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初めての会話

(マイタウン安城 9)

稲垣 優

 日曜日の昼すぎ、散歩に出かけようとしたときだった。道行く私に「クウー」という情けない声がかけられた。見ると隣の家の犬が悲しげな目で私を見ている。

 私は、昨日の午前中に隣家が全員で出かけたのを思い出した。そのとき、あいさつをしたからだ。いつもそうだ。隣人とは顔を合わせてもあいさつしかしない。

 犬に近付き、頭をなでてやる。案の定、エサ皿はからっぽでカラカラに乾いていた。私は、犬がかわいそうになった。差し出がましいこととは思ったが、何か食べさせてやりたくなった。家に戻り、残りご飯にミソ汁をかけて持ってくる。乾いた皿に入れると犬はガツガツ食べだした。

 背後から声がした。振り返ると隣の一家がいた。二人の子供たちは、親からかぎを受け取ると家の中へ入っていった。奥さんとご主人は、ニコニコしながら私を見ている。「どうもすみません」奥さんが言った。あいさつ程度しかしたことがない隣人だ。

「いえ、差し出がましいことをしちゃって」私が言う。

「とんでもない。実は、昨夜帰るつもりだったんですが、私の実家でこの人が酔っ払っちゃったもんですから泊まってきたんです。犬のことをすっかり忘れてましてね。今日になって思い出して、あわてて帰ってきたんですよ」

 奥さんは「ありがとうございます」と、何度も言った。私はとても豊かな気分になった。いつのまにか立ち話を始めており、これからは出かけるときはお互いに声をかけ合おうという話になった。

 私たちが話している間、犬はうまそうにミソ汁ご飯をガツガツと食べていた。

copyright:Masaru Inagaki (『風車』37号掲載 1991.6.12執筆)

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