ほんきの嘘 (1-10)
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中学からの親友ふみちゃんは言うわけだ。
「あんたらマジでつき合ってんじゃないかって、みんな噂してんだけどね」
いや、ありえないんだなコレが。
クリスマスは一緒にファミレスでご飯食べてゲーセン行った。
バレンタインは本命への手造りの余りをあげた。(基本的に義理はあげない主義だが)
でもホワイトデーに全く期待しなかったクッキーのお返しなんぞくれたりしたんで
(しかも自分で作れるんだこれが)、直後の奴の誕生日には一応プレゼントをあげた。
この男「ケン」とあたし「奈緒」は1年の時たまたま隣の席になったのが
きっかけで仲良くなった。
あたしも割とゲーマー寄りなので話が合ったわけだ。(だがあくまで私自身は
ヲタではない……と思う。いや、思いたいけど傍目には同類かもなorz)
「ねえ、それレベル上げダルい?」
「いや。けど敵がえげつない……やる?」
「いや、いい」
「ラスボスならまた手伝ってやるよ?」
「んじゃ、やろっかな」
ん、とニッコリ笑うとケンはまた画面に釘づけになった。眉間に皺が寄る。マジじゃん。
今も新刊の文庫を読みふけるあたしの隣の席で、DSの新タイトルにのめり込んでる
こいつを見ていると『傍目には似合いのヲタクカップル』に見えるんだろうなと思う。
いや全然ちがうんだけどね。嫌いじゃないし、どっちかっていうと好きかも。
早々と読み終わった文庫をケンのリュックに入れてやる。
いつもこんなもんだ、色気も何もない。でも一緒にいるのはあたしは好きだ。
けどそれは親友としてのレベルである。互いに好きな相手もいるし、それを
それぞれが応援している。
「よっしゃクリアー!俺マジ天才!!」
「あーもうっ、うるさい!」
またやってる、くすくす笑う声が教室のあちこちから聞こえる。
いやだから、一緒にしないで……。
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「奈緒ー。後でね」
うんバイバイ、とふみちゃんに手を振って自分もパンを取り出す。
「広野さんあっちのコたちと食べるんだ?」
「そうみたいだね。ん……何?」
自分も弁当を出しながらケンはあたしをじっと見てる。
「いや、女の子ってトイレとかランチとかみんなで行くの好きじゃん?奈緒は
そういう所ないよね」
別に嫌いってわけじゃないんだけど、何か苦手なのよ。用足し位落ち着いてしたいし
なんつうかその、ああいうのが肌に合わないんだ。
「やっぱ変わってんのかなー」
「いいんじゃないの?無理したってボロが出て結局辛くなるよ。それに広野さんていう
いい友達がいるじゃんか」
そうなんだよね。誰とでも仲良くできるふみちゃんのお陰でハブられずに済んでんだ。
「俺だって相当変わってると思うよ?」
確かに。自分で弁当作るのが好きな男子高生はそういない。男女逆なら嫁にしたい。
そう言うと「マジで?」って結構喜ぶんだよね。変な奴。
隣のクラスの山田君が呼びに来たけど手振って弁当開けてる。
「行かないの?」
「うん、ここで食べる」
あっ、そう。あたしも1人はちょっと寂しかったりもするんで嬉しいんだけど、
時々『気を遣ってくれてるのかな』と考えたりしてしまう。
……まさかね。そんな義理ないよね。
「あっ、ケン、ユリちゃん♪」
小声で肘をつつくと廊下の窓を示す。ケンの片思いの彼女『永井ユリ』が通ったからだ。
背中までの髪は綺麗で、体は小さくて白くて可愛い。
ちっちゃくピクッと体を反応させて「ん」とだけ言うと、「いただきます」と
行儀良く手を合わせてご飯を食べ始めた。
「やけにあっさりじゃない?」
「いや、普通だよ?」
「照れてんの?」
うるさい、って呟きながら卵焼きを1つくれた。
