ショートショット

ご馳走が並んだ

井上 由

 

「今日は何の日だ?」私が言った。

「えっ、今日? えーっと、たしか仏滅よ」妻が答えた。

「そうじゃなくて、だれかの誕生日か何かなのか?」

「なに言ってるのよ。家族の誕生日も忘れちゃったの?」

「そんなことはないが……」

 なんとなく気味が悪かった。食卓の上には、いつになく豪華な料理が並んでいる。子供の誕生日でも、これだけの物は並んだためしがない。

 まず目を引いたのはステーキだ。なかなかの厚みがある。ふだんなら、これを四つに切って家族で食べる。それがどうだ。今日に限って一人一枚ずつなのだ。それに刺身。赤身・白身・イカ・貝類が、大皿に、これでもかと山盛りになっている。

 このほか、スモークサーモンを多用した野菜サラダや、ミックスベジタブルで作ったポテトサラダ、かきフライもある。そのうえ、カニコロッケやエビフライまであるのだ。ただしこの二つは冷凍食品らしいが……。

 目につくものだけでもこれだけある。よくよく見てみると、低塩の塩からとか、生ハムなんて物も出ている。

 私は食卓の上を見て、しばし唖然となった。「いったい何なんだ」というのが正直な感想だった。たしかに料理の数はすごい。しかし雑多な雰囲気がある。「違和感」という言葉が頭に浮かんだ。「どうしてこんなにたくさん……」そんな思いが、頭の中をぐるぐる回っていた。それに一見豪華に見えるこの料理も、見方を変えると「とにかく豪華に見せてしまえ!」と作ってしまったようにも思える。まともではない。

 私は妻に聞いた。

「怒らないから正直に言ってくれ。お前、何かあったのか」

「なによ、やぶからぼうに。どうしちゃったの?」

「ごまかさなくてもいい。俺たちは夫婦じゃないか。本当のことを言ってくれよ」

「何バカなこと言ってるのよ。あなた、今日は変よ」

 変なのは妻なのだ。しかし彼女の様子はふだんと変わらない。もしかしたら平静を装っているのかもしれない。

「だから、言ってるだろう。怒らないからって」

「へんなの」

 妻は、私の言葉を真剣に聞かない。もしかしたら、あえて聞かないようにしているのかもしれない。

 家計を助けるために安い材料を求め歩き、それなりに工夫して、おいしく作ることを誇りにしていた妻。私の知っているそんな妻は、今、ここにはいない。私は、不安を隠し切れなかった。そして、それまで意識の奥底にありながら、決して表面へは出すまいとしていた考えが、頭の中に広がりはじめた。そうだ。妻は何かを隠している。それは私には言えない何かなのだ。たとえば学生時代の恋人から誘いの電話があり、それにOKしたというような……。だからこそ、こんなご馳走が出てきたのではないだろうか。

 結局、料理にはほとんど手をつけなかった。食べ盛りの子供たちは、この妙に豪華なご馳走に目を輝かせ、私の分まで平らげてしまった。

 翌日は土曜日。昨日の夕食のことが気になり寝つけなかった私は、朝寝坊してしまった。昼食の時間まで二時間しかない。私は、トーストにコーヒーという簡単な朝食をとった。そのとき玄関のチャイムがなった。妻は庭で洗濯物を干している。私が出る。

「こんちは、戸松電気商会です」

 近所の電気屋だ。うちの電化製品は、ほとんどここで買っている。電気屋は言う。

「どうも、すいません。昨日は留守しちゃって。アレはうちの店員じゃ手に負えないんで、今日になっちゃって」

 何のことだかさっぱり分からない。私が狼狽していると、電気屋は「ちょっとごめんなさいね」と言いながら上がりこんだ。そして勝手に台所へ入ると、私の方へ顔を向けて言った。

「しかし、たいへんでしたね。冷凍食品や肉なんかがダメになっちゃったでしょう。冷蔵庫が壊れると、パニックだね」

 な、なんということだ。冷蔵庫が壊れていたとは……。だから「腐らせるぐらいなら豪華料理」だったのか――。その瞬間、私の胃袋が、昨夜のステーキを求めて大きな音をたてはじめた。


copyright:Yuu Inoue(Masaru Inagaki)  ffユニオン13号(1993.1月号)掲載


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