サイバー団地妻第1話 作:魔鳥(発表時ペンネーム:実験名人)


夫が隣で寝息を立てている。私は思う。

「こんなにしあわせでいいのだろうか。」と。

結婚して約3ヶ月、毎日平穏な日々が続いている。

「ねえ、私こんなにしあわせでいいのかしら、そのうち悪いことが起こりそうで恐いの。」

私がそういう度に夫は言ってくれた。

「いいんだよ美紗、誰にでも幸せになる権利があるんだ。僕にも、そして君にも。」

夫、名人は、三ヶ月程前に行き倒れていた私を拾ってくれた恩人だった。公園の茂みの

中に倒れていた私を自分の部屋に運び込んでくれた。

とはいっても、私はその時のことをさっぱり覚えていない。気がついたときはすでに、

私はすべての記憶を失ってしまっていたのだ。

 

 

 

私が目覚めたときに、真っ先に目に飛び込んできたのは見知らぬ男の心配そうな顔だっ

たのだけど、私ときたらベッドから転がり降りて、壁に背をつけて身構えながら、男の

ことを睨み付けたのだった。

「おいおい、そんな恐い顔しないでくれよ、あんなところに君が倒れていたから、心配

で連れてきたんだよ。それなのにそんな態度はないだろう。つれないなぁ。そういえば

お互い名前も知らないんだったね。僕は名人。

『めいじん』と書いて、『なひと』と読むんだ。変わってるだろ。この名前のおかげで、

いまじゃ実験名人と呼ばれる研究者さ。業界の第一人者なんだよ。これでもね。そして

ここは僕の部屋。一人暮らしの割にきれいだろ?これでもけっこう几帳面でね。そうそ

う、今日は幸い日曜日だから、こころゆくまで君に付き合ってあげられるよ。君はどう

してあんなところにたおれていたのかな?いや、覚えてないかもしれないが、君は公園

の茂みの中に倒れていたんだ。まあ、まずは君の名前を教えてくれないかなぁ、『君』

で通すのは結構さびしいからね。何といっても君はすごい美人だからね。名前で呼びた

いんだ。」

落ち着いてみてみると、名人はなかなかいい人そうだ。家の中で白衣を着ているってい

うとこが、ヤバそうといえばヤバそうなのだが。地味だけど好感の持てるタイプだし。

背はちょっと足りないけど。それにしても本当によくしゃべる人だ、そう思って私は目

をぱちくりさせていたが、重大なことに気がついた。私の名前は何だっただろうか。今

まで何をして生きてきたんだろう。そして公園の茂みの中に倒れていた?

