サイバー団地妻第2話 作:魔鳥

「ちょ、ちょっと待ってよ!な、何?改造?手術?なにそれ?静止衛星から

偶然?ちょっと、どういうことよ!?名人!説明してよ!」

私の頭の中で、クエスチョンマークが乱舞していた。

「大丈夫だよ、美沙。手術じゃなくて、シジチュ。だから恐くないよぉ。」

名人が猫なで声で私に迫ってくる。シジチュだからなおさら恐いというのに。

せめて手術といってほしい。

私がそう思っている間に、名人は今まで見たこともないような不気味な薄笑

いを浮かべて近づいてきた。

「ちょ、ちょっと、待ってよ名人そんなこと急に言われても私まだ心の準備

できてないしあのほかにも聞きたいことあるからちょっと待ってよお願いだか

らね、ね、ね、ちょっと、待ってったら」

私はそういいながら、名人の横をすり抜けて部屋の対角線上に逃げて、距離

をとった。

「だから、恐くないってば。ドクターMの餌食にならないようにシジチュし

てあげるんだから。このままじゃ美沙、君はあいつの思いのままにされてしま

うよ。あいつはそういうやつなんだいつだってそうだ人のやることをいつだっ

て先回りしてぶんどっていってしまう。僕があいつに今までどれだけ苦汁を飲

まされつづけてきたか今こそ復讐のときなんだやつの持っていない技術でやつ

のサイボーグどもをやっつけて僕のほうが上だということを思い知らせてやる

んだそうだ僕は世界最高の科学者なんだうふふふふふふっふふふっふ

ふ・・・・・・」

や、やばい。名人は完全にイっちゃってるらしい。

私は必死に考えた。

確かに私は名人のことを愛している。大体私は名人の妻だ。しかし、妻だか

らといってこのまま指をくわえて自分が改造されていくのを受け入れてしまっ

ていいものなのだろうか。大体こんなに大変な体にされてしまっているのにこ

れ以上どう改造するというのだろうか。名人の口振りではドクターMとは浅か

らぬ因縁があるらしい。そして名人は私を静止衛星で監視していた?

???どういうことだろう。時間が必要だ。とにかくこの場を切り抜けなく

ては。

どうする?

どうする!??

パニクっている脳みそを整理する方法は他に考え付かなかった。

「名人!わ、私、ちょ、ちょっとマッハで買い物に行ってくるわね。」

いまにも私の肩を捕まえそうな名人の脇を摺り抜けて、私は窓を突き破り飛

んでいった。

空に向かって。







私は、雲の中で考えていた。なぜ雲の中かというと、名人が静止衛星を使っ

て私を見ているかもしれないからだ。

だいたい、一個人が静止衛星を自由に使っているというのも考えてみればお

かしな話だ。名人はいったい何者なのだろうか。本人の言うことを信用するな

ら、その手の業界の第一人者らしい。ドクターMと名人の関係は?ふたりはど

うやらライバル的な関係らしいし、それになんだか私の身に降りかかってきた

出来事は、どうも最初から仕組まれていたことのように感じられる。

私の記憶も、本物であるか確信を持てなくなってきた。

いつか名人といっしょに見てきた私が住んでいたらしい部屋、あの生活観の

無さといったらあまりにも不自然だった。

OLをしていた私はドクターMの謎の光線によって捕らえられてしまったは

ずだ。

OLだったときの私の記憶はあるだろうか

私はOLだった?

私の両親は既に亡くなっている?

