きみのて『ほんきの嘘』の半年後 written by 80-310

「もう信じられない。ケンのバカ!」
 吐き捨てるように言って奈緒は泣きながら帰ってった。俺の手を振り払って。

 それが最後のデートだった。


* * *

 一度も目を合わせてくれない。
 ずっと下を向いて本読んでるか、窓の外ばっか見てる。こっちの方なんか絶対見てくれない。
「森山、昨日あれ買えた?進み具合教えてー」
 隣のクラスからやって来た山田が後ろのドアから呼んできたんで、席を立って廊下へ出た。
「あれ?……奈緒ちゃんはいいのか?」
「ん、今日は学食付き合うわ」
 さっさと奴を促して先を急ぐ俺に驚きながら、慌てて追ってくる。無理もないか。普段なら弁当広げて
ぺちゃくちゃやってる時間だし……奈緒と。
 暖房が逃げる!と開放厳禁のドアを閉めるふりしてこっそり振り向いたら、奈緒は溜め息をつきながら
食べるでも開けるでもなく、菓子パンの袋をぐしゃぐしゃといじって頬杖ついてた。
「中身出そうだな……」
 癖で変な心配してしまう。突っ込んでくれる奴が今は遠くに感じるのに。


「な、お前ら喧嘩でもしたのか?」
「……喧嘩のほうがまだいいわ」
「は?」
 ゲーム誌片手にうどん啜りながら、顎外しそうな勢いでちっちぇえ目見開いてやがる。
「なんだ?早く仲直りしろよー。奈緒ちゃんいい娘じゃん。俺みたいなゲーオタだって、引かないで
 普通に遊んでくれるしさ」
 こいつも常にゲーム片手に飯食ってるからなー。奴にとって話の解る奈緒の様な相手は、数少ない
会話の出来る女の子なんだよな。
「ん、後でちゃんと……」
「あ、森山君?」
 思いがけず掛けられた声に振り向くと、彼女が立っていた。
「昨日は本当にありがと。……あ、これ、あの後作った物なんだけど、よかったら。大した物じゃないけど」
 小さなクッキーらしき物が入った透明な包みを手渡された。
「……ありがと。別にいいのに」
 じゃあねと友達の元へ歩いていく彼女の姿にあんぐりと口を開けて、
「まさかお前別れたりしてないよな?だって今の……永井さんじゃん!?」


「うん……」
 山田が驚くのも無理はないだろうと思う。ずっと前、俺は彼女に告った。そんで、フられた。そっからは
彼女とはクラスも違うし、何の接点も無かったのだ。
「奈緒ちゃんが見たら怒るぞ〜?」
 軽い気持ちで言ったんだろうが、その言葉は今の俺にはシャレにならないもんだった。
「うるせえよ」
「……恐っ!!て、何マジんなってんの?」
「やる」
 手にしていたクッキーを奴の前に置いて席を立った。
「いいのかよ?……冗談だってば。奈緒ちゃんとこか?」
「まあな」
 仲直りしろよ〜という声を背中に学食を出ると、出入り口横の自販機の側でさっき俺にくれた包みと
同じものを貰って喜んでる野郎がいっぱいいた。
「ま、そんなこったろうな……」
 たくさんのお菓子を配りながら、他クラスの女子達が盛り上がってるのを横目に教室へ急いだ。


「奈緒、どうしたの?」
「あ、うん別に……この本がさ〜」
 教室へ戻ると、赤い目をこすりながら会話してる奈緒と広野さんがいた。
 本読みながら泣いたのか。……こんな時まで活字中毒なのな。正直、ちょっとイラってきた。
「奈緒、ちょっと」
 ずかずかと割り込んで強引にそばに寄ると、広野さんは慌てて
「あ、じゃ、あとで……ね?」
と場所を空けてくれた。
 悪かったかな、と思いながらも余り周りに気を使う余裕が今の俺には無かった。
「……何?ふみちゃんに悪いじゃん」
「ごめん」
 やっぱり目、合わしてくんないか。言い方にも何となくトゲがあった。
「今日一緒に帰れる?」
「……今日は図書室行きたいから」
 やっぱり、すんなりとはいかなかったか。でも諦めなかった。
「じゃ、付き合うから。話したいんだよ」
 奈緒は黙ってた。
 ちゃんと返事が聞けないまま、昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴った。