「わからない、どうしてそんなところに倒れていたのか、そもそも私の名前は何なのか

しら、なにも覚えていないの。」

「へえ、記憶喪失っていうわけか。小説やマンガではよくあるけど実際に記憶喪失にな

った人をこの目で見るのは初めてだなぁ。長く続いたギャグマンガなんかでは、必ずと

いっていいほど記憶喪失ネタに走るんだよね。ってそんなことをいってる場合じゃない

ね。そういえば君のその大事そうに抱えているハンドバッグに何か手がかりとか入って

ないの?念のためにいっておくけど僕はもちろん中身なんて見てないからね。」

そういわれて、はじめて自分がハンドバッグを抱きしめていることに気がついた。慌て

て中を探ってみても、財布とハンカチ、そして部屋の鍵くらいしか入っていない。

財布をあけてみると、1万円ちょっとのお金と免許証が入っていた。

「免許証によると、私の名前は河合美紗らしいわ。」

私は名人に免許証を抛った。

「河合美紗、ええっと22歳か。僕より3歳下なんだ。住所、本籍共に横浜、けっこう

近所なんだ。それじゃあ僕これから君のことを美紗ちゃんと呼ばせてもらうよ。それと

も別の呼び方がいい?美紗リン、美紗ゴン、美紗ッチ、ニャンちゃん・・」

「美紗でいいわ!」

私は慌ててさえぎった。黙ってたらどんな恥ずかしい名前で呼ばれてしまうかわかった

もんじゃない。

「それじゃ美紗、これから食べ物買いに行こうよ。お腹すいてるんじゃないの?」

そういえばお腹がぺこぺこだ。

「そうね、このままあなたとしゃべっていても私の記憶が戻るわけじゃないし、行きま

しょう。」

「ちょっと待った!君その格好で出かける気?」

張り切って出かけようとする私を名人が止めた。

「え?その格好って・・っっあ!なに私のこの格好まるで襲われかけたみたいにぼろぼ

ろ。いやーん。」

「ね?とりあえずこの服に着替えてそれから行こうよ。君がその格好で町中を練り歩き

たいっていうんなら別だけど。僕は他人のふりさせてもらうからね。」

そういいながら、名人は私に服を差し出した。すてきなワンピースだ。隣の部屋で着替

えて、見せてみた。

「うん。やっぱり似合うね。君にはそういう服が似合うと思ったんだ」

名人は得たり、といった表情でうなずいている。

「この服って私が気を失っているときに買ってきてくれたの?ええっと、今は朝の十時

半?それじゃあ私はどれぐらい寝てたのかしら。」

「僕が君を拾ってきたのが昨日の夜十時ごろだったから、僕の知ってる限り最低十二時

間くらいじゃないかな。それからその服は前から買ってあったものだよ。」

「買ってあったって、彼女の服とか母親や姉妹の服とかじゃなくって、買ってあった?

あなたが?デパートの婦人服売り場とかで?」

「ブティックで買ったブランドものさ。」

名人はこともなげに言った。

「誰かへの贈り物だったとか?」

「君への贈り物さ。記憶喪失の美女を拾ったときのために買ってあったんだ。まさか本

当に役に立つとは思わなかったけどね。」

とうとう私は吹き出してしまった。なんだかこのひとすごく面白い人だ。私記憶が無い

ことなんてどうでもよくなってきた気がする。

「やぁっと笑ってくれた。さっきから反応が鈍かったからてっきり僕イケてないのかと

思ったよ。それじゃあ、いこうか。靴はこれを履いてね。」

私は名人がさしだした(これもあらかじめ買ってあったと思われる)ヒールが十センチ

はあろうかというハイヒールを履いて、ドアを出た。

 

