記憶操作
実家のソファーには、奇妙な人形が2体置いてある。 立てると目を開き、寝せると目を閉じる人形だ。 しかし、どちらも余りかわいいと言えるものではない。 っていうか不気味だ。 悪夢系と言っても差し支えないだろう。 1体は、子供のときからちゃんといたはずである。 これは姉とも意見が一致しているので、きっと確かなことなんだろうと思う。 その人形は、黒人の赤子人形で、黒人だけども頭髪は直毛。 僕は昔から見ているので、さっぱり違和感はなかったのだが、3,4年前遊びに来た友 人に「これ、気持ち悪いよ。悪夢に出てきそうだよ」と指摘されて、初めて黒人赤子人 形の不気味さに気づいた。 大体、この手の人形と言うのは、なんだか不必要にリアルな造形で、かわいくない。 更にこれは黒い。 うちの親はどうしてこんなものを、居間のソファーに置いておくんだろう。しかも20 年近く。 それはそれとして、もう1体の人形、これは赤子と言うよりももうちょっと育った感じ の、白人の女の子の人形だ。 これも、なんだか不気味な造形なのだが、不思議なことに3,4年前友人に「悪夢系」 との指摘を受けた日の前後に、忽然と実家に現れた謎の人形である。 この2体の人形が、仲良く並んでソファーに座っているのは、猛烈に奇妙な光景なのだ。 謎の白人幼女人形を発見した日に、僕は母親に尋ねた 「ねえ、この白い人形いつここに置いたの?」 すると、母親が 「あら、ずっと前からあったじゃない。」 とのこと。 おかしい。 そんなはずはない。 いくらなんでも10年以上ソファーの上においてある人形に気がつかないはずないでは ないか。 いくら問いただしてみても、それ以外の言葉を引き出せず、結局何がなんだかわからな いまま、現在も白い人形と黒い人形は、仲良く実家のソファーに座っているのだ。 さて、先日姉が子供を産んで、しばらく実家に滞在しているのだが、姉が僕に尋ねた 「ねえ、あの白い人形、いつからあそこにあるの?」 姉も白い人形の存在に気がついてなかったようである。 姉は僕より10歳離れていて、7,8年前から一人暮らしをしたり、アパートを引き払 って実家に戻って来たり、というのを繰り返していたこともあり、白い人形があったこ とに気がついてないのはおかしい。 姉にいつ人形に気がついたのかと聞くと、つい2,3日前だとのこと。 本当におかしな話だ。 日本全国でこのような行事が行われているのかどうかわからないので、一応説明するの だが、1月の14日、どんと祭という祭りが開かれる。 趣旨は、前の年のお札とか破魔矢などを神社の火で燃やす、というものである。 その他に、書き初めやテストの答案などを燃やして、字が上手くなるように、とか成績 が上がりますように、といった願をかけるというのもある。 その他に、思い入れのある品を燃やす。例えば人形、ぬいぐるみなどだ。 実家のソファーには、悪夢系の人形だけでなく、今年のどんと祭までは悪夢系のぬいぐ るみも座っていた。 どうやらソレは犬を擬人化したぬいぐるみのようなのだが、手足が妙に長い。直立させ てみると、小学1年生くらいの背丈はあるだろうか。しかし、ぬいぐるみなので手足が 柔らかく、ダラ〜ンとした姿勢でソファーによりかかるように座っていたのだ。 耳が垂れていて、眉毛は村山元首相のような眉(でも金色)だ。そして、首が据わって なくて、いつでも斜め下を向いてるのだが、視線だけは上目遣いで体の正面を見ている。 どうにも不景気なぬいぐるみだったのだが、そのぬいぐるみも白い人形、黒い人形とい っしょに並んでソファーに座っていたのを、姉は「なんだか古くて汚いから」という理 由でどんと祭へ持っていって燃やしてきたのだ。 どんと祭の大きな火の中で、紙袋の中から恨めしそうな上目遣いの視線で見られて、姉 はたいそう嫌な気分だったそうだ。 それにしても不思議なのは、どうしてどんと祭の日に、ぬいぐるみの横に座っていた白 い人形に気がつかなかったのだろうか、ということなのだ。 ぬいぐるみは確かに、白い人形の横で陰気な雰囲気を撒き散らしていたのに、姉はなぜ どんと祭が終わってしばらく経ってから、白い人形に初めて気がついたのだろうか。 ひとつの仮定がある。 我が家は何者かの記憶操作を受けている。 僕的には、UFOに金属片を埋め込まれて偽りの記憶を植え付けられている、ということ を支持したい。 宇宙人好きだし。 白い人形は(もしかしたら陰気なぬいぐるみと黒い人形も)何らかの陰謀によって我が 家に持ち込まれたのかもしれない。 だから、家の外で飼っている犬が突然消えて(綱を切ったりしたのではなく、首輪と綱 を結んでいる金具のフックがきれいに外れていた。その金具は今も問題なく使っている ので問題はないはず)、ある日ひょっこり戻ってきたり(虐待のような痕跡あり)、誰 もいないはずの二階から、歩き回るような物音が聞こえてきたり、小さな事では台所の 調味料が異常に減っていたり、という奇妙な出来事が起こるのではないだろうか。 そしてその原因がこの悪夢系の人形にあるのではないだろうか、と考えているのである。 いま、地球が危ない! でも、記憶操作されている僕と僕の家族には、どうすることも出来ないのだ。