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「昨日の本さ、まだ読めてないんだけど〜」
「いいよ。ゆっくりで。まだやりたいエロゲーあるんでしょ?」
「うん……てエロゲーって言うな!恋愛シュミレ」
「はいはい」
帰りまで一緒かい。
あたしは趣味が高じて書店でバイトしている。本代はかさむし、社員割引なるものも魅力的。
ケンも趣味には金が掛かると新聞少年をやっている。
「何であんたも付いてくんの……あっ、また何か買う気?今日発売のアレなら
あたしが買っといたげるよ」
「いや、いつもだと悪いし」
「ついでだからいいよ。エロ本以外なら」
「ば……!なら、頼んどく」
周り気にして真っ赤になってやんの。案外ウブな奴。
並んで歩くと155センチのあたしと180のケンはすっごく凸凹してて、あたしは首が痛い。
結構顔も整ってるし、髪型とか気をつければ……惜しいなあ、などと良く思う。って
人のこと言ってる場合かあたしは。自分こそ何とかしろよ、この寝癖。
今朝、時間がなくて誤魔化すためにとりあえず編んだ似合わない三つ編みをいじりながら歩く。
肩までだと跳ねやすいんだよね。でも一応女の子ですから、長い髪で少しでも
可愛くなれるもんならと頑張ってるんだけど、今度こそと一度位は背中まである
髪に憧れたりしては何度も切っては後悔する。
今が限度だ。ユリちゃんとやら、マジ尊敬する。
「あっ」
下駄箱の間から出てきた相手とぶつかりかけて、思わず顔を見て息を呑んだ。
「ああ……深田か」
少しハスキーがかった声に、反応すまいとしてあたしの肩に力が入る。
「志真、くん……」
「元気そうだな」
「うん」
顔、見らんない。
しばらく沈黙した後、彼は口を開いた。
「深田、今からちょっといい?」
「あ〜……バイトで」
じゃ明日。そうあっさり約束事を交わして彼は玄関から出て行った。
「おい、今のって呼び出しかなぁ?奈緒チャンスじゃないか!……おい、どうした。
嬉しすぎて声出ないか?」
肩を掴んで揺さぶりながら笑ってるケンに、あたしは愛想笑いしか返せなかった。
志真くんは、あたしの想い人だった。
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翌日の放課後、下駄箱の前に彼は待っていた。
「深田」
気づかない振りして素通りしようと思ったのに、あっさりと捕まってしまった。
「志真くん……」
すぐ後ろにはケンがいた。
「行こう」
そう言いながらその視線はあたしを通り越しチラとケンを見る。
「……あ、俺ブクオフ寄ってくから」
あたしの肩をポンと叩くと一度も振り返らず行ってしまった。
残されたのはあたしと志真くん。久々に間近で聞いた声はあたしの胸に小さな亀裂を産んだ。
その時ほんとうは、ケンにいてほしかった。
誰もいない視聴覚室準備室にあたし達は向かい合っていた。
何を言えばいいのだろう、彼は何をするつもりなんだろうか。
何を考えてるの?
「深田とこうして話すの久し振りだね」
そう話しながらカーテン越しに外を眺めて目を細める。陽に透けた薄茶色の柔らかな
髪が眩しいと思った。
ここに来るのもバレンタイン以来だった。
「俺とつき合う気まだある?」
いきなりの台詞に面食らった。思わず彼の顔を凝視してしまったまま固まった。
「なに、言ってるの……?」
「あいつとは別れた。今度こそ終わりだ」
突然の事にパニクって志真くんが近付いてくるのをどうにも出来なかった。
気が付いた時には、腕を掴んで抱き締められてた。
「う……そ」
返事もしないうちに彼は首筋に唇を当て、そのままあたしの唇へそれを滑らせようとする。
「……ちょっ!」
背筋が一瞬にして凍った。その寒さに耐えきれなくて思い切り顔を背けた。
「ふか……っ」
ガタガタッ!!