私の両親はどんな人だったのだろうか。

私が思い出せるのは、ドクターMに捕まえられる直前、五月晴れの空の下を

うきうきしながら歩いている自分、それだけだった。

それ以前の記憶がない。

私は、自分の存在が根底から揺らいでいくのを感じて、雲の中で足を抱え丸

まった。

この姿勢は少し落ち着く。

そうだ、こんなことよりも、今、自分が夫に改造されそうになっているとい

う、異常な事実について考えてみなくては。

私は、自分の失われた過去について考えることを止めて、当面必要なこ

と・・・・・・それは逃げであり、過去をつかまない限り今の問題がすべて明らかに

なりはしないのだが、恐ろしくて考えることができなかった・・・・・・自分の改造

手術について考えた。

そうだ。このまま改造手術を受けなかったら、私は名人と引き離されてドク

ターMの配下として・・・・・・配下として何させられるんだろう?あんな手の込ん

だことして何が目的なの?ただの趣味?そういえば、私に変身機能までつけて

いたわね。これがポイントなのかしら。変身機能なんてどうやって使うんだっ

たっけ。他にも私が使ったことない機能があるはずなのよね。まあ、とりあえ

ず、変身してみればドクターの趣味が分かるかもしれないってものね。

どうも恥ずかしかったのだが、変身してみることにした。

「変身!」

私が叫ぶと、一瞬のうちに服が破けた。

・・・・・・しまった・・・・・・お気に入りのワンピースが・・・・・・

私は一瞬全裸になってしまったが、一瞬の後、まだ裸のほうが・・・といった

感じの格好になっていた。

私の爆乳がほとんど空気にさらされている。

こんなに大きくてもたれ下がっていないのが、私の自慢だ。

しかし、なんだこの乳首を覆うようについている長くて尖ったトゲは。

これで敵を串刺しにしろっていうの?

それに革のホットパンツ?革のブーツ?一体かかとは何センチあるのよ!か

かとがやたら尖っているのがまた、ヤバ気ね。それに革の帽子に乗馬ムチ。ア

レだけど、わかりやすい。

でも、これじゃ町を歩けやしない。

いくらなんでもこれは・・・と思ったが、ひらめいた。

そうだ、これ、露出度が最強になってるんだ!

どうやら露出度100の変身をしてしまったらしい。

ドクターもよく分からないことをするものだ。露出度調節機能がついている

なんて、何のために、そんな・・・・・・

街を歩いている女性を捕まえて改造しているような人間だから、当然といっ

たら当然だけどね、一人考えながら、いろいろなコスチュームに変身している

と(露出度によって、ニーソックスの小学生風や、レースクイーン、ルーズソ

ックスの女子校生風、婦人警官、看護婦などがあった)突然後ろから声をかけ

られた。

「やあ、オメガ。観念して私の戦隊に入る練習でもしているのか?」

ドクターMが、私の後ろに、いた。

「きゃー!!!」

私は叫んだ。

見られたのだ。

この恥ずかしい様を。

よりにもよって、改造した本人に。

殺るしかない・・・・・・

私がそう決断するのに、長い時間はかからなかった。

次の瞬間、ドクターは約1万度の火球に包まれていた。

殺った・・・・・・これで、改造手術からも、この変態からも逃れられる・・・・・・

私がそう確信した、その時・・・・・・

「これくらいで、この、ドクターM様を倒せると思ったのか?オメガよ。」

ドクターが何事もなかったように煙の中から話し掛ける。

「兵器を作るときは、それを防ぐことのできるものといっしょに作るのが常

識というものだろう。まあ、あんな格好を私に見られたのだから、君も気が動

転していたんだろう。んんー?」

くっ、嫌な男だ。

捕まったときは、ほとんど話をしなかったが、話してみるとやっぱりアレだ。

火球が巻き起こした爆煙が晴れると、ドクターMの姿がはっきりと見えた。

なんだこりゃ!

