
えーっ。ちょっと、そこあたし使ってんですけど。
ジュースを買いに立ったらその間に場所取られた。有り得ない。
あたしは構わずカーテンを開けてやった。
「ちょ、テメェ何しやがんだ!」
慌てて男がパソコンの画面を手をバタバタしながら無かった事のように隠そうとする。
「……それ位じゃ今時誰も驚かないよ」
わざわざんなとこまで来てエロ画像かよ。ダサッ。
「つうかさ、人が使ってるとこ勝手に開けんじゃねえ!」
「それはこっちのセリフだよ」
ああ?と男はあたしが指差した椅子の下を見た。
小振りのバッグが1つ。足下にあるのに気がつかなかったらしい。
「……悪い」
気まずそうに頭をポリポリと掻いて電源を落とすと席を立って、隣りへ移った。
あたしは再び席に着こうとする、が、館内放送に仕方なくバッグを手に立ち上がった。
「何だよ、使わねえのかよ」
さっきの男が顔をしかめてこっちを覗く。
「時間」
この店――いわゆるネットカフェだが――では9時までしかあたしのような女子高生は
いられない。
「ガキは早く帰れよ」
男は軽くばいばいと手を振りながら紙コップに口を付ける。
あたしはそれを見ながらこの後の事を考えていた。
そして、閉めかけたカーテンに手を掛けてその動きを止めた。
「な、なんだよ!まだ何かあんのか?」
「……ねえ、あんたさ、彼女いないよね?」
金曜の夜にこんな所でエロ画像見てるんじゃ当然そうだろうけど。
「う、うるせえな。だったら何なんだよ?」
こいつ、口は悪いけど人は悪くなさそうに見えた。ちょっと無精髭が残念な感じ?
ちゃんと髪も手入れしたらそこそこの見た目だろうに。
思い切って言ってみた言葉に男は飲み物を噴き出しかけてむせた。
「な…………!?」
無理も無い。だってあたしが言ったのは……。
「あたしとどっか泊まらない?」
だって、あたしはその日帰るつもりなんかなかったんだから。
1週間後。
あいつ……『コージ』はまた居るだろうか?正直期待は出来ない。部屋のパソコンが
壊れたから来ただけだと言っていた。修理が終われば用はない筈だから、あれっきり
でも不思議じゃない。
メアドも携帯番号も教え合う事はしなかった。聞かれはしたけど、教えなかった。
そんな事したら何だか格好悪い気がして、だから互いに下の名前――それも普段呼ばれ
慣れた愛称位の物だけを教えてあった。それも便宜上の事だから大して意味は成さな
かった筈。
醒めた1度だけの付き合い。それだけでも良かったのだ。
あの後コージは戸惑いながらも結局はあたしとラブホに行って、当然セックスした。
ただ、する前と事後とではあいつの態度はちょっと変わっていた。
『お前……!?』
苦痛に歪んだ顔と少し汚れてしまったシーツを目にした途端、頭をポリポリ掻いて
『ごめん……』
と消え入りそうな声で呟いた。
部屋に入れば当たり前の様に交替でシャワーを浴びてさっさとベッドに入った。
そのまま当たり前の様に始めた行為だったから……それは驚くのも無理はないのかも
しれない。
『なんでお前……!?』
『別に』
捨てるという事自体にはあたしは正直何の感傷も抱いてはいなかった。ただもっと
こいつがイヤらしいオヤジだったりし馬鹿そうなヤンキーだったりしたらさすがに
そんな事しなかったけど、なんて考えてた。
『家に帰りたくなかったから。誰かが一緒にいてくれたらそれで良かったんだ』
それが、たまたまあんただっただけだよ。
そんな風に考えながらただグッタリとベッドに沈んでいたあたしは、気付いたら
コージのされるがままに腕枕されて眠ってしまっていた。
気恥ずかしくて朝、ばいばいとだけ言って速攻ホテルの前で逃げる様に別れた。
それから一週間後、またあたしはネカフェにいる。
「マナ、か?」
思わずビクッとして振向いた。この間の様にパソコン周りをうろついて見た。でも
まさか居るかどうか期待半分、諦め半分だったから正直凄い驚いた。
「来たんだ?……てことはまだ直してないんだ?パソコン」
「ん」
短い返事だけしてコージは空いたブースに座る。
「お前は?」
「別に。……時間まではいるつもりだけど」
「そっか」
口調はこの間と変わらずぶっきらぼうだった。だけど何故かあたしはちょっとだけ
ホッとしていた。何ていうか、知らない場所でやっと自分の知り合いに会えて安心す
るような感じに似ている。
会いたかった?まさか!
