ショートショット

強盗ごっこ

井上 優

 

 そこは、小さな喫茶店だった。テーブルの数は三つ。あとはカウンター席があるだけ。客のほとんどは常連だから、よく言えば家族的な店だが、悪く言えば排他的な店でもあった。

 ある日、常連の一人が言った。

「マスター、退屈だなあ。なんか面白いことないの?」

「面白いことって言ったて、ここは喫茶店ですからね。これといって面白いことは……」

「そうだ、こんなのはどうだ」と別の常連が言った。「この店が強盗に乗っ取られるんだ。いやいや、もちろんお遊びでだよ。そういう仮定で、次に来る常連をハメちゃうってのは?」

「面白そうだな。やろうやろう」

 というわけで、マスターと常連二人がぐるになって、イタズラを始めることになった。

 しばらくすると、店のドアが開いた。現れたのは常連客ではなかった。マスターと常連が顔を見合わせる。「どうしよう」と互いに無言で問いかけ合う。結論を出したのはマスターだった。マスターは打ち合わせ通りの芝居を始めた。この客は常連ではないが、見覚えがある。何度か見たことがある顔だ。だから未来の常連というわけだ。それならお遊びに付き合ってもらってもいいと思ったのだった。

「お客さん、当店はただいま改装中でして」

「改装中?」

 マスターの言葉に訪れた男が首をひねる。店内のどこを見ても改装中には見えない。それに客が二人いる。男は少し腹を立てたような口調で言った。

「どこが改装中なんです。お客だっているし」

「いえ、その……。その辺のことは詳しく言えないんですが」

 マスターの歯切れが悪い。二人の常連も、なんとなくびくびくしている。

 男は不思議に思った。店内の雰囲気がおかしい。自分を追い出そうとしているのだろうか。男は少し考え、静かに言った。

「実はこの辺りで強盗事件が発生しましてね。それで様子を見て回っているんですが」

 常連の一人がぴくりと動いた。まさか……。自分たちのおふざけが本当になってしまったというのか。

 男が続ける。

「なにか心当たりでもありますか? 皆さんの様子がちょっと気になったんで……」

「い、いえ、ナンでもありません。三人でおふざけをしてただけで、別にここに強盗が入り込んだってわけじゃないんです」

 言ってからマスターは、しまったと思った。こんな言い方をしたら、まるで強盗をかくまっているみたいじゃないか。

 男は、ますます疑いを深めたようだ。マスターの顔をしげしげと見ると、言った。

「今の皆さん方には無関係でも、いつ強盗が入り込んでくるか分からない。私がしばらくここにいてあげましょう。なあに、こっちも暇なんだ。気にしなくてもいいですよ」

 気にしなくてもいいと言われても、気になるのがマスターと常連客だ。おふざけで始めた強盗ごっこが本当になり、刑事らしき男が店に居座ろうとしている。自分たちには、強盗ごっこをしていたという弱みがあるので、なんとなく刑事に帰ってもらいにくい。現に刑事は、マスターたちの行動に不信感を持っている。この店に何かがあると感じたようだ。だから、居座ることにしたのだろう。本当はなんにもないが、いまさら「強盗ごっこをしていました」なんて、刑事に言えるわけがない。

 しかたなく三人は、見覚えがあるのだがどこで会ったのか思い出せない男と一緒に、店内で過ごすことになった。

 何分か過ぎると、マスターがいたたまれなくなり、言った。

「コーヒーでもいれましょうか」

 男は無言でうなずく。マスターは常連客に「手伝ってくれ」といい、厨房へ招いた。男の目の届かないところで、今後のことを相談したかったからだ。

 三人がぞろぞろと厨房へ向かう。途中、トイレの横を通ったとき、常連の一人が立ち止まった。マスターともう一人の常連が振り返る。立ち止まった常連客は、真っ青になってぶるぶる震えていた。右手の人さし指で、トイレの入り口付近の壁をさしている。あとの二人が、指さされた壁を見る。そこには、さっき入ってきた男の写真があった。その下に「指名手配・連続強盗殺人犯」と太字で書いてある。男の顔に見覚えがあった理由を、マスターはそのとき初めて理解した。


copyright:Yuu Inoue(Masaru Inagaki)  ffユニオン29号(1995.9月号)掲載


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