高岩、一夜だけの茶髪、の巻

 「ははははっ!」
高岩は自分の笑い声で目を覚ました。
ここは巡業先のホテル。
長岡でのTVマッチの前日、深夜1時を回ったところだ。

高岩はいましがた見ていた爆笑ものの夢を、誰かに話したくて仕方が無かった。
誰かに今すぐ聞いてもらいたい。
このまま眠ってしまったら、翌朝にはすっかり忘れているに違いない。
高岩は真っ先に大谷と金本の顔を思い浮かべた。

大谷は・・・寝ているだろうな。
付き人ってのは疲れるだろうからな。
高岩はそう思い、金本に話そうと決めた。
ホテルの部屋を抜け出し、ひたひたと金本の部屋へ向かう。

金本さん、寝てるかなあ。
高岩はそう考えながら、しかしあまりの夢の面白さに、ノックもそこそこに金
本の部屋のドアを開けた。

「金本さん、起きてますかー?」
と、高岩はいつに無く弾んだ声で、部屋へずかずか踏み込む。
しかし、部屋を眺め回したとたんに、高岩の足と、頭の動きが一瞬のうちにス
トップした。

部屋のドレッサーの前で、金本が髪を染めていた。
しかも全裸だ。

金本は、ゆっくり振り向くと、言った、
「どうした高岩、こんな時間に?」

数秒後、意識が現実へ戻ってきた高岩は、しどろもどろの口調で言う、
「か、金本さん、何やってるんすか?」
金本は、何事もないように
「高岩、お前、親に質問を質問で返すなって言われなかったのか?まあいいか。
見ての通り、髪を染めてるんだよ。」
「み、見ての通りって、そりゃ髪を染めているのは分かりますけどでも、なな、
何で全裸なんすか?」
動転している高岩に、涼しい顔で金本は返した。

「全裸?ああ、俺は一人の時は飾らない自分でいたいんだ。」

なんだかわかるような、わからないようなセリフで答える金本。

「で、高岩、お前何か用があってきたんじゃないのか?」
再びドレッサーに向かい、鏡を覗き込みながら生え際を特に念入りに染めてい
く金本、依然として全裸だ。

高岩は、そんな金本を呆然として見ていたが、あまりの衝撃的な光景に見た夢
の事をすっかり忘れてしまっていた。

「お、面白い夢を見たんすけど、ここに来たら、わ、忘れちゃいました。」
そんな高岩を、金本はしょうがない奴だなあ、とでも言いたげに見た。

「それじゃ、髪染めるの手伝ってくれよ。後ろの方とか、頭頂部なんかは自分
じゃ染めにくいんだよなぁ。」
「そ、そうなんすか。わかりました。」

高岩はそう言うと、素直に金本の後ろに立って、丹念に髪を染めはじめた。

「金本さんの髪って、ブリーチじゃなかったんすね。」
「ああ、ブリーチはちょっと髪が傷むからな。これは落そうと思えば簡単に落
せるやつなんだぞ。高岩、お前もやってみるか?俺が染めてやるよ。」

「い、いいっすよ。俺には似合わないっすから。」
そう言って後ずさりする高岩を、金本は腕をつかんで引き止めた。

「せっかく俺の髪もきれいに染まった事だし、お前の茶髪も見てみたいしなあ。
服を脱げよ。毛染めで染まっちまうからな。」
「ぬ、脱ぐんすか?」
「ああ。もちろんだ。」
無意味なほど自信たっぷりに言う。
「か、金本さんは服を着ないんすか?」
「ああ、気になるんだったらズボンだけはいてやるよ。しかし、どっちにしろ、
しばらくしたら余分な薬を洗い流さなきゃいけないんだけどな。」
そう言うと、金本はやけに手慣れた手つきで、テキパキと高岩を上半身ハダカ
にした。
「じ、自分で脱ぐっすよぉ・・・」
「いいから、遠慮するなって」
金本はそう言うと、高岩の頭に毛染めを振り掛けはじめた。

「お前の髪は短くて染めやすいなあ。でも、前の方がかなり薄くなってないか?
これはかなりヤバイぞ。まだ若いっていうのに、気の毒になあ。」
金本は、いつも実も蓋も無い事を言う。

高岩はそんなことを言われつつも、半ばあきらめていた事のようで、さしたる
ダメージを受けた様子も無く、金本に言った。

「それにしても金本さん、やっぱ全裸はまずいんじゃないっすか?」
金本は、涼しい顔で言う、
「俺は一人の時にしか全裸にならないぞ。それに風呂に入ったりする時以外に
も、1日1度は全裸にならないと、気分悪いんだよなあ。」
高岩はそれでも食い下がる

「でも、全裸ですよ。金本さんがそんな人だと知ったら、女性ファンは泣きま
すよ〜」

「いいんだよ。俺のは一人の時だけなんだから。小島なんて、酒を飲んだら人
前でもすぐに全裸になるじゃないか。そんなのだから後輩の吉江に『でも実は
小島さんって○○○○なんですよね。』とか言われちゃうんだ。本当に小島の
奴は馬鹿だよなあ。まあ、全裸だけならいいけど。しかしハヤブサなんか、全
裸の上に尻に花火まで挿すからなあ。気合入ってるよ。」

高岩は、でも一人で全裸っていうのはまた別の意味で嫌だと思ったのだが、そ
んなことは口に出さない。

「金本さんって、そんな事を言いながら小島さんの事が好きみたいっすね。小
島さんの試合にはできるだけセコンドについてるじゃないですか。仮に自分の
試合の前に小島さんの試合があったとしても、扉の隙間から覗いてたりしませ
んか?しかも、この前秦野の試合の時に、金本さん、小島さんの入場の時に吉
江のやつが割り込んできたって言って、機嫌が悪かったじゃないですか。」

「小島は憎めないやつなんだよっ。余計な事言うな!」
金本はそう言うと、高岩のズボンまで脱がしはじめた。

「か、金本さんやめてください!そんなところまで染めるのは!」

金本と高岩がそんなことをやっている一方で、大谷は部屋で試合の夢を見てい
るのか、ぶつぶつ寝言を言っていた、
「金本さーん、逃げて逃げて!金本さん、タッチタッチ!!」
寝ていてもうるさい。

吉江は、聞こえるはずのない、高岩の嫌がる声を敏感に察知したのか、部屋の
闇の中でむくっと起き上がった。
「高岩さんも大変だなあ・・・」
そう呟くと、目を光らせながら、金本たちの気配を離れた部屋から伺う。まる
で超能力者だ。観察する事と嫌がらせをする事にかけては、吉江を凌駕する者
はいないに違いない。

翌日、長岡での試合では、高岩の茶髪が人々の前にお目見えした。しかし高岩
は、悲しい事に大谷や金本、カ・シンに観客の注意を奪われて殆ど注目を浴び
る事が無かった。
それでも、誰にも変だといわれなかった事に、高岩は試合後も気をよくしてい
たのだったが、金本は高岩にシャンプーを渡し、
一言、

「高岩、お前やっぱ似合わないわ。これで落せ。」

翌日の後楽園では、高岩のいつも通りの黒い髪が見られたのだった。

終わり

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