 放課後HRの挨拶が終わると、速攻荷物を持って奈緒の席まで走った。有無を言わせず手を引いて
教室を出ると
「離してよ。……逃げないからさ」
と溜め息混じりに言われ、仕方無く手を離すと後ろについて歩いた。
 そのまま図書室で本を返すのに付き合ったが、入って出るまでずっと無言のままだった。
 少しハネた髪を肩の上でくるくると指で巻いている奈緒の癖を眺めながら、昨日の事を思い出していた。


* * *

 しまった。寝過ごした!早く行かなきゃ奈緒にマジで愛想尽かされる……。
 待ち合わせ場所に行くまでにいつものゲーム屋に寄り道して、予約していた新作をゲットしてから
向かうのが俺たちのいつものデートのパターンだった。普段からそうだったが、今日は寝坊した上に
寄り道してったのでかなり奈緒を待たせてしまっている。
 でも大抵は向こうも諦めていて、何だかんだ言っても少しくらいの遅刻は許してくれるから、多分
今日も何とか許してくれる……ハズ?
 ただ、最高でも30分遅れた記録を、今日は更に30分更新してしまった。
「やべっ!マジやべえよ……」
 せっかく直した寝癖も汗と風でまたぐちゃぐちゃだったが、そんなの気にしてる前に早く行かにゃー!!
と携帯も忘れて来た自分の間抜けさを呪った。
 その時、横断歩道の向こう側に永井さんを見つけた。
 別にそれ位ならどうこうという事は無かった。信号が変わるのを待って渡りきった所でそのまますれ違って
おしまい……だったはずが、側まで来て足を止めてしまった。
 見れば足下に撒き散らかされた荷物。自転車はよく見るとタイヤがパンクしていた。
 動くに動けないまま困っていた彼女をそのままにしていくわけにもいかず、迷った挙げ句思い切って
声をかけた。
 結局、近くの自転車屋を探して修理してもらい、彼女と別れて奈緒との待ち合わせ場所に着いた時は
ぐずついていた空模様は既に崩れ、冬の冷たい雨模様を晒していた。

 その中で、奈緒はずっと待っていてくれたのだ。傘こそさしていたものの、歯をカチカチ言わせて
冷たい体を庇うように抱きながら、

『もう、疲れちゃった……』

と赤くなった手を震えさせて俺を涙目で睨んだ。


* * *

 無言のまま先を歩く奈緒に付いて廊下を歩く。
 何度か声をかけようとしては、目の前の小さな背中に拒絶されるのが恐くて言葉を呑み込んだ。
「ねえ」
「えっ」
「何なの?」
 足を止め振り向くと、まるで感情のこもらない抑揚の無い声で斜めに俺を見上げてくる。
「話、したいんでしょ?」
「あ、うん」
 そのつもりだった筈でいたのに、何を言うつもりだったのか、何を話したかったのかいっぺんに
わからなくなった。
「しないなら帰る」
 一刻も早く逃れたい、と言わんばかりの態度が無性に気に障った俺は、カチンときて思わず肩を
掴んで強引に奈緒を引き寄せた。
「きゃっ!……ちょっと!?」
「……悪かったよ。つうかさ、謝ったじゃん!俺が悪かったって。今度は絶対あんな目……」
「ないよ」
 胸に納めていた体が今度は離れようとして逆に力を返してくる。
「奈……」

「今度なんてもうないから」

 見下ろした目は虚ろで、機械的に俺の姿を映しているに過ぎないと思えるほど冷たく曇って見えた。
「何だよそれ」
 もうないから、って、それって。
「そういうことだから」
「おい奈」
「疲れちゃったんだよね、あたし」

 呆然として力の抜けた俺はぐい、と胸を押されあっという間に捕まえた筈の奈緒の体を逃がしてしまった。

「もう疲れちゃった……」

 鞄をぎゅっと抱きかかえて逃げようとするのに気づいて、一瞬惚けていた頭が慌ててそうはさせじと働き
さっきよりも強く肩を掴んで今度は後ろから抱きかかえるようにして動きを封じた。
「ちょっと!離してよっ!!」
「待てよ、奈」
「嫌だっ……て」
「じゃあ逃げんなよ。話し、聞けって」
「あたしにはもうないの!!」
 人気の無い廊下でもみ合ってる俺達に、曲がり角の向こうから誰かがやってくる気配がした。
 話し声がする。
 ふと見上げたドアのプレートを見て、奈緒を抱きかかえたままとっさに手をかけた。
「誰か来るから離し……きゃああっ!?」
 もがく奈緒の体を軽々とその中へ引きずり込む。