1回寝た――大して大事にしていたわけでもない貞操とかいう奴をたまたま渡した
だけの相手に?そんなのダサすぎる。
あたしは両親が互いに不在がちで上手くいっていない、よくある話に乗っかって
しまって週末に1人家にいるのがばからしかったのだ。
だからあたしが家にいてもいなくても同じなわけで、だったらどうせなら誰かと
一晩位過ごして見たかっただけだったのだ。その最初の相手がたまたまこのコージ
だっただけ。それだけ。
「なあ」
「なに?」
「今日はちゃんと帰るのか?」
「さあ」
特に何をするわけでもなくパソコンの前に陣取りながら言う。
「だったらまた今夜も俺といるか?」
ほっぺを指先で掻きながら目線は画面に向けたまま、低く小さな声で呟く。
「……そうする」
答えた途端あたしの手を掴むと立ち上がって、そのまま店を出た。
またこの間と同じ様に交互にシャワーを浴びてセックスした。
ただ違ったのは、黙ってさっさと始めてしまった慌ただしくどこかギスギスしたこの
前とは雰囲気が変わった気がした。
「んっ……」
おざなりだったキスを嫌と言う程浴せられ、時間をかけてあちこち丁寧に撫でられた。
その後はまた腕枕されて眠って、同じ様に朝には別れた。
翌週も同じ様にそこにコージはいて、同じ様にラブホに行った。
今度はあたしが先に入ったシャワーの途中でいきなり自分も入って来て、そのまま
押し倒された。
「なん……っ」
驚く事もままならないうちに唇を塞がれ、ソープの泡で滑る身体を長い指がはい回る。
「あ、ちょっ……」
「……嫌なら、やめるけど」
そう言いながら後ろから抱き締められ……というよりはがい締めにされた感じで
あたしは身動きが取れないままツルンと乳首の先を摘まれ、思わず
「……は、ああっ」
と声をあげてしまった。
「立ってるじゃんか」
「こっ、これは、寒かったからで……や、んぁっ」
耳朶の後ろに熱い息が掛かり、そのまま噛まれてぞくぞくした。この間気付いたん
だけど、あたしの弱点だったようだ。
その上両胸を鷲掴みにされたまま中指で尖端を擦られ、おかしくならない方がどうか
してる。
「……ふ、あぁ、や、だめ、だめ、だっ……あああっ!!」
「よく滑るな」
右手がいつの間にか下半身に伸びていて、ぬるぬるとした感触とカッと火照りだした
そこの熱を帯びた感覚にあたしは思わず膝が震えた。
「辛いか?」
必死で頭を縦に振ると、コージは立ててあったマットを敷いてその上に座り、あたし
を膝の上にまた後ろ向きにしてから乗せた。
「泡とお前のとどっちだろうな」
もうあたしのあそこは音を立てて濡れまくっている。
「声出せ」
「そんなやだぁ……っ、あ、ああっ」
「やめたくないだろ?」
「…………っ」
「俺もやめたくないから」
肩に乗せられた横顔をチラッと見る。切れ長の目がSっぽい雰囲気を醸し出してる。
だけど決して乱暴な事はやらない。むしろ、回を重ねる毎に優しくなる気がする。
愛撫は止まず、風呂場にやらしい水音とあたしの喘ぎ、コージの息遣いが響き渡る。
「あ、ーーーー……っ!!!!」
その日、初めてあたしは、イク感覚を知った。
全てが済んでもまだぼうっとマットに沈んでいたあたしを、コージは抱き抱えて
起こしてくれた。そのまま何となく流されるままに身体を洗われて、髪を洗うのも
手伝ってくれた。
気恥ずかしいけど嫌じゃなくて。だから、あたしも背中を流してコージの頭を洗って
あげた。
やだ、なんか。
あたし笑ってる。
「これって気持ちいい?」
指先でマッサージするように地肌を洗ってやると
「うん」
と心なしか弾んだ声が聞こえた気がした。
「……また、頼むな」
「いいよ」
またって事はこの次もあるって事。約束したんだあたし達……初めての約束。
どこまで続くのだろう?正直、初めてのあの時で終わるもんだと何の疑問も持たな
かったのが嘘の様だ。
次を決めてしまったら、切れてしまう事を考えるのが恐い。あたしはどうしてしま
ったんだろう?