外にでると、白い高層アパートが建ち並ぶ、団地の真ん中だった。名人は独身のくせに、

やけに所帯じみた所に住んでいるんだな、と思った。

私たちは、歩いて十分くらいの所にあるスーパーで、かごいっぱいの食糧を買ってかえ

ってきた。

「さあ、それじゃあおいしいご飯を食べさせてあげるから、そこのソファにでも座って

まってて」

名人が言った。しかし、いくらなんでもそこまで面倒をかけちゃ悪いというものだ。

「私がご飯作るわ。助けてくれたお礼。名人はさっき買ってきた『ねるねるね』でも食

べながら待ってて。エプロンはどこ?」

私が腕まくり知ながらたずねると、名人はどこかから引っ張り出したエプロンを、わた

しに抛りながら言った。

「ちがうよ、『ねるねるねるね』。魔女のばあさんが出てきて『ねればねるほど色が変

わって、うまい!』とかいうコマーシャルやってたじゃない。」

いいながら、名人は早くもねるねるねるねを練っている。色が変わりはじめてきたとこ

ろで名人は言った、

「あっ!そういえば君記憶喪失だったんだっけね、それじゃ覚えてるわけないか。まあ

いいや。それじゃおいしいごはんを期待してるからね。」

言うだけいうと、名人はねるねるねるねに没頭しはじめた。

ご飯といっても、レトルトのごはんに、豆腐とわかめの味噌汁、ねぎを刻んでたっぷり

糸を引かせた納豆。ぱりぱりの黒い海苔、焼いた塩鮭、あとはスーパーの御惣菜をレン

ジで温めただけのものだったが、名人は子どもみたいに喜んでくれた。

「やっぱり人に作ってもらうごはんってすごくおいしいね。さらに美人の美紗が作って

くれたんだからなおさらおいしいね。」

名人がごはんを口いっぱいにほおばりながらしゃべるのを見ていると、本当に作ってよ

かった、という気分になる。私たちが使っている茶碗が、食器だなの一番目立つところ

に置いていた夫婦茶碗であることなど、もう、気にならなかった。もし聞いてみたとし

ても『君のために買っておいた茶碗なんだ』と、いうだけだろうし、ここにいてもいい

んだ、という気持ちになってきて、記憶喪失になってしまったことなんて、どうでもよ

くなるくらいに幸せな気分だったのだ。

「そうだ」名人が思い出したように言った、

「食べ終わったらいっしょに免許証に書いてあった住所にいってみようよ。何か思い出

すかもしれないよ。君の家族とかも心配しているだろうしさ。」

名人は本当に能天気に言った。

(もし私に恋人がいたらどうするの?わたし、なんだかこのままでいたい。記憶なんか

戻らなくても楽しく暮らせそうだよ。)

喉の奥まで、出かかったけど、そんな事を言ったら名人が有頂天になるだろうから、言

うのをやめた。だいたい、私はそんな事を軽々しく言う女ではない、根拠はないが、そ

う思う。

 

食事の後、早速車で例の住所のとこに行った。

こぎれいなワンルームタイプのアパートだった。

名人に車で待ってもらって、私は自分の部屋に入った。本当に自分の部屋なのだろうか。

かつて、人が生活していた気配、というものがおよそ感じられない部屋だった。家具に

はうっすらとほこりが積もっていて、冷蔵庫にも缶ビールくらいしか入っていない。た

んすを見てみても見覚えの無い服がかかっている。

もし本当に私の部屋だったとしても、私はいつからこの部屋に帰ってないのだろう。少

なくとも二、三週間は帰っていないように思える。せめて新聞が積み重なっているとか、

郵便物がたまっている、なんてことがあれば、もう少し違ったのだろう。

「美紗、どうだった?何か思い出した?」

名人がドアの外にいるみたいだ。

「入って。」

名人も、私の部屋の異様さに気づいたみたいだ。

「本当に生活感の欠けた部屋だなあ。君ほんとにこんな部屋に住んでたの?」不思議そ

うに言う。

「ねえ、私、こんな部屋に帰りたくない。しばらく名人の部屋に置いてくれない?」

つい本音が出てしまった。名人は嬉しそうに言った。

「あの部屋は君のために借りたんだ。僕一人にはあの部屋は広すぎるからね。」

記憶喪失の美女を拾ったときのためにあらゆる準備を整えてきたんだ、要約すればその

ようなことを、名人は十五分間立て板に水のごとくまくしたてた。

結局私は、しばらく名人の部屋に世話になることになった。

名人が仕事に行っている間、私は部屋の中でテレビを見たり、掃除をしたり、買い物へ

行ったりしていた。名人が帰ってくる頃ごはんの支度をして、他愛も無い話をしながら

ご飯を食べた。

そんな日々が三、四日続いたある日、名人が帰って来ると言った。

「君の戸籍を調べてきたんだ。見てみるかい。」

いつになくまじめな顔で、名人は私に書類を手渡した。

両親はすでに鬼籍に入っていた。兄弟も無く、親戚もいない、私は天涯孤独の身だった

のだ。

「ふーん、わたし、一人ぼっちだったんだ。実感わかないけど。記憶喪失ってこんなに

は悪くないね。懐かしむ思い出もないんだもん。悲しみようが無いよ。」

私は口ではそう言っていたが、なぜだか泣けてきてしまった。そんな私を名人はやさし

く抱きしめて言った。

「一人ぼっちじゃないよ、僕がいるから。」

 

私たちはその夜、初めて寝た。

 

私は、自分の部屋を引き払って名人の部屋に住むことになった。

「実は僕も両親を亡くしていてね、君と同じような立場だったんだ。」

初めて寝たとき、名人が言った。

「結婚しよう。」
私たちの結婚は、何の障害も無くあっさりと決まった。

朝一番で宝石店に行き、指輪を買って、教会で指輪の交換だけ、という普段着の二人だ

けの結婚式をした。神父さんの驚いた顔といったら傑作だった。

「あのー、結婚式したいんですけど。」

「はい、いつ頃のご予定ですか?」

「いますぐなんですけど。」

「いますぐ、ですか?」

「いますぐです。」

「その格好で、ですか?」

「でも指輪は今買ってきました。」

「それじゃあ、私が着替えてきたらはじめましょう」

三十分後、式を終えた私たちは、役所へいって婚姻届を出してきて正式な夫婦となった。

そして、三ヶ月ほど たった今日まで、平穏無事に暮らしてきたのだった。

 

