実家の有り難さを感じながら、年末のバラエティ番組に意識を向けた。
外はもう真っ暗だが、時刻は5時を回ったところだ。テレビ欄の夕方5時台といえば比較的子供向けの特番が多く、教育テレビで「おじゃる丸」かな。特にTBSで「大晦日だよ!ドラえもん」などが放映されるのは、私がガキの頃からの正月の伝統である。
幸い我が実家、通称本家はやたら広い。テレビ付きの居間なんて渡り歩ける程にあるから、遊びに来たガキンチョなんかはかくれんぼに興じている。私も昔やったことがあるが、規模といい間取りといい、かくれんぼするために作られたような最高の家だ。
──懐古趣味ってワケじゃないわ。ただ、人間ってこういうとき妙な回想をするのよね。
そう、心がぽっかり開いている。・・・それはこの家を帰ってくると、有無を言いわず傍に居てくれるアイツがいないから。
・・・ばか。
大晦日には来られるって約束したから、言葉に甘えて先に帰省したのに、・・・待ちぼうけを喰らっている。
──紅白、一緒に見ようって決めたのに。あと2時間とちょっとで現れなかったらぶん殴ってやるわよ!
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ピーンポーン・・・
「はぁ〜い」
インターホン鳴り、母が腰を上げた。
「おやおや、客人?」
「何を呑気にしてるの。徹志君よ」
「────────」
こたつという温もりを捨て、玄関に向かって走り出した。
・・・待ちくたびれたわよ、私の恋人!!!!
「徹志ぃぃぃぃぃぃぃぃ、おっそぉぉぉぉぉぉぉぉぉい!」
「うわっ、雪ねえ・・・・・・っ!」
なりふり構わず、勢い良く徹志に抱きついた。吃驚されたものの、鼻で笑いながらよしよしと私を宥めてくれた。その彼の手は、外気と同じく冷たかった。
「・・・・・・・・・待ちくたびれたぁ〜」
「ゴメン。けど、これでも相当急いだんだからな」
彼の吐き出した息が、白く凍る。
仕事からそのままやってきたのかなぁ、ビシッとスーツなんか着ちゃって・・・・・・笑っちゃうわ。
「何笑ってんだよ、気味悪い」
「ん、ちょっとねぇ・・・」
気分が落ち着いたので、一旦身体を離した。それから冷えた彼の手を握りしめ、私のこたつ熱を伝える。
「言い訳無用・・・・・・って言いたいけど、紅白には間に合ったから咎められないわね」
自分で言って、苦笑してしまう。今目の前にいるだけで嬉しいのに、なんてつまらないことに拘っていたのかしら私ったら。現金な自分に、再度苦笑。
「ほおら、上がって上がって。身体暖めないと、前みたいに風邪で倒れちゃうわよ」
徹志の荷物を奪い取って、私は満面の笑みを浮かべた。
「おかえり、徹志」
「あぁ。ただいま」
軽く照れた徹志の顔は、こっちがはにかむ位に無垢だった。
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さて、そう言う家系なのか興味はないが、親戚一同は集まって宴会するのが醍醐味だと思っているようで。一番大きな座敷の部屋で、夕食と言う名の飲み会が繰り広げられていた。
剛兄は年明けにお父さんになる予定らしく、お腹が膨らみ見始めた奥さんの隣で嬉しそうに飲んでいた。
・・・いいなぁ。あのふたり、すごい幸せなんだわ。
彼らを見ていて、胸が温かくなる。隣に座る徹志が耳元でこっそり私に話しかけた。
「イイ夫婦だな、剛兄んとこ」
「そうね。あんないい加減な性格の男が父親ってのもなんか納得いかないけど」
「ははっ。男の子だったら絶対少年野球に入れさせるだろうな」
「でももし女の子だったら・・・・・・っうわ! 剛兄に似てる女の子?想像できない・・・」
「おい、聞こえてるぞお前ら(怒)」
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「雪香〜。ちょっとビール運ぶの手伝ってー!」
「あっ、はーい!」
厨房(もはや台所ではない)にいる母に呼ばれ、私は席を立った。徹志も一緒に立ち上がって付いてこようとする。
「平気平気。こういうのは女の仕事なんだから」
「そか? じゃあ俺は酔いつぶれた剛兄を部屋まで運んで来るから。・・・気を付けろよ、雪ねえ」
「? ・・・うん。じゃぁ行ってくる」
徹志は暗い顔をして、私を見送った。妙に気にはなったが、彼の真剣な顔に茶化す気が起きなかったので、そのまま座敷の部屋を出て厨房に向かった。
「あー雪香雪香。これ。ビール4本、村上さんの所へ持って行って。ついでに注いで頂戴」
「エエエエエェェェェェエェエエ〜〜〜」
村上さんは酒癖が悪く、すぐ人に絡む。うちの家系ではないのだが、近くに住んでいるので年末年始は必ずやってくる厄介な人達だ。
そして私は奴らを特に嫌っている。
「気持ちは分かるけど、人手が足りないのよ。・・・大丈夫よ。もう大人でしょう?」
「・・・・・・・・・」
返事をせずに、ビールを持って厨房を出た。
・・・やばい。吐き気してきたかも。こんなことなら徹志に来て貰えばよかった。
忌まわしい記憶が蘇る。
それは私が小学生の頃。村上の奴らは今日のようにビールを運んできた私に絡み、遊ぶように私の身体を触った。
まだ繰り上がりの足し算をするような年齢の子供にするにしては、行きすぎた行為だった。・・・気持ち悪かった。・・・恐くて、その夜は母に縋って泣いた。それからしばらくトラウマになって、大人の男の人が恐くなった。
・・・それが直ったのは、誠一おじさんのお陰だったわ。あの人に懐くようになって、段々と大人の男の人に恐怖を抱かないようになった。
宴会のときなんかも、私と一緒にいてくれて、奴らに近寄らせまいと大事に守ってくれた。私が中学生になっても、高校生になっても、大学生になっても・・・誠一おじさんにベッタリだったから、それが当たり前になって気付かなかった。
────でも居ない。もう居ない。
私はもう大人だから大丈夫、と自分に必死で言い聞かせ、座敷の部屋に入った。
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「は〜い、ビール追加ですよ〜」
酒の力で空元気をつくって、村上の奴らのグラスにビールを注ぎ足した。
「おお! 雪香ちゃんじゃねぇかい、ありがとう!」
「いやぁ、昔はあんなちっちゃかった雪香ちゃんも、こーんなべっぴんさんになっちゃって、ああははは!」
・・・酷く酒臭い。下品な笑い声上げないでよ。
「ほら、雪香ちゃんも飲みなってぇ」
「では一口」
・・・飲むフリをしてやり過ごす。
「あんれぇ、雪香ちゃんは結婚したんだったかい? 親戚多いとわすれちまってなぁ!」
「いやいや、婿さん連れてないから、独身だっぺぇ」
「あー、そうかぁー。何だったらおじさん、だれかお見合い相手紹介してやっか?」
・・・五月蠅い。
「もったいねぇなぁ。雪香ちゃんみたいな娘、おじさんだったら口説いちまうよ!」
オヤジの手が伸び、私の身体を引き寄せた。隣に並べ、満足そうにニヤニヤと笑っている。
「まだまだおれもいけるぞぉ。こうやって並ぶとぉ、様になるだろう?」
「あっははは、そんりゃお前、援助交際にしか見えないってんだ!」
奴らの馬鹿でかい声が響き、大宮の者達はこの様子に気付いて、心配そうな目を向けた。
あのことを忘れてないのは、此奴らだけだ。酒に酔った男達が、小さな女の子を大泣きさせた事件は決して古くない記憶だったのだ。小さな胃からゲロを吐き出して、泣き狂った少女の姿が皆の脳裡に浮かび上がる。
「──あ、」
泣きそうだ。吐きそうだ。
──────誠一おじ・・・ と、心の中で助けを呼ぼうとしたとき、全く違う人の顔が頭をかすめた。
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「──雪香ぁぁっ!」
怒声で響き、私の身体は誰かによって強制的に村上達から引き離された。そのまま強く抱き留められ、その誰かの胸の中に頭を埋めた。
「・・・て、徹志君。はは・・・そんなに怒って、いったい何」
ガシャァァン!
・・・とビール瓶が叩き割られる音がして、私はやっと正気を取り戻した。
「・・・絡み酒もいい加減にしてくれよ、おっさん達」
徹志が凄まじい剣幕で村上達を睨み付けていた。少なくとも私が一度も見たこともない程に怒り心頭に発していた。
徹志は私を後ろにいた剛兄の奥さんに預ける。そして村上の奴らに割れたビール瓶の中身をぶちまけ、灰皿を蹴散らした。
「大宮家はなぁ、酒好きで宴会好きでも、あんた達みたいに誰かを不快にさせるようなことはしねぇよ。
悪酔いして荒らすんだったら出てけ!!! そもそも、お前らは雪香を泣かせたときから、敷居を跨ぐ資格を失った人間なんだよ────」
村上の二人が徹志の豹変に目を丸くし、ただ怒号を上げる徹志を見上げていた。
まるで訳が分かっていない。尻餅をついた不格好なまま、おそるおそる反論を始めた。
「なっ・・・最近の若いモンは、とんだ礼儀知らずだ! 客人を追い出すなんて、なんて罰当たりなことをするんじゃぁぁぁ!」
「そんだぁ! おめぇ、酔ってるからってぇ、それはやっちゃいけねぇぞぉ。おじちゃん達は心が広いから、今謝れば許してあげるばい」
それで完全に奴らは軽蔑の対象となった。徹志の隣に剛兄が日本酒片手にそろい踏みして、その瓶をバッドのように肩に担いだ。
「そっちが二人なら、こっちも二人で相手をないとなぁ」
剛兄は30代の男の貫禄だから出る気迫で、眼を付けた。
「オッサン達よ、悪いことはいわない。バスがあるうちにさっさと帰りな。大宮家に村上さん達みたいな下品な奴らまで送ってあげるようなお人好しはいないんですよ。OK?」
その場の者たちは全員村上達を睨み付け、徹志達の味方だと意思表明した。村上達は自分達の不利にやっと気付き、あわてて上着を羽織って、逃げるように座敷の部屋を出て行った。
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出て行った後、玄関の方で荒げる声が聞こえた。
「この家は若いモンになんて教育しとるんだ。帰るっ!」
「あら、お帰りですか。お気を付けて〜」
「・・・ふん!」
母の呑気な対応と、彼らの負け犬の遠吠えが笑いを誘い、座敷でそれを聞いていた者達は爆笑した。
「「「「あっははははははっ!!!」」」」
徹志はその笑い声で我に返り、バツが悪そうに頭を下げた。
「すいません。折角楽しんでいたところを・・・」
そんな背中を剛兄がバーーーンと威勢良くぶっ叩いた。勢いが良すぎて、徹志が私の元に吹っ飛んでくるほどだった。
「ぬかせ。お前、自分がめちゃめちゃ格好良かったの判ってないな!」
剛兄に同意し、皆口々に徹志をかけた。
「いや、よく言ってやったよ徹志君。君は漢の中の漢だ!」
「そうさ。俺は前々から彼奴らが邪魔でな、徹志君の言うことはもっともだ」
「あいつらに出す酒が勿体ないよな。遠縁ってだけで家に入り浸って、気に入らなかったんだ村上は」
「正直、雪香ちゃんが危なくなったとき、私は飛び出せなかったよ。男として、立派に守ったんだ。恥じないで、誇るべきだよ」
「あいつらもこれに懲りて、そう簡単に家に来ないだろうよ。せいせいしたわ」
「雪香ちゃん大丈夫だった? もう嫌な思いをしなくていいのよ。今度来たら私もビー瓶で追い出すわ!」
「これは武勇伝だな。徹志君、いっそ大宮家を継いだらどうだね」
「徹志兄ちゃんスゲー!! ちょーカッコイイぞ!」
「素敵だったわよ。家の檀那なんかと比べものにならないくらい」←剛兄妻
「いやいや、俺もキマってたって」←剛兄
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徹志は恐縮と照れで苦笑しまくっていた。不意に私と目が合うと、恥ずかしそうに視線を逸らた。・・・?
「雪香ちゃん真っ青じゃない。早く休みなさい、ね?」
「は、はい・・・じゃぁ、先に失礼しますね。皆さん、良いお年を」
奥様方に促され、私は部屋で休む事にした。座敷の部屋を出ようと襖に手を掛けたとき、徹志が無言で歩み寄って私の肩を抱き、その場の皆に向かった。
「おじさん方。雪香は大丈夫だ・・・誠一さんの替わりに、俺が引き受けるから」
────うわ、言ったこいつ。
「引き取るって何よぉ! 人を厄介ものみたいに!」
「なんだ、厄介者だって自覚があったんだな」
「何よ生意気言って! アンタなんかに守られなくてもねぇ、私は自立してるし、大宮のみんながついててくれるんだから、大きなお世話ですー」
「生意気は雪ねえだろ。大人しく引き取られろよ」
「むぅぅぅぅぅぅ!!!」
突然、徹志が赤面モノのセリフをきめるから、強がっちゃったじゃないのよ・・・
私達の小競り合いで普段の雰囲気を取り戻した。暖かな笑い声が戻る。徹志の武勇伝や大宮家のスタンスをネタに、今夜は盛り上がるだろう。
大晦日の晩餐が続く。
私と徹志は一足先に退散し、人気の無い廊下でキスをした。
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以下、徹志視点に切り替え。
簡単な寝着に着替え、雪ねえはゴロンと毛布の上に転がった。俺はというと、とっくにベッドに腰をかけ、NHK紅白鑑賞中である。
「ふあ・・・、なんか疲れたぁ」
「なんだ、寝正月にするつもりか?」
「しないわよ。だから、アンタに傍にいてもらうんじゃない・・・起こして貰う為に」
雪ねえは暖房が効いてるのをいいことに、ゆったりとしたYシャツパジャマの上だけしか着込んでいなかった。
もぞもぞと俺の隣まで身体を引きずり、断りも無しに膝の上に頭を乗せてきた。彼女の軽くウエーブのかかった髪はふわふわと程よい触り心地である。
「・・・・・・重い」
「別にいいじゃない、膝枕ぐらい。・・・・・・あ、応援出てきた!」
彼女が俺にどう絡んでいようと、その意識は紅白に集中し続けているらしい。人の膝の上で頭をすりすりさせて、上機嫌であった。
文句を言えば重いのだが、今はただ雪ねえの好きなようにさせてやろうと思った。
自分の部屋という自己領域にいることや、お気に入りのTV番組を見ていることで、心身共に安らいでいるのだろう。
その要因にもう一つ、俺が傍にいる、も入っていればいいなぁと期待する自分も憎めなかったりする。
最近俺は考えるのだ。
ひょっとしたら、自分は雪ねえを好きで癒やしているのではないか。自分の意思で、彼女に振り回されているのではないか。
情けないのは重々承知だが・・・・・・自由奔放な女の傍で、頑固に生きている男。存外、と居心地がいいんだよ。
[続く]