2人で広い湯船に向かい合わせで膝を立てて漬かった。改めてじっくり見合うと、
今更何だか気恥ずかしい。
「なあ、歳聞いていいか?」
「…………17歳。高2。あんたは?」
「ハタチ。××大の2年」
そういやあたし達は互いの事ほんとに知らない。
「17か、本当はこれってやばいんだろうなぁ?」
「さあ」
コージは頭を軽く掻きながらあたしを眺めている。
「別にいいじゃん。いちいち誰も聞きやしないよ」
「だな」
本当に今更。そんなの最初に考える事じゃん?だけど、だからって会うのやめよう
かと今更思いもしなかったのも事実。
頬から首筋まで自然にコージの指があたしに触れる。長くて綺麗だな、といつも心の
中で思いながらそれを眺めている。
代わりにあたしは無精髭を何となく撫でてみる。と、引き寄せられるように唇が軽く
触れ合うだけのキスをした。
「……ちょっとチクチクすんね」
「悪い」
でも嫌いじゃなかった。
あたしはコージの事を知らない。コージもあたしを知らない。それでも良かった。
でもこのままだとあたし達はどうなるのだろう?
いわゆるセフレ。それでいいのかもしれない。
今夜は迷っていた。
建物の前まで行ったものの、中に入るのはためらわれた。
コージは来てるだろうか?最初の時から3週間は経ってるし、パソコンが直ってい
たらもうここには用はないんだ。
時間はもうすぐ9時になろうとするから、今から中には入れない。仕方ない、今夜は
うちに帰ろう。
「…………待て!」
「きゃっ!?」
後ろから肩を掴まれて驚いて振向いた。
「なんだよ。もう来ねえのかと思っただろうが」
息を切らして店から飛び出して来たのは奴だった。
「…………うん、ごめん」
何で?あれ、何であたし謝ってんの?
「具合でも悪かったのか」
「ううん」
「そっか」
心配してくれた?……まさかね。
「行くか」
自転車を取って来ると、いつもの様に後ろに乗れと促された。だけどあたしは動か
なかった。
「ごめん……」
まさかそんな返事が返って来るとは思わなかったんだろう。切れ長の目がかすかに
開いた気がした。
「どうか、したのか?」
「今日はダメなんだ」
行きたくても一緒に行けない。何故なら……。
「あたし今日できないから」
「は?」
「だから、昨日から、始まっちゃったから、その……」
最初は首を捻っていたコージは徐々に理解したようで、途中から
「あ、ああ、なるほどな。そっか」
頭を掻きながら
「いや、いいんだ、うん。そっか」
って心なしか顔を赤らめた気がした。
「……んじゃ、送ってやる。乗れよ」
「いいよ」
「気にすんな。いいから、ほら。こんな時間に1人で帰せるかよ」
確かにこんな時間に来た道を戻るのは賢いとは言えなかった。あたしはコージの言う
事を聞くことにした。
ダウンのフードのファーの感触がくすぐったいけど、奴の背中は広くて暖かいと思
った。落ちないようになんて言い訳しながら掴まる手に力がこもる。
「……良かった」
ふいにコージが呟いた。
「え?」
何を言うのだろう。あたしは思わず聞き返す。
「ねえ、何が?」
するとその場で自転車を漕ぐ足を止めて言った。
「もう会わないんだと思ったから」
肩越しにあたしを見る目はいつものつり目の筈なのに、寂しげに――だけど少し安心
した様に感じたのはあたしの思い上がりだろうか。
「そんなの考えた事ない」
あたし何を言ってるんだろう?でもそれは思わず口をついて出た言葉だから、きっと
本心だろう。
……あたしは自分で自分の気持ちをわからないのか。捻くれてる。
「そう、か」
ちょっと笑ってまたコージは自転車を漕ぐ。
まだこいつとは離れたくなかったんだ。あたしはそれに気付いてしまった。
「止めて」
「え?」
近所の寂れた公園の前で自転車を降りた。
「おい、どこ行くんだ」
「いいから」
戸惑うコージの手を引っ張って奥のベンチにあたしは向った。
植え込みの側のベンチにコージを座らせた。あたしはそのまま前に跪き地面に座る。
「おい、何を……うわっ!?」
許可を得ずにベルトを外して一気にジーパンのジッパーを下ろすと、勢いで下着の
上からコージのモノに触れてみる。戸惑いながらも一気にそれは硬くなって。