すっかり団地妻となった私は、名人の帰りを毎日首を長くして待っている。名人といる

時間は楽しいが、昼間はたいくつだ。家事を済ませたら何もやることがない。

昼間の退屈な時間、私の姿を鏡で見てみる。

私ってなんて美しいのかしら。名人は出会ったころ私の美しさをほめちぎっていたけど、

なるほど、美しい。顔はもちろんのこと、そのバディの素晴らしさといったら、どんな

芸能人、スーパーモデルたちを連れてきても絶対に負けないくらいだ。きゅっと締まっ

た足首、真っ直ぐに伸びた肉感的な脚、いやらしいお尻に細いウエスト。すべての男た

ちの視線を釘付けにするミサイルのような巨乳、美しいきらきら光る黒髪、そして記憶

喪失である。そこらの女たちでは太刀打ちできないほどのミステリアスさ加減ときたら

もう、まさに世界を一人占めといった感じだ。

愛ある美しい日々は、私が自分の商品価値に目覚めはじめることによって、緩慢な最期

を迎えるかに思われたのだが、その前に思わぬ過去からの使者によって、すべてが白日

の下にさらされることになるのだった。

 

 

 

その日、私は夫のために夕食の材料を買いに行こうとしていた。私がアパートの花壇の

前を歩いていると、ジェット機の爆音に似た音が響いてきた。

(ずいぶん低空飛行するジェット機ね。)