『視聴覚準備室』

 鍵は掛かっていなかった。


 声が通り過ぎるのを待って、固くなっている奈緒の体を抱え込んだ胸の中から解放した。
「……何なのよ。何なの!?」
「ごめん。けど、話聞いてくんないから」
「だからあたしには無いっていってるじゃん」
 またぎゅうっと鞄を抱えて目を逸らして背を向けられる。
「……どうしたら許してくれんの?」
 正直またか、って気になった。
 何回かに一度はこうやってへそを曲げられる。大体はその日のうちに謝れば許して貰えるけど、時々は
次の日まで膨れられる事もあった。
 ただ今回はさすがにちょっと長くかかっちゃっただけだ。きっとわかってくれる、と思ってた。
「許すも許さないもないよ。もういいよ」
 ほら、やっぱり。
 ほっと息をついて、もういっぺんちゃんと謝ろう、そう思って口を開きかけた。

「もうどうでもいい。ケンの事なんか忘れた。だから好きにしたらいいじゃん、これからはさ」

 静かに冷めた目に射すくめられて、俺の声は音になる前に虚しく喉の奥で消えた。
「もういいんだってば」
 ぷいっと顔を背けてドアに手を掛ける。その手を掴もうとした俺の手をばっと振り払われる。
「疲れちゃったって言ってるじゃん……」
 予想外の力に少しばかりヒリヒリと痛む手をさすりながら、
「なんで」
と尋ねた。納得がいかない。
 そりゃ悪いの俺だけど、もう半年付き合ってきたんだから。はいそうですかって引き下がるわけにはいかない。
「ケンは、あたしの何?」
「彼氏」
「あたしは?」
「彼女じゃん」
「じゃあ、それって何?」
「何って……」
「一緒にお弁当食べて、話して、帰ったりメールしたりする事?そんなの友達だって出来るよね?でも
 手繋いだり、抱きしめたり、キスしたり……それって好きじゃなきゃ変だよね?あたしは、少なくとも無理」
「んなの当たり前だろー?何ゆってんの今更」
 キスどころか、全部やっちゃってるじゃん俺達。


「……大事にしてくれない」
「は?」
「ケンはあたしの事なんか全然大事にしてくんない!何も聞いてくれない。何も見てくれない。何も
 ……わかってない」
 伏せて逸らしたままの目からじわじわと滲み出す涙。
「あたしもケンが良くわかんなくなった。だから疲れた!ケンなんかと付き合ったりしなきゃ良かった」
 その瞬間、俺の胸の中でズンと記憶の底から呼び起こされた苦い出来事が蘇る。
「……奈緒、俺の事、後悔してるの?」
「えっ?」
 俺と付き合う前にずっと好きだった奴。

『好きだったら結果どうあれそんな筈ないのに』

 奈緒はそれを黒歴史だと言った。
 告白して、キスされて、胸触られて逃げ出した。
 そう、この部屋で、だ。

「俺もそれと同じなのかよ……!?」
「ケ……っ!!」
 好きでいてくれたんじゃなかったのか?
 だから全部許してくれたんじゃなかったのか?
 キスも、抱きしめた事も――全部、全部。
「ちょっと!やだ、な、やめ……っ!!」
 鞄が足下に落ちて中身がばらけた。

 その側にあった奈緒の体を俺は――開けさせまいとしてドアに自分の体ごと後ろから押し当て、そのまま
ズルズルと膝から崩れ落ちていった。
「嫌!離して……っ」
「やだね」
 俺はあんなのとは違う。
「お願い。ケンてば」
 奈緒がただ好きなだけだ。
「嫌だ。行かせない」
 首筋に強引に食い付いてスカートを弄る。
「お願いだから……っ」
 必死にばたつかせた手のひらは、ドアをなぞり滑り落ちてはまたつるつると掴み損ねた表面をなぞる。
「や……あっ」
 柔らかいお尻の感触を確かめると、一気にパンツを引きずり下ろした。
 逃がしたくない。俺だって逃げてるわけじゃない。
 離したくないだけなんだ。
「な……おっ」
「あ……っ。いや……」
 耳たぶを噛むとびくんと肩が跳ねた。そのまま荒く息を吐きながら脚の間に差し込んだ指を直接奥へ這わせる。
 少し強引と思いながらも絡みつく柔らかい毛の感触を掻き分けて辿り着いた先には、俺の良く知る
奈緒の弱点があった。
「うあっ……や、いやあっ!」
 予想通り、つんと抓るだけで甲高い声が響いた。


