ショートショット

喋り上戸

井上 由

 

 奇妙な体験は、突然人を襲う。私の場合、友人と飲んでいるときに起こった。

 店は、客が二十人ぐらい入れる居酒屋。料理が旨いので、よく来る所だ。その日は、私の縁談について話していた。友人は二十代後半で結婚し、三歳と一歳の子の父親になっている。私に見合いの話があると聞くと、ぜひするように勧めた。友人が訊(き)く。

「何て名前の娘(こ)なんだ?」

「石原さやかっていうんだ」

「いい名だな」

 言われてニヤリとした。

 男は、いつの間には私の左隣に座っていた。左肩を叩かれる。カウンターに沿って目を向けると、二十代後半の男がいた。グレーのスーツは、おとなしい印象を与えたが、手にはコップ酒を持っており、目が座っていた。私と目が合うなり喋りだした。

「あの女は、やめた方がいい。結婚すると、あんたは不幸になる。やめなさい。見合いもやめなさい」

 ムッとした。見合いをしようと思っている女の悪口を突然言われたのだ。誰だって頭にくる。

「何だ、君は。いいかげんなことを言わないでくれ」

 私が応戦する。

「いいかげんなものか。僕は、あの女のことなら何でも知っているんだ。朝は寝起きが悪いし、わがままの言い放題。料理なんか作る気はないし、金遣いが荒い。タバコは一日に四十本吸うし、酒を飲むとだらしない。すぐに乱れて、良からぬことを口にしだす」

「何を言いだすんだ。あっちへ行ってくれ!」

 語気を強めると、男はスゴスゴとカウンターの隅へ行った。

 せっかくいい気分で飲んでいたのに、一気に滅入ってしまった。私たちは早々に店を後にした。

 その後、ベッドに入って考えた。あの男、私の見合いの相手に振られたのかもしれない。私が彼女の名前を口にしたのを聞いていたのだろう。だから邪魔するんだ。それなら男の言ったことは、多分でたらめだ。そう結論したが、なかなか寝つかれなかった。男の言葉が引っ掛かるのだ。

 よくよく考えてみると、思い当たるフシがある。仲人の伯母は、見合い相手を「現代的で活発」とか「ボーイッシュ」と言っていた。これが悪口の裏返しだったらどうだろう。タバコを四十本吸うことを“現代的”と皮肉ったのかもしれない。“ボーイッシュ”というのも、家事一切をしようとしないことへの皮肉かもしれない。考えるうちに憂鬱(ゆううつ)になってきた。見合い写真を見ていると、自分の好みのタイプではないと思えてきた。だんだん見合いが嫌になってきた。これでは、あの酔漢の思うツボだが……。

 三日後、よくよく考えて上で、伯母に電話をした。見合いを断るためだ。伯母は驚きもせず、納得してくれた。

 それから二日後、若宮と名のる男から電話がかかった。男は言う。

「お願いします。見合いをしてください」

 突然言われて驚いた。話すうちに、居酒屋で喋りかけてきた男とわかった。

「そんなこと、君には関係ないじゃないか。それより、どうしてうちの電話番号がわかったんだい」

「書類に書いてあるもんですから……。それより、とにかく見合いをしてください。その後で、付き合いを断ってくださって結構です。とにかく見合いを……。そうでないと、僕、クビになっちゃうんです」

「クビ? どうして君の会社と私の見合いがくっつくんだい」

「身上調査のために尾行している人に話しかけた僕が、バカだったんです。でも飲むと、すぐ知り合いと喋りたくなっちゃうんです。あの店で知った顔といったら、あなただけでしたから。それが依頼人に漏れたらしくて」

「ということは、君は興信所か何かの人?」

「そうです。ですから僕を助けると思って、見合いだけはしてください」

「じゃあ、居酒屋で言ったことは本当なんだね」

「ええ。うちの社では、内密に依頼人の調査もしますから。そんなことより、ぜひ見合いを―」

 私は受話器を下ろした。そしてもう一度、伯母の所へ電話することにした。見合いの中止を確認するために……。


copyright:Yuu Inoue(Masaru Inagaki)  ffユニオン7号(1990春号)掲載


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