そう思い、耳をふさぎながら歩いていたら、どんどん爆音が大きくなってくる。爆音が

最高潮に達した時肩をたたかれた。

振り返ると、私ほどではないが、美女が尻からジェットを吹き出し、空中浮揚しながら

何か言っているようだった。

尻から吹き出す爆音で何を言っているのか聞き取れない。私は面食らいながらも一所懸

命聞き取ろうと努力していたのだが、何も聞き取れなかった。その様子を見ると、見慣

れぬジェット美女は、ジェットを止めて着地した。

「あらためて久しぶりね、美紗。」

ジェット美女は私の耳元でささやいた。ぞくっとした感触が走る。この感触にはなにか

覚えがあるような。いや、私にこんな、尻がジェットな女の知り合いがいるわけない。

「どちらさまですか?」

私が言うと、そのジェットは一瞬意外そうな顔をしたが、その後に言った。

「ああ、あなた、記憶が無いんでしたっけね。」

ウェーブのかかった髪をかきあげ、いかにも淫乱そうな厚い唇をなめまわしながら言う。

この女、恐らく私の過去を知っている。それどころか、私の記憶がなくなったことにつ

いて、なにか関係しているんだ。私はとっさに身構える。

「あーら、そんなに警戒しなくてもいいのよわたしの小猫ちゃん。」

女はヘビのような動きでやすやすと私の背後を取ると、わたしのナイスバディを隅々ま

でまさぐりだした。

「今思い出させてあげるわ全部ね。」

ジェット女が私のからだを探るたびに、ひざから力が抜けていくような、途方も無い快

感がはしる。この感覚、いつかどこかで、いけない、思い出してしまう。思い出しては

いけない。思い出す前にこの女を始末しなくては、しまつしなくては、シマツシナクテ

ハ・・

私はジェットを振り払い、いきなり宙に浮いた。ジェット女のような無粋な飛びかたで

はない。音も無く浮いている。頭の中でシマツシロ、となにかがわめいている。

私のトマホークな胸が、ホウセンカのようにはぜ割れ、小さな種のようなものが、ジェ

ットに向かって放物線を描きながら、マッハの速さで大量に飛んでいく。次の瞬間、ジ

ェット女を中心とした半径三メートルの火球が生まれた。中心温度は約一万度、生物な

らば一瞬ですべて蒸発するような温度だ。しかし、ジェット女は一瞬の後、その火球を

振り払い、言った。

「どう、おもいだした?あなたのその破壊力。あなたがその気になれば半日で地球を壊

滅させることのできるその力、人間じゃそんなことできないわよね。そう、あなたは・・」

次の言葉を聞きたくないがために私は攻撃をさらに倍加させる。胸から超小型追尾ミサ

イル、目からマイクロウェーブ、左右の手はロケットパンチ。しかし、ジェット女の回

りの力場に遮られて、攻撃が届かない。

「サイボーグなのよ」

私はすべてを思い出した。

私はかつて、普通のOLだった。ところがある日、人工衛星で獲物を探していたマッド

サイエンティストに捕まって、改造手術を施されたのだった。そのマッドの趣味によっ

て、私は美しき女サイボーグに生まれ変わってしまったのだ。

 

 

今日もいい天気。私はよく晴れた空を見上げ、大きく深呼吸した。五月の青い空のした

を、うきうきしながら歩いていた私は、突然からだが浮き上がるのを感じた。

「な、何!?いやああぁん!」

どんどん遠ざかっていく地面、空を見上げると、虹色の光線が私めがけて照射されてい

た。

「なにこれ!宇宙人が人間を捕獲するスーパーキャッチ光線とか、女体キャプチャーと

かその手のアレ!?」

地上がぐんぐん遠ざかり、恐くてじっと目を閉じていたら、視界が暗くなったのを感じ

た。目を開けると、なんだかUFOにも似た飛行物体の内部に収容されるところだった。

「やばい、私解剖されてしまうかもしれない。それとも宇宙人に犯される!?いやああ

ぁ!宇宙人の子どもっていったら多分私の腹を突き破って生まれてくるんだわ。私まだ

死にたくなーい!この美貌を用いていろいろやりたいことがあったのに・・」

「そのいろいろに新しい要素を付け加えてやろうというのだよ、この偉大なるドクター

M(マッド)様は。」

私が騒いでいるうちに、ロボットを引き連れた手術着の男が立っていた。

「どくたあえむ?」

「そうだ。私は君を、その圧倒的な機動力と火力によって、世界を半日もあれば壊滅さ

せることも可能な美女型決戦兵器オメガへと生まれ変わらせてやろうというのだ。私が

人工衛星で素材を探していたとき、偶然君を見つけてね。君を新しい偉大なる存在へ作

り替えてやろうというのだ。感謝したまえ。トマホークな爆乳と、つけまつげ、そして

変身機能は私の趣味でサービスしておこう。デルタ、麻酔だ。」

ドクターMが言うと、助手らしい女が(名前からしてこの女も美女型決戦兵器に違いな

い。)私を後ろから押え込んで、甘い香りのするマスクを鼻と口に押し付けた。私の意

識は遠のいていった。

 

私が目覚めると、そばにデルタがいた。そうだ、もう私は美女型決戦兵器オメガになっ

てしまったんだ。どこかに、世界を半日で壊滅させられるすごい兵器が埋め込まれてい

るに違いないのだ。私は自分のからだを眺めた。真っ先に気づいたのは、H系の漫画に

よく出てくるようなすごい巨乳だった。

「どう、オメガ?いや、美紗。あたらしいあなたよ。」

デルタが言うと、私の前の視界が歪んで自分の姿が見えた。

「改造手術によってあなたにはいろいろな機能がついたわ。自分の姿が見えるでしょ。

それは目の前の空間を捻じ曲げて、鏡にする能力よ。さすがのドクターも、今の段階で

はこれぐらいしかできないみたいね。本当なら一つの都市を丸ごと亜空間の中に落とし

てやりたいんだけど。それよりどう?新しいあなたは。美しくなったでしょ。あなたは

もう化粧する必要がないのよ。完璧に美しいんだから。」

私は立ち上がって自分の姿を見てみる。前から自分はきれいだったが、今は恐いくらい

に美しい。頬はうっすらと赤味を帯びて、目元も以前よりはっきりとした感じになって

いる。スタイルもところどころ補正されて、完璧なプロポーションになった。ただ気に

なるのはこのすごい胸だ。ゆさゆさ揺らしてみる。かつて知らなかったいやらしさだ。

「ねえ、美紗、」

デルタが私の後ろから手を回してくる。ゆっくりと胸を弄る。私は振り払おうとしても

振り払えない。

「無駄よ、美紗。あなたは常人の百倍の力を出すことができるけど、それは私だって同

じ。更にあたしのからだには世界中の警察や軍隊の戦闘マニュアルもインプットされて

いる。これから私があなたにインプットしてあげるわ。でもそれはあたしたちが楽しん

だ後。」

そういうと、デルタは、あたしのからだを巧みに愛撫しはじめた。今まで経験したこと

のない快感に、私は失神してしまった。

 

