まゆみ先生の狼藉

「こら、待て!玉田、蒼井、八橋!この、三馬鹿トリオ!」
夕暮れに差し掛かったある中学校の校庭で、三人の生徒が一人の女教師に追いかけられて
いる。少年たちは額に汗を光らせながら、追いすがる教師から懸命に逃げていた。
「待ったら、どうするんですか?先生」
玉田と呼ばれた少年が、そう叫びながら軽快なストライドでトラックを駆け抜ける。
「殴る!」
少年に問い掛けられた女教師は、そう答えると拳をぎゅっと握り締め、眉間に皺を寄せ
ながら、少年たちを追いかけた。教師の名は幸田まゆみ。独身。御年二十九歳の、世間的
にはいささか嫁ぎ遅れた感のある、妙齢の女性であった。そうは言っても、まゆみに
女性の魅力が欠けている訳ではない。瓜実顔で、目鼻立ちがすうっと通った美麗な顔と、
後ろできっちりと纏め上げた豊かな黒髪を持ち、更には肉感的な肢体を誇っている彼女は、
どちらかと言えば、美女の部類に入っていた。しかし、彼女は言う。
「ガキども相手で、あたら婚期を逃してしまった」
才気に恵まれ、国立大学を首席で卒業したまゆみは、教職についてからというものの、気が
休まる暇も無かった。教室は動物園の如く騒がしいし、悪戯盛りの悪ガキどもには、毎日
手を焼いている。女生徒はこしゃまっくれて可愛げが無いし、何より同性の持つ性的な変化
が、いささか疎ましくもあった。そんなサファリパークまがいの学び舎の中で、彼女の婚期を
更に遅れさせるような、極めて素行の宜しくない悪ガキ三人衆が存在した。玉田幸一、蒼井孝昌、
八橋薫の三人である。彼らは常に連れ立って、校内を騒がせてはまゆみから雷を落とされていた。
その原因は主に、女生徒のスカートを捲ったとか、授業を抜け出して買い食いにいったりなどと
言う、他愛の無いものではあったが、事勿れ主義が蔓延る教師たちに、それを諌める気概は無い。
もし、体罰を加えれば問題にもなり兼ねないし、そうかと言って野放しにすれば、生徒に示しが
つかないのである。そんな複雑な事情の中で、他の教師たちは困り果て、いつしか三人の少年の
非行を見て見ぬ振りにしていたのだった。

しかし、まゆみは違っていた。彼女は、三人の担任を受け持つや否や、彼らの素行を
厳重に嗜めたのである。時には、鉄拳制裁を振るう事もあったが、悪ガキ三人衆はそれに
甘んじ、まゆみの真摯な教育者然とした理知に従っていった。彼らも、まだ年若い少年
である。本気で叱ってくれる大人がいれば、それを是として受け入れていく。しかし、
三人の悪戯は完全に収まったとは言えなかった。今も、彼らは女生徒の着替えを覗いた
罪で、まゆみに追いかけられている。
「待て!くそっ、足が速いな・・・離されてる・・・」
まゆみは三人の少年の背中を見据えながら、自分の足にまとわりつくスカートが、忌々
しく思った。女性の嗜みとは言え、まるで活発な行動を戒めるかのようなこの布切れは、
実の所、まゆみの好みではない。彼女はどちらかと言えば、パンツルックを好む快活な
性格をしているのだが、教壇に立つ身としてはそうもいかないのである。
「くそっ!ええい、こうなったら・・・」
三人衆との距離が開き始めた事に焦ったまゆみは、スカートのスリットを力任せに引き裂き、
両足をより自由にさせた。そして、歩幅を大きく取って少年たちとの距離を詰めて行く。
「ヤバイ!先生、本気モードだ!」
最後尾を走っていた八橋少年が、迫り来るまゆみの姿におののいた。百メートルを十一秒
で走るまゆみにとって、スカートの戒めを解かれた今、三人はすでに猟犬に追われる子鹿の
如し。本気になったまゆみが、その脚力にものを言わせて、八橋少年の学生服を掴むのには、
ほんの僅かな時間しか、かからなかった。
「ほうら!八橋、ゲットォ!」
がくん、とまゆみの手が八橋少年の体を引っ掴み、赤土に覆われたグラウンドへ、重なり合う
様にして倒れ込む。二、三度両者の体がバウンドしたが、まゆみは八橋の体を離さなかった。
「ああ!八橋!」
先頭を走っていた玉田、蒼井両少年も、仲間が囚われの身になった事で逃走を諦めて、赤土
まみれになったまゆみと八橋の元へ駆け寄っていく。そして、まゆみは
「どうだ、先生の勝ちよ!お前ら、全員、生徒指導室へ来ーい!」
と、勝ち鬨を上げる。スカートを捲くれさせ、下着までも赤土まみれにさせた彼女の姿は、
とても聖職者のそれには見えず、まるでガキ大将そのものであった。