ドクターは小型のUFOに乗っていた。

バイキンマン型とでも呼べばいいだろうか。

なんで気づかなかったのだろう。動転していてドクターの姿も確認せずに攻

撃したからだろう。

バイキンマン型UFOに乗るドクターを見て、私は込み上げてくる笑いを押

さえることができなかった。

「・・・・・・っぷ・・・ふふふははははははははあっはははは!!!」

容易に止めることのできない笑いの発作が過ぎるまで、ドクターはお行儀良

くセリフの順番を待っていた。

「ふふふ、お気に召したかね。私の乗り物は。さあ、暇つぶしにジャムのパ

ン工房に行って、ジャムを殺し、アンパンマンのスペア頭を二度と作れないよ

うにするのだ!」

結構のりがいい。

ジャムおじさんのことを「ジャム」と呼び捨てにするところなど、かなりの

ナニだ。私は妙なところでドクターMを見直してしまった。

しかし、見た感じ名人と同じくらいの年に見えるが、妙に年より臭い芝居が

かった口調の男だ。やはり、くさっても変態だ。私は感心してしまった。

おそらく自分の悪役っぷりに酔っているのだろう。

正義の味方よりも悪役になりたがるところは、もう、筋金入りのナニだ。

「ドクター、あなた、アレね。そんないい年になってまで悪者ごっこしてい

るなんて、悪いけど頭がおかしいわよ。」

笑いの発作がおさまり、冷静さを取り戻した私が突っ込みを入れると、ドク

ターは即座に切り返してきた。ずっと前から答えを用意していたのかもしれな

い。

「女性はいつまでも少年のころの気持ちを忘れない男に惚れるんだろう?な

ら私は世界中の女にモテモテということじゃあないか。美女を改造し、世界を

征服する。少年の純真な心に抱いた大きな夢。私は今それを実現しようという

のだ。オメガよ、おまえもこんな私の魅力にに釘付けのはずだ。無理しないで

いい。3日後にはおまえを迎えにくる!その時がM帝国の建国記念日となる

のだ!」

ドクターは完全に自分の世界に入っている

「で、征服してどうするの?」

私の冷静な突っ込みを聞いているのかいないのか、ドクターは高笑いしなが

らマッハの速さで飛び去っていった。

「バイバイキーン!」

アレが下手に科学力を持つと恐いわね。私は他人事のように思いながら、ド

クターの飛び去っていくのを見つめていた。

さっきのドクターへの攻撃で、雲がいつのまにか散り散りになっていたらし

く、私は青空の下、地上二千メートルくらいのところに浮かんでいた。

そうだ。人事ではないのだ。

当然のように青空に浮かんでいる自分を疑わなければいけないのだ。

このままでいいのか私は?

無計画なドクターの世界征服計画に荷担させられていいのか?

名人に改造されていいのか?

人間じゃない体のままでいいのか???

「ねえ、名人、どう思う!?」

私は青空に向かって叫んだ。

モニターの向こうで考え込んでいるだろう名人に向かって。



結局考えあぐねた私は、買い物をして部屋に帰った。

名人は開口一番言った

「美沙、ドクターMとの漫才、なかなか面白かったよ。でも、やっぱり奴な

んかに世界を征服させるわけにはいかないと思わないかい?あんな征服後のビ

ジョンも持ちあわせてないような奴がそんなことをしたら大変なことになって

しまうよ。そもそも世界は僕のものなんだしね。というわけで、シジチュだシ

ジチュ。」



状況はぜんぜん変わっていなかった。

いや、悪化しているではないか。



あたしってなんて不幸なの?