「いやああ……っ」
 ぴったりとくっつけた体は簡単に奈緒の自由を奪った。片手で服の上から胸を探って揉みながら、
もう片方の手で深い裂け目をなぞる。
「……っ、ん、や、だ……やめて」
「ん……」
 振りながらいやいやと逃れようとする首筋に唇を当てながらふっ、と息を吹きかけると
「ひゃあっ」
と小さな声を出しながらびくんと震える。
「気持ち、いいんだ?」
 くっと押し込んだ指が濡れて滑るのがわかって、わざと大げさに動かしてみると静かな部屋にその
音が響いた。
 ひたすらそれに堪えて声を漏らせず苦しそうにぱくぱくと開く奈緒の唇を、胸から離した手で塞いだ。
「んんっ!?」
「声、聞こえちゃうじゃん」
 奈緒の肩に顎を乗せ、ぎゅっと瞑った目からさっきとは別の涙が零れるのを横目で眺めながら、
時々くっと跳ねる柔らかいお尻の感触をズボン越に感じて息を荒くしていった。
「んんっ、んっ、んーっ」
 我慢しても出るのか、苦しそうにあげるくぐもった声に息が熱くて、あてた俺の手のひらが奈緒の
唾液に濡らされていく。
「我慢してよ。じゃないと、誰か来たらバレるよ?」
「んー……んやっ」
 必死に力を振り絞って首を振ろうともがかれる。
 その時。

『――それでさあ……』

 ぱたぱたという2、3人の足音と話し声がこっちに近づいて来るのがわかった。
 それに気付いた瞬間ビクッと震え涙の浮かんだ目を見開く。
 言いたいことはわかってた。
 でも俺は、向けられたその視線の訴えを――やんわりと却下した。

「やめないよ」
 そう言って一層指の悪戯を強めて、同時に濡れた唇から抑えていた手を離した。
「……っひうっ!?」
 離した手は無理やり上着をこじ上げねじ込みブラウス越しに胸を探り、柔らかい体を這い回る。
 足音はすぐそこまで来ていた。


 うっかり声をあげないように我慢して、必死に唇を噛んで震えている奈緒の躰をこれでもかと攻めまくる。
 太ももまで伝う雫に説得力なぞあるわけもなく。
 速く大きくなる足音と話し声に比例して高ぶる俺の歪んだ気持ちと、怯える奈緒の緊張感。

 確実に感じる場所をわざと捉えてじっくり擦りあげると、苦しげに呻きを飲み込んで膝をブルブルと
震えさせた。

「……っや、めて……」
 小声で囁くように呟いた。流れる涙を拭う事も出来ず、広げた手のひらで精一杯に感づかれまいと
押さえた一枚のドアに体の重みを預けて堪えながら。
「ばれちゃう……」
「……」
 さすがにヤバいか、とチクリと疼いた罪悪感にその体を解放しようとしたその時だった。

『でね、聞いてる?――ユリ』

 その名を耳にした瞬間、奈緒の表情が一瞬にして固まった。
 そしてまた、俺を拒絶しようとするさっきの冷めた目の色を取り戻していった。
「……やっぱりやめんのやめる」
 驚愕した顔を無視することにして、より一層激しく隠れたところに潜らせた指をめちゃくちゃに動かした。
「――ッ!!」
 背中を反らして俺にもたれ掛かりながら、それでも声を殺して堪えている。
 その重みを受け止めながら耳元で
「ばれたって別にいい」
と言い捨てて行為を続けた。

 足音がドアの向こうに差し掛かる。

「……っ」

 歯を食いしばる。

 笑い声が響き渡る廊下。
 その中で静かな部屋には荒い息遣いと濡れた音だけが耳障りな程よく届く。

 首筋を舐めると竦み上がる。
 聞こえてくる『永井ユリ』の話し声。

 眉をひそめる奈緒の横顔とそれを眺める俺。


 やがて、遠ざかっていく笑い声を聞きながらずるりと伸びた音を立てて
「……酷い……」
小さく呻きながら。
「や……あ……っ!」
 細く哀しげな声を漏らしては、喉をならして俺のほうへ倒れ込む。

 震えの止まらない奈緒の膝を濡れた指でさすりながら、俺自身の心とは反比例に冷めて萎えていくさまを
焦りに似た苛立ちで泣き出したくなる気持ちで感じていた。


「続く」