再び目覚めるとデルタが私の唇をふさいだ。

「おはよう、おねぼうさん。これであなたも完璧な美女型決戦兵器オメガね。あなたは

もう、自分のからだの機能も、戦いかたも、なにもかも知っているはずよ。」

たしかに私の頭の中に、恐るべき私の機能の数々が展開されている。さっさとここから

逃げ出さなくては、もっとアレなことに巻き込まれてしまう。逃げよう。私はそう決心

した。

さいわい、このUFOもどきの構造も頭の中に入っていた。

私はデルタを一撃で昏倒させると、すぐさまエアロックから外へ飛び出した。おどろい

たことに、外は大気圏外だったが、私には関係ない。私はすでに美女型決戦兵器Ωなの

だから。ドクターMも迂闊なものだ。私を洗脳しておけばこんなことにはならなかった

のに。そう思いながら、大気圏に突入しようとしていると、後ろにいやな気配を感じた。

美女型決戦兵器が二体。しかもショートカットの双子仕様だ。脳髄に直接話し掛けてく

る。まさか、でんぱ!?私も電波を受信してしまう女になってしまったというわけだ。

最悪。

『私たちはアルファとオメガ。あなたを連れ戻します。』

双子は私に襲いかかってきた。私の方が新型だから、能力的には私の方が上だ。しかし、

それは一体一の場合の話だ。相手は双子ならではのコンビネーションで、私の動きを封

じようとする。こうなったら、大気圏に突入しながら相手を各個撃破だ。宇宙空間より

相手の動きは鈍るはず。と考えたのだが甘かった。一体はなんとか戦闘不能にできたの

だが、さすがにもう一体と相打ちになり、公園の茂みの中に落ちて、私は記憶を失った。

一刻も早く忘れたい過去だった。

 

「すべて思い出したようね。あなたと双子の大気圏に突入しながらの戦闘はドクターも

衛星から監視していたわ。喜んでいたわよ。どんな特撮も為し得ないようなことを自分

の作ったサイボーグたちがしている、ってね。今まであなたが幸せな日々を送ってこれ

たのはあなたへドクターからのプレゼントだったのよ感謝することね。でもそれもあと

三日。三日後にはアルファとベータと一緒に迎えに来るわ。楽しみにしていてね。」

いいたいことだけ言うと、デルタは尻からジェットを吹き出して去っていった。美女型

決戦兵器には反重力推進装置が標準装備されているから、あんなジェットなんて使う必

要がないのに。だいたい、私にはそんな機能はついてない。となると、あれはオプショ

ンなのだろうか。デルタの趣味なんだろうな、きっと。尻からジェット吹き出すのが趣

味なんて、ベタベタだ。吉本出身か?私は結局変身機能を一度も使わずじまいだったけ

ど、あの女なら嬉々として変身するに違いない。いや、あの未来な格好はすでに変身後

なのかも。

三日後が私の運命の日か。名人は私には少し不釣り合いだったけどいいひとだったな。

この三日間、名人と女の幸せを満喫しよう。そしてすべてをあきらめよう。そう思い、

気を取り直して夕食の買い物を済ませ、部屋で団地妻らしく名人を待っていたのだった。

 

名人は帰ってくるなり言った。

「すごいじゃないか、美紗。僕、静止衛星の映像偶然見てたら君、実は美女型決戦兵器

だったんだね。よし、それじゃあこの僕が君をアルファとベータとデルタに負けないよ

うに、改造 してあげるよ。」

『シジチュ』

あからさまにアレなひびきに、私は名人の本性を見た気がしたのだった。

 

つづく