ショートショット

俺は殺される

井上 由

 生まれて初めて足の骨を折り、入院した。交通事故だった。

 二人部屋の窓側のベッドには、両足に包帯を巻いた五十過ぎの男がいた。私が入室したとき、男は右の脇腹を下にして週刊誌を読んでいた。陰うつの入院生活が始まるのが、手に取るように分かった。

 数日が過ぎた。思った通り退屈だ。隣の男の見舞い客に目がいく。男の所へは、いつも誰かが訪れていた。中でも注意を引いたのは、毎日やって来る青年だ。うちの課の下田に似て、ひ弱な体形だ。青年は来室するたびに、コメツキバッタのように頭を下げる。二言目には「大丈夫ですか」を口にする。男も私と同じように、交通事故で入院したのだろう。青年が加害者であることは間違いない。

「毎日来られちゃ、たまらんよ」

 青年が帰ると、男が喋りだした。無言で先を促す。男が続ける。

「しかし目的があるんだから、仕方ないか」

「目的?」

「そうさ、ヤツは俺の命を狙ってるのさ」

「……」

 言葉が出なかった。命を狙う? 冗談だろ!? 私は頭の中が混乱するのを自覚した。

「信じられんかもしれんが本当さ。いいか、よく聞きなよ。あの若僧は、俺を殺すつもりだ。そのために、ヤツは考えた。まず交通事故を起こす。加害者になり、見舞いを装って俺を監視し続ける。チャンスを伺って、ブスリと殺る。俺はずっとベッドの上だから、ヤツは自分の都合のいいときに殺れるわけさ。でもヤツは疑われない。補償問題でもめているわけではない。俺がヤツに恨み言を言っているわけでもない。加害者が見舞いに来るのは自然なことだし、ヤツは毎日『すみません』と謝り続けている。当然、犯人はほかにいると思われる。ここにはいろんなヤツが、出入りしているからな」

「で、でも、そんなことってー」

「信じられないか?」

「ええ。信じろという方が無理ですよ」

「だろうな。しかし本当なんだよ」

 男はニヤッと笑った。ゴロリと寝返りをうつと、決められた姿勢であるかのように、右の脇腹を下にして週刊誌を読みだした。

 それから一週間、私は毎日、例の青年を見続けた。隙をついてナイフを出すんじゃないか、紐で絞め殺す気かもしれないと、いろんな可能性を考えた。私の目の前で殺す筈はないが、もしかしたらという気持ちが先に立って落ち着かない。私は不謹慎にもワクワクしていた。

 一週間後、男は退院した。


「あなたもやられたでしょ」

 誰もいなくなったベッドのシーツを替えながら看護婦が言った。

「何のことだい?」

「白井さんに脅かされたでしょ」

 男の名が白井であることを初めて知った。

「脅かされたって?」

「白井さん、自分は殺されるって言ってたでしょ。あれ、白井さんの趣味なのよ」

「趣味!?」

「そう。同室になった人には、みんなその話をするの。面白い人よね」

 私は惘然とした。すぐに訊き返す。

「どうして、そんなイタズラをするんだ?」

「入院中の退屈さって、経験がないと判らないんじゃない? あなたも、結構楽しませてもらったんじゃないの?」

 数日後、新しい患者がやってきた。私は左の脇腹を下にして週刊誌を読みだした。白井氏の言葉を思い出しながら、自分が殺されかかっている話をいつ切り出そうか考えていた。


copyright:Yuu Inoue(Masaru Inagaki)  ffユニオン6号(1989秋号)掲載


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