ショートショット

超能力

井上 由

 

「あなた、最近、寝言がひどいわよ」

「えっ、そうかい?」

 M氏は、朝食を食べながら、妻の小言を聞いて驚いた。こんなことを言われたのは初めてだ。よほど、うるさかったのだろう。

 翌朝、また妻の小言が出た。トーストを口まで持っていったM氏の手が止まる。

「ゴルフに行くなら行くと言ってください」

「何のことだ」訳が分からずにM氏がきく。

「ゆうべ、あなたが寝言で言ったんですよ。今度の日曜日、Sさんとゴルフに行くって」

 M氏は考え込んでしまった。ゴルフに行く約束などしていない。S氏は近くに住んでいる同僚で、妻同士も仲の良い、いわば家族付き合いのできる友人だが、今のところそんな話はない。願望が夢になったのだろうか。M氏は深く考えずに会社に向かった。

 会社に着くと、S氏が近付いてきた。

「ようM君、今度の日曜日、あいてるか?」

「別に予定はないけど」

「じゃあ、俺に付き合えよ。実は友達とゴルフに行くんだけど、都合が悪くなったヤツがいてね。その穴埋めだけど、どうだい」

「ああ、いいね。行くよ」

 妻が言ってた自分の寝言が現実になってしまった。妙な気分だった。

 次の日の朝、また妻が言った。

「ワープロを買うの?」

 また寝言らしい。妻によると、近所に住む同僚のT氏が、ワープロを譲ってくれるそうだ。M氏は「そんな話はないよ」と言って出勤した。

 会社に着くとT氏に声を掛けられた。

「M君、僕のワープロを買ってくれないか」

 別のメーカーの高級機を買うので、今あるものがいらなくなったという。ワープロが欲しかったM氏は、二つ返事で承諾した。

 また自分の寝言が現実のものとなった。M氏はワクワクしてきた。自分には予知能力があるのかもしれない。SF小説のような話だが、もしそうなら、自分は超能力者なんだ。M氏は自分でも気づかないうちに、声を立てて笑っていた。

 翌朝、また妻が言った。

「あなた、ディズニーランドへ行くの?」

 今度の寝言は、ディズニーツアーだ。M氏は適当にごまかすと、会社へ急いだ。期待で胸が高鳴る。しかし、これまでのように朝からM氏に話し掛ける者はいなかった。少し落胆したM氏だったが、気を取り直した。そう「今日」は、まだ何時間も残っている。

 帰りがけ、駅に向かって歩くM氏の目に、旅行代理店のポスターが飛び込んだ。《ディズニーツアーをあなたに》の文字。これだ。M氏は引き込まれるように中へ入った。話を聞く。土・日を使って家族4人で行っても、目玉が飛び出るほどの金額ではない。M氏は申し込みをし、前金を払った。妻や子どもたちの喜ぶ顔が、目に浮かぶようだ。

         *

 数日後の午後3時、M氏宅に、S氏の妻とT氏の妻がやってきた。豪華なケーキとダージリンティーを前に、M氏の妻が言う。

「お二人には、お世話になっちゃって。Sさんには、主人をゴルフに誘って頂くように取り計らってもらったし、Tさんには、ワープロを譲って頂けるようにして頂いたわ。おかげで主人に、家族サービスをさせることができたの。こうでもしなきゃ、あの人、私や子どもたちをディズニーランドへ連れていくなんてことなかったでしょうからね」

 聞きながらS氏の妻とT氏の妻は、にこやかに笑った。その顔には「今度は私のところで『超能力ごっこ』をやらせてね」という思いが、はっきり表れていた。


copyright:Yuu Inoue(Masaru Inagaki)  ffユニオン9号(1991春号)掲載


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