その時ドアが大きな音を立てて揺れた。
あたしは今だ!とばかりに駆け寄って出入り口へ向かった。
もっとも、そこしか無かったんだけど。
だがドアを開けたあたしを待っていたのは、今のよりもっと重い衝撃だった。
目の前に立ち塞がる大きな人影。
「な、んで……!?」
「いや、あの」
いたたまれなくなって、あたしは後ろも見ずに2人の男子を残してその場から逃げ出した。
背後からはあたしを呼ぶケンの声だけが響いていた。
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「彼、すっごく心配してたけど」
あのまま家まで逃げ帰ったあたしをふみちゃんが訪ねてきた。
「彼って?」
「どっちだと思う?」
その時あたしの頭に浮かんだのは1人だけだ。
「多分、奈緒が考えてるので合ってると思うよ」
見透かしたようにあたしを見ながらお茶に口を付けた。
「何があったかは教えてない。でもきっと何か勘付いてるんじゃないかなー?」
重い気分で膝を抱えていると、場違いに明るいゲーム曲が流れ出した。
……ケンだ!
出な、と手をひらひら振って促すふみちゃんが背中を向けて手近な漫画を開くのを見て
携帯を手に隣室へ出た。
「……もしもし」
『俺だけど、ケンだけど。……無事か?』
「うん」
心臓がバクバクする。
出来れば電話叩き切って、みんな無かった事にしてしまいたい。
『今××にあるコンビニなんだけどさ〜……出て来れねえかな?』
「えっ!?」
来るまでいるからって切れた。……マジっすか。
ふみちゃんと家を出て送りがてら外を歩く。足は重い。
「もう忘れちゃいな」
ガラスの向こう側に見えるケンの背中に気付くと、ふみちゃんは一言だけそう呟いて帰った。
休憩コーナーのベンチで携帯を凝視しながらケンは待っていた。
あたしが声かけるより先に気付くと、位置をずらしてあたしの座るとこを作った。
無視して突っ立ってるわけにもいかず、腰を下ろす。だけど言葉は見つからない。
「あいつと何があったの」
静かに呟く質問に 答える事が出来ずに黙ったままのあたしに
「何された」
いつもの柔らかな声とは違う、低く静かなそれが突き刺さる。
「本当に好きなの?あいつの事」
「……何で?」
「奈緒、逃げてるみたいに感じたから」
心臓を捕まれたような気がして、思わずケンの顔を見た。
ケンもあたしを見ていた。
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「怯えてるみたいにも見えた。……何があった?」
Gパンの膝を握る手が小刻みに震えた気がした。
「……ごめん」
それだけ言うのにかなりの力がいった。
「何が?」
「あたし、あたしね」
楽になるのかな?
忘れること、出来るのかな?
「うん」
「あたしね。あたし……もう、綺麗じゃないんだ」
がしゃん。
ケンの携帯が足下に落ちてる。
「何て?」
「落ちたよ、携た」
「だから何て!?」
いつもモバゲーするためだけにあるような四角い通信機は、床の上に放置された。
いつもなら慌てて拾うのに。
「あたしね、ほらバレンタインにチョコあげたって言ってたじゃん」
「うん。でも渡しただけだって……」
そう、告白はせずに逃げちゃった、ってケンには言った。志真くんには他校に彼女がいるし。
中学からずっと好きで、だから、渡して振られてそろそろ諦めても良いかなって思ってた。
今時流行んないよね、そういうの……。
でもその後の展開は意外だった。
『付き合ってもいい』と彼は言ったのだ。彼女とは年末に別れてしまったから、と。
それからのあたしは混乱していた。
キスされて胸を触られた。後は……。
とにかく恐くなって彼を突き飛ばして逃げ出した事は覚えている。
そして数日顔を合わせないまま過ごしているうちに、元カノと復活したのを人伝に聞いた。
皮肉な事にバレンタインのあの出来事の直後だった。
「ふみちゃんには話したけど、あたし……話せなかった。ケンには言えなかった」
「…………」
「異性だし、軽蔑されて友達でもいられなくなると思って……。簡単に
キスとか許しちゃった事になるんだもん。おまけにそれを後悔してるなんてさ」
ごめんね、何でも相談するって言ったのに。
携帯を拾ってふらふらと出て行く後ろ姿を見ながら思った。
あたしは、大事なひとを失ったんだ。
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翌日学校は地獄のように退屈で、苦痛で、早く放課後が来る事ばかりを待ち望んだ。
ケンはとんでもなく遅刻して昼前にやっと来たと思うと、昼休みになるや否や
どっかにすっ飛んでった。
あたしと並んでるのが嫌なのか気まずいのか……とにかく追う事も出来なかった。
普段は無理にあたしを女子の輪に誘う事のないふみちゃんは、珍しく声を掛けてきた。
「いいよ、あたしに気遣わないで」
「じゃ、あたしが奈緒といていい?」
そう言うと他のコにごめ〜ん、て挨拶してさっさとケンの席に弁当持って座った。
こういう時、普通は1人になりたいと思うものかもしれないが、逆にそれに慣れて
しまったあたしにはありがたかった。人間……というよりあたしって、勝手。
「森山って、ああ、2組の森山研?」
……ケンの事だ!