いいかげんに名人に愛想が尽きてきた。

女心が分からないなんて、最低ね。

私は思ったのだが、名人から逃げてもまだドクターMが控えているのかと思

うと、もう、クモの巣にとらわれた蝶のような気分になってくる。

そうだ、ここで名人を始末してドクターMから逃げる旅に出てもいいのだ。

・・・・・・わたしもずいぶん物騒な考え方をするようになったものだ。

私にインプットされた戦闘マニュアルの影響だろうか。

それともアレな奴等に影響されたからだろうか。

でも、結局逃げて隠れていても、ドクターのことだから私の体に発信機でも

埋め込んでおいていつでも私の居場所を把握していたりすんだろう。究極の選

択状態だ。世界征服に荷担するか(恥ずかしいコスチューム付き)、世界征服

に加えて更に改造されるか。

ああ、どっちにしろ世界征服に荷担してしまうことになるのかなあ、これっ

て。

思い悩んでいる私の様子を見て、名人は得たりとばかりに微笑む。

「美沙、君がシジチュを不安に思うのはしょうがないよね。でも、僕は君の

ためを思ってこのプランを計画したんだ。この計画書をちょっと見てくれるか

い?」

名人はそう言って、私にA4の紙を手渡した。

【美沙シジチュ計画書】

なに、これ・・・・・・?

私が嫌そうに言ったのだが、名人は涼しげな顔をして言った

「美沙があんまり不安そうだったから、その不安を取り除いてあげようと思

って一生懸命書いたんだ。まあ、読んでみてよ。」

私は本当に嫌だったのだが、

「逃げちゃだめ、逃げちゃだめよ、美沙!」

と、自分に言い聞かせて読み始めた。

【美沙シジチュ計画書】

この後に及んでシジチュか・・・・・・タイトルからして不吉な予感がする。





美沙シジチュ計画書

僕、名人は、妻、美沙をドクターMから守るために、妻の改造シジチュを立
案した。
その内容だが、すでに美沙の体にはドクターMの施した改造によって、限界
まで兵器が詰め込まれている。今美沙の体は世界最高水準の破壊力を持ってい
るだろう。
それ以上の攻撃力を有する兵器を詰め込むことはおろか、製造することすら、
僕にも、いや、世界の科学者たちですら無理だと思われる。しかし、ドクター
の盲点というのもある。僕の計画はそこを突くのだ。
人間の脳はその機能のほとんどが眠っている。
僕はシジチュでその機能を目覚めさせようと思っている。
このシジチュにより美沙は世界最高の超能力者に進化を遂げることができる
のだ。
ユリ・ゲラー、エスパー清田は言うに及ばず、20世紀最高の超能力者、佐
倉魔美ですら凌駕するほどの能力を手にするはずである。
つまり、僕のシジチュによって妻、美沙は神にも等しい存在へと進化するの
である。
さて、シジチュの方法であるが・・・・・・




私が唖然として読みふけっていると、いつのまにか名人が私の後ろに回り込

んでいた。

「さあ、始めるよ」

名人が言った。

それと同時に私のすべての感覚が麻痺し始めた。

「ちょ、ちょっと、名人、あなた何をしたの?」

「シジチュ用のスイッチを押したのさ。全身の神経を遮断する。でも、目は

見えるし耳は聞こえるし口も利けるだろう?シジチュの間暇だろうからね。お

話でもしていよう。」

恐ろしいほどの速さで、私は手術室のようなところに運ばれていった。

私たちのスイートホームにこんな部屋が隠れていたの?っていうか、私を運

ぶこの移動式の「患者用」って感じのベッドも一体どこから仕入れてきたの?



私は一瞬思ったのだが、それどころじゃないことに気づいた。

「ちょっと、何するのよ!私まだ納得してないわよ!せめて計画書を全部読

ませてから始めなさいよ!っていうか、何で私の体にそんなスイッチがついて

るのよ!ああもう!本当にアレなひとの考えることはわからないわ!」

私は叫んだのだが、名人はかまわずテキパキと私の頭蓋骨を解体していった。

「ああ、美沙、脳みそもきれいだよ。大丈夫、心配しないで。絶対成功させ

るから。そして君はエスパー美沙として世界に君臨するんだ・・・・・・」

ああもう、名人は人が変わったみたいになってしまった。

ドクターMと名人、どっちについたほうが私の幸せなのだろう。愛って何だ

ろう。私って誰だろう。

私は自分に絶望しながら、手術台を照らすライトに映り込んでいる脳みそを

じっと見詰めているしかなかった

・・・・・・名人のバカ。

続くのだ!