「三人とも、そこに座りなさい」
まゆみは三人衆を床に座らせ、自らは教師の威厳を持って彼らに見下ろす様に、正対
する。破れたスカートもそのままに、全身を赤土で彩らせた彼女の姿を見詰める少年
たちは、そのまがまがしさに恐縮しきりだ。
「さあ、答えて貰いましょうか!なんで、女子更衣室を覗いたの?」
まゆみはいきなり話の核心をつく。こういった場合、ちょっと気の利いた教師であれば、
遠まわしに話を作っていき、生徒の心を開こうとするが、まゆみは常に直球勝負。剛毅
な性格を持つ彼女にとっては、まわりくどい申し立てなぞ、聞こうとも思わないのだ。
「先生、俺たちは山男が山に登るのと等しく、女の裸が見たいんです!」
三人衆のリーダー格である、玉田がそう言い放つ。校内で起こる三人衆の悪戯のほとんどが、
彼の提案によってなされており、知恵が回るだけに弁も立つ。しかも、意外や意外、学業の
成績などは常にトップクラスに入っていて、その素行に反して教師たちの心証はさほど悪く
は無かった。
「バカモノ!」
怒号とともに、ごつん、とまゆみの拳骨が玉田に見舞われる。それを見た蒼井が、
「先生、暴力はいけません!」
と、まゆみに縋りつく。そして、
「お前が、言うなあっ!」
ごつん、これも固く握られた拳骨で、蒼井の頭をまゆみは殴りつけた。一番早くまゆみ
に捕まった八橋は様子を伺いながら、さも反省しています、と言った表情でまゆみを
見据えたため、鉄建制裁はまぬがれるが、体は強張ったまま。
「痛いよ、先生・・・」
目に涙を一杯に浮かべた蒼井が、恨めしそうにまゆみを見る。しかし、その視線に邪気は
無い。同じく頭を殴られた玉田も、同様だ。彼らは、何と言ってもまゆみにこうやって怒
られるのが嬉しいのである。自分たちがほとぼらせる若さに、親身となって歯止めをかけて
くれる女教師の存在が、畏怖しながらも実は頼もしかった。そして、まゆみは一呼吸置くと、
「お前らは、口で言っても分からないから、体で覚えさせるんだ。文句ある?」
そう言って、切れ長のまなじりをきりりと引き締め、三人を睨み付ける。すると、
「ありません・・・」
と、悪ガキ三人衆は口を揃えてうな垂れた。

十分後、悪ガキ三人衆は校内にある屋内プールで、デッキブラシを持っていた。覗いた
のが水泳部の女子更衣室であったがために、その罰としてまゆみからプール掃除を言い
渡されていたのである。むろん、彼女の監視付きで。
「ほら、もっときりきりと擦りなさい!」
プールの床を掃除する三人へ、まゆみの良く通る声が飛ぶ。その度に、三人は身を竦め、
デッキブラシに力を込めながら、プールを清めて行く。
「まさかプール掃除をさせられるとは、思わなかったな」
懸命にブラシで床を擦る玉田が、同じくブラシの使い手となった蒼井、八橋の両者に問い
かける。
「うん。でも、これでまゆみ先生のお怒りが鎮まればいいさ。お安い御用だよ」
こう言ったのは蒼井である。すると八橋も、
「でも、まゆみ先生、パンツ丸出しで追っかけてくるとは思わなかったなあ、俺、思わず
見とれちゃったよ、先生のパンツ」
と、頬を緩めて答えた。三人は、思春期の少年にありがちな年上の女性への憧憬を、頼も
しく見目美しい、まゆみへと委ねている。彼らが行う悪戯も、実の所、まゆみに関心を持た
れたいが為の事であり、少しでも彼女と同じ時間を共有したい、というのが彼らの密やか
な願いであった。
「こらあ!無駄話するなあッ!」
三人がたむろっていると、途端にまゆみの声が飛ぶ。すると、彼らは兵隊アリよろしく、
再びはきはきとプールの床を擦って行く。そうして、まゆみから言い付けられたプール
掃除が終わったのは、午後七時を少し回った所であった。

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