次の授業前にとトイレを済ませ、個室の扉に手を掛けた時聞こえた声に思わず
ノブを握り締めたまま出そびれてしまった。
「あいつって、ユリの事好きだったんだよね?」
「そうそう!」
「ああ、何かそうみたい……」
1組女子!ユリちゃんもいる。
ケン、何かしたのか?ユリちゃんに。バレてんじゃん!!
「でもあいつヲタ入ってんじゃん。キモイよねー。ユリのタイプじゃねぇわ」
「ん〜まあ、ちょっとね」
「見た目は悪くないけど、なんかこう……ああいうのってさ〜」
「ああ、わかるわかる」
ハァ!?
何が?知りもしないくせに見た目だけで決めつけんなよ!!
何か知らんが頭に来た。思わず出て行こうとしたその時だ。またあたしの手は止まった。
「けどあの人どうしちゃったんだろうね?3組の男子殴ろうとしたってマジ!?」
「ねー。相手はふざけてただけですって言ったらしいけど、本人は殴るつもりだった
って言ってるらしいよ。でも理由は頑として言わないみたい。相手が庇ってる
んだとしたらせっかくなのにバカだよね」
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3組男子ってまさか……。
「やっぱりああいうタイプってキレると恐いのかね?」
散々喋って彼女達は出てった。
静かになってからようやく個室から顔を出すと、隣の個室からは同じ様にふみちゃんが
顔を出してた。
「奈緒、今の話」
「うん……」
鳴り響いたチャイムに会話はそこで終わった。
「行こ。……とにかく本人に聞きなよ」
そうするほかない。ふみちゃんに手を引かれて教室まで走った。
午後の授業が終わってもケンは教室に戻って来なかった。ずっと主張を替えずに
いた挙げ句理由についてはだんまりを続けていたそうだ。
しかし庇っているかもとは言え当の相手(やっぱり志真くんだった)は実際のところ
殴られてはいないのだし、先生達もお手上げで折れるしか無かったそうだ。
「ごめんな。もう、変に構ったりしないから」
玄関で待っていた志真くんはあたしにそう言って頭を下げた。
「結局彼女に逃げられて、その穴を深田で埋めようとした俺が悪かったんだ。森山が
怒るのは当然だと思う。『そんな奴ずっと好きだったなんて奈緒が可哀想だ!』
って……本当に悪かった」
寂しさに負けたんだ。そう言った。あたしはキープされる所だったわけか……。
結局は彼女に適いはしなかったわけだ。そう思っても別に悲しくは無かった。
少しだけ、遠ざかる彼の背中に胸はちくん、と痛んだけど。
もう少ししたら多分解放されると志真くんが言ったとおり、間もなく職員室から
ケンが出てきた。
あたしと目が合うと気まずいのか床に目を落として歩いてくる。
「……待ってたの?」
「うん。あー重かった!一体何入ってんの?こん中」
机に置きっ放しだったリュックを渡す。
「今日バイトないからさ。一緒に帰っていい?」
「……うん」
余計な心配かけてごめんな。
小さく呟いて歩き出した。
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「俺も奈緒に黙ってた事がある」
「えっ!?」
「奈緒と仲良くなってすぐ、だから半年以上前か……告って振られた。永井さんに」
はあ!?聞いてない!