「大丈夫だよ。昼間だってほとんど人なんか来ないから、ここ」
「お、おい……う」
思い切ってそれに唇を当ててみる。布越しにもその熱が伝わって来て、何故かあたし
まで喉の奥が渇いてゆくような熱を帯びて来た様な気がして、
それを治めるかのように一気に下着を下げてそろそろと先端に口づけをした。
「……あっ」
小さく呻く声が漏れた。ピク、と微かに反応して唇からブレたそれに思い切って
もっと深く含む。
「何でこんな……マナッ……」
そのテの雑誌なんかで読んだ程度の知識だがそれを思い出しては動いてみる。
戸惑いながらも徐々に反応を示し始めてそのうちコージは黙ってしまった。
もはやあたしのするがままになっている。荒い息遣いをしながらその手は押さえる
事のない程度の力であたしの頭に撫でる様に乗せられている。
「…………っ!?、ダメだ、マ、ナッ……!!」
小さな悲鳴の様に似た声をあげてコージの身体が震えた瞬間、それまでにじわじわ
と溢れて来た物とは違う何かが勢い良く口の中に流れ出て、思わずむせ返りそうになっ
た。
「悪い……」
大丈夫かと火照らせた頬をしながら申し訳なさそうにあたしを見下ろす。目が合って
初めてあたしは急に恥かしくなって、口元を押さえたまま目を逸らした。
「無理に飲まなくていい」
確かに辛い。頷いてバッグから何とかティッシュを取り出して吐き出した。まともに
見たのは初めてだ。いつもコージはゴムを付けていたから、それ越しにしか目にした
事はなかったから。
勢いとはいえ、何て真似をしたんだろう。まともにコージの顔が見られない。
無言で家の前まで辿り着いた後、やっとコージの方から口を開いた。
「新庄っていうのか」
表札を見て呟いた。
「新庄。新庄愛永(まなえ)」
それがあたしの名前。今更だけど。
「……まなえ、でマナか。なるほどな」
自転車を降りて門へ向う。
「親とか大丈夫なのか?」
「まあね。多分どっちもいないから平気。明日は母親が帰るけど、父親はいつかわか
んない」
そう言うと、何とも言えない複雑な顔をした。無理もない、こんな時普通は何と
言っていいかわからないもんなんだろうし。
両親とも仕事が多忙で家に帰れず、2人共それぞれの職場の近くに部屋を借りて
いる。母親は土曜になるとあたしに会いに帰って来る。……ていうのは建前で、単に
月〜金まではいる家政婦に洗濯物を押し付けて新たな着替えを取りに来るだけなのだ。
父親に至ってはもう月1あれば良い方で、すっかりそれに慣れてしまった。
どちらにもそれぞれ別に相手がいる事も、もはや公然の秘密である。
コージはあたしのそんな下らない独り言のような語りを黙って聞いて、
「だからあんな事したのか?」
と呟いた。
「俺でなくたって良かったんだよなぁ……」
俯きながら、息を吐く。白くて深い溜め息。
「……俺だって人の事言えたもんじゃねえけどよ」
自転車の向きを変えるとしばらく背を向けていたが、やがてゆっくり振向いて聞いた。
「……なあ、何で今日あんな事した?」
その顔は何だか少し哀しそうに見えた気がした。
「……出来なかったから」
「だからって何で?」
問われていきなり締付けられたように苦しくなって、思わず胸を押さえた。
「だって、やれなかったら意味ないじゃん。あんたにとって、あたしは会う事の意味が
なくなって、だから……」
あたしは何を言ってるんだろう?いたたまれなくなって、逃げる様に家に入った。
しばらくして、自転車が走り去るのを自室の窓から眺め、泣いた。
単なる逃げ場であり、セフレだった。
そうしておけば深みに嵌らず傷付かずにいられる筈だった。
なのに誤算だった。あいつはそうするには優し過ぎたんだと思う。
最初はあっちだって単にやりたいだけだったんだろうし。それがあたしがうっかり
処女だったりしたもんだから、優しいあいつは構わずにはいられかったんだろう。
優しくされるのは嬉しいけど辛い。だから今のうちに捨ててしまえば良い。
愛情だなんて勘違いに気付いて深みに嵌って傷付いてもがき苦しむ前に……自分で
断ち切ってしまえばいい。
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