「何度も言おうとしたけど出来なかった。そしたらもう奈緒は俺の背中押してくれなく
なるし、そういう繋がりがなくなったら話とかしなくなって切れるって思ったから」
あたしも言えなかったようにケンも言えなかったって事?
「振られんのはわかってたからまあ、すぐ立ち直ったんだけど。そん時より昨日の
奈緒の話の方がショックだった。……軽蔑はしないけどむかついたし、苦しかった。
ごめん俺、奈緒と今迄通りは付き合えない」
一番恐れていた事が起きたと思った。やっぱり騙してた事は大きい。あたしは
取り返しのつかない事をしてしまったんだ。
「好きなんだ。永井さんに告白した時は気付かなかっただけかもしれない。
奈緒が、好きだったんだ。思ったほど悲しくなかったのがショックだったんだ、
失恋しても」
気がついたら、ぽつぽつ降り始めた雨にも構わないほどあたし達の空気は張りつめていた。
「奈緒、困る?」
「ううん」
たった一言であたしの心は新たな色に染まりゆくだろう。でもそれを受け入れられるかが怖い。
「……あたしは志真くんがOKした事も、キスされた事も嬉しいよりショックだった。
それを後悔してるあたしにもショックだった。好きだったら結果どうあれそんな筈ないのに」
「綺麗じゃないって……どこまで?」
ケンはあたしの目を見ずに言った。
「……胸少し触られただけ。怖くて逃げたから。けど、そんな気持ちになったんなら」
あたしには黒歴史だ。流されて、悔やむなんか最低だ。
「それ、忘れられる?」
「えっ!?」
「無かった事にはならないかもしれないけど、俺が塗り替える事……出来る?」
「ケン」
「ごめんな。俺何だかんだ言っても結局同じ様になろうとしてんのかもしれない。
でもマジなんだ。奈緒……お前としたい」
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どこまで?
そんな無粋な事聞けない。じゃあどこまでなら構わないというのか。それより
あたしはどうしたいのか。
「濡れるなー」
誰にともなく呟くとリュックから折り畳み傘を出してさすケンの広い肩を見ていた。
歩いてるうちに段々視界が薄暗くなった。少しずつ傘があたしの方に傾いていくのに気付く。
「濡れるよ」
「いいよ」
でも、と見上げたケンの顔はあまり良く見えなくて、途端に得体の知れない不安に襲われた。
「……た」
「なに?聞こえない」
「もっと早くに気が付いて、何とかしたら良かった。ごめんね」
気付いた所で結局は嘘を突き通したのかもしれないけど。
互いを失くさないための悪あがきのための心からの嘘を。
「謝るな。……泣くなよ」
「ごめん……」
「明日、会える?」
駅まで送ってくれたケンの言葉に迷い無く頷く。
「今夜ひと晩よく考えてな。俺の事も、奈緒の……気持ちも」
あたしに傘を押し付けるようにして、本格的な雨の降り始める中に消えてゆく
背中をずっと見ていた。
翌日は学校は休みだったから、昼からバイトに出てた。店を出ると外の植え込みに
腰掛けてTシャツに短パン姿の兄ちゃんが必死の形相でDSやってた。ていうか
どう見ても立派なオタクに見えるんですが。……まあ、いいけど。
あたしに気付くと
「飲む?」
ってリュックからペットボトルをくれた。
いつも何入れてんだ一体。ていうか更にコンビニの袋見えたんですけど、何故出さない?
……重そ。
「うちな、親社員旅行で明日の夜まで留守してんだ。……来る?」
「うん」
「どっか遊び行ってもいいけ」
「ふみちゃんに頼むから」
ゆうべひと晩考えた。何度も何度も、どれだけ悩もうと答えは同じだった。
黙ってあたしの手を握るとやりかけのDSを閉じて立ち上がった。
「俺、いいんだよね?奈緒の事諦めなくても」
「うん」
あたしも恐れるのはやめる。
終わった事悔やむのも